まだ風邪が治らず辛いですが眠れないので、ベビー誕生のお話をします
2009年8月15日22時7分。
私はたまごを産みました。
助産師が卵膜を破り、顔を見ると歩夢はぐっすり眠っていたようで、いかにストレスなく生まれたかが、わかりました。
そぅ、歩夢は被膜児、別名幸帽児。
普通は陣痛がきたあとに破水するのだが、歩夢は破水せずに、子宮にいる状態のまま、羊水のたまごごと生まれてきました。
陣痛がきたと思ったのは、15日の午前1時。
14日23時すぎ、彼との待ち合わせのBARへ行く。
この時、若干お腹が痛く、また前駆陣痛かなぁと思っていた。
BARに行くと彼はかなり酔っていた。
24時すぎ、遅い夕食をとる。
すると痛みが強くなった。
あれ?まさかきたかな?と思いつつ、彼と一緒に帰宅。
この時、彼にお腹痛ぃと報告したが、酔っている彼は聞いていなぃ。
帰宅し、彼はシャワーを浴び爆睡。ご飯食べてるときから眠いって言っていたぐらいだ。
私もとりあえずシャワーを浴びた。
そして、落ち着いたところで間隔をはかる。
だいたい10分間隔。
ひとまず、助産所に電話を入れた。
その後、私は寝ないで、助産所へ行く準備をする。
洗濯したり、冷蔵庫の中の整理をしたり、荷造りをしたり。
で、4時ごろ落ち着いて、彼の寝ているベッドに腰を落とすと、彼が起きた。
彼は、あれ?どうしたの?と。
陣痛きたから色々用意してたの、と答えた。
すると、嘘だろ?全然余裕な感じじゃん、とあまり信じてもらえず、しかも、私がお腹痛くなって固まっているときに、笑わせてきたり、デジカメでバシャバシャ写真を撮ってきたりした。
少し腹が立ったが、酔っているから仕方ないと流した。
その後、流星群が見られるかもと彼が言いだし、外を少し歩いた。
残念ながら、曇っていたため見られなかった。のでコンビニへ寄り、帰宅。
朝ごはんを食べ、ベッドで横になる。
そして、再度助産所に電話すると、9時に来なさいと言われた。
行く前に、私は以前から何度も助産師に言われたとおり、おにぎりを作った。
鮭のおにぎり小さめを5個。
あと飲み物を準備して、いざ助産所へ。
彼と一緒に家を出て、タクシーまで見送ってくれました。
一緒にいてくれただけでも、気持ちが落ち着きました。
彼に感謝です。
助産所に着き、内診する。
子宮口が3、4センチ開いていると。
先は長いなぁ~とテンション下がりました。
あと6センチ強、頑張らないといけなぃ。
寝てないということで、助産師から寝なさいと言われましたが寝れず、フットバスしながら、アロママッサージを受けて、無理やり身体を休ませました。
そして、昼には助産師さんとランチを食べに和食屋さんへ。お刺身に天ぷらなどちょっとリッチな御膳をいただきました。
午前中はなんとか耐えられる痛みが続きましたが、午後からは本格的な痛みがやってきました。
あんまり痛いから、声出せばやわらぐかなと思い、うー、あー、とか叫んでみました。あんまり変わらず…
でも呼吸するのと気持ちを落ち着かせるためには良かったです。
なんで痛みがきたら、ずっと叫んでました。
陣痛を進ませるため、廊下をひたすら歩き痛みがきては叫び、痛みがひいたらまた歩くを繰り返し、体力をつけるのと、陣痛をすすませるため、おにぎり食べたり、水分補給したりをしていました。
しかし、夕方になり、痛みに大きな間隔が空きました。
そして、私は少し寝ました。
あとで考えると、このお休みの時間は歩夢が最後の頑張りのために、休ませてくれたみたいでした。
そのお休みの後、とてつもない痛みとふんばりたい感じが…というか早く出したい感じが…
どのスタイルで産みたいか、助産師さんに聞かれ、迷いました。
そぅ、ここは病院ではなく助産所なので分娩台なんてものはなく、普通の部屋で産みます。
あと、病院と違うのは、浣腸の使用をしないこと、陣痛促進剤を使用しないこと、会陰切開(子どもが出てくる入口を広くするため切ること)をしないこと、子どもの頭が出てきても引っ張ったりしないことなどです。
話を戻します。
どんな姿勢で産むか?横になるか?立ってか?よつばいか?椅子に座るか?
結局、椅子に座ることにしました。
椅子に座り、内診すると、子宮口は開いているが、歩夢の頭の位置がうまくハマっていない。
そのため、助産師が私がいきむと同時に歩夢の頭を軌道修正した。
そして、後方に助産師1人が私を支えるためにきて、私はその助産師に寄りかかりながら、いきみました。
滝のようにでてくる汗をふいてくれたり、おにぎりと飲み物を口に入れてくれたりと後ろで支えてくれた助産師はさぞ大変だったでしょう。
しかも、日勤なんです。残業してくれたんです。感謝です。
しかし、いきんでいるときは、そんなことも気にせず、とにかく早く歩夢に逢いたくて、逢いたい、逢いたいと叫びまくりました。
いえ、嘘です。
逢いたいのは山々なのですが、痛いんです。
はぃ、痛い、痛いと叫んでました 笑
その叫びを聞いて、助産師たちは、いぃねぇ~その調子と言ってきます。
助産師、完全にSです。
が叫んでいて、だんだん声がかれてきたため、助産師さんから、叫ばなくても上手くいきめてるから、叫ぶの止めようかと叫びストップされました。
そのかわりではないけれど、天井から1本の長い布が垂らされ、それを両手で持って、ふんばるときには、布に自分を引き寄せるようにして(腹筋きたえるみたいに)ふんばりました。
歩夢は3歩進んで2歩下がるとマイペースな進み具合だが、1回のいきみで3歩進むのには助産師もすごいねぇ~と言っていた。そのまま2歩下がらなければ良いんだけどね…
後にわかったことだが、なぜ2歩下がっていたのは理由があった。
歩夢のおへそからはへその緒と胎盤がくっついている。その、へその緒が通常50センチあるところ、歩夢は30センチしかなかった。だから2歩下がっていたみたいだ。もぅ少し長ければ、ぐいぐい進んでたと思うと助産師は言う。
そんなマイペースではあるがやっと卵膜におおわれた頭が出た。触るか聞かれたがそんな余裕はなぃ。まだ陣痛はくる…すごくいきみたい…が、ここでいきんだら、裂ける。それは絶対イヤだ。我慢我慢。
するりん。
無事に裂けずに産みました。
助産師が膜を破って歩夢を取出し、すぐに私の胸元へ。助産師が女の子と間違えるくらい、かわいぃ声で泣きました。羊水の中にいたため、歩夢は血1滴もついていませんでした。
そして、そのまま胎盤が出てくるのを待ち、その間に、へその緒を自分で切らせてもらいました。
やっと胎盤も出てきました。助産師がどうする?食べる?と聞いてきたが、私は何のことやら?
何をですか?と聞き返すと、胎盤食べる人もいるからとの返答……無理です。美味しそうじゃないし、てか絶対不味いだろ。
これで休めるかと思ったら、羊水のたまごごと出てきたため、たまごの膜がまだ子宮に残っているらしく、助産師が手で掻き出し始めた。痛い…痛い…。
結局、全部は掻き出せず、後日病院へ行くことになった。
でも無事に歩夢に逢えて良かったです。
歩夢も頑張ったね。お疲れ様。
そして応援してくれた、みんなに感謝です。
ありがとう。

2009年8月15日22時7分。
私はたまごを産みました。
助産師が卵膜を破り、顔を見ると歩夢はぐっすり眠っていたようで、いかにストレスなく生まれたかが、わかりました。
そぅ、歩夢は被膜児、別名幸帽児。
普通は陣痛がきたあとに破水するのだが、歩夢は破水せずに、子宮にいる状態のまま、羊水のたまごごと生まれてきました。
陣痛がきたと思ったのは、15日の午前1時。
14日23時すぎ、彼との待ち合わせのBARへ行く。
この時、若干お腹が痛く、また前駆陣痛かなぁと思っていた。
BARに行くと彼はかなり酔っていた。
24時すぎ、遅い夕食をとる。
すると痛みが強くなった。
あれ?まさかきたかな?と思いつつ、彼と一緒に帰宅。
この時、彼にお腹痛ぃと報告したが、酔っている彼は聞いていなぃ。
帰宅し、彼はシャワーを浴び爆睡。ご飯食べてるときから眠いって言っていたぐらいだ。
私もとりあえずシャワーを浴びた。
そして、落ち着いたところで間隔をはかる。
だいたい10分間隔。
ひとまず、助産所に電話を入れた。
その後、私は寝ないで、助産所へ行く準備をする。
洗濯したり、冷蔵庫の中の整理をしたり、荷造りをしたり。
で、4時ごろ落ち着いて、彼の寝ているベッドに腰を落とすと、彼が起きた。
彼は、あれ?どうしたの?と。
陣痛きたから色々用意してたの、と答えた。
すると、嘘だろ?全然余裕な感じじゃん、とあまり信じてもらえず、しかも、私がお腹痛くなって固まっているときに、笑わせてきたり、デジカメでバシャバシャ写真を撮ってきたりした。
少し腹が立ったが、酔っているから仕方ないと流した。
その後、流星群が見られるかもと彼が言いだし、外を少し歩いた。
残念ながら、曇っていたため見られなかった。のでコンビニへ寄り、帰宅。
朝ごはんを食べ、ベッドで横になる。
そして、再度助産所に電話すると、9時に来なさいと言われた。
行く前に、私は以前から何度も助産師に言われたとおり、おにぎりを作った。
鮭のおにぎり小さめを5個。
あと飲み物を準備して、いざ助産所へ。
彼と一緒に家を出て、タクシーまで見送ってくれました。
一緒にいてくれただけでも、気持ちが落ち着きました。
彼に感謝です。
助産所に着き、内診する。
子宮口が3、4センチ開いていると。
先は長いなぁ~とテンション下がりました。
あと6センチ強、頑張らないといけなぃ。
寝てないということで、助産師から寝なさいと言われましたが寝れず、フットバスしながら、アロママッサージを受けて、無理やり身体を休ませました。
そして、昼には助産師さんとランチを食べに和食屋さんへ。お刺身に天ぷらなどちょっとリッチな御膳をいただきました。
午前中はなんとか耐えられる痛みが続きましたが、午後からは本格的な痛みがやってきました。
あんまり痛いから、声出せばやわらぐかなと思い、うー、あー、とか叫んでみました。あんまり変わらず…
でも呼吸するのと気持ちを落ち着かせるためには良かったです。
なんで痛みがきたら、ずっと叫んでました。
陣痛を進ませるため、廊下をひたすら歩き痛みがきては叫び、痛みがひいたらまた歩くを繰り返し、体力をつけるのと、陣痛をすすませるため、おにぎり食べたり、水分補給したりをしていました。
しかし、夕方になり、痛みに大きな間隔が空きました。
そして、私は少し寝ました。
あとで考えると、このお休みの時間は歩夢が最後の頑張りのために、休ませてくれたみたいでした。
そのお休みの後、とてつもない痛みとふんばりたい感じが…というか早く出したい感じが…
どのスタイルで産みたいか、助産師さんに聞かれ、迷いました。
そぅ、ここは病院ではなく助産所なので分娩台なんてものはなく、普通の部屋で産みます。
あと、病院と違うのは、浣腸の使用をしないこと、陣痛促進剤を使用しないこと、会陰切開(子どもが出てくる入口を広くするため切ること)をしないこと、子どもの頭が出てきても引っ張ったりしないことなどです。
話を戻します。
どんな姿勢で産むか?横になるか?立ってか?よつばいか?椅子に座るか?
結局、椅子に座ることにしました。
椅子に座り、内診すると、子宮口は開いているが、歩夢の頭の位置がうまくハマっていない。
そのため、助産師が私がいきむと同時に歩夢の頭を軌道修正した。
そして、後方に助産師1人が私を支えるためにきて、私はその助産師に寄りかかりながら、いきみました。
滝のようにでてくる汗をふいてくれたり、おにぎりと飲み物を口に入れてくれたりと後ろで支えてくれた助産師はさぞ大変だったでしょう。
しかも、日勤なんです。残業してくれたんです。感謝です。
しかし、いきんでいるときは、そんなことも気にせず、とにかく早く歩夢に逢いたくて、逢いたい、逢いたいと叫びまくりました。
いえ、嘘です。
逢いたいのは山々なのですが、痛いんです。
はぃ、痛い、痛いと叫んでました 笑
その叫びを聞いて、助産師たちは、いぃねぇ~その調子と言ってきます。
助産師、完全にSです。
が叫んでいて、だんだん声がかれてきたため、助産師さんから、叫ばなくても上手くいきめてるから、叫ぶの止めようかと叫びストップされました。
そのかわりではないけれど、天井から1本の長い布が垂らされ、それを両手で持って、ふんばるときには、布に自分を引き寄せるようにして(腹筋きたえるみたいに)ふんばりました。
歩夢は3歩進んで2歩下がるとマイペースな進み具合だが、1回のいきみで3歩進むのには助産師もすごいねぇ~と言っていた。そのまま2歩下がらなければ良いんだけどね…
後にわかったことだが、なぜ2歩下がっていたのは理由があった。
歩夢のおへそからはへその緒と胎盤がくっついている。その、へその緒が通常50センチあるところ、歩夢は30センチしかなかった。だから2歩下がっていたみたいだ。もぅ少し長ければ、ぐいぐい進んでたと思うと助産師は言う。
そんなマイペースではあるがやっと卵膜におおわれた頭が出た。触るか聞かれたがそんな余裕はなぃ。まだ陣痛はくる…すごくいきみたい…が、ここでいきんだら、裂ける。それは絶対イヤだ。我慢我慢。
するりん。
無事に裂けずに産みました。
助産師が膜を破って歩夢を取出し、すぐに私の胸元へ。助産師が女の子と間違えるくらい、かわいぃ声で泣きました。羊水の中にいたため、歩夢は血1滴もついていませんでした。
そして、そのまま胎盤が出てくるのを待ち、その間に、へその緒を自分で切らせてもらいました。
やっと胎盤も出てきました。助産師がどうする?食べる?と聞いてきたが、私は何のことやら?
何をですか?と聞き返すと、胎盤食べる人もいるからとの返答……無理です。美味しそうじゃないし、てか絶対不味いだろ。
これで休めるかと思ったら、羊水のたまごごと出てきたため、たまごの膜がまだ子宮に残っているらしく、助産師が手で掻き出し始めた。痛い…痛い…。
結局、全部は掻き出せず、後日病院へ行くことになった。
でも無事に歩夢に逢えて良かったです。
歩夢も頑張ったね。お疲れ様。
そして応援してくれた、みんなに感謝です。
ありがとう。





くれ」と言われ、