「大学発ベンチャーが不調 55%が赤字に」



かつて、国をあげて大学発ベンチャーを後押しした流れがあった。


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1998年の大学等技術移転促進法施行から、各大学に技術移転のための大学TLO(Technology Licensing Organization)が組織され、2001年には経済産業省が「大学発ベンチャー一千社計画」を公表。

大学発の技術を重点的に支援するベンチャーキャピタルも多く設立され、

この流れはより大きなものとなっていくかと思われた・・・。

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僕自身、卒業後約2年もの間(在学中を含めると5年近く・・・)、

大学発ベンチャーに携わった経験がある。


僕の場合は、もうひとつ自分個人のワークとして、

デザイン事務所を立ち上げて活動していたのだが。

※現在は、活動休止中。単なる雇われの身にある。


冒頭のニュースを見て、思ったことは、

「そんなに現実は甘くはない」ということ。


僕が携わっていた当時も、

「人材不足」や「営業ノウハウの不足」から、

事業経営を軌道に乗せることには、難しかった。

また、ひとつのことをはじめて、それを成すためには、

「信念と継続性」は必要不可欠だった。


一口に人材不足といっても、

人手が足りない、という理由だけでは雇うことができない。


ベンチャーの場合、求められる労働力は多岐に渡っており、

総合的な能力値の高い人材が重宝される。


しかしながら、

「ポテンシャルの高さ」で、目の前の事務処理は補えても、

「経験」という積み上げ式の絶対値を賄えないのが難しさであり、若さでもある。


身の丈にあった仕事量をこなしていても、

会社は大きくならない。


かといって、

会社が傾くかもと思いつつ、無理してまで、

仕事を請けることも出来ない。


当時の僕は、いま振り返っても相当なジレンマを抱えていた。

僕は社長の立場ではなかったこともあり、

何かを変えることを望んでも、動いてもそれは叶わなかった。


だから、もういっぽうの自分個人で動ける成果の出せる

会社に傾倒していったのだと思う。


2年目で、ようやく思ったように成果が出た。

3年目は、どこまで行けるのか。目の前は底抜けに明るかった。


ただ・・・、冷静になれば、この時間は人生の中では、ほんの一瞬のこと。


この居心地の良い世界で、このまま・・・時間を消費してよいのだろうか。

そんなことを思った。


いくつか自分自身への課題もあった。



時は流れた。


現在、自分は、


大切にしていた人たちと離れ、

東京という土地で、自分に課した課題に取り組んでいる。

それらは、約2年たらずで解消された。


その課題は表面的なもので、さしたる課題でもなかった。

もっと本質は別にあったのかもしれない。



人が複雑に絡み合う組織の中で、

自分の主張を通すための「やり方」を身に付けること。

一貫性と継続性を兼ね備えた「生き方」を身に付けること。

ある程度の賢さをもった状態にて。


これが現在の僕に残された最終課題であり、

次のステップに行くための必要不可欠な能力である。


Time is running out.

伝わらない。


伝えられない。


こんなにももどかしい。



上記の苦々しい思いを、

相談した友人からこんなことを言われた。


「いつも愚痴っぽいから、

異なる話題とか前向きな話に聞こえないんじゃないの?」


頭を殴られた気がした。

そうなのか。



愚痴・虚勢は自分の中では、発奮材料。

「なんだよっ!」、「やってやるっ!」て思いを、

ちからに変えて、

少しでも、現状よりも前に進むための

自分なりのやりかた。


それを聞いている周囲は、

そうは思わないし、


伝えたいことば

伝わらなくてもいいことば


混同されてしまっているとしたら、

他者からは、真意が見えない状態にある としたら・・・。


どうしたものだろうか。


はっとさせられたいまでは、

ただただかなしい気持ちよりも、


じゃあどうしたらいいんだろうか・・・と暗い気持ちにある。


日常の業務中、

口数を減らすことにした。


僕の場合、黙っていると、

ギスギスした状態のように

受け取られるようだ。


不本意であるが、

僕が持っている時間の残り少なさを鑑みると、

なりふり構ってもいられない。


デッドが決まっていることだ。

無駄には出来ない。


前だけを見て進む。