『田中弘光の受けた冤罪レポート』

『田中弘光の受けた冤罪レポート』

冤罪事件について真実を明かしていきます。

Amebaでブログを始めよう!

 

田中弘光の受けた冤罪事件一覧表

 

私、田中弘光は数奇な運命で4度の冤罪を体験しました。

 

 いよいよ、冤罪のご報告をする時が来ました。真に貴重な体験ですが、日本国の人柱の天命もあり、この冤罪を受ける事は日本国を救済する大いなる使命でもありました。

 冤罪を受けたのは、悪徳の弁護士料稼ぎや、その司法の一味によるでっち上げでした。

 この冤罪は法難であり、天命の使命の為、避けることのできない冤罪でした。

貴重な体験をしましたし、日本が大予言者 出口王仁三郎氏が予言した如く、「日本はグロス(グロテスク)になり、社会に正義はなくなる。そして、一度滅んだ後(天変地異、国家破産、他国の侵略など)、秋津姫(女神)が再建する」と予言した如く、まさに今は日本はグロス(グロテスク)島になりました。

 この体験が日本正常化のための役立つことを祈念するとともに、ご参考になれば光栄です。今の日本は本当におかしいです?

 

 私の人格を知りながら、わたくしを犯罪者として疑ったり扱った方は、いろいろいますが、真に残念です。

 

 

 

 

A)第一の冤罪 モネ事件

東京地方裁判所 平成9年(わ)第821号事件

 

再審決定 平成30年8月13日、モネ事件を合議体で審議する旨の決定。

再審請求事件 東京地方裁判所 刑事第10部 平成30年(た)第11号

再審申立事由、被害者と称する深川和彦に対し、田中弘光が5億円を支払っていた領収書を発見(新発見の証拠)、むしろ田中が被害者であると判明。

 

 

【事件の経緯】

平成9年4月12日、中国から成田空港に到着した処、突然東京地検特捜部に逮捕される。容疑は、深川和彦よりモネの絵画「エトルタの野原」20号を詐取したとの事件。そのまま、東京拘置所に拘留され東京地方裁判所 平成9年(わ)第821号事件として起訴される。弁護士 丸山利明(元特捜部検事)が田中の弁護人となり着手金500万円を家族より得た。

逮捕より一貫して否認していたが、拘留19日目に特捜部長が拘置所に来て「このまま否認していると子供を逮捕するぞ。」と特捜部長より脅され、「でっち上げでも逮捕は出来るんだ。」と言われた。翌日、拘留20日目に丸山弁護士が接見に来て、「検察時代の後輩の特捜部長と日比谷公園で打ち合わせをしてきた。特捜部長は、田中さんが無罪でも『田中で行く』と決めてマスコミにも発表したので、この方針は覆らないと言われた。」と言い、丸山弁護士は「仕方が無いから、一旦供述調書に署名しよう。子供を救うしかない。」との事で、20日目に田中は供述調書に署名した。そして起訴となり公判で否認した。

その時この「5億円の領収書」を特捜部は押収していたのに隠した。そもそもモネの絵画は、深川和彦が別の貸付金の追加担保に持ってきたが、価値は1億5千万円位のものであった。別の5億円の資金調達先への返済もあり、深川より「とりあえず5億円調達するので、モネを8億円で預かったとの伝票を協力して欲しい。」と求められたのでこの伝票に協力をした。この金額がモネの被害8億円とされた。然し、上記の如くその後5億円を貸し付けており、更に14億円のルネッサンス絵画等も深川に詐取されたままであり、田中が被害者なのが新発見の証拠「5億円の領収書」(検察が隠していた証拠)で判明した。

然し3年勾留の後、一旦釈放となり、その2年後に実刑4年との刑が確定した。未決算入も含め、冤罪のまま2003年に黒羽刑務所に受刑し2004年に復帰した。

上記の如く、事実を証拠と共に東京地方裁判所に再審申立をした処、再審の決定がなされた(20018年8月13日)。判決文を見ても、そもそもモネを詐取したと期日が平成2年3月22日であるのに(追加担保とし預かった)、逮捕は平成9年4月12日であり詐欺の時効は成立していたのに逮捕起訴された。裁判所も承知な上なのに有罪としており、判決文もダッチロールをしており、真に不思議な事件である。

甲1号証 「再審決定書」

甲2号証 「新発見の5億円支払領収書」 ギャラリー日本は田中弘光が経営していた画廊

 

B)第二の冤罪 沼津事件(M&A詐欺被疑事件)

静岡地方裁判所沼津支部 平成23年(わ)第100号 詐欺被疑事件       (現在 再審準備中)

 

【事実関係】

被害者と称する杉山ゆき江より2006年5月31日500万円を詐取したとの事件、平成23年3月2日静岡県沼津署に逮捕される。

告訴状の2006年5月31日のM&A2期(中古車自動車会社のM&A)は、証拠からして存在しない事が判明したので現在再審準備中。起訴後、田中の弁護人中村信弁護士より「冤罪であるが示談と釈放を取り付けよう」と勧められ、公判中に杉山ゆき江の代理人静岡の藤森克美弁護士に中村弁護士を通じ500万円を振り込んだ。然し杉山の2通の供述調書は偽証であり、其々矛盾しておりM&Aの時期や申し込みは曖昧な供述であった。しかも刑事事件に必要なM&A2期の申込書も存在しなかった。然し、不思議なことに藤森克美弁護士は静岡の司法界のドンであるということで、裁判所にも働きかけたらしく、被害とする500万円も支払っているのに保釈や執行猶予もなく、モネ事件もあるので詐欺の常習者とされ、実刑3年となり福島刑務所にて受刑。現在、M&A2期500万円の債務不存在の申立てを東京地裁に提訴し審議中。

  

甲3号証 「振込証控」

被害者と称する杉山ゆき江の代理人藤森克美へ支払った振込証控え(計500万円)

 

 

 

C)第三の冤罪 福島事件(私募債詐欺)

 福島地方裁判所 平成26年(わ)第37号 詐欺被疑事件

 

【事実関係】

本件は野﨑あい子、五十嵐久美子の両名より234万円ずつの私募債を詐取したとして、2014年2月18日に福島署に逮捕された。この両名の234万円ずつは山形県の木村節子を通じ全額返済済みであるが、その内140万円のみを返済したとして起訴された。全く無実の冤罪である。

福島事件の告訴代理人は沼津事件と同じ藤森克美弁護士で、後述するD)破産事件の背景があり、この福島事件の刑事事件化は冤罪であるにも関わらず、どうしても藤森弁護士と鈴木管財人は捏造したかったのである。

不思議なことに福島で刑事事件の公判中、福島地方裁判所の所長に東京地方裁判所民事第14部で上記平成20年(ワ)第9852号破産債権確定事件を担当した高橋譲裁判長が所長として着任した。その福島事件でも1回の保釈もなく拘留されたまま実刑判決を受けた。

 

甲4号証 「木村節子の確認書」

被害者と称する野﨑、五十嵐へ234万円全額支払済の木村節子の確認書。

※但し、木村節子へは同時期に580万円を送金し返金を依頼した(振込証拠有)

 

 

 

D)第4の冤罪 破産事件

東京地方裁判所 平成20年(フ)第1178号 個人破産事件

 

【事実関係】

本件も藤森弁護士はその政治力で自らの弁護料稼ぎの為に田中を先ず虚偽の申立で破産させた。

この破産事件で破産管財人は鈴木雅芳弁護士が担当することになり、この鈴木管財人は冤罪破産後に田中より総額5億円余を押収したが、その押収品リストの提示を田中の代理人花房太郎弁護士が再三請求したにも関わらず無視し、破産管財人の職権を利用して、勝手にそっくり5万円で売却していた事が判明。

しかもその押収品の中の一枚、モディリアニ作「ジャンヌの肖像」のリトグラフが29万4千円で、大阪大丸心斎橋店で販売していた事が、インターネット上の大丸・松坂屋のアートブログ記事で判明した。その事が判明し東京地裁に異議申立をした処、鈴木管財人は慌てて大阪大丸デパートに削除の申し出をしたが、インターネットアーカイブの過去履歴にはその販売事実は現在も残っている。その為、現在鈴木雅芳弁護士に対し、損害賠償請求を東京地方裁判所民事部に提訴中。

5億円の押収美術品をたった5万円で売っていた事がバレるのを防ぐ為、虚偽の破産申立をした藤森克美弁護士と破産管財人鈴木は共謀し、上記野﨑と五十嵐の民事裁判を提訴し、この民事裁判に当事者の田中を全く呼ばず、藤森弁護士と鈴木管財人は勝手に全く無関係の野﨑と五十嵐の7000万円余の債権を認める判決を捏造した。

東京地方裁判所 平成20年(ワ)第9852号事件

田中は青天の霹靂で、野﨑と五十嵐と刑事事件の234万円ずつしか取引をしておらず、70000万円余の負債を負う判決を得てしまった。これで藤森弁護士はまんまと弁護料を稼ぎ、鈴木管財人は田中の破産リストに事実無根の7000万円余の債権を確定した。

 

甲5号証 「9852号判決文」

藤森弁護士と鈴木管財人が談合し田中を冤罪のまま敗訴させた判決文

甲6号証 「回答書」

鈴木管財人が対する5億円の美術品の押収目録を田中の弁護人花房弁護士が請求した記録

甲7号証 「財産目録」

鈴木管財人が5億円の押収美術品をたった5万円で処分し破産財産目録に計上記録

甲8号証 「訴状」

鈴木管財人に対し300万円の損害賠償請求を提訴した記録

 

上記の如く、真に不思議な事件で私は3度の冤罪を経験しました。然し、全く詐欺などしていませんし損ばかりしました。損をする詐欺師などいるでしょうか?これからモネ事件の再審は決定しましたし、他の事件も順次、冤罪は明らかになっていくと思います。民事刑事において訴訟詐欺に遭いました。

 

 


沼津事件とタイムバンク社の関係を御報告します。

 2007年4月17日、「沼津の5人組とその代理人藤森克美弁護士」とそ5人組と何の取引も無かった「香港シャーマン社と田中弘光個人」がタイムバンク社の代わりとして「和解契約書」を締結しました。然し、その内容は和解契約になっていますが、全て5人組のタイムバンク社への債権でした。
 それには以下の背景があり、私個人と香港法人シャーマン社は沼津の5人組などには、1円の債務もありませんでした。沼津の5人組は誤解しています。彼達は1円も私個人と香港法人に投資や入金をしていません。逆に仮払い貸付けをしています。5人組に仮払いの返金請求をしていますが、全く無視しています。この誤解のまま、私を沼津署へ刑事告訴をしたのです。酷い人達です。請求は本来の株主であるタイムバンクと同社を破産させた(2008年9月1日)静岡の藤森克美弁護士にすべきで、無関係の私と香港法人を逆恨みしています。その為、総額4億円の損害賠償を5人組にしますが、無回答で逃げ回っています。無実の人間に罪を着せたのですから彼等は刑事被告人として罰せられるでしょう(後の福島事件の4人組も同じです)。

 タイムバンク社は2000年に資本金3億2000万円として設立され、私田中弘光と奄美大島龍郷町出身で三菱重工傘下企業の経営者であった勝冶美代子が共同代表として設立されました。私は現金出資、勝冶氏は現物出資として一部出資をしました。

 そして私の開発した「世界対応の新しい占い」が2000年の日本政府のインターネット博覧会(インパク)に3日連続1位となり、その占いの世界的普及と日本のプロバイダー「ニフティでの占い」を毎月サービスするのが目的で当時としては新ベンチャー事業として注目を浴びていました。

 勝冶氏は三菱重工の中で総会屋などの対応もやっていました。そして神楽坂の宮坂ビルの3階にオフィスを構え、色んなプロバイダーが来ましたが、「田中さんは原稿一筋」とのことで、私は執筆に専念し、勝冶氏が総務・経理の全権を握り、信用して実印や銀行の通帳やカード入出金を一貫して担当していました。
 私はタイムバンクが2008年9月1日に藤森弁護士に、虚偽の破産申し立て(東京地裁民事第7部)をされるまで、一切、銀行の入出金はタッチしていません。2005年1月に三菱重工関係の総会屋の福井巴に私が追放されると、その後勝冶から福井巴に実印等が渡された様です。

 2000年のタイムバンク社の設立より勝冶代表は全ての入出金をやりました。また、私不在の2003年3月~2004年11月の間でも勝手に沼津などの株主募集をやり、3000万も集めていたと後に判りました(警察の捜査)。

 勝冶氏は神楽坂の土地の人々に「2000年からの社長としての給与は1円ももらわず1億円以上になる」と言っていたそうです。もし、そう心から信じていたとすればイカレテいます。社長(代表)は給料を支払う立場であり、それを忘れています。そして警察に「貸付金を一貫して回収してきた」と陳述して言います。自らが助かる為に私に濡れ衣を着せ、身勝手な主張をしたなら、虚言も許せますが、そう思い込んで会社の金を着服していたとすれば、呆れます。

 そして、2003年2月アインスタワーのペイントハウスに入居したいとの事で、神楽坂の勝冶さんは自分の為に自宅を売り、頭金800万円を支払い入居しました。その代わりこの家のローンはすっかり消えた事を忘れています。そして、私の友人の神戸の出光さんに名義を借りアインスタワーの購入をしてもらい、少しの御礼をのせ、毎月45万円をタイムバンク(勝冶)が支払う事にし無事入居しました。そして毎月タイムバンク社より(私が不在なので)勝冶氏は支払い入居していました。つまりアインスタワーの権利はタイムバンクのものなのですが、勝冶氏は思い違いをして「自分の家」と言っていたそうです。
 しかも、毎月の45万円の他、娘二人の英国留学費用の初期費用全てと「毎月150万円」も全てタイムバンクのお金で、実は横領なのですが、本人は「1億円の給与の未払い」と確信犯となり正常な判断を無くしました。

 そして、三菱重工の知人の総会屋(?)に3000万円も渡し商品相場に手を出し、何度かやって大穴を上げたそうです。この金もタイムバンクのお金です「家(自宅戸建)も無くなった」と言っていますが全て本人の自己責任です。それを私のせいと言ったそうですが、刑事も「ズルイ人」と言っていました。家賃(ローン)を支払うのも三菱重工時代では苦労していたのです。私と共同代表でしたが、ニフティの毎月の占いの売上も全て彼女が使い、私は1円も貰った事はありません。刑事対応と地元(神楽坂)の面子で、私になすりつけたのでしょうが人の心をもっているなら、私に「すみません、なすり付けていますが、申し訳ないです」と謝るべきでした。私は刑事から聞いて始めて知ったのです。

 2004年11月末に受刑が(冤罪のモネ事件)が終わり、そこで福井巴という総会屋の大物が「勝冶が商品相場で3億円穴をあけた、Nという人物の紹介だ。その為、タイムバンクの全株と占い著作権を3億円で差し押さえた。勝冶は直に知らないが~」とタイムバンクは乗っ取られたのです。
 そして全て「完済まで名義だけ田中は代表の名前を残せ」との事で、私は追放されても名前のみは残され、福井巴が入出金をしていました。

 私は独立し2005年7月に香港に「シャーマンホールディングス」を設立し世界対応占いを開発しました。その間に福井巴に1億2000万円位払いました。この3億円の支払の一部として「著作権の名義変更をするので、沼津の株式5人への支払を代理和解をするように」と福井の指示が来て、2007年4月17日に「代理和解」を藤森弁護士に伝え調印したのです。然し、福井が占い著作権の名義を変更しないので、和解契約の中の香港シャーマンと関係あるサンマリノ金貨の500万円のみを2007年5月31日に藤森弁護士に支払いました。その一方、沼津の5人組の債権はあくまで「タイムバンクの沼津の方々の株を香港シャーマン社へ私募債の変換」をする(何の因果関係もなく、あくまで私の好意で対応してあげたのです)という5人組の申し込みに基づいての契約でもありました。それで占いの著作権を福井巴へ1億4000万支払った事になるので、それで代理和解にしたのです。
 
 然し、福井巴は著作権の名義変更をしないばかりか、藤森弁護士はその後の民事裁判で「香港シャーマン社への私募債変換申し込み書はキリハリの為の偽造証拠」と5人組とも陳述しました。そしてタイムバンク社を2008年9月1日に破産もさせており、その債権者として(もうタイムバンクと関係ない筈なのに)申請していたので、「シャーマンなんて関係ない」と主張してしまったのです。この判決で5人組はタイムバンクの株主に戻りました。大変な誤解と判断の弁護で5人組は大損をしました。

 さて、そうなると「和解契約書」は無効となり、私とすれば代理契約だったので、その失効でホッとしました。するとこの5人組の債権を盾に、2008年5月25日に「田中弘光個人」を破産させたのも失効となり、大変な名誉毀損です(5人組の責任も同罪です)。

 その後、福井の指示で私は勝冶氏の個人口座(東京三菱UFJ丸の内支店)にずーっと毎月支払いをさせられていました(警察の捜査)。福井巴にもです。
 警察はなぜ勝冶氏に毎月私より(タイムバンク追放後も)多額の金を支払っていたのか不明でしたが、福井の存在で、香港シャーマン(後香港アロン社)社より顧問の朝吹誠が毎月みずほ銀行の銀座支店より多額の現金を引き出して福井巴に「著作権3億円の代金」として支払っていたのが判明したそうです。「毎月の勝冶氏への支払」も福井巴の指示でした。

 勝冶氏は背景を知らず警察に「給与未払い」「貸付金の回収」と陳述したそうです。自らが助かる為の口実としてなら、私はそれでも良かったと思っています。然し、せめて2人の英国留学した子供さんには「全て田中さんのおかげ!」と真実を伝えておいてもらいたいものです。
 いつしか迷路に入って別人となりました。「私の母はすごい、次々にお金が入る」と子供さんが言っていたそうで、私の占いの著作権のおかげと勝冶さんは言っていないのでしょう。私を2000年から一貫して利用してきただけなのです。当初はとてもまともでした。しかし私がモネ事件(冤罪)で受刑となると判り始め、三菱重工の総会屋か勝冶氏の仲間の入れ知恵ですっかり魔が差したと思います。2000年の原点の正気に戻る事を期待します。人の魔性を体験しました。

 
 上記の如くが真相です。
 5人組は私個人と何の関係もなく、私の香港法人とも無関係で(自分等がそうした)和解契約は失効したのです。
 つまり「田中の追及はしていきます」との藤森弁護士のHPの記事は「沼津」も「福島」も何の債権もなく依頼人より詐取したかもしれない弁護料の返金防止の言い逃れで、私からしたら「イカレテいる」としか思えません。沼津や福島の委任者の方がたもカラクリが判られたと思います

※藤森弁護士事務所に勤務されていた事務員の方々の情報をお待ちしています。但し無償です。