スローな武器にしてくれ!(夏詩の旅人 1st シーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

Tanaka-KOZOのブログ

★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!




 東京石神井公園、カズの自宅スタジオ。

「お~!、すごいなこのニュース…」
スマホでニューストピックスを見ながら言う小田。

「ちょっと聞いてんの小田さん!」
1週間後に迫った、鎌大野外ライブについての説明を、メンバーにしていたジュンが言う。

「だって、今日逗子で銃撃戦があったんだよ」と小田。

「銃撃戦!?」
反応する僕。

「もう!…」
話を聞いてくれない僕らへ、ジュンがふてくされる。

「ほら!、カズもこっちに来て聞いてよ!」
ジュンは少し離れた場所に座っていた、カズの背中越しへそう言った。

カズはモデルガンを手にしていた。

モデルガンは、デザートイーグル357口径。
彼はガンマニアで、趣味のサバイバルゲームで使っている愛用銃を握っていたのだった。

本物のデザートイーグル357口径は装弾数が9発だが、サバゲーで使われるこのエアガンは、もっと多く連射できる。
最近のモデルガンは精巧に造られていて、重量、質感とも本物そっくりだ。

「お前はいつまでたっても、こういうオモチャが好きだなぁ…」
カズに近づいて僕が言う。

彼の自宅スタジオにはショーケースがあり、その中にはアメコミキャラのフィギュアや、ライトサーベル、モデルガンなどがたくさん飾ってあった。

「オモチャとバカにしてると痛い目に合うぜ」
カズが僕へ銃を向けて言う。

「ちょっと下がってみろ…」
カズが僕を3m程後ろへ下がらせた。

パンッパンッ!
いきなり僕目がけて撃つカズ。

「痛ッ!、痛ぇッ!」

カズの撃ったBB弾が、僕の身体にめり込む感じで当たる。

ははははは…。

「お前やめろよ!」
想像以上の痛さに、僕はややキレる。

「結構痛いだろ?」
嬉しそうに言うカズ。

「これくらい痛くないと、サバゲーでホンキになれねぇんだよ」
そういうとカズは、また僕を撃ってきた。

パンッパンッ!、パンッパンッ!

「痛ぇッ!、やめろバカッ!、痛ぇッ!」

スタジオを走り、逃げ惑う僕を追い回すカズ。

ははははは…。

その光景を見て笑う小田。

「もう!」

ジュンは、打ち合わせにならないメンバーたちに呆れかえって怒っていた。




 東京霞が関、警視庁本部内。

「これもバッグの中に入ってたのか…?」
数枚のパンフレットやチラシを手に取り、平松刑事が言った。

銃器と一緒にバッグの中にあったそのチラシ類は、コンサート会場、野球場、ライブハウス、ディスコ、クラブ、大学などのものであった。
これらの場所が、次のテロの標的である可能性は、十分ありえると誰もが感じていた。

「こんだけあると、絞り込むのも大変ですね」
平松に、それらのチラシを手渡した式田刑事が言う。

「絞り込むのは不可能だ…。だから1個1個しらみつぶしに当たるしかない」
チラシ類を机の上に置いた平松が言う。

「分かりました」と式田刑事と井星刑事。

「差し当たっては、このチラシにあるK大、M大、鎌倉国立大学が、来週の週末に学園祭が行われる」
「しかし、これだけの理由で、大学側に学園祭を中止しろとは言い難い」

「一般来場者から目立たない程度の人数で、一応これらの大学へ警護に入ってみよう」
「俺は鎌大に行く。式田は岡田とK大へ、井星はM大の学祭へ入ってくれ」

「分かりました」
平松に指示された2人の刑事が言った。



 2006年10月上旬。
鎌倉国立大学学園祭当日。

午前8時半。
僕はジュン、カズ、小田さんと4人で鎌大に到着した。

「なんかやけに多いな、ああいうの…」

校舎の外で垂れ幕を抱えた、反原発デモ集団の姿を見て小田さんが言った。

「ホントだ…。こっちは学生たちがやってる…」とジュン。

僕らが校内を歩いていると、今度は鎌大の生徒らしき集団も、拡声器を手に原発反対を唱えていた。

「今日は、この大学の講堂で原発フォーラムが開催されるんだよ」とカズ。

「だからこんなに多いんだぁ!?」
ジュンが言った。

「僕の大学生の頃は“日米安保条約反対”って、やってる学生デモだったけど、今は違うんだね…」
小田さんが言う。

「時代を感じるなぁ…」
僕より年上の小田さんの言葉に対し、少しからかう様に僕は言う。

「えっ!?、何ッ?、カズたちが大学生の頃って、学生デモとかやってる連中いなかったのッ!?」
小田さんが僕とカズに言う。

「いないですよ」
苦笑いしながらカズが言う。

「小田さんまでの世代が、団塊の世代の、最後の生き残りを生で見た世代なんだろうねぇ…」
僕がそう言うと。

「なんだよ!、俺だけ年寄り扱いしちゃってさッ!」
ふくれて、小田さんが言った。


「ややッ!…、どもどもッ!」
その時、僕らの後ろから、聞き覚えのある声がした。

振り返ると警備服を着たハリーが、笑顔で手を挙げて立っていた。

「ハリー!久しぶりだなッ!」
カズが笑顔で言う。

「ホントに、どこにでも現れるな…?」
僕も続けて言う。

「今日はどうしたんだ?」
僕はハリーに質問した。

「ガハハハハ…!、わたし前回警備会社クビになっちゃったじゃないですか?」
オールバックに、少し色のついたメガネをかけたハリーが、白い歯をむき出して豪快に笑った。

「ああ…、茅ヶ崎の…」
僕はそう言うと、あの時ハリーと一緒に、メイを助け出す為、大立ち回りをしたあの事件の事を思い出した。
※「ア瞳ニモマケズ」の回、参照。

「それで新しい警備会社に転職したんです!、そして新しい会社では、私の今までの実績を買われて、警備責任者というワケですよッ!」
そう言うとハリーは、自慢げにガハハハハ…と、また笑い出した。

「それで、今日は鎌大の学祭の警備に…?」と僕。

「イエスッ!鷹巣クリニックッ!…、ガハハハハ…!」
ハリーのしょうもないギャグに、思いっきり引く僕ら。

「そうか…、で、仕事の方は上手くいってるのかい?」
カズがそう聞いた瞬間…。

「バカヤロッ!」と、ハリーがイキナリ、カズにビンタした!

叩かれた頬を両手で押さえるカズ。
状況が把握できない彼は、目を見開いてハリーを見つめる。

「試合する前から、負ける事を聞くやつがあるかッ!、バカヤロ~ゥッ!」
ハリーが意味不明な事を言い出す。

そう言い終えるとスッキリしたのか?、いつものハリーの笑顔に戻り、「じゃッ!、わたし仕事ありますんでッ!」と手を挙げて僕に言った。

僕の後ろでは叩かれたカズが、「てめっ!、何ワケわかんねぇ事いいやがってッ…!」と、ハリーに飛び掛かろうとしてるが、小田さんに「まぁまぁ…」と押さえつけられて、飛び掛かれないでいた。

走り去っていくハリー。
20m程先には、彼の部下たちが整列して待っている姿が見えた。

「それじゃあ、みなさぁ~ん!、今日も1日、元気でやっていきましょう~!」
整列した部下たちの前で、ハリーが笑顔で言っている。

「元気があれば何でも出来るッ!…。いくぞぉ~ッ!」
「イ~チ、ニィ~、サンッ…」

「イノキか…」
僕が見つめる先のハリーは、メンバーと共に「ダァ~ッ!」と、元気よく拳を突き上げ叫んでいた。



 その頃、警視庁公安部の平松刑事も、既に鎌大へ現れていた。
彼は部下4人とで、覆面警護にあたっていた。

「こっちは今のところ特に変わった様子はない。引き続き監視を続ける」
懐の無線マイクに向かって、校内の別の場所にいる仲間にそう言う平松。

「もし怪しいやつを見かけたら迷わず職質しろ。いいな…?」
彼はそう言い終えると、マイクから口を放した。

時刻は9時になろうとしていた。
鎌大にも来場者が、かなり集まり出していた。

(もしこんなとこでテロを起こされたら、被害はこの前とは比べものにならない事になる…)
平松はそう思うと、一層気を引き締めて警護に当たる決心をした。

ピィ…ッ

その時、平松の無線の音が鳴った!

「どうしたッ!?」
無線に出て、相手刑事に聞く平松。

「怪しい奴を見つけました!」

「今どこだ!?」

「講堂の裏です」

「分かったすぐ行く!」
そう言うと平松は無線を切って、講堂の方へ急いで向かった。

 平松が講堂の裏へ到着すると、一人の男が刑事に後ろ手にされ、壁際に押さえつけられていた。
男は警備員の恰好をしていた。

なるほど…。
警備員に紛れ込んでテロを実行する…、あり得る事だ…。

平松は押さえつけられている、その警備員の所持品検査をした。

「わっ…、わたしは警備責任者ですッ!」
拘束されている男が言う。

構わず所持品を調べる平松。
身分証が出て来た。

身分証の顔写真と、拘束されている男の顔を見比べた平松が言う。

「こいつはシロだ」

「でもこいつ怪しいですよッ!」

「放してやれ」
平松がそう言うと、刑事は警備員を解放した。

身分証の名前は“イマイ”という名だった。
ハリーだった!

 確かにこの警備員は怪しかった。
だが、テロリストの怪しさとは、また違った怪しさだと、平松の刑事としての勘がそう判断したのであった。

「痛てててて…」

後ろ手にされてた腕を振りながら言うハリー。
解放されたハリーは、その場を離れて行った。

その様子を、遠巻きで見ていた人物に平松は気が付いた。

その男をチラッと見る平松。
男は慌てて目を逸らすと、その場からそそくさと立ち去って行った。

「おい…」
平松が仲間の刑事に小声で言う。

「あの男が怪しい…。後をつけるぞ…」

「はい…」

部下の刑事がそう言うと、2人は立ち去って行った男の後を追った。



 鎌倉大記念講堂 原発フォーラム会場

「いよいよ始まるな…野中くん」
大柴がリョウに言う。

「ええ…。今日ここから始まるんですね」

大柴と2人で壇上を見つめるリョウ。
会場内はボランティアスタッフ4名が、パイプ椅子を並べて準備している姿があった。

開演前だが、既に数名の来客が講堂の中に集まって来ていた。
この原発フォーラムへの関心の高さが伺えた。

来場者の中には、孫らしき男の子を連れたお婆さんの姿も見えた。

その姿を見たリョウは、あの津波災害のあった日、リョウの事を助けてくれた老人と孫の事を思い出した。

(あの時のお婆さんも、今ではどこかの町へ移住してしまったのだろうな…)
そう思うと、一刻も早くM県港町を復興させなければと、強く思うリョウであった。

「大柴さん、スケジュールの進行は、こんな感じでどうでしょう?」
イベント会社“Unseen Light”社長の、岬不二子がA4用紙を手に言う。

不二子は、野外ライブステージの設営が済んだので、こちらの原発フォーラム会場の方に来ていたのだった。

大柴は不二子からA4用紙を受け取ると、それに目を通しながら不二子と打ち合わせを始めた。

「リョウ!」
そう呼ぶ声に反応したリョウ。

リョウが振り向いた先には、僕やカズたち4人の姿があった。

「原発フォーラムがあるって聞いてたけど、君ら(毎朝新聞社)が主催だったんだ?」と僕。

「ええ…。今日、ここから始まるの。復興に向けた新しい第一歩がね…」
壇上の垂れ幕の方を見つめながらリョウが言った。

「あら?、二人はお知り合い?」
大柴との話が終わった不二子が、こちらへ向かって歩いて来た。

「君か…?」と僕。

「そうだったな…、講堂で行う原発フォーラムも、君の会社が関わってたんだっけな…?」
思い出すように、続けて僕は言った。

「で?、どういうお知り合い?」と不二子。

「彼女は、俺が以前働いていた会社の後輩だ」

「そうなんだ…」
そう言った不二子の後ろにいた大柴と、僕は目が合った。
僕らは遠巻きに、お互いが軽く会釈する。


「お前、美人の知り合い多いなぁ…」
僕の横からカズが、ヒョイと顔を出して言う。

「ども…」
カズがリョウに挨拶をする。

リョウもカズに会釈した。

「ここが会場かぁ…」
「へぇ…?、途中でライブとかもやるんだぁ?」
カズは興味深そうに、会場を舐め回すように見つめる。

「ちょうど良かったわ。みなさん揃ってる様だから、今から野外ステージをお見せするわ」
不二子が、僕ら4人にそう言う。

「ああ…、そうだな案内してくれ」
「じゃあリョウまたな…」と、僕はリョウに挨拶して歩き出す。

わ~い!と、行こうとするジュンを手で制して止めるカズ。

「ん!?」と、カズに振り返るジュン。

「どうした行かないのかぁ~?」
少し離れた場所から僕が言う。

「先に行っててくれ、後から行く」とカズ。

「分かった~」
そう言うと、僕と不二子は講堂から出て行った。

僕と一緒に出て行く不二子の笑顔を眺めているカズ。

そしてジュンの方は、なによ…?という目で、カズを見つめる。

「お前はここにいろ」とカズがジュンに言う。

「なんでよ!?、あたしもステージ見たいんですけどぉ…」

「ここにいる方が面白そうじゃないか?」

「どこが?…、ぜんッぜんッ…」

「俺はお前と一緒に、ここにいたいんだよぉッ!」
突然ジュンに、おちゃらけて言うカズ。

「うわっ!キモッ!何突然!?」

「いいからここに残れって!」

「カズ、サイテー!、あんた結婚してるじゃない!?」

ははははは…。

2人のそのやり取りを見て小田が笑う。

「それでも良いんだよぉ~!」とふざけて言うカズ。

「バーリトゥード(何でもあり)かよ!?」
どこかで聞いた様なセリフをジュンが言った。




「今日はベーシストとして参加ね。ちょっと残念かしら…?」

 鎌倉大学構内のレストラン。
僕の向かいに座る不二子が言う。

ステージを案内してもらった僕は、不二子とレストランに入って打ち合わせをしていた。

「別にここでは、自分が歌わなくたっていいさ」

「ここではって…?」

「それに今日の主役はジュンだしな…」と僕が言う。

「ねぇ…、前から聞こうと思ってたんだけど…」と不二子。

「なんだ?」

「あなたって、どうして積極的にメディアに出ないで、旅なんかしてるの?」

「おかしいかい?」

「ヘンよ…!、なんか意図的に避けてるみたい…?」

「そんな事はないよ」
苦笑いで僕は言う。

「ただメディアに積極的になると、旅が出来なくなるからな…」

「それよ!、なんで旅にこだわってるの?」

僕は不二子のその質問に、なんと言うべきか?少し考え、言葉を選びながらしゃべり出した。

「2004年…、2年前の夏だ…」
「俺は会社を辞めて、シンガーソングライターの道を選んだ」

「だがその時の俺は、自分が選んだこの道にまだ自信が持てなくて、伊豆の今井浜まで車で旅に出かけてたんだ」
「現実逃避というやつだ…」

「あなたにも、そんな繊細なとこがあったの?」
少し驚く不二子。

「なんだよそれ?」
苦笑いでいう僕。

「あっ…、ごめんなさい!、続けて…」
不二子はそう言って、話の続きを急いた。

「そこである女性と出会った」

「女性?」

「ハルカ(晴夏)という、プロサーファーを目指している女性だ」

「当時彼女は26歳…、プロになるには最後のチャンスだったと思う」
「だが彼女は、余命が少ない実家の母親の元へ、サーフィンを止めて東京に帰ってしまったんだ」

「残念ね…」

「そう思うだろ!普通!?」
僕が突然身を乗り出して言ったので、不二子が少し驚いた。

「ところが彼女は俺にこう言ったんだ」

「大丈夫!、しばらくしたらまた帰ってくるから…」
「人生遅すぎたってもんは無い!やろうと思えば、またいつからでも始められるんだから…てね」
※「Surfer Girl」の回、参照。


「俺は彼女がそう言ったときに、ガーンと頭を叩かれた気がしたよ!」
「一体俺は、何をウジウジ悩んで、現実逃避してたのかってさ…」

「そんな事があったの?」

「ああ…、ちょうど君が下田のFM局の仕事を、俺に持って来てくれた時の、1ヶ月ほど前の話さ」

「ああ!あの時…」
不二子が思い出した様に言う。
※「ハイビスカスの少女」の回、参照。

「まぁ、それ以外にもいろいろ、俺の背中を押してくれる様な言葉をかけてくれたりもしてね」
「あの時の彼女には、ホント感謝してるんだ」

「それで俺は彼女に約束したんだよ」

「約束?」

「ああ…、“俺も君みたいに、人に力を与えられる様な歌を作るよ”ってね」
「それが今の俺の音楽活動の原点で、生き甲斐にもなっている」

「そうなんだ…」

「だから、今俺はこんなに元気よくやってるんだぜって、彼女に知らせたいんだよ」

「連絡しないの?」

「知らないんだ」

「知らないの!?」

「ああ、東京のどこへ帰ったかも分からない。とにかく最後の挨拶をする前には、もう実家へ帰ってしまったんだ」

「じゃあどうする気なの?」

「そこで、東京へ帰った彼女がもしサーフィンを再び始めていたら現れそうな海…」

「ええッ!、それで伊豆とか神奈川の海へしょっちゅう旅してるのッ!?」

「そういう事だ…」
「おかしいだろ?」

「というか、どんくらいの確率の話よ!?」

「無駄かもしれないが、やってみたいんだ…」

「その人のこと好きなのね…?」
不二子は、少し寂しそうにポツリと言った。

僕は不二子のその言葉を聞いてハッとした。

「そうか…、そうなのかもしれないな…」

(バカ…)

「2年前でしょ…?、もう結婚してるかも知れないわよ…」
そう言った不二子は、どうでも良い事を意地悪く口走ってしまった自分に後悔した。

「不二子…、俺は彼女が結婚してたら会いたくないとか、独身だったら会いたいとか、そういう事は別に関係ないんだ」
「俺は彼女と会ってから後のことなんて、これっぽっちも考えてないよ」

「ただ最後にちゃんと挨拶できなかったという事が、心の中でずっと残っていて、それがイヤなんだ」

「ただそれだけの理由…?」

「ああ…、俺は、人は別れる時、どう相手を見送るかという事が、とても重要だと考えているからね」

「ふぅん…」
頬杖をついた不二子はそう言うと、窓の外を眺めた。

その時、遠くから何か“ボンッ”という破裂音が聴こえた。

「なんだぁ!?、ガス爆発かぁ…?」
聴こえて来たその音に僕は言った。




 鎌倉大学の旧校舎の屋根が突然爆発した。
建物からは黒煙がモクモクと上がっている。

「なんだ!?、何が起こったッ?」
怪しい男を尾行中の平松刑事が、黒煙の上がる旧校舎の方へ振り返ると、部下の三上刑事へそう言った。

「分かりません!もしかしたら爆弾かも…ッ!?」

「三上ッ!、お前はあそこに行って爆破原因を調べて来い!」
「俺はあの男を追う!」

「分かりました!」

「状況が分かったら無線で知らせろ!」

「はい!」

平松がそう言うと、部下の三上は現場の方へと走って行った。




 ズズズズズ…。

爆発現場から、比較的近い場所にある講堂が振動で揺れた。

「何だあの音は?」と小田。

ざわつく講堂内の人々。

講堂にいるリョウも不安そうな顔をしている。
隣の大柴は、顔色一つ変えないで黙っていた。

ズキューンッ!、ズキューンッ!

その時、講堂の壇上から銃声が鳴り響いた。

壇上へ振り返る人々ッ!
そこには3人の若者が立っていた。

中央にいる男は、講堂の天井に向けて銃を構えていた。
どうやらあの男が発砲した様だった。

「みなさん、どうも初めまして。私はフールズのリーダー中沢です」
銃を持った手を下げてから、壇上の下で硬直している人たちへそう言う男。

その光景を不安に見つめるリョウやジュンたち。

「みなさんには、これから我々の人質になっていただきます」
中沢と名乗った男がみんなに言う。

「ハッハァーッ!、イッツ、ショウタイムッ!」
続けてその男が言った。




ピィ…ッ。

平松の元へ、三上刑事から無線が入った。

「どうした?、何か分かったか?」
尾行を続けながら平松が言う。


「平松さんッ、あの爆発はおそらくテロによるものですッ!」
「リュックを背負った男が旧校舎に入り、上がって行く姿が目撃されていますッ!」

「なんだとッ!?」

「その男が最上階へ行った後、すぐに爆発が起きた様ですッ」
「リュックの中は爆弾ですッ!、やつらは自爆テロを行った模様ですッ」

三上刑事がそう言うと、平松は自分が尾行をしている目の前の相手も、リュックを背負っている事に気が付いた!

(大変だッ!。あれも爆弾かも知れない…ッ!?)

「分かったッ!、お前はすぐ本部へ応援要請をしろッ!、俺は尾行してるやつを止めるッ!」
平松はそう言うと、尾行している相手に向かって走り出した!





 鎌倉大学記念講堂

講堂内の人々は中央に集められていた。
その中には、カズやジュン、小田、そしてリョウや大柴の姿もあった。

ボランティアスタッフと思われていた4人は、どこから持ち出して来たのか?、自動小銃AK47を構えて人質を囲んでいた。
彼らもフールズの仲間だったのだ。

「大柴さんッ!これは一体ッ!?」
リョウが隣の大柴に言う。

「野中くん…、もう少し様子を見てみようじゃないか…」
「面白い事になるかもしれない…」

「面白いだなんてッ…」
何てことを言う人なの!?という顔で、リョウは大柴を見つめた。


「何事ですかぁ~?」
その時、銃声を聞いた警備責任者のハリーが講堂へ顔を出した。

「ッ!!」

一瞬で状況を把握したハリーが固まった。

中央に集められた人たちは、警備員が現れた事で少し安堵の表情を浮かべる。

「ちょっとッ!、あんた警備員でしょ!?、なんとかしてよッ!」
ジュンがハリーに叫んだ。

「いや…、私はこれから重要な用事があるもんで…失礼…ッ」

「これ以上、重要な用事って何よぉッ!」
キレるジュン。

ズキューンッ!

その場から立ち去ろうとする、ハリーの足元に銃弾が飛んだ。

「おいッ、あんたも手伝ってくれねぇか?」
「このパイプ椅子で、出入口を塞ぐバリケード作るのをよ…」

一歩も動けないでいるハリーに、銃を向けた中沢が言う。

その状況を、固唾を飲んで見守るジュンや小田たち…ッ!

緊張が走るッ!

するとハリーは、いきなりテキパキと言われるがまま、バリケードを作り出した!

ダメだこりゃ…と、その状況を見て、ガクッと崩れ落ちるジュンたち。

ハリーの動きは、妙に手際が良かったのだった…。


「さてと…」
壇上にいる中沢が、ノートPCのセッティングを完了して言う。

ジュンや人質たちは、講堂内の中央に集められ座らされていた。
そして、その周りを4人のテロリストたちが、AK47銃を構えて見張っていた。

「日本政府及び、警察諸君ッ!」
中沢がPC画面に向かって、突然叫び出した。

「我々は、反原発を訴えるグループ、フールズであるッ!」
どうやら中沢は、PCの内蔵カメラを通じてネット配信をしている様だ。

「我々は、今、鎌倉国立大学の記念講堂に立てこもっている!」
「現在、ここには人質が10名ほどいる!」
中沢はそう言うと、壇上からPCの向きを変え、下に座らせている人質たちが映像に映る様にした」

「ご覧の通りだ…」
「そこで我々は君たちに要求する!、今から1時間以内に、現在日本で稼働している原発を全て停止せよッ!」

人質たちがざわつく。

ズキューンッ!

「静かにしろいッ!」

天井に威嚇射撃をした中沢が、騒ぐ人質たちへ言う。

黙り込む人質たち。

「我々は本気だ!、先ほどの爆発は、我々の同志がやった自爆テロであるッ!」
「現在、この大学には至る所に、あのような爆弾を背負った仲間が潜んでいる」

「下手な動きをしてみろ…、遠慮なく爆弾をどんどん爆破させる…」
「脅しじゃないぞ…。見てろ!…やれッ!7班ッ!」


ボォ~ンッ…。

その時、遠くから爆破音が聴こえた。

「分かったか?、このままどんどん爆破を続ければ、犠牲者はどんどん膨れ上がるぞ!」

「それから、今日ここにお集まりいただいた同志諸君ッ…!」
「ついに今日、歴史的な日が訪れようとしているッ!、我々の念願が叶う日がやって来た!」


「反原発を唱える同志諸君ッ!、我々に力を貸してくれッ!」
「記念講堂の前に集まって欲しい!、ここは爆破がない、安全だ!」

「みんなは力を合わせて、ここに国家権力のイヌどもがやって来ないように阻止してくれッ!」
「大丈夫だ…。日本の警察は君たちを撃ってきたりする事は絶対ない。日本とはそういうお目出たい国だからな…」

「だから頼むッ!、あと…、あと一歩でこの国から原発を無くす事ができるんだ!」
「みんなで力を合わせて、この目的を達成しようじゃないかッ!」

「やろうぜッ!…、君もッ!」

校内でこの放送を見ていたデモ集団は、スマホにかじりついていた。

「そうだ…、同志諸君ッ…」
中沢が思い出した様に続けて言う。

「もし、校内で警察を見つけたら粛清してくれッ!」
「これは正義の戦いだ。邪魔をする警察を見つけたら粛清だッ!」

「粛清せよッ!…」

粛清せよ!…。

粛清せよ…。

粛清せ…。

粛…。

中沢の、この言葉がデモグループたちの脳裏に鳴り響き続ける。
その時、デモグループたちの目つきがギンッと変わった!

(そうだ!警察は粛清だ!…、粛清せよ!)

校内のあちこちに散らばっていたデモ集団は、“粛清”の言葉をスローガンに、記念講堂の方へ続々と向かい始めた。


「では最後にもう一度政府に言うッ!」

「いいかッ!?、1時間以内だぞッ!」
「もし要求を呑まなければ、ここにいる人質を1時間おきに一人ずつ撃ち殺すッ!」

「以上だッ!」
そう言い終えると中沢はPCカメラのスイッチを切った。

ジュンや人質たちは、不安でお互いの顔を見合わせた。



「大変だわ!」と不二子。

レストランにいた僕と不二子は、今何が起こっているのか状況を知るために、スマホのTV画面をチェックしていた。
TVのワイドショーからは、レポーターがヒステリックに叫んでいた。

「こちら鎌倉国大前から中継ですッ!、ご覧の通り、今犯人グループからの要求がありましたッ!」
「それでは一旦、スタジオに戻します」

「はい、ありがとうございましたぁ~」
「いやぁ…大変な事になりましたね。玉川さん!?」
TVの司会者がコメンテーターに質問を振る。



「そうですねぇ…、立てこもってるテログループは、一般人のデモ隊を味方につけて講堂前を守る行動に出て来ました」
「これは警察としても厄介でしょう…」

「どういう事ですか?玉川さん…」

「日本は、民間人のデモ隊などは、絶対に銃で撃って制圧したりしません…、いや出来ません!」
「もし、そんな事をしたら国際社会から大バッシングを受けてしまいますからねぇ…」

「では、警察はどうすることも出来ないと!?」

「そうですね…。まぁ日本も腐った政治をしているから、我慢に限界を超えた民衆が、こういうテロを強行してしまったというワケです」

「では、玉川さん的には、こういったテロ行為もいたしかたないと…?」

「そうですね…。いや、むしろ僕はテログループを応援したいくらいですよ!」

「玉川さんッ!それはちょっと問題発言では?」

「そんな事ありませんよ。もっとどんどんやるべきです!、そうでなきゃ国は動きませんから…」

コメンテーターの暴走した発言に、慌て出したディレクターが急いでCMに入れと指示を出していた。




 鎌大記念講堂前には、約100名ほどのデモ隊が既に集結していた。
彼らは垂れ幕を掲げて、棒を手に反原発を訴え叫んでいた。

講堂内には、人質たちが中央に集められている。

「何とかならないものか…」
打開策はないかと考えてる小田が呟いた。

「私に名案があります」
小田の隣に腰掛けていたハリーが彼に言った。

「名案…?」

「はい…、昔TVで刑事ドラマを観てたとき、これとまったく同じような状況を見た事があります」

「それはどんな…?」

小田がそう聞くと、ハリーは「ちょっと待ってて下さい」と言って、四つ這いになって移動しながら、カズが腰掛けてる場所まで行った。


カズは、自分の所にやって来たハリーを怪訝そうに見つめる。
そして、カズと目が合ったハリーはニヤッと笑うと、突然カズに対して怒鳴り出した。

「おいッ!カズッ!この野郎ッ!何、辛気臭せぇ顔しやがってッ!」
「うじうじと悩み、ビクビク怯えやがって見てらんねぇぜッ!」

「おめぇはそれでも男かッ!?」
「おめぇみてぇなやつは男じゃねぇッ!、女の腐ったやつって言うんだッ!」

「はぁん?、カズぅ~?、何がカズだ気取りやがってッ!」
「お前みたいなオカマヤロウには、カズじゃなくて、カズコがお似合いだッ!」



(噂の刑事トミーとマツか…)
その状況を遠くで見ていた小田が、呆れ顔でそれを見ていた。

「このオカマ野郎の、男オンナの…、カズコッ!、カズコッ!、カズコォオオオオオッ!」

「てんめぇええええ!!、もう勘弁ならねぇッ!」
キレたカズがハリーに飛び掛かる。

「うわッ!、私の方じゃない!あっち!、あっち!」
犯人たちの方を指差しながら、無抵抗のハリーが顔面をポカポカと殴られる。

ズキューンッ!

講堂の天井へ発砲する中沢。

「てめえら静かにしろぉッ!死にてぇかッ!?」

「いえ…」
胸ぐらをつかんでいるカズと、鼻血を出しているハリーが、中沢へ振り返りおとなしく言う。


「ねぇ!あんたたちは何者なのッ!?」
ジュンが中沢に言う。

「俺たちはフールズだ!、最高にイカス、RAPグループのフールスだ!」
中沢がジュンに言う。

「あなたたちみたいなのが、ミュージシャンだっていうの?」
ジュンが信じられないという顔をして、中沢に言った。

「信じられないのならばお見せしよう…」

中沢はそう言うと、他の2人とアイコンタクトをする。
2人のメンバーはコクリと頷くと、3人は壇上の中央へ集まった。

「レツゴッ!」
中沢が掛け声を掛けると、いきなり3人は歌い出して、キレッキレッのダンスで踊り出した。

「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」

(なんてダサい歌…)
ジュンは眉間にしわを寄せて、黙って壇上のフールスを見つめていた。

RAPパートが始まった。

「自分の過去からサヨナラしようッ!新しい人生、ここに待ってるッ!」

そしてまた歌が始まる。

「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」

ジュンは隣にいるハリーが、無言で彼らのステージを見つめているのに気が付いた。
ハリーは直立不動の姿勢で、頭だけを上下に頷きながらリズムを取って聴いている。

そしてRAPパート。

「アウトな政府は、政府(セーフ)でもアウトッ!アウトッ!セーフで、ヨヨイのヨイッ!」

気持ち良さそうに歌う中沢。
「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」

次の瞬間ッ!

「ヒトツゥ~!、ウエノォ!、オトコニナロォッ!…ハイッ!」
ハリーがイキナリ、彼らの歌に合いの手を入れて来た。


中沢は歌いながらハリーの方をチラッと見た。

(何だアイツ…?、変な合いの手入れて来て…?)
そう思いながら、踊る中沢。

ハリーも変わらず首を上下に動かし、リズムを取って壇上を見つめる。

「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」

「ヒトツゥ~!、ウエノォ!、オト…ッ」

「やめんかぁッ!」

ズキューンッ!、ズキューンッ!

中沢がハリー目がけて発砲した。

「わああああ~ッ!」
ジュンたち人質たちは、流れ弾を喰らわない様に、急いでうつぶせになる。

ズキューンッ!、ズキューンッ!

人質の頭上を中沢の撃った弾丸が通過する。
それをハリーは、ジグザグにちょこまかと動きながら、器用に弾丸をかわしていた。


はぁはぁ…。

「人の歌を、植野クリニックのCMみてぇにしやがって…」



怒り顔の中沢が、肩で息をしながら拳銃を手に言う。

ハリーは無表情で、壇上の中沢と見つめ合っていた。

「ちょっとッ!あんた犯人刺激して、何考えててんのよぉッ!」
直立不動で立っているハリーに、ジュンが怒鳴った。

ハリーは無言で、そのまま壇上を見つめていた。



「なぁ!、君たちは何でこんな事をしてまで原発に反対なんだ?」
今度は小田が、壇上に立っている中沢へ言った。

「原発は危険だからだ」と中沢。

「でも日本の原発技術は、世界一安全だって話じゃないか」(小田)

「安全?、お前F県の第一原発事故を知らないのかッ!?」(中沢)

「あれはアメリカ製の原発だ。震源地からもっとも近い、男川原発の方はビクともしなかったそうじゃないか」(小田)

「東日本大震災ではかえって日本の原発技術の安全性が実証されて、その後、アメリカでは日本の技術で原発施設を建てている」(小田)
博識な小田が中沢を論破する。

「原発なんか無くたって電力は足りている。あんなものは原発ビジネスがカネになるから政府がやっているに過ぎんッ!」(中沢)

「そうかな?その代わり火力発電が増えて電気代が高騰しているぜ」(小田)

「そのくらいはしょうがないだろぉ!放射能からの環境汚染を防ぐためだ!」(中沢)

「火力発電を増やすことで大気汚染が現在ひどい事になってるのは良いのかい?、近年の異常気象はそれも原因の1つと考えられているよ」(小田)
「中国やインドでは火力発電の大気汚染の影響で、今や空が見えないそうだ。そんな風に日本をしたいのかい?」(小田)

「俺は放射能で被爆したくないんだよ!」(中沢)

「おいおい…、放射能なんてものはどこにでもあるじゃないか。健康診断でレントゲンやっても、飛行機乗っても、タバコ吸っても、バナナ食っても、みんな放射能を体内に取り込んでるじゃないか!?」(小田)

「原発は利権が絡んでるのが気に入らない!」(中沢)

「そんなの太陽光発電だって、みんな利権が絡んでるよ」(小田)

「大量に被爆したら、これから生まれてくる子供が奇形児になってしまうぞ!お前はそれでも良いのか!?」(中沢)

「君、それゴジラとかの見過ぎだよ。広島での被爆者が奇形児を産んだなんてデータは無い。大量に被爆して体内に放射能をためた男性が90過ぎまで生きていた事例だってあるぞ」(小田)

「原発は廃棄するのにコストがかかる!」(中沢)

「逆だよ!処理しても尚、火力発電より原子力は安上がりだ」(小田)

「原発なんてものは国内の電力30%くらいの割合なんだから、無くたっていいだろッ!」

「その30%を停止したせいで、ちょっと台風や大雪が来ると、最近はすぐ停電して、電車が止まると思わないかい?」(小田)
「火力発電は災害に弱いんだ。全て火力に変えるのは危険だ」(小田)

「水力や風力、太陽光だってある」(中沢)

「だが全体の90%は今や火力発電だ。原子力に変わる電力は火力発電でしか補えないんだ」(小田)

「だから火力で良いじゃないか!」(中沢)

「原子力エネルギーは僅かな燃料で、大量の電力を生み出せる。」(小田)
「一方、火力発電は年間で20兆円以上も金がかかっている」(小田)
「日本は世界的に見ても、かなりのエネルギー消費国だ」(小田)
「そのエネルギーを火力で作る為に、今や90%以上、海外から固形燃料を輸入している」(小田)
「もし、海外で紛争が起きたらその燃料がストップしてしまう。日本はブラックアウトするぞ」(小田)

「戦争などおきん!」(中沢)

「起きてるじゃないか、世界中で今も!」(小田)
「それに石油や天然ガスもみんな有限だ。君は永遠に、地球が火力発電でまかなえると本当に信じているのかい?」(小田)

「じゃあ何か?…、お前は原子力に賛成だと言うんだな?」(中沢)

「それは分からんよ」(小田)

「分からんだとッ!?」(中沢)

「こういう複雑な問題は、我々の様な専門家じゃない素人たちが話し合っても分からないという事だ」(小田)
「だけどこれだけは分かる!、君たちが今やっている行動は間違ってる」(小田)

「俺たちが間違えてるだと?」(中沢)

「そうさ。君らのやろうとしている事は、日本から光を奪う事だ」(小田)

「電力が足りなくなり、工場が停止すれば流通が止まる。そして大量の労働者を路頭に迷わせる」(小田)

「……ッ!」(中沢)

「明かりの消えた日本は、世界一安全だった国から治安が悪化し、深夜営業の経済効果も失い、女性の一人歩きも出来ない様な街へと変わる」(小田)

「きさま…、先に死にたいらしいな…」
中沢はそう言うと、小田に銃を向けた。

「俺も原発に反対だ」

その時、カズがいきなり言い出した。
振り返る小田と中沢。

「実は、俺は山本一太郎を支持しててね…。だからフールズの考えには賛成だ」
カズのその言葉に、近くにいた大柴がニヤリと笑った。

「だから俺はあちらさんに付く…」
「おい!、俺も仲間に入れてくれ!」
壇上に近づいたカズが中沢に言った。

「ちょっとカズッ!、ホンキなのッ!?」
カズにジュンが叫ぶ。

「見損なったわカズッ!」
「前々からバカだとは知ってたけど、ここまでバカだったとは…ッ」

ジュンはカズの事を、実はバカなんだと思っていた事を、ここでカミングアウトした。

「落ち着けジュン…」
小田がジュンの側で耳打ちする。

「カズの事だ…。きっと何か考えがあるのかも知れない…」

「あの人、そんな頭キレるタイプかしら…?」

「……。」
その件に関しては、小田もノーコメントであった。


「おい、お前!…。そんな簡単に、“はいそうですか”と、俺たちがお前を仲間だと信じるとでも思ってんのか?」
壇上から飛び降りた中沢がカズに言う。

「お前さっきアイツとケンカしてたよなぁ…?」
中沢はハリーの方を見つめて言う。

「だったらこれでアイツを殺してみろ…。そうしたらお前を仲間だと信じよう…」

中沢は無言のカズの肩に手を置いて、ニヤニヤしながら言う。
そして、自分がさっきまで発砲していたデザートイーグル357口径をカズに握らせた。

「立て!」
中沢はカズと2人でハリーの所まで歩いてきて、そう言った。

立ち上がるハリー。

「さぁッ」
カズに撃てと急かす中沢。

「ちょッ…、カズ、やめなさいよ…。本気なの?」
ジュンは無言のカズの隣で言う。

カズは、銃口をハリーの額にピタリとつけた。

「撃てッ!」と中沢。

緊張が走る…。

「撃てッ!」

中沢のその言葉に、カズが引き金を引いた。
顔を覆うジュン。

カチッ…。

カチッ…、カチッ…、カチッ…。

ほぉ~…。

弾切れだった銃に安堵する人質たち。

「ハッハァ~ッ!、OK!、アンタを仲間として認めようッ!」
笑いながらカズに肩を組んで来た中沢。

「こっちへ来い」
中沢はそう言うと、肩を組んだままカズと歩き出す。

ガンマニアのカズは、中沢の銃がデザートイーグルだという事を、実は早くから察知していた。

デザートイーグル357口径の装弾数は9発。
カズは中沢が最初に発砲してからの回数をずっと数えていたのだった。

中沢と一緒に壇上へ上がるカズ。
フールズの残り2人も、デザートイーグルを手にしているのをカズは確認する。

だが中沢以外のデザートイーグルは、モデルガンの様に見える。

確かに最近のモデルガンは精巧に造られている。
だから素人を騙すにはこれで十分だ。

だがカズの様なガンマニアの目は誤魔化せない。

(どういう事だ…?)

あれだけの爆弾を所持してるテログループが、まさか1丁だけ本物の銃で、こんなテロを起こすなんて考えられない…。

人質を監視している講堂中央の4人組が持っているAK47は本物なのか…!?

そこまで確認出来ていないカズは、もう少し相手の様子を見てみる事にした。

「ちょっと、あんた大丈夫…?」
ジュンは、直立不動で硬直しているハリーに言葉をかけるが、無反応だった。

「ねぇ?…、ちょっと、どうしたのよ?」

ハリーは、目を剥いたまま、なんと失神していたのだった!



 その頃平松刑事は、リュックを背負った怪しい男を追いかけていた。
リュックの男は、平松に追いつかれない様に走り出していた。

校内は先ほどのTV報道で、大パニックになっていた。
逃げ惑う来場者や学生たちが、あちらこちらで溢れかえっていた。

「おいッ!待て!、警察だッ!止まれ~ッ!」
平松はそう叫びながら、校舎の中に逃げ込んだ犯人を追う。

人混みの中を縫うように逃げる男。
そして平松の方も、人混みをかき分けながら懸命に犯人を追った。

「警察だぁ!」と叫びながら廊下を通過して行く平松を、無表情で目が死んでる1人の学生が眺めながらポツリと呟くいた…。

「ケイサツ…?」

「けいさつ…」

「警察ッ!」

その時、その学生の目の色がギラッと変わった!

(粛清だッ!)

(粛清せよッ…!)

その学生は平松が走り抜けて行った方へ、のそのそと歩き出した。


「不二子、ここは危険だ。早く離れよう」

頷く不二子。
レストランにいる僕らは、ここから離れる事にした。

その時、奥の入口から誰かがレストランに飛び込んで来た。

「待て~ッ!警察だぁ~ッ!止まれぇ~ッ!」
すぐ後に、今度は別の男がそう叫びながら駆け込んで来た。

僕と不二子は何事か?と、その状況を遠巻きから見守った。

逃げきれないと判断した追われてる男は、トイレの中に駆けこんでドアを閉めた。

「開けろ~ッ!、ここを開けろぉ~ッ!」
閉められたドアを力強くドンドン叩く、警察を名乗る男。

ボワッ!

その時、トイレのドアが爆風で吹っ飛んだ。
僕は不二子を急いで引き寄せ、その場に伏せた。

警察の男は、ドアノブを握ったままの姿勢で10m程吹っ飛んだ。

「うぁッ!」

爆風で吹き飛ばされた平松は、(まただ…)と心の中で呟いた。
彼がそう思ったのは、最初にアパートで爆風に巻き込まれてから、これが2回目であったからだ。

ズダ~ンッ!
吹っ飛んだ平松が床に叩きつけられた。

ドアが無いトイレの中からは、強い炎と煙がモクモクと出ていた。

きゃあぁあああああ~ッ!

女性の叫び声と共に、周りの人々は我先へと逃げ出した。

わあああああああ…ッ!

人を押しのけて逃げ出す人々。

「おいッ!、大丈夫かッ!?、しっかりしろッ!」
僕と不二子は、その刑事の所まで走り寄って屈むと、そう叫んだ。

「あああああ…。ううううう…」
倒れている刑事は額から血を流し、苦しそうにもがいていた。

「大丈夫ですかッ!?」
僕の隣にいた不二子も、たまらず声を掛けた。

「あ…、あばらが折れた様だ…」
息苦しそうにいう刑事。

「わ…、わたしは…警視庁の…、平松と言い…ます…ッ」
やっとの事で話す平松。

「早く、ここから…、逃げてください…」
僕らに平松がそう言い終えると、後ろから声が聞こえた。

「いたぞッ!、みんなここだッ!」
「警察がいるぞッ!、粛清だッ!粛清だッ!」

ヒョロッとした学生たちが5人程、木刀やバットを手に、こちらを指差して叫んでいる。

僕はスクッと立ち上がる。

「わぁああああ~ッ!」
1人が木刀を手に、こちらへ向かって来た!

「やめろッ!」
僕はそう叫ぶと、その学生の足を引っ掛けて倒した。

そしてそいつから木刀を奪うと、学生たちに切っ先を向けて威嚇した。

こちらを睨む学生たち。

粛清だ…、粛清だ…。

バットを構えながら、そうブツブツ唱える学生。

「わぁあああああッ!」
バットのやつが襲い掛かって来た。

「やめろッ!」

ビシッと小手を打つ僕。

カラン…。

バットを落とした学生が、「うう…」と言いながら手首を抑えている。

「じゃまするなぁッ!」

「おらぁ~ッ!」

今度は3人がいっぺんに掛かって来た。

ビシッ!

あうッ!

バシッ!

ウウッ!

ビシッ!

がッ!

カラン、カラ~ン…。

3人は、全て小手を打たれ、棒を手から落とした。
それをまだ拾って、向かって来ようとするやつがいた。

「いい加減にしねぇかッ!」
「てめえらみてぇなへっぴり腰じゃ、何度やっても同じだッ!」

(怒ってる…怒ってる…ッ!)

不二子は、僕の背中を見ながらそう思った。

(あんなに怒ってる彼を見るのは初めてだわ…)

「俺が手加減してやってるのが、分からねぇのかッ!?」

「俺がその気になりゃ、俺の突きで、お前らの目を潰す事も、喉を突き破る事だって簡単だ…」
「それでも掛かって来るなら来いッ!、だが次は容赦しねぇ…」

木刀を構えた僕がそう睨みを利かすと、彼らはお互いの顔を見合せた後、その場から走り去って行った。


彼らが走り去るのを確認すると、僕は木刀を下げて、不二子の方へ近づいて行き言った。

「不二子…、俺はこれから講堂へ行ってみんなを助けに行く…」

「えっ…!?」
不安な顔をする不二子。

「うう…、ダメだ…、警察に任せるんだ…」
倒れている平松刑事が僕に言った。

「警察のあんたがこれゃじゃ無理だ…」
そう言うと、僕は不二子に続けて言う。

「不二子、これを預かってくないか…?」
僕はそう言うと、ケツポケットから1冊の小さな手帳を取り出して、彼女に渡した。

「これは…?」

「これは、俺の今までの旅の記録が書いてある手帳だ…。俺に何かあった時…」

「いやよッ!、そんな事言わないでッ!」

「頼む…、聞いてくれ不二子…。俺にもし万が一の事があったら、この手帳に書いてある人たちの所へ、君が尋ねて行ってくれないか…?」
「彼らが元気で幸せにやっているかどうか、見届けてくれないか…?」

「そんな大事なもの…私には預かれないわ…」
目に涙を溜めた不二子が言う。

「君を信頼してる…。君だから預けるんだ」

「お願いやめて…。相手は銃や爆弾を持っているのよ…」

「それに講堂の周りには、今みたいな連中が100人もいるのよ…」
「殺されるわ…。やめて…、行かないで…」

ブルブル震えながら、涙目の彼女が僕に言う。

「俺は仲間を見殺しにして生きる人生なんて、無意味だと思ってる」

「さぁ、君はこの人と早くここから逃げるんだ」
そう言うと僕は立ち上がった。

「待ってッ!、行かないでッ!」

「頼んだぞ…」

そう言い残すと、僕は木刀を手に講堂の方へ走り出した。

うう…、うう…。

その場から残された不二子と平松。
不二子は動けないで、うずくまって泣いている。



彼女の周りには避難する人たちが、ゾロゾロと歩いている姿が見えた。
遠くからは、また爆破が起きた様な音が聴こえていた。

建物がその振動で少し揺れた。
コンクリートの破片が、パラパラと上から少し降り注いで来た。

「どうしましたか?、大丈夫ですか?」

「えっ?…」
うつむいていた不二子が顔を上げる。

がっしりした体格の男子学生が、人混みから外れて不二子にそう言ってきた。
その学生のすぐ後ろには、ここの大学の剣道部らしき連中が数名立っていた。

「私はこの大学の剣道部で主将をやっている、石井と申します」
鋭い眼差しの中に、優しさを感じさせる笑顔でその学生は不二子に言った。

「あの…、彼が…彼が1人で講堂へ人質を助けに行ってしまって…、お願い…、彼を…彼を助けて…」
泣きながら不二子が石井に言う。

石井は黙って不二子の話を聞いている。

「わかりました…。我々に任せて下さい!」
石井はそう言うと立ち上がった。

「みんなぁッ!、今から講堂へ行く!、この学園は俺たち学生の手で守るッ!いいなッ!」

「ウッスッ!」
石井がそう言うと、剣道部員たち全員がそう叫んだ。

「トシゾウッ!」

「はいッ!」
石井が1年生らしき学生に言う。

「俺たちは先に講堂へ向かう。お前はこれから他の運動部の連中を、集められるだけ集めて講堂へ来い!、いいなッ!?」

「分かりましたぁッ!」
トシゾウと呼ばれた学生は、そう返事すると走り出した。

「さ、あなたは早く非難して下さい。あとは我々に任せて…」

「ありがとう…」
涙目の不二子が石井に言う。

「さぁ!みんな急ぐぞッ!」

おうッ!

剣道部員たちは、講堂に向かって走り出した。




 その頃、僕は鎌大記念講堂の前に到着した。
僕がそこへ近づくと、デモ隊連中が周りを取り囲んだ。

「どいてくれ…」

僕が頼んでもどかないデモ隊。

「どけって言ってんだろぉッ!」
僕が怒鳴ると、今度は連中が手にした棒を振り上げ構え出した。

「何だテメ~はッ!」
1人が襲い掛かって来た。

僕は相手の棒を木刀で受けると、そいつの肩口を木刀で打った。

バキッ!

ぎゃあ~!

そう叫んで肩口を抑えながら、うずくまる相手。

僕は相手を一撃で、棒を振りかざせない状態にする為、相手の鎖骨を木刀で砕いてやったのだ。

一瞬、後ずさりするデモ隊。
だがたった1人の相手など大した事はないと、今度は連中がまとめて襲い掛かって来た。

ボキッ!

がぁッ!

バキッ!

ああッ!

次々と相手の鎖骨を砕く僕。

5人目までは上手くいった。
だが世の中そんなに甘くない。

バシッ!

相手が後ろから叩いて来た棒が、僕の背中に当たる!

僕は振り向きざま、そいつの頬を木刀でひっぱたく!

グッ!

そいつは倒したが、今度は別のやつが後ろから僕の肩を棒で打った。

バシッ!

ぐぁッ!

はぁはぁはぁ…。

講堂の壁際に追い込まれた僕。

(やっぱ時代劇みてぇにはいかないか…)

僕は殺られる覚悟をした。

「粛清だぁ~ッ!」
そう叫びながら、連中が壁際の僕へ棒を振りかざして襲い掛かって来たッ!

僕は目をぐっと閉じた。

バシッ!

バシッ!

バシッ!

バタッ…。

誰かが崩れ落ちる音。

何だぁ!?と思った僕が目を開ける。
目の前では剣道着を着た連中が、デモ隊を次々と木刀で蹴散らしている光景が見えた。

「大丈夫ですかッ!?」
1人の体格の良い学生が僕にそう言った。

「君は…?」

「私は、この大学の剣道部で主将をやっております、石井幸鷹と申します!」
「先ほど岬さんという女性から、あなたを助太刀する様、頼まれて参りました」

「不二子が…」
あいつヤルじゃないか…と僕は不二子を思ってニヤッと笑う。

「ありがとう…。でも良いのか?、こんなとこで暴力沙汰を起こしたら廃部になっちゃうぜ」
僕は石井に言う。

「構いません…。こんな時に使えないで、何が武道ですか!?」

「お前…、男だな…」
僕はそう言うと木刀を持って再びデモ隊と対峙した。

バシッ!

ビシッ!

僕らはデモ隊を次々と制圧する。

だが、分が悪くなったデモ隊の方に、今度はやつらの応援が駆けつけて来た。
すごい人数だ。

数で勝るデモ隊に、剣道部の連中も次第に疲れが出て来て、1人、2人と倒されて行く。

「主将ッ!ダメですッ!、相手の人数が多すぎま…、ぐぁッ!」
そう言っていた学生も倒された。

「うぬぅ…万事休すか…」
僕の隣で戦う石井が言う。

「主将~ッ!」
その時、遠くから声が聞こえた。

「トシゾウ~ッ!、でかしたぁ~ッ!」
石井がそう言った方を見ると、そのトシゾウと呼ばれた学生と共に、大人数の運動部員たちがこちらに向かって走って来る姿が確認できた。



「援軍ですッ!、援軍が到着しましたぁッ!」
石井は大喜びで、僕の方に向いて叫んだ。

わああああああああああ…。

突っ込んで来る学生たち!

まずはアメフトとラグビー部の連中が、デモ隊目がけて強烈なタックルを喰らわせた!
吹っ飛ばされるデモ隊連中。

そこへ続いて、フラフラしてる相手連中に、空手部がハイキック!、ボクシング部がアッパーカット!、柔道部が背負い投げを次々と決める!

「もう時間がありませんッ!、ここは我々に任せてあなたは講堂へ行って下さいッ!」
石井が僕に言う。

「すまない…」

僕はそう言うと、講堂の入口に向かって走り出そうとした。
ところが僕の目の前にデモ隊が立ちふさがり、行かせまいと前を固めた。

それを見ていた相撲部とレスリング部の連中が、強烈なぶちかましやタックルを決めて、僕に通り道を作ってくれた。

「さぁ!、早く行って下さいッ!」
そう言うレスリング部員。

僕は彼に頷くと、彼らの作ってくれた道を駆け抜けて、講堂の入口目がけて走り出した。
走り抜ける僕の頭上からは、ヘリコプターのプロペラ音が聴こえていた。

「こちら上空からお届けしておりますッ!」
アナウンサーが興奮気味に叫んでいる。

「今、動きがありましたッ!、たった今…、講堂を取り囲んでいたデモ隊と、ここの学生の運動部と思われる連中との間で、衝突が起きましたッ!」
「双方その人数、100名を超えた大乱闘に発生しておりますッ!」

「一体、現場では、何が起こっているのでしょうかッ!?」
「上空からは以上ですッ!」


To Be Continued….