女が 群がる街に 時に破れし 虚しき性の 夢の跡

大学で 待てど暮れせど 学士得ず 積もり積もった 学費かな

竹島を 我が物にする 友にすら 憂いの祖国 謝るばかり

寂しさに 狂おしくも 紛らす 街の明かりに またため息を

訳もなく まばゆい過去を 否定して 尊厳も無く 滅亡の途へ

あの彼に 心奪われ 握りしめた手に 微かに燃ゆる 届かぬ想い

海風に 靡いてしまい 微熱の如し 胸に閉まった 満たされぬ願い

誰が書いたかはよく分からない川柳を地下鉄車内で見かけて、気に入ったので掲載する

真夏の真夜中、ある国道沿いで車の往来を眺めている。辺りはビルばかりで、頭上には曲がりくねった高速道路、何だか四方を塞がれた気分になる。アインシュタインが邪悪な人間の変革を試みた無駄に終わった研究を引き継いだ人間もまたそれに失敗しているみたいで、人権援護を唱えながら慌ただしく弱みを見せまいと人混みの熱気に塗れた歩道を歩き去っていく。将来が夜と同じぐらい暗い世の中全体の諦めから来るため息混じりの空気が胸に突き刺さり、孔子にも似た思想家が俺の側でまたもや、誰かに礼節を説く。彼は立派な感じがするのには、訳があるようだ。その答えを吹き荒れる風の中で考えてみるも、何一つ明確なものはない。それには理由なんてなくてもいいんだけど。しかし、行き場を失った彼は近くの廃墟となった人生の末路を象徴する部落へ向かうしかないだろう。礼節を説く相手がまずかった様で、がたいのいいヤクザ風の男たちに連行されてる。俺は辺りをしばらく観察していると勇ましく逞しく道端で今後を語る占い師の様な浮浪者が県外のナンバーの車を停めていた。どうしたのかと思うと、俺に目を合わせて乗れと促した。彼に理由を聞くも答えず、ひ
たすら乗るんだと。奴の鋼の様に鋭い視線でもう立ち止まれなくなった為に、その車に乗り込む以外に選択肢がなかった。運転手は無言でエンジンをかけて、乗り込んだ俺に軽く会釈をし、車は発進させた。後ろを振り向くと、浮浪者の姿はなく、あれは幻だったのかと思ってならない。しかし車には乗っている。ビルばかりの景色が山と川しか無いものへと変わりはじめた時に、この旅からようやく俺の本当の旅を始まったと思った。違う街へ行き、他人に成り済ます訳でもなく、ただ俺は自分の思考の限界を取り払いたいだけだ。また、あんな不穏で虚しい街に居て、夢ばかり見るのにはもう飽きている。朝になっても俺は二度とこの街には特別な理由が無い限り、戻っては来ないだろう。幸運に恵まれたかのように、希望の思いの中で朝を迎える事が出来る確信が今の俺にはある…。
希望の鐘が穏やかで甲高い音を立てる時まで、しばらく明日の事は考えずに眠りに身を委ねていたいが、目が冴えて眠れずに、今後の事を空想するしかない。空想なら世界を覆う事が出来そうだ。これから描く話にはそんな空想に纏わるエピソードが基になっている。

俺は退屈な家を出る為に大学に入った。しかし半年で学校には飽きた。俺の通った大学とは平凡な人間を躍らして置く場所に過ぎなかった。才能もない人間が偉そうに色んな事を語り、はしゃぎ、情愛に耽りながら、連中が夢中になるのは青春ゲームで、それに必死なり過ぎてる。そんな風にしか見えなかった。
俺はというと、重要な単位を取り損ねてしまい、大学に入って2年足らずで留年が確定した。その時点で俺は大学で得られる権利を放棄した。社会構造を見れば、最高学府とは名ばかりの大学を出たとて、度重なる社会保障への不安で貰えるはずもない年金を払えるだけ払い、給料はさほど上がらず、年寄りの為に働くだけということが分かっていたから。いくら年功序列で出世したとはいえ、自分達の世代が地位を獲得した時には今の政治運営を見れば、既に財政や経済、企業は破綻しかかっている状況になるのは明らかだった。政治家は現状打破しか考えていない。企業も内部留保を積み上げていくしか、もうやる術もない。椅子取りゲームの様に、大卒者の目に余る増大で我先に自己を満たさなくてはという変な閉塞感も手伝って、この人間社会に対して、底知れぬ不安がつきまとっている。これが俺が大学にいた頃の社会だった。
その時に次に何になるのかを考えるべきだったとも思う。俺には両親が優し過ぎたんだろうか?無理矢理、大金を払い、俺を大学に押し込めることしか出来なかった。別に責める気はない。おかげでものを見る目を養える視野を手にする事が出来たから。しかし彼等に意見する資格があるのなら、教育の本質を分かっていなかった。教育とは人をその能力に応じて社会の為に働ける様にすることであり、今後の道にある障壁を取り払い、生きるのを楽にしてあげることではないと。親に刃向かうとは怪しからんというのは良くわかるが、こればかりはどう否定しようが事実であり、更にいえば、若い世代ほどそれは顕著になっている。世間知らずというのは社会で働き、社会を知っているはずの戦後生まれの連中こそを指しても、何ら意味違いな事はないだろう。自分達の抱えている矛盾に目を向けずに、今でもそんな自己を肯定することしか出来ない。日本が平和なのは憲法のおかげだと大声で叫び、他国への謝罪に夢中になっている。一体、何の為に?謝罪する割には自分の既得権益だけは必死に守り通そうとしてる。
戦後の享楽的で楽観的にさせてしまう経済成長が人をある意味、駄目にした。物質主義的に物を買い漁り、豊かさばかりを追求し、神が宿る里山まで調和することなく削って出来た分譲住宅の一戸建てを薄っぺらい憧れから買って、勝ち組世代として君臨している。これは彼等の努力以外のあらゆる幸福に恵まれた状況が作り上げたものだと気付いていないんだと思う。戦後教育を受けた世代は大体が自由やプライバシーを楯にあらゆる混乱を生み出しては、それを放置してその場凌ぎで済ましてきている。根本的に間違っているから、何処かが綻び、絡まる。その繰り返しがこれから延々と続くのだろうし、それによる負担が後の世代に重くのしかかってくるのは間違いないだろう。そんなことを知りながらも、それを無視してあらゆる労力をかけて行う物事の全ては現実逃避以外に何もでもない。今後を見据えて生きるのには、誰しもがこういった将来への失望と不安の中でも、最大限出来る事はこの世に対して何かと考えつかないとならない。そしてやりたいことなんていうことを平気で言ってのける奴や自己保身の為に偉そうに会社や役所にへばり付く連中っていうのは、結局、どう
しようもない失望しかない時代への流れから逃げたいだけで何らそこら辺にいるアホなガキに変わりない。働くというのは世の為に貢献することであり、それに命を賭けて遂行することだ。そこに自己を満たすものなどなく、その前に他者を満たすことがある。これがちゃんと分からなかったら、何をやっても、ただ働きになるだけで、言ってはならないのだろうが、いつかその負い目の前に路頭に迷うだけだ。俺はそう感じていた。
確かに子供の頃から用意された物は満たされていたが、心情的には満たされていないことを直ぐに見抜いていた。日本という国柄まで否定したかのような学校の教育と歴史の連続性から来る内面化した意識があまりに違いすぎて、教わるもの全てが嘘の様に聞こえた。実力を無視してやりたいことばかりが強調された。そんなものはわからないと答えれば、大学で見つければいいと適当にあしわられ、何となく大学に入ってはみたものの、講義や実験で肩透かしばかり喰らう日常にそんなものは見つからなかったし、遊びと欲望に耽る周囲には嫌気ばかりが射すだけで、何一つ有意義な答えが見つからなかった。何度も大学を辞めようとしたが、辞めようとすれば、家族の縁を切るとまで言われ、父には泣かれながら、竹刀で辞めないと言うまで殴られた事もあった。一回だけこういう言い争いで俺が父の顔面をおもっきり殴り、怪我を負わせたが、しかしその場にいた父の母である祖母に電話で警察に通報されて以来、暴力に訴えてみる試みは辞めるしかなかった。祖母までもその時には泣き出して、父を庇うか俺を庇うかで狼狽するのみで、竹刀で殴る父に抗議出来ないが、立場の低く、
顔も性格も母に似た俺が自分の自慢の息子を殴るのは許せなかったのか、俺だけをひたすら叱り付けた。
そんなやり取りに疲れた俺は生活費を掻っ払う為に大学に通う意志だけを示して、夜は仕事で知り合った女と遊んでは、昼は音楽を聴きながらやたらと長い小説や英文ばかり読んで教養を深めていくしか楽しみがなく、社会の中ではみ出した女の話だけが妙に現実的なものがあっただけで、それ以外は退屈過ぎて、起きてても寝ていても夢を見ているように錯覚していたぐらいだ。
夜の仕事では女を管理していた。ブランド狂いやホスト中毒、パチンコ依存症で金で困ってる奴ばかりで大したいい女は居なかった。ケバい化粧にやたらと派手な服装、目が死んでいる…そんな連中と関わることは余りにもストレスがかかる。責任転嫁ばかりする連中に対して、俺は閉口するのみだ。黙って仕事をする。職の斡旋をして、手数料を店から貰う。店の売上がこちらの給料に影響するから、街に立って、通行人に店まで案内する。大阪では違法行為に当たるため、タコ焼き屋等に姿を変えてそれを行うのだ。警察もそんな脱法行為には目をつむってくれる。
金と欲望ばかりが渦巻く世界に身を寄せてきた。
いつの間にか置いてかれていく感覚を日常の中で感じてはいたが、巡って来る金と女でこの感覚は麻痺していった。
大学を辞めて以降の生活は人間の闇の部分を嫌という程見てきた。
ありとあらゆる人に付き纏う欲望と虚栄心が国家全体までを覆い株ってしまったら、この国はとてもじゃないが滅びる。しかも他国が乗っ取るわけじゃなく、合法的にかつ洗脳的に滅亡する。脅威は身近にあって、それにいつまでも目をつむっていたら、終わっていくのは明らかだ。周りの人間が今の社会に満足はしていないだろうが、それでもこれをどの方向に変えるかを知る由もないままだ。何かをしなくてはならない。
そんな危機感にも似た焦燥感が俺の意識の中を巡っていく事が起こる様になった。
これから真の意味でやっていくものはこれだとまで考えるようにもなった。
右翼や左翼といった団体に入らないで、自力で現状を変えようとするものが手の中にあるのか分からない。でもやるしかない。傲慢かも知れないが、俺がやらなくては誰がやるんだと考えていく内に、俺は国道沿いに立って、街を出て辺りを見渡して、このままではこの社会が次の世代までには少しもまともになってないと確信した。
淀んだ空気の中で、息をするように美麗いな誘い文句を上手く交わしながら、寂しさに疼く女の子が俺にチラシを渡した。見ると、誰でもいいから夜を一緒に過ごしたいと書いてある。彼女に見えるようにそれを破り裂いた俺は家に戻り、今後の方針を紙に書いた。
日本を少しでもマシにするには何が出来るのかを、模索してはそれを破り捨てを繰り返した。
女が 群がる街に 時に破れし 虚しき性の 夢の跡

大学で 待てど暮れせど 学士得ず 積もり積もった 学費かな

竹島を 我が物にする 友にすら 憂いの祖国 謝るばかり

寂しさに 狂おしくも 紛らす 街の明かりに またため息を

訳もなく まばゆい過去を 否定して 尊厳も無く 滅亡の途へ

あの彼に 心奪われ 握りしめた手に 微かに燃ゆる 届かぬ想い

海風に 靡いてしまい 微熱の如し 胸に閉まった 満たされぬ願い


真夏の真夜中、ある国道沿いで車の往来を眺めている。辺りはビルばかりで、頭上には曲がりくねった高速道路、何だか四方を塞がれた気分になる。アインシュタインが邪悪な人間の変革を試みた無駄に終わった研究を引き継いだ人間もまたそれに失敗しているみたいで、人権援護を唱えながら慌ただしく弱みを見せまいと人混みの熱気に塗れた歩道を歩き去っていく。将来が夜と同じぐらい暗い世の中全体の諦めから来るため息混じりの空気が胸に突き刺さり、孔子にも似た思想家が俺の側でまたもや、誰かに礼節を説く。彼は立派な感じがするのには、訳があるようだ。その答えを吹き荒れる風の中で考えてみるも、何一つ明確なものはない。それには理由なんてなくてもいいんだけど。しかし、行き場を失った彼は近くの廃墟となった人生の末路を象徴する部落へ向かうしかないだろう。礼節を説く相手がまずかった様で、がたいのいいヤクザ風の男たちに連行されてる。俺は辺りをしばらく観察していると勇ましく逞しく道端で今後を語る占い師の様な浮浪者が県外のナンバーの車を停めていた。どうしたのかと思うと、俺に目を合わせて乗れと促した。彼に理由を聞くも答えず、ひ
たすら乗るんだと。奴の鋼の様に鋭い視線でもう立ち止まれなくなった為に、その車に乗り込む以外に選択肢がなかった。運転手は無言でエンジンをかけて、乗り込んだ俺に軽く会釈をし、車は発進させた。後ろを振り向くと、浮浪者の姿はなく、あれは幻だったのかと思ってならない。しかし車には乗っている。ビルばかりの景色が山と川しか無いものへと変わりはじめた時に、この旅からようやく俺の本当の旅を始まったと思った。違う街へ行き、他人に成り済ます訳でもなく、ただ俺は自分の思考の限界を取り払いたいだけだ。また、あんな不穏で虚しい街に居て、夢ばかり見るのにはもう飽きている。朝になっても俺は二度とこの街には特別な理由が無い限り、戻っては来ないだろう。幸運に恵まれたかのように、希望の思いの中で朝を迎える事が出来る確信が今の俺にはある…。
希望の鐘が穏やかで甲高い音を立てる時まで、しばらく明日の事は考えずに眠りに身を委ねていたいが、目が冴えて眠れずに、今後の事を空想するしかない。空想なら世界を覆う事が出来そうだ。これから描く話にはそんな空想に纏わるエピソードが基になっている。

俺は退屈な家を出る為に大学に入った。しかし半年で学校には飽きた。俺の通った大学とは平凡な人間を躍らして置く場所に過ぎなかった。才能もない人間が偉そうに色んな事を語り、はしゃぎ、情愛に耽りながら、連中が夢中になるのは青春ゲームで、それに必死なり過ぎてる。そんな風にしか見えなかった。
俺はというと、重要な単位を取り損ねてしまい、大学に入って2年足らずで留年が確定した。その時点で俺は大学で得られる権利を放棄した。社会構造を見れば、最高学府とは名ばかりの大学を出たとて、度重なる社会保障への不安で貰えるはずもない年金を払えるだけ払い、給料はさほど上がらず、年寄りの為に働くだけということが分かっていたから。いくら年功序列で出世したとはいえ、自分達の世代が地位を獲得した時には今の政治運営を見れば、既に財政や経済、企業は破綻しかかっている状況になるのは明らかだった。政治家は現状打破しか考えていない。企業も内部留保を積み上げていくしか、もうやる術もない。椅子取りゲームの様に、大卒者の目に余る増大で我先に自己を満たさなくてはという変な閉塞感も手伝って、この人間社会に対して、底知れぬ不安がつきまとっている。これが俺が大学にいた頃の社会だった。
その時に次に何になるのかを考えるべきだったとも思う。俺には両親が優し過ぎたんだろうか?無理矢理、大金を払い、俺を大学に押し込めることしか出来なかった。別に責める気はない。おかげでものを見る目を養える視野を手にする事が出来たから。しかし彼等に意見する資格があるのなら、教育の本質を分かっていなかった。教育とは人をその能力に応じて社会の為に働ける様にすることであり、今後の道にある障壁を取り払い、生きるのを楽にしてあげることではないと。親に刃向かうとは怪しからんというのは良くわかるが、こればかりはどう否定しようが事実であり、更にいえば、若い世代ほどそれは顕著になっている。世間知らずというのは社会で働き、社会を知っているはずの戦後生まれの連中こそを指しても、何ら意味違いな事はないだろう。自分達の抱えている矛盾に目を向けずに、今でもそんな自己を肯定することしか出来ない。日本が平和なのは憲法のおかげだと大声で叫び、他国への謝罪に夢中になっている。一体、何の為に?謝罪する割には自分の既得権益だけは必死に守り通そうとしてる。
戦後の享楽的で楽観的にさせてしまう経済成長が人をある意味、駄目にした。物質主義的に物を買い漁り、豊かさばかりを追求し、神が宿る里山まで調和することなく削って出来た分譲住宅の一戸建てを薄っぺらい憧れから買って、勝ち組世代として君臨している。これは彼等の努力以外のあらゆる幸福に恵まれた状況が作り上げたものだと気付いていないんだと思う。戦後教育を受けた世代は大体が自由やプライバシーを楯にあらゆる混乱を生み出しては、それを放置してその場凌ぎで済ましてきている。根本的に間違っているから、何処かが綻び、絡まる。その繰り返しがこれから延々と続くのだろうし、それによる負担が後の世代に重くのしかかってくるのは間違いないだろう。そんなことを知りながらも、それを無視してあらゆる労力をかけて行う物事の全ては現実逃避以外に何もでもない。今後を見据えて生きるのには、誰しもがこういった将来への失望と不安の中でも、最大限出来る事はこの世に対して何かと考えつかないとならない。そしてやりたいことなんていうことを平気で言ってのける奴や自己保身の為に偉そうに会社や役所にへばり付く連中っていうのは、結局、どう
しようもない失望しかない時代への流れから逃げたいだけで何らそこら辺にいるアホなガキに変わりない。働くというのは世の為に貢献することであり、それに命を賭けて遂行することだ。そこに自己を満たすものなどなく、その前に他者を満たすことがある。これがちゃんと分からなかったら、何をやっても、ただ働きになるだけで、言ってはならないのだろうが、いつかその負い目の前に路頭に迷うだけだ。俺はそう感じていた。
確かに子供の頃から用意された物は満たされていたが、心情的には満たされていないことを直ぐに見抜いていた。日本という国柄まで否定したかのような学校の教育と歴史の連続性から来る内面化した意識があまりに違いすぎて、教わるもの全てが嘘の様に聞こえた。実力を無視してやりたいことばかりが強調された。そんなものはわからないと答えれば、大学で見つければいいと適当にあしわられ、何となく大学に入ってはみたものの、講義や実験で肩透かしばかり喰らう日常にそんなものは見つからなかったし、遊びと欲望に耽る周囲には嫌気ばかりが射すだけで、何一つ有意義な答えが見つからなかった。何度も大学を辞めようとしたが、辞めようとすれば、家族の縁を切るとまで言われ、父には泣かれながら、竹刀で辞めないと言うまで殴られた事もあった。一回だけこういう言い争いで俺が父の顔面をおもっきり殴り、怪我を負わせたが、しかしその場にいた父の母である祖母に電話で警察に通報されて以来、暴力に訴えてみる試みは辞めるしかなかった。祖母までもその時には泣き出して、父を庇うか俺を庇うかで狼狽するのみで、竹刀で殴る父に抗議出来ないが、立場の低く、
顔も性格も母に似た俺が自分の自慢の息子を殴るのは許せなかったのか、俺だけをひたすら叱り付けた。
そんなやり取りに疲れた俺は生活費を掻っ払う為に大学に通う意志だけを示して、夜は仕事で知り合った女と遊んでは、昼は音楽を聴きながらやたらと長い小説や英文ばかり読んで教養を深めていくしか楽しみがなく、社会の中ではみ出した女の話だけが妙に現実的なものがあっただけで、それ以外は退屈過ぎて、起きてても寝ていても夢を見ているように錯覚していたぐらいだ。