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 最上川の流のうへに浮びゆけ行方なきわれのこころの貧困
                        斎藤茂吉 『白き山』

 健康を回復してからしばしば最上川の岸辺にたたずんで歌を詠んでいた茂吉であるが、この時はいつもと違って激したように自分の心情を吐露している。行方も定めていないような自分の心の狭さ貧しさに思い及び、それは川の流れにのってどこかへ行ってしまえというのである。

 初めて読んだ時、歌にはあまりなじまない漢語の「貧困」が強く印象に残った。しかしこの言葉以外は柔らかい和語を連ねた構成になっていて、全体の声調もよい秀歌である。現代は短歌に漢語を取り入れることが多いので、作歌の参考にしたいと思う。
 
 茂吉は終戦前に山形県の故郷金瓶に疎開し、その後昭和二十一年から二年間は同県大石田に移り住んだ。その時期の歌を収めた『白き山』は風土、山河を詠んだ作品が大きな比重を占め、中でも最上川は有名な「逆白波」の歌など一〇四首と圧倒的に多いのである。
 
 短歌を始めた頃は茂吉の『赤光』や『あらたま』の歌を愛読していた。その後二十数年経って茂吉の没年を過ぎた今は、『白き山』の歌群に魅かれている。病中安静の時期もあった二年足らずの間に、八百余首を詠んだ茂吉の気力に感嘆している。手元にある初版本は、神田の古書店で偶然入手したもので私の宝物である。

                        歌誌「稜(かど)」2017年1月号に投稿