ブログネタ:「小学生の時の自分はすごかったな」と思うこと 参加中幼稚園時代からいじめられ続けた私は、いじめられていることに鈍感だった。
そぅいぅ遊びなのかと思っていた。帽子を隠されたり、クーピー盗られたり、私はこれを不思議な現象だととらえていたりした。
でもなんか変だなと感じたのは、学級会の議題が私についてだったりして、なんか遊びじゃないんだぁと感じた。
私はまじめで頑固で曲がったことが大嫌いな小学生。
そして、絶対に泣かないときめていた。
幼稚園では泣いてばかりいたから、小学校では泣かないと決めていたのだ。
だから、みんな私のことがムカついていたのだろぅ。
小学5、6年が一番辛かったと思う。
小学校でのいじめ、塾でのいじめ、家に帰ると精神病の母と父との喧嘩。母の標的は父だが、いつも私に話をする母。
精神疾患の人と話すことはかなりの苦痛だ。
母は病識がないので、病院へは行かせられないし、もぅどうにもならない。
学校や塾では私の悪口を聞かせられ、家に帰れば父の悪口を聞かせられ、母は被害妄想をし、ギャーギャー言うし、私は母に耐えられなくなって、包丁を手にし、母に向けた。
私が精神的に追い詰められていた。
居場所がなかった。
泣き場所がなかった。
母の妄想は私を深く傷つける。
母の妄想
父が私に近親相姦していると言う。
父が料理に毒をもっていると言う。
などなど考えられない妄想し、それが事実であると言いはる。
こんな人と一緒に生活したくなかった。
妄想も嫌だが、過干渉もすごかった。
ちくいち、細かいことを聞かれ、話したくなくなる。
小学生の私は学校でも家でもあまり話さなかったし、笑わなかった。
なので、今でも会話が成り立たないと彼に指摘されたりする。笑顔も不自然だった。高校のとき、それに気付いて、鏡をみて練習した。
小学生の時、自殺も考えた。母を殺して私も死のうと。危うく新聞に、「小学生、母を殺し自殺」と載るところだった。
今、考えると本当にすごい小学生だったと思う。
でもこの経験から失ったものもあれば、得たものもある。
そぅ思いたい。
まだ、母は死んでいない、病気もそのまま。
私は逃げた。
でもいつか、また母と向き合わなければいけない時がくる。
きっと…くる…
。
の前まできたけど、私はすぐにはカギを開けなかった。開けないつもりだったが、酔っぱらいがうるさくし始めたため、近所のことを考えて開けてしまった。
誘われて断れなかったとか、これも仕事だとか、みぃーのせいだとか言ってるし。


なんだか楽しみです
よろしくお願いします

