小学生の男子には春夏秋冬短パンを履くヤツが多い。

 

40度にも近い炎天下の中は勿論のこと、

桜が出会いと別れをその一つ一つに乗せて舞い散る時、

山が哀しさも胸に秘めながら鮮やかなグラデーションに包まれる時、

そして一面銀の世界に包まれ猫がこたつで丸くなるその時でさえ、

彼らはその控えめでありながら自らの生命力と力強さを誇示する二つの可愛らしい膝小僧をこれでもかと見せつけながら町中を闊歩するのである。

 

つまり短パンを履きこなす彼らにとって、季節とは、

ひいては衣服の機能性とは、

絶対的存在である短パンを前にして全く持って意味をなさないのである。

この世界で生きとし生きるもの、

畑に生えたジャガイモの芽から全世界を虜にした電子機器の生みの親スティーブジョブズ、

百獣の王ライオン現世界最大の生物シロナガスクジラに至るまで、

決して敵うことのなかった唯一にして絶対の存在である自然も

短パンを前にして尻尾を巻いて逃げ出す。短パンは絶対なのだ。

 

よく冬場に見かけるであろう。

上半身はユニクロの極暖速乾ヒートテックをベースに、

ユニクロの激軽ジャンパー、ユニクロ特性カシミヤ100パーマフラー、ユニクロニット帽という、

いまやユニクロの代名詞といえる錦織圭でもびっくり完全装備ユニクロマン、、、であるのにもかかわらず、

下半身しまむら短パンマンを。

彼らにとってトータルコーディネートという概念など存在しないのである。

いやむしろ、「母ちゃん、全身ユニクロはさすがに、、」という自意識の萌芽から、

意識的にしまむらへ流れたのかもしれない。

あるいは上半身にユニクロの中でも高級めな商品を固めすぎて、

母親との間に締結した全身1万2千円以内に抑える条約、

略してZIIOに抵触する恐れがあったために妥協案を三日三晩検討したうえでのしまむらなのかもしれない。

 

いずれにしても、短パンなのである。

 

もはや上半身を着込みすぎるが故に

彼らの上半身は小学生とは思えないほどにパンプアップしてしまい、

フィットネスクラブによくいる、

女の子にいいところを見せたいがために上半身ばかりを鍛えすぎてしまった中年男性と遜色ないシルエットと化している。

 

では、短パン野郎とパンプアップ中年男性の思考は底通しているのだろうか。

短パン野郎は、女子は男性の上半身のみを追い求めるという

「大きな物語」を信仰している盲目的な大衆に過ぎないのか。

 

私には、明確なことは言えない。

たしかに短パン野郎たちの心理を一概に囲い込み、

安易に「理解」してしまうことは極めて合理的で安心感のあるやり方であることに間違いはない。

しかし、そもそもが大量生産大量消費社会の合理性に、

身を挺して反抗している存在である彼らの心理を、

完全に把握してしまおうとする試みは私には少しつまらなく感じてしまう。

分からなくていいじゃないか。

あはは、で終わらせればいいではないか。

 

そもそも彼らを反合理主義者としてステレオタイプ化している時点でその論理は通用していないという声もあるだろう。

うるさい。

 

いずれにしても、短パンなのである。

 

皆さんも、試しに短パンを履いて街へ繰り出してみよう。

気持ちわかるかもしれませんよ。