チューブローラー

チューブローラー

世の中がこうであれば良いかなーと考えるブログです。

タイトルは、無駄なく使えるチューブローラーと
とりとめなさを示す管を巻く、の意味をかけてますが
まぁ、どちらでもよいことですね。

読みにくいところも多々あると思いますが
どうぞお立ち寄りください。

Amebaでブログを始めよう!

水曜日の昼はFMラジオを聞いている。

 

リアド慈英蘭さんからかわって、渡辺枝里子さんに

なった。

 

どちらも好きな声なので、ちらりとググると見た目としても

ヒットな方でした。

 

 

それにしても・・・。

勢い余ってブログを書くと微妙なことはよくあるもので。

あとで修正が必要かな、ていうのがあるけど

それも面倒で放置・・・。

 

さて、仕事仕事。

仕事と家庭と次の仕事への移行でドタバタだ。

 

 

親戚のこどもが発達障害との話で

心療科を受診したらしい

 

診察の結果、

医者は「母親の愛情が不足している」と言ったそうな・・・。

 

どう思います?

 

母親だったら、悔し涙がとまらなかったのではないだろうか。

マザハラではないか?

 

普通の親なら、あの手この手でいろいろな方法で

なんとかしたくて頑張っているはず。

 

その医者、ちょっと残念すぎではありませんか。

 

ひどく虐待していたり、新しい彼氏に愛されたくて

子供をないがしろにしてたりするならば、そういう言われ方を

することもあるかもしれない。

 

しかし、自分や家族が知る限り、そのような人ではない。

ただ普通に親として子供をなんとかしたくて相談に

来ているのに、その言われ方はないと思う。

 

プラスにはなりっこない、心にキズをつくるだけの

言い回ししかできないのならば、専門の科を変えるべきでは?

 

愛情が伝わっていないという言い方はあっても

「不足」はナシではなかろうか。

 

心療科は心の動きに配慮が出来てなんぼではないのか。

 

その医者がアスペルガーなのか、ただ単に冷たい人なのか

は知らないが、いたわる言葉を選べるようにしてほしい。

ある母親は嫁との関係について良いと思っていない

 

最大の原因は嫁の両親が好きではないこと

第2の原因は嫁の発言が無神経な点があること

 

その時の関係性は死ぬまで変わらないという

 

息子は何年も母のそばから離れて過ごしていた

 

母は我慢して何年も待っていた

 

しかし、息子はそのことに無頓着であった

どれほどさびしい思いをしたか、ということだった

 

これから息子の夫婦は母親のそばへの転居を考えている

 

しかし、息子の一番心配していることは母と嫁が

うまくいかないこと

 

そう、息子は考えている

 

これから近くで住むと色々な衝突が心配だ

 

息子はそんなことを母に伝えた

 

そんなことを言っているがどれだけ待っているか

ということで激怒された

 

母に欠陥があるのか、と問いただされた

嫁には落ち度がないのか、と

 

息子はそういう話をするつもりは毛頭ない

 

息子は母にどこで心配を感じるのかということを問いただされた

 

すぐに思いつかなかった息子は

何かひとつ出さなければまた嫁のことを悪く言われるきっかけ

になる、そういうつもりで発した内容は

母からすれば納得のいかないものだった

 

決して思いつきで母のことを問題視したいわけではない

 

単に衝突しやすい性格は損であり

それを変えればよりいろいろな話をしやすくなるし

信頼しあえる仲の人も増えるのではないか

と言いたかったのだ

 

悪い人ではないけど

突発的に自分の気に障ることがあると急激に

機嫌が悪くなることは親戚ならば周知のことであり

その後は微妙な距離をとられる

 

それに気付いているのだろうか

嫁が母と話すときに首をかしげることがあることを

言及してきた

 

しかし、それは別に頭がおかしいのではないか

という意味ではない

 

そう考えるのか、自分とは違うなと感じているだけである

 

母は誤って深読みをする

何度伝えても聞く耳を持ってくれない

 

だから、先日も読み違えをしていた

そして明らかに読み違え、矛先を嫁に向けていた

 

母は「妻が・・・と思っていたのだろう、そうに違いない」

と伝えてきた

 

違うという言っても聞く耳を持たない

 

そう、そういうところを心配している

鼻から信頼する気がないと聞いているので

 

なのに、話は愛情が足りないのではないかという

内容に、途中から変わってしまった

 

母親の足は悪い

そして、最近父親も足が悪くなった

 

なのに息子は近くにいてくれないので

息子は愛情がないと指摘

 

嫁も母や父の健康について気にもかけない、

何も気遣いがないと指摘された

 

息子はマイペースに自分の生活を続けている

母は不自由な親を放置していつまで待たせるのか

 

それを怒っている

 

たしかにマイペースに来たことは

気にかけなくてはいけないことだった

 

それを考えれば自分のキャリアを全て捨てて

地元へ帰るのが親孝行であろう

 

それが出来ないのは親不孝ものということだろう

考えなくてはならないことだ

 

勿論親のことを考えないわけはなく

これから帰る準備を積極的に行おうとしている

 

決して帰らないという話はしていない

 

今の状態だと心配事はやはり解決しないが

解決するには大がかりな家族会議が必要だ

 

息子はそれなりに仕事をし始めている

でも、それも捨てなくてはなるまい

 

人の役に立つことをすることのはよいこと

 

そう教わってきたので自分に出来ることを

考えて仕事をしてきたつもりだ

 

ここで一番の悪者は無頓着だった息子なのだろう

嫁だけでなく、息子も出来損ないと親にののしられるのだろう

 

そういうところが、苦手と感じるところだろう

 

母は、嫁の悪い点は息子からは見えないだろう、

と言う

 

こんな親だから嫁と分かり合うのが非常に難しい

 

とりあえず、母がどれだけさびしい思いをしたかということを

息子に伝え、言は途切れた

 

これは子離れに関連するものと考えるのか

それ以外なのか

 

勿論、親を孤独にしたいわけではない

親子ともどもに適度な距離感で心配がすくなく

生活できないものか

 

そこが一番のポイントと思っている

 

多分、それを直に伝えるとおそらく息子らは

縁を切られることになるのだろうと思われる

 

それは母と、祖母の関係やその他の親戚との付き合い

から感じさせられるものである

 

あくまで話を聞いているだけなので不明瞭だが

その他の社会人との付き合いについても疑問を感じることがある

 

イエスマンを近くに置く傾向があるように思うのだ

 

さて、期限内の仕事があり急務なので

とりあえずもう少し仕事のほうを継続することにする

 

足が悪いので近くにいてほしい

 

ふと疑問を持った

それを具体的にどうしてあげると正解なのだろうか

 

兄弟が家に帰っているのは母の手伝いをしているから

であると聞いている

 

やはり息子である自分が帰ってそれをやるべきなのか

いや、それよりは具体的にはさびしさのことなのだろう

 

私の心配は解決しないだろう

だがそうしていくしかないのだろう