第6章 土の匂いの夜明け

夜十一時過ぎ、山が低く唸りはじめた。
無線には「避難所追加」「土砂の流下速度上昇」「河川水位警戒」の文字列が重なって、ひとつひとつが鼓動みたいに目に打ち込まれる。

「西斜面上部、堰き止め崩壊の可能性。ふもとの集会所に濁流到達の恐れ」
管制の声に、朱音は思わず奥歯を噛む。「避難所に、避難が向かってるのに……」

「先行する」
香月悠斗はレインジャケットの裾を引き、救助隊に短く指示を散らした。「発電機、担架、ロープ、油圧スプレッダー。神谷、集会所で医療ブースの立ち上げを。状況によっては即搬出」

雨は粒が大きく、街灯の円を乱暴に叩いた。集会所に近づくほど、土の匂いが濃くなる。
斜面の上で、木が折れる音。黒い影が滑って、地表がわずかにうねった。

「来るぞ!」香月が叫ぶと同時に、山の口が開いた。
轟き。泥と石と、折れた枝。茶色い蛇が道を這い、集会所の壁にぶつかって、建物が呻いた。
窓ガラスが内側へ押し込まれ、悲鳴がいくつも重なった。

「負傷者多数!内部に取り残し!」
朱音は泥に膝まで沈みながら、玄関のガラスの割れ目から身を滑らせた。懐中ライトが濁った空気を切る。
体育館に敷かれたブルーシートの上、人が点在している。棚が倒れ、折り畳み机が歪む。
「歩ける人はここから!赤いコーンの向こうへ!」
自分の声が広がるより早く、子どもの泣き声が耳に刺さる。

「お母さんが……下に」
声の主は、あのトンネルで会ったハルだった。肩にひばりのワッペンのリュック。
「ハル!」朱音は屈み、目線を合わせた。「大丈夫。どこ」
「ステージの裏側……重い棚が――」

「香月!」
「聞こえる。ステージ裏、こじ開ける!」
香月は二人の隊員に合図し、油圧スプレッダーの口を棚の隙間に噛ませた。
「回す。1、2――」
金属がうなり、棚がわずかに持ち上がる。泥に濡れた床が滑る。朱音はその隙に潜り込み、圧迫された女性の胸の上下を確かめた。
「意識あり!呼吸浅い。胸痛の訴え、肋骨の変形……」
「固定具!」
コルセットで胸部を保護し、下肢を引き出す。女性の頬に泥がつき、目尻に涙と雨が混ざっていた。
「こわかった……ごめん、ハル」
「お母さん!」
二人の指が触れた瞬間、朱音はほんの少しだけ目を閉じた。好きな音だ――再会の、指をたぐり寄せる音。

だが、安堵は薄い紙だ。次の瞬間、外壁の向こうで木が折れる鈍い音。
体育館の端、ガラス越しに土がまた一段盛り上がり、避難口のドアが内側に押された。
「二次流入!撤収ライン、北側へ移動!」香月の声が飛ぶ。「神谷、重症を優先!」

朱音は手早くタグを配り、赤・黄・緑を線引きする。
頭部裂創で意識レベル低下、右大腿の変形――「骨盤シーツ巻きます。痛いけど我慢して」
足元の泥が吸い付いて、担架が一瞬沈む。
「ロープ使う。斜面に向かって後ろ歩き。転回はせず前進のみ」
香月の声を背中で受け取りながら、朱音は口の中で患者の名前を繰り返す。呼ぶたびに、彼らが此処にいる輪郭が濃くなる。

「香月、梁のひずみが――」
隊員の警告とほぼ同時に、天井の梁がミシ、と鳴いた。
視線を上げた朱音の眼前で、照明機器が鎖ごと外れ、落ちてくる。
反射で身をかがめたが、足場が泥に取られて遅れる。視界の端に黒い影――

「神谷!」
香月が体を投げ出し、彼女の肩を引いた。照明が脇を掠め、床で粉々に割れる。
衝撃で朱音の耳が一瞬聴こえなくなる。代わりに、自分の心臓の打つ音だけが巨大化する。
「だいじょうぶか」
「……大丈夫。あなたは?」
「平気」
彼の額に血。朱音は手袋ごとそれを拭い、ほんの一秒、彼の額に自分の額を寄せた。マスクのプラスチック越しでも、体温は伝わる。
「命令。離れるな」
「従う」

外への搬送路は一本に絞られた。泥流は弱まったが、足元は深い。
朱音は担架の先頭で、声を絶やさない。
「呼吸、合わせましょう。吸って、吐いて――いいです、その調子」
患者の意識が落ちかけるたび、名を呼ぶ。「由佳さん。ここです。まだ行けます」
由佳はうなずき、歯を食いしばる。担架が段差を越えるたび、彼女の手が朱音の袖を確かめるように摘んだ。

外に出ると、雨は小降りになり、代わりに重機の音が近づいていた。
臨時デコンで泥を落とし、救急車に収容。
心電図、血圧、SpO₂、視線。
「痛みコントロール入れます。呼吸数は維持。胸部所見は……気胸なし、出血コントロール良好」
朱音は短く息を吐き、香月に目で合図する。
彼は親指を立て、すぐ次の瓦礫へ向かった。

搬送の最中、朱音の耳元で、患者がかすれ声で言う。「……ありがとう。名前……神谷さん」
「はい」
「生きて、返す」
「じゃあ、約束です」
言葉にすると、胸の奥で灯が強くなる。約束――この夜、いくつ積み重ねたろう。

病院での引き継ぎを終え、未明。
雨はやみ、雲がほどけはじめた。
消防本部の前で、香月がレインジャケットを脱ぎ、深くひとつ息をついた。衣服の泥が乾きかけ、肩の筋肉が疲労で静かに震える。

「終わったか?」
「ひと区切り。……生きて、帰ってきた」
「じゃあ」朱音はポケットから、くしゃっとなった紙袋を出した。パン屋《ひばり》のロゴ。
「こんな夜に?」香月が目を細める。
「さっき寄った。オーブン、無事だった。店主さん、『現場の人へ』って。夜通し焼いてくれてた」
紙袋を開けると、焦げ目の美しいカンパーニュと、じゃがいもフォカッチャ。湯気はないのに、香りは温かい。

二人、横並びで階段に座る。夜明け前の空気が、とても薄く、とても澄んでいる。
まだ濡れた街路樹の葉が、かすかに風に鳴った。山の黒い縁が、青に変わる。
パンを齧る。粉の甘さが、舌の上に帰ってくる。
「……反則」
「だろ」
同じ言葉、同じ笑い。けれど今は、その奥に、二人だけが知っている夜の重みがある。

「香月」
「ん」
「約束、伸ばしてもいい?」
彼は少しだけ驚いた顔をして、それから頷いた。「伸ばそう。ずっと」
「それ、命令?」
「希望」
朱音は笑って、目を細めた。「従います」

その時、東の雲が裂け、山の端から薄い金色が滲んだ。
鳥の声――ひばりがひとつ、空のどこかで鳴いた気がした。
街は目を覚まし、サイレンのない朝が、ほんの短い時間だけ訪れる。

朱音は立ち上がり、手を差し出す。香月がその手を取る。指先の泥はもう冷えていたけれど、掌の中心には確かな温度が残っている。
「行こうか」
「ああ。続きの、続きへ」

二人の影が伸び、そして重なった。
約束は、朝焼けの中で、静かに更新された。


登場人物紹介(主要キャスト)

  • 神谷 朱音(かみや あかね)/32歳・救急救命士
    山間の中核市の救急隊員。現場では声が一段低くなり、判断と手際が鋭い。名乗りと相手の名前確認を最初にする癖がある。短く結んだ黒髪。好物は《ひばり》のじゃがいもフォカッチャ。

  • 香月 悠斗(かづき ゆうと)/34歳・消防隊長
    寡黙で責任感の塊。水難・火災・災害現場での統率力は抜群。冷静だが、要所で体を張るタイプ。命令口調を便利に使うが、芯はとても優しい。短髪、精悍な目元。

  • ハル/小学低学年の男の子
    第5章トンネル事故の生還者。ひばりのワッペンがついた小さなリュックを大事に抱える。第6章で避難所で再会し、母を案内する勇気を見せる。

  • 由佳(ゆか)/ハルの母
    避難所で棚の下敷きになり負傷。痛みに耐えながらも、息子の声で気力を取り戻す。搬送後に回復の約束を朱音と交わす。

  • りょう/湖畔キャンプ場の患者
    炭火による一酸化炭素中毒で意識障害。朱音の酸素投与と迅速搬送で救命の糸をつかむ。回復途上で名を名乗る。

  • 《ひばり》の店主・小野寺 慎(おのでら しん)/30代・パン職人
    夜明け前から窯に向かう港区出身の職人。現場帰りの人に温かいパンを手渡すのが密かな矜持。非常時には“現場の人へ”と差し入れを焼き続ける。

サポートキャスト

  • 救急隊員・沢渡(さわたり)
    朱音の同乗隊員。モニター管理と搬送段取りが早い、頼れる右腕。

  • 消防副隊長・東条(とうじょう)
    香月の腹心。ロープワークと水難救助に長け、川・土砂現場で力を発揮。

医療・現場のキーワード(読者メモ)

  • CO中毒:酸素飽和度(SpO₂)が正常に見えても安心できない。専用計(SpCO)や症状で判断、酸素投与を継続。

  • トリアージ:多数傷病者発生時の優先度分類(赤・黄・緑・黒)。

  • 背部固定/胸骨圧迫:朱音の“手”の矜持。速く・深く・戻す、の鉄則。

  • 約束:二人が“生きて帰る”ための合言葉。パンとサイレンの間にある、小さな灯。


あらすじ

山あいの中核市。救急救命士・神谷朱音は、夜明け前のサイレンに呼ばれて走り続けている。ある霧の事故現場で、寡黙な消防隊長・香月悠斗と出会う。的確で胆の据わった指示、要所で必ず体を張る背中。現場の終わりに勧められた小さなパン屋《ひばり》の温度が、二人の距離を少しずつ解かしていく。
湖畔のキャンプ場でのCO中毒、秋祭りの川での水難、トンネル火災での多重事故、そして豪雨による土砂流入――命の境目が次々と押し寄せる中、朱音は「名を呼ぶこと」を、香月は「約束を伸ばすこと」を、自分の矜持として選ぶ。
恐れも、ためらいも、現場では言葉にできない。だから二人は、食べかけのパンの“続き”を合図に生きて帰ることを誓い合う。
救いたい人の手と、隣で戦う人の手――その両方を離さずにいられるのか。土の匂いの夜明け、二人はようやく同じ温度でパンを分け合う。サイレンの間に灯る小さな温もりを描く、救助×ラブストーリー。

第5章 トンネルの咆哮

日暮れ前から降り出した雨は、夜には山を叩く音に変わっていた。
国道の長いトンネルに入る車列が、赤い尾灯を等間隔に並べる。息を吸うみたいに車が飲み込まれていき、吐き出されるはずの出口の向こうから、黒い煙が逆流した。

「トンネル内多重衝突、火災発生。救急・消防は至急出場」
無線の声は乾いているのに、意味は濡れて重たい。

朱音はストレッチャーを車体に積み込みながら、指先でヘッドライトの光を弾いた。
「空気、悪くなる。酸素、普段より積む」
「了解!」隊員がボンベを追加で抱える。

現場到着。トンネル入口には白い煙が膨らみ、非常放送がくぐもって響いていた。
「歩いて負傷者が出てくる。デコンライン、ここに」
香月悠斗は現場図を頭に描くように早口で指示を飛ばす。濡れたアスファルトの上、彼の声だけが輪郭を持つ。

「神谷、俺と先着で中へ。火点は中央付近。バスが止まってる」
「了解。空気残量、確認」
二人はマスクを装着し、煙の幕に踏み込んだ。ライトの円が、白い壁にぽっかり穴をあける。

数十メートル進むと、視界の奥に炎のオレンジが揺れた。
乗用車三台と小型バスが絡む。バスの後部から煙が吹き出し、乗客が非常扉の前で押し合っている。
「落ち着いて!一列で、手を離さない!」朱音は声を増幅させ、子どもの肩に自分の手を置いた。「君、先頭。私の声、聞こえる?」
「……うん」
「いい子。ゆっくり、吸って吐いて。いまは浅くでいい」

香月は消火隊と合流し、炎の根を読む。「燃料漏れ、火点はバス下部。冷却優先、噴霧角度30!」
水柱が唸り、蒸気が視界を殴る。熱が頬に刺さるが、マスクの内側の自分の呼吸だけは律動を保っている。

朱音はバス内に身を滑らせ、最後部の座席で動けなくなっている女性の足に目を止めた。
「足、座席フレームに挟まってる!」
工具を要求。ペダルカッターが渡される。
「香月!」
「聞こえてる。3秒だけ水を弱める、今!」
ジュッという音とともに炎が一瞬おとなしくなった。その隙に朱音は手を差し入れ、女性の足を抜く。
「行ける。肩に手、置いて。息、合わせて!」
「ご、ごめんなさい……こわい」
「怖いのは普通。怖くても動けてる、すごい」

避難を誘導しながら、朱音は通路の端で座り込む小学生くらいの男の子を見つける。
膝に抱えたリュックには、手作りのワッペン。「ひばり」と縫ってある。
「名前、言える?」
「ハル……」
「ハル、リュック、偉い。持ててる。いま、外でお母さん待ってるから」
ハルは顔をあげ、涙で濡れた頬をこすった。「ほんと?」
「ほんとに会わせる。だから、私の手、離さない」

背後で爆ぜる音。乗用車のタイヤが破裂した。
瞬間、香月の声。「後退!天井の照明ケーブルが落ちる!」
バスの天井から黒い紐の束が蛇のように垂れ、火花を散らした。朱音はハルの頭を抱え、身を伏せる。
次の瞬間、誰かの肩が彼女の背に覆いかぶさった。
「神谷!」
香月だった。彼の背中に落ちたケーブルが、火をはじくように滑り落ちる。
「だいじょうぶか」
至近距離の声はマスク越しでも落ち着いていて、朱音は一瞬だけ目を閉じた。「大丈夫。ハル、行こう」

避難完了。外気は冷たく、甘い排気の匂いが遠のく。デコンラインで水を浴び、マスクを外す。
朱音はハルのSpO₂とSpCOを測り、酸素を当てる。
「ハル!」と女性の声が飛んだ。人垣を割って母親が走り寄る。
「お母さん!」
再会の抱擁が、現場の騒音の中でだけ聞こえる静けさを作った。
朱音は胸の内で小さく息を吐く。これが見たかった――生き延びた人たちが取り戻す声。

「神谷!」
振り向くと、香月が片腕をだらりと下げていた。袖口が切れて血が滲む。
「いつ切ったの」
「さっき。たいしたことない」
「命令。座って」
「……はい」

救急毛布を肩にかけ、朱音は創部を洗い、出血を圧迫する。
「深さ、1センチ強。縫合適応。救急外来で処置」
「お前、現場だと声が一段低くなる」
「褒めてる?」
「うん。助かる」
言いながら、香月はふと視線を落とす。朱音の頬に指先が触れ、黒い煤を拭った。
「顔、真っ黒」
「お互いさま」
触れた指が一瞬だけためらい、離れる。朱音はその温度に、言葉より先に心臓で返事をした。

火勢は収束し、負傷者の搬送も山を越えた。
雨は細くなり、トンネル入口の非常灯だけが湿った空気の中で緑色に浮かぶ。
「非番の件」香月が言う。「明後日、まだ空いてる」
「私も。……パン、屋台、その次は?」
「映画でも、山でも、どこでも。……約束を、もっと長くしていいか」
朱音は笑みを噛み、頷いた。「更新、受理」

その時、無線が新しい声を乗せた。
『山の西側で土砂崩れの恐れ。避難準備情報発令。消防・救急は待機体制へ』
夜はまだ、終わらない。
二人は視線を合わせ、小さく息を合わせるみたいに頷いた。

「続きは……」
「生きて帰ってから」
「命令?」
「希望」

トランシーバーの雑音が、雨粒に紛れて消える。
約束は伸び続ける。だからこそ、切らさない。二人は再び、それぞれの持ち場へ走った。

第4章 川音のトリアージ

午後四時、山の街の空は鉛色だった。
秋祭りの御神輿が川沿いの橋に差しかかった時、突然の横風と人波の揺れで、先頭が欄干に乗り上げた。鈍い音。ざわめき。次の瞬間、担ぎ手の一人が足を滑らせ、川へ落ちた。

「水難!」
無線が一斉に鳴り、祭囃子は途切れた太鼓みたいに不規則になった。朱音は走りながら救急バッグのジッパーを開け、黄色のトリアージタッグを胸ポケットへ差し込む。

川幅は思ったより広い。水は冷えた鉄のように速い。下流側の浅瀬に、二人がうつ伏せに流れ着いている。岸辺には転倒で頭を打った老人、膝を抱える子、泣きじゃくる担ぎ手。
「一次トリアージ開始します!」朱音は声を張った。「歩ける方は赤テープの外、あの階段上で待って!」

「ロープ、通す!」
香月悠斗が、胴綱を締めながら川へ向かう。黒いウェットスーツの上に救助ベスト、ヘルメットのライトは消してある。
「神谷、岸でバックボード準備。引き上げたら即評価」
「了解。低体温対策、保温材展開します」

朱音は岸の石を蹴って位置を取り、濡れた草の匂いと人の汗の匂いを同じ肺に入れた。
上流で香月が水に入る。冷たさが彼の表情を一瞬だけ硬くする。ロープがきしむ音。
「一人目確保!」
流木に引っかかった青年の体を香月が横抱きにし、岸側の隊員へ合図。
「いち、に、さん!」
引き上げ。青年は咳き込み、川の水を吐いた。皮膚は灰色がかっている。
「気道確保、吸引。SpO₂……低い。酸素高流量!」
ノンリブリーザーマスク、音が大きく息をする。

二人目。ロープのテンションが一度ふっと抜け、次にぐんと重くなった。
「隊長!」
「足、岩にはさまった!」
冷たい水面に、香月の声が低くひびく。朱音の背中を汗が滑った。
「ボルトカッター!」
岸から投げられた工具が、水を切って音を立てる。香月は片手で体を支え、もう片手で水中の何かを切断した。
「外れた、行く!」
引き上げられたのは、沈黙の重さを持つ成人男性。唇は紫、胸は動かない。

「無呼吸、無脈!」
朱音は即座に胸骨圧迫を開始した。水に濡れた衣服の下で、骨と皮膚の弾性が鈍く返る。
「1、2、3……」
換気はバッグ弁マスク。川風が袋を震わせる。腕が焼ける。圧迫の深さを守るため、朱音は歯を食いしばり、声を数えに乗せる。
「30!換気!」
胸の中央に掌が沈み、戻るたびに小さな波が彼女の手首で砕ける。

「AED来た!」隊員が青いケースを差し出す。
「パッド装着、みぞおち避けて右鎖骨下、左腋窩線――」
「解析中、離れてください」機械の声。
周囲の音が一瞬凪いだように小さくなる。
「ショックが必要です。離れてください」
「クリア!」
放電。男性の体がわずかに跳ね、朱音の心臓も内側から二度、強く叩かれた。
「圧迫再開!」

遠くで太鼓が弱々しく一打だけ鳴った。祭りの音が、現実に負けを認めているみたいだ。
「反応!自己脈あり!」
朱音の指先に、細くても確かな拍動が戻った。
「体温低下。保温上げて、濡れた衣服カット。搬送準備!」

その時、香月がふいに岸に膝をついた。濡れた髪から水が滴り、呼気が白くにじむ。
「隊長?」
「問題ない。……ちょっと、冷えただけだ」
言葉は平気のリズムを刻むのに、指がわずかに震えている。朱音は救急毛布を一枚、香月の肩にも押し付けた。
「命令。温まるまで離水禁止」
香月は片方の口角だけ上げた。「命令の乱用はよくない」
「便利なんで」

搬送が走り出すと、川の音が遠ざかる。
救急車内で、朱音は心電図の波形を見守りながら、ふと窓の向こうに立つ黒い人影を見た。香月だ。毛布を肩に、次の現場に向けて無線を取る。
その姿が胸の奥で静かに熱を上げる。冷え切った水の色の中で、彼だけがはっきり温度を持っている。

病院へ引き継ぎ、朱音は玄関の外で濡れた手袋を外した。手の甲は赤く、指の腹は痺れている。
そこへ、タオルを投げるみたいに声が飛んだ。
「神谷!」
振り向けば、香月が自販機の缶ココアを二つ掲げている。湯気の代わりに、缶の表面が白く曇る。
「飲め。温かい」
「甘いの苦手」
「命令だ」
「……便利ですね、ほんと」
缶を開ける音がふたつ、夜の始まりに小さく響いた。

「さっきの圧迫」
「うん?」
「よかった」
「それ、今日二回目」
「何回でも言う」
沈黙。缶の甘さが、遅れて喉に届く。
「香月」朱音は口の中の熱さで勇気を溶かした。「今度の非番、時間、ありますか」
「ある。……パンの“続き”か」
「続きの続き。祭りの屋台でもいい」
「じゃあ、命令。約束を、伸ばそう」
ふたりは同時に笑った。川の音はもう聞こえない。それでも、胸の中では、小さな波が何度も打ち寄せていた。

第3章 湖畔の白い息

湖は鏡みたいに静かなのに、岸に近づくほど冷気が刃物に変わる。
キャンプ場の奥、樹々のあいだからテントが群れて見え、一本の煙が、地面近くで横に伸びていた。

「風、弱い。沈むタイプの煙だ」
香月が防毒マスクを手に提げ、現場の外周を切るように歩く。朱音は器材バッグから酸素ボンベを二本、肩にバトンのように担いだ。

若い男性が走り寄ってきた。顔が青白く、焦点が合わない。「友達が……中で寝てて、起きなくて。炭、入れたままで……」
「わかりました。あなたは深呼吸をしないで、外で待って」
朱音は低く落ち着いた声で制し、テントのファスナーに手をかける香月にうなずいた。

「開ける。換気優先」
ファスナーを一気に引くと、むっとした温気が顔を撫で、焦げた甘い匂いが鼻の奥に張りついた。小さな七輪が、灰を抱いたまま赤く呼吸している。
中には二人。ひとりは寝袋の口元に吐瀉の跡、ぐったりと仰向け。もうひとりは膝を抱えて座り、目が半分閉じている。

「搬出、いく」
香月が七輪を長柄で外へ弾き飛ばし、テントの天窓を全部開ける。朱音は意識のない男性の頭を固定し、肩をくぐらせて引きずり出した。
地面に寝かせ、気道確保。舌根沈下。
「換気音なし――酸素、高流量、いきます!」
隊員がノンリブリーザーマスクを渡す。15L/分、ゴムの袋が呼吸の代わりに膨らむ。

「SpO₂、98出てるぞ」若い隊員がモニターを見て言った。
「当てにならない。COは酸素飽和度じゃ見えない」朱音は短く返し、頸動脈を探る。「脈弱い、GCS6。搬送優先」

もうひとりの座り込んだ女性に、香月が上着をかける。「名前、言えるか」
「……え、えり」
「えりさん、このマスクつける。頭、ぼうっとするだろ。すぐ楽になる」
朱音は彼女の手を包み、手袋越しに冷たさを測る。「寒冷ストレスもある。保温強めます」

その時、湖面のほうから、別のテント群がざわめいた。子どもの泣き声。管理人が駆け寄る。「そっちも具合が悪いと!」
香月の視線が跳ねる。
「分隊する。神谷、重症を先発。俺は向こう確認して追う」
「了解。救急2より本部、CO疑い複数名。応援要請、集団事案プロトコル起動を」

担架に乗せた男性のまぶたが、かすかにぴくりと動いた。
「聞こえますか。私は神谷。今あなたを湖の外へ連れていく」
返事はない。でも、皮膚の色が少しずつ人間に戻ってくる。胸の上下は不規則でも、確かにある。

坂道を上がる途中、香月が横から並走した。額に霜の粒。
「向こうは軽症二。吐き気と頭痛。換気で改善。こいつを先」
「了解――香月」
「ん」
「帰り、パンの“続き”、まだ有効?」
息の上がった声で言うと、彼はマスクの内側で目だけ笑った。「約束、更新済み」

救急車に収容。車内の暖房と、酸素の乾いた匂いが混ざる。
「高圧酸素は……この街にはない。最短で連携病院へ」
「搬送先、第一候補受け入れ可」隊員が耳に手を当てる。
朱音は患者の指先にCOオキシメータを挟む。数字がじわじわ上がっていく。
「SpCO 24%……やっぱり。酸素継続、意識レベルモニタ」

車が動き出す瞬間、朱音は後扉から外を見た。湖畔に立つ香月が、小さく親指を立てる。背後では朝日が水面を割り、白い息が金色に染まる。
その光景が、不意に胸の奥で痛い。うまく言葉にならない種類の痛さ――安堵と、恐れと、期待の混合物。

搬送の途中、患者のまぶたがふるえ、うめき声が漏れた。
「大丈夫。ここにいます」朱音は声を落とす。「あなた、名前は?」
「……り、ょう」
「りょうさん。吸って、吐いて。深くじゃなく、ゆっくり」
マスク越しの呼気が、袋を静かに膨らませる。波形が整っていく。生き返る音は、心電図よりも呼吸袋のほうに宿るのかもしれない。

病院搬入。引き継ぎは滑らかに終わり、廊下の端で朱音は一度だけ壁にもたれた。
指先に、パン屋の紙袋の感触がまだ残っている――そう思った瞬間、ポケットの中の携帯が震えた。

『香月:湖畔クリア。管理人に啓発パンフ渡した。戻る』
短い文字列の末尾に、パンの絵文字。
朱音は笑い、返信を打つ。
『神谷:了解。約束、温め直し中』

午後に向かって日差しは強くなるはずなのに、山の街はまだ冬の息を吐いている。
今日の朝は、パンの温度に届くところまで来た――そう思えるだけで、次の出動に向かう背中が少し軽くなった。

第2章 夜明けのパンと煙の匂い

パン屋の看板は、まだ空の色より眠そうだった。
山裾の通りに、焼きたての空気がふわりと溢れている。店の名は《ひばり》。夜明け前から灯りを漏らす小さな窓のむこうで、丸い影がトングを鳴らしていた。

「命令、履行しに来ました。」
朱音は救急車庫から歩いてきた足で、そのまま扉を押した。制服の上に簡単なウィンドブレーカー、髪はゴム一本で雑に束ねたまま。

「いらっしゃいませ。あ――」
カウンターの内側にいた青年が、朱音の胸のワッペンを見て、目尻をやわらかくする。「おつかれさまです」

「あの、消防の……いえ、知人に勧められて」
「うち、消防さんの常連多いんです。焼き上がりは今、三陣目。」
ガラスケースのなかで、湯気を含んだハードロールがぎゅっと肩を寄せ合い、クロワッサンが層をほどくように光った。

ドアのベルがもう一度鳴った。
「よう。」短い挨拶。香月悠斗が入ってきた。夜勤明けの顔に、湯気の輪っかみたいに笑いがのぼる。ヘルメットはない。代わりに、黒いニット帽。

「隊長、ほんとに来たんですか。」
「命令したからな。」香月は、陳列棚を見回すふりをして朱音の足元もちらりと見た。「滑ってこけてないか」
「心配性。ほら、無傷。」朱音はつま先をちょんと上げた。

「おすすめ、あります?」朱音が店員に向き直る。
「山ぶどうのカンパーニュと、じゃがいもフォカッチャ。救急さんには塩気のあるのが人気で――」
「それ、二つずつ。あと、コーヒー。」香月が財布を出す。「俺が」
「割り勘で。」
「命令だ。」
「またそれ?」
「便利なんだ。」

くすっと笑う店員が、窓際の二人席を指す。「どうぞ」

パンをちぎると、指先に湯気が絡んだ。じゃがいもの甘さにオリーブオイルのきらめき、外の冷気が、口の中で急に遠くなる。
「……反則。」
「だろ。」香月はカンパーニュを齧り、噛む回数を数えているように静かだ。
「隊長、現場の後って、食べ物の味がやけに具体的になること、ありません?」
「ある。生きてるって、舌で確認するんだろ。」
その言い方に、朱音の笑いが少しだけ影を帯びる。「さっきの運転手さん、持ち直すといいけど」

香月は紙コップを両手で包んだ。「神谷。お前、さっきの圧迫、よかった」
「仕事ですから」
「それでも言っとく。よかった」

沈黙。窓の外、山の稜線が薄く色を取り戻していく。
「隊長は、どうして消防に?」朱音が問う。パン屑が皿に小さな星座を描く。
「中学の時、家、半分焼けた。」唐突で、乾いているのに湿り気のある声。「近所のオヤジがホース持って走ってきてさ、変なもので、あれを見てかっこいいと思った」
「変じゃないですよ」
「そうか。」
「私も――」朱音は言いかけて、コーヒーに逃げる。「……初めて現場で、名前を聞けなかった人がいて。そこから、名札を最初に見る癖がついた」
「だから『神谷』って最初に名乗るわけだ」
「そう。迷ってる間に、名前も呼べなくなるから」

その時、朱音の無線が震えた。
『救急2、山中湖畔キャンプ場より通報。炭火による一酸化炭素中毒疑い、複数名。消防と合同で出場要請』
同時に、香月の端末も鳴る。画面に地図、細い湖畔道の点滅。

「行くか。」
「行きましょう。」
二人はほぼ同時に立ち上がり、トレーを返す。店員が奥から紙袋を差し出した。「これ、サービス。さっきの分の“続き”に」
「助かります。戻れたら報告に」香月が会釈する。
朱音は紙袋を胸に抱え、店を出る直前に振り返った。厨房の奥で、オーブンの灯が赤く呼吸している。命の温度って、意外とパンの温度に近いのかもしれない――そんなことを思う。

外に出ると、朝が急に速くなる。山の影が走り、高架の下で風が回る。救急車の白が、消防車の赤と並ぶ。
「炭火はテントの中か?」
「たぶん。風弱いし、冷え込み強かったから」
香月は無線に短く指示を落とし、運転席へ。朱音は助手席で手袋をはめ、酸素ボンベの残量を確認する。
サイレンがくぐもって鳴り、山がもう一度、獣に変わる。

走り出した車内で、朱音が横目で問う。「さっきのパン、続きは?」
香月は前を見たまま、口角を少し上げた。「生きて帰ってきたら」
「命令?」
「約束」

救急車は湖へ向かう下り坂に差しかかり、朝の光がフロントガラスの内側まで入り込む。二人の横顔に、薄い金色が同じ角度でかかる。
遠く、湖面が光った。けれど手前のキャンプ場からは、見えない煙の匂いが確かに流れてくる。

――二人の一日は、いつも食べかけのパンみたいに途中で切れる。だからこそ、続きを約束できる。

第1章 山霧のサイレン

サイレンの音は、山の谷間で別の獣に変わる。
午前四時二十二分。真っ黒な山肌に、霧の白が帯を引き、道路情報板の「急カーブ注意」の文字だけがやけにくっきり浮かんでいた。

「心拍数どう?」
ハンドルを握る朱音は、肩の無線に顎を寄せた。短く結んだ黒髪がヘッドライトの反射をかすかに拾い、額に青白い線を描く。

「70台。意識混濁、出血あり。現場、先着は消防。」後部の隊員が答える。

カーブを抜けると、赤の点滅が霧の幕を破った。横転した軽ワゴン、ガードレールに突っ込んだバイク。焦げたゴム臭とガソリンの甘い匂いが混ざって鼻を刺す。冷たい空気の中でも、事故はいつも生温い。

「神谷さん!」
低く通る声。振り向けば、反射ベスト越しに腕の太さがわかる消防隊長がいた。ヘルメットの下、短く刈った黒髪、目は静かに仕事の優先順位を並べている。

「香月隊長、状況は?」
「バイクの男性はガードレール下。軽ワゴンの運転手はシートに挟まれてる。燃料漏れあり、火花厳禁。先に下から――」

「了解。私、下へ入る。」
朱音は手袋をはめ直し、斜面に打たれたロープを掴んだ。霧で濡れた草が滑る。背中の器材バッグが重さで身体を引く。足を取られかけた瞬間、後ろからロープがピンと張った。

「焦るな。重心、もう少し低く。」
香月悠斗の手が、見えないところで支えるようにロープを調節した。声は淡々としているのに、不思議と落ち着きをくれる温度がある。

ガードレール下の空間に潜り込むと、バイクの男はヘルメットが割れ、頬には血の筋。呼気にアルコールの匂いはない。脈は細いが触れる。
「聞こえますか、救急です。私は神谷。今から頸椎を固定します。痛いけど、動かないで。」
短く言葉を落としながら、朱音は咬み合わせと瞳孔を確認。咳の前兆のような痙攣。喉が塞がる音。
「吸引機、オン!」
背中で金属音が鳴り、管が渡される。霧がライトで光り、吸い上げた血液が管の中で暗く揺れた。

「上、火花注意!スプレー散布する!」上から香月の声。
「了解。こっちは気道確保して、すぐ上げる!」

頸椎カラーを装着し、スパイダーで固定。斜面の角度を読み、三歩目で必ず右足に力を残す。呼吸音が安定し始めた瞬間、上からのロープテンションが変わる。
「行けるか?」
「行ける!」

三人で息を合わせ、男を担ぎ上げる。ガードレールの縁で、香月が片手で担架のバランスをとり、もう片手で朱音の手首を掴んだ。冷えた手袋越しに、脈拍が互いの中で一瞬混じる。

救急車内。モニターの波形が小刻みに跳ねる。
「バイク男性、外傷性ショック、収縮期80。輸液広げます。香月隊長、ワゴンは?」
「ドアピラー切る。あと3分で引き出す。」
「三分なら、心をつなげる時間はある。」
朱音は自分に言い聞かせるように微笑んだ。香月の目尻がほんの僅か、柔らいだ。

二人が再び外へ出ると、霧はわずかに薄くなっていた。
「ガラス破砕、いくぞ!」
「はい、シートベルト切断後、頸椎固定で引く!」

油膜の張った水たまりに赤灯が揺れる。工具の唸り、火花の代わりに噴霧される泡。切断面が静かに露をこぼすみたいに光る。
ピラーが落ち、ドアが外れた瞬間、運転手の胸郭の動きが止まった。

「――止まった!香月隊長、エアバッグ残圧ゼロ確認、当て板!」
「通した!」

朱音は運転席に腹這いで潜り、胸骨圧迫の位置を探る。ステアリングで胸は変形している。手のひらを重ね、深く、速く、一定に。
「1、2、3……30!」
「バッグ弁マスク!」隊員が換気を合わせる。
霧の冷たさが肺に入ってくる錯覚。腕に乳酸が溜まる痛み。朱音は押すたびに、過去の失敗も、名を呼べなかった誰かの顔も、圧迫のリズムに埋めていく。

「反応!」
微かな痙攣のあと、胸が自分で持ち上がった。
「戻った……戻ったぞ。」香月が短く息を吐く。その声に、サイレンよりも強い現実感があった。

引き出し。担架に乗せた瞬間、運転手の指がぴくりと動く。
「大丈夫、ここにいます。」朱音は耳元で言う。自分にも言っている。

搬送が始まる前、ふと香月と目が合った。霧が晴れるところに、彼の眼差しだけが残っている。
「神谷。」
「はい。」
「朝、落ち着いたら……おまえ、温かいパン食べろ。夜明け前からやってる店、ある。」
「現場で栄養指導ですか?」
「命令だ。」
「はい、消防の命令には従います。」
ふたり、ほんの少し笑った。笑い声は霧に吸われて、それでも確かに互いの胸の中で鳴った。

サイレンが再び鳴る。山の街はまだ眠っている。けれど、東の空が少しだけ白い。

――この街で、朝はいつも現場から始まる。けれど今日は、パン屋の温度で終わるかもしれない。

🌟🍯ようこそ!熊本のやさしさと甘さが詰まった『蜂楽饅頭』の世界へ🐝💕

「熊本に行ったらこれだけは絶対食べて〜っ!」
そんなふうに地元の人が目をキラキラさせながらすすめてくる、熊本のあったか名物があるんです…それが、**蜂楽饅頭(ほうらくまんじゅう)**💛

見た目はね、どこか懐かしい「今川焼き」みたい。でも、食べてみると「…あれ?これ、ちょっと違う!?✨」ってきっと気づいちゃうはず!
外は香ばしくってもっちり、中からは上品でやさしい甘さのあんこがたっぷり登場しちゃうんですっ💕

しかも、選べるあんこは2種類!
🌑 黒あんは深〜いコクがあって、ぎゅっと濃厚。
🌕 白あんはふんわりやさしくて、ほんのり上品な甘さ。
どっちも魅力的すぎて、「う〜〜ん、選べないっ!」って悩んじゃうくらい♡

「蜂楽饅頭って、なあに?」「どこで買えるの?」「いちばんおいしく食べる方法って?」
そんな気になるアナタのために、今日はぜ〜んぶ、まるっとご紹介しちゃいますっ🌈✨


🍡蜂楽饅頭ってどんなお菓子?今川焼きとはどこが違うの?

蜂楽饅頭(ほうらくまんじゅう)は、見た目はまんまるでふっくら。今川焼きや大判焼きにちょっぴり似てるけれど、実は“中身のこだわり”がぜんぜん違うのですっ✨

まず注目してほしいのが、「生地」🍳
蜂楽饅頭の生地は、今川焼きよりも厚めでもっちもち〜!
冷めてもパサつかず、しっとり感がちゃんと残っていて、おやつにも軽食にもぴったりな満足感なんです🍴✨

さらに、あんこにも大注目!
🖤 黒あんには北海道産の小豆を使用していて、甘さ控えめなのに、深〜いコクがじんわり♡
🤍 白あんはインゲン豆ベースで、なめらかでやさしく、ちょっとミルキーな雰囲気もあるんですっ✨

でもねっ、蜂楽饅頭のいちばんの秘密は、生地に「蜂蜜」が使われていることなの🍯💫
ほんのり自然な甘みがふわ〜っと広がって、口に入れた瞬間「しあわせ…♡」ってつぶやいちゃいそうになるよ🍃


🏡日常にとけこむ、地元民の「おやつの定番」♡

蜂楽饅頭は、地元の人にとってまさに「いつもの味」。
学校帰りにふらっと立ち寄って買ったり、おばあちゃんがお孫さんにおやつで買ってきたり…🍵
買い物のついでにパクッと食べたり、観光の途中で「ひと息タイム」に選ばれることも多いんです✨

「今日は疲れたな〜」ってときに蜂楽饅頭を手に取ると、なんだかホッとする♡
そんなふうに、お腹だけじゃなく心まであったかくなる存在なんですっ🍀


💰お手頃でボリュームたっぷり!お財布にもやさしいんだよっ🎶

蜂楽饅頭のすごいところは、そのお値段にもあるんですっ✨
1個あたり100円前後で買えちゃうから、おこづかいでも気軽に楽しめるのが嬉しいところ💛

しかも、1つ食べるだけでしっかりお腹にたまるボリューム感っ!
「1個だけのつもりが…つい2個目に手がのびちゃった〜💦」なんてこともあるある♡

お財布にもやさしいし、心にも体にもほっこり。まさに**“小さなしあわせ”がぎゅ〜っとつまったおやつ**です🍀


🐝**「蜂蜜」を使ったやさしい甘さと、創業者の想い🍯**

実はこの蜂楽饅頭、養蜂家さんが作った和菓子だって知ってた?🐝✨
「もっとたくさんの人に、自然の恵みである蜂蜜のおいしさを伝えたい!」っていう想いから生まれた、愛情たっぷりのお菓子なんです🍃💕

国産蜂蜜を練りこんだ生地は、ほんのり香って、甘すぎずやさしくて。
この自然な甘さが、どこか懐かしくって…まるで「おばあちゃんちで食べたおやつ」みたいな安心感があるんです🌸


🏬熊本だけじゃない!いろんなところで買えるよ〜🍡

蜂楽饅頭は、熊本市内はもちろん、水俣や八代、福岡、鹿児島、宮崎など、九州のいろんな街にお店があるよ〜🏞️✨

どの店舗も、こだわりの味はそのままに提供されていて、
「どのお店で食べても、いつもの味!」って安心感もあるのですっ✨

観光のついでに立ち寄れる場所も多いから、「熊本旅行の思い出に♡」って買って帰る人もたくさん🎁
駅ナカや商業施設の中にもあって、お買い物ついでにサクッと買えちゃうのも嬉しいポイント!


🔥焼きたてアツアツは…まさに天国っ🥹💛

お店で焼きたての蜂楽饅頭に出会えたら、それはもう…ラッキーの極みっ!
アツアツの生地は外がカリッ、中はとろ〜りほくほく♡
ふんわり湯気と一緒にあんこの香りが立ちのぼって…それはもう、五感が喜ぶ幸せ体験っ🍃✨

店頭にはちょっとしたベンチやイートインスペースがあるところもあって、その場でパクッと楽しめちゃいます♪


📦おうちで楽しむためのひと工夫も♡

持ち帰った蜂楽饅頭は、電子レンジでチン♪すればしっとり感が復活🌼
さらにトースターでちょっと焼くと、外カリ中ふわの絶妙食感に変身するよ〜!
冷蔵庫で冷やしても、また違ったおいしさが楽しめちゃうんだ💕

実はね、冷凍保存もできちゃうんですっ❄️
1個ずつラップして冷凍→食べるときにチン!またはトースターで軽くリベイクすればOK✨
まとめ買いして、少しずつ楽しむ人も多いんだって♪


🍧夏には「コバルトミルク」っていう、青くてさわやかなかき氷も!

夏になると登場する、隠れファンの多い一品が…
その名も「コバルトミルク」っ!✨💙

見た目はまさに“夏の宝石”!
ラムネ風味のさっぱりシロップがたっぷりかかっていて、
甘〜い蜂楽饅頭とのコンビで、冷たさとあったかさのコントラストがクセになるおいしさなんですっ🍧💕


🎀まとめ:蜂楽饅頭は、心にふんわり咲く「幸せの味」🌸

蜂楽饅頭は、ただの和菓子じゃないの。
それは、熊本の人たちのやさしさと想いがぎゅ〜っと詰まった、特別なスイーツ💕

ふだんのおやつにも、大切な人へのプレゼントにも、旅の思い出にもぴったり🌟
黒あん・白あん、どっちを選んでも「おいし〜〜い♡」って笑顔になれちゃうお菓子ですっ!

熊本を訪れたら、ぜひぜひ、とっておきの1個をその手で、その口で楽しんでみてねっ🎵
甘くて、やさしくて、じんわり心まであったまる…そんな小さな幸せを、きっとあなたも感じられるはず💛

 

 

『結び子リノと、ほどける夜』

収録方針

  • 主人公:リノ

  • 舞台:風葬の都アウステラ(日常側)

  • テーマ:「縫わない」「結び直せる」「空っぽのまま支える」

  • 中学生でも読みやすい文体


第一話 ほどけない靴ひも

朝の市場は、人の足音でいっぱいだった。
リノは石段に腰かけ、靴ひもを結び直している男を見ていた。

男は何度結んでも、すぐにほどけてしまう。
強く引くほど、ひもはきしんで、最後には指が止まった。

「……どうしてだ」

リノは立ち上がり、そっと近づく。

「結び方、変えてみる?」
突然声をかけられ、男は驚いた。

「蝶結びじゃなくて、輪をひとつ多く作るの」
リノは自分の靴を見せる。

男は半信半疑で真似をした。
今度は、ほどけない。

「おお……」
男は目を丸くする。
「きつくしてないのに」

「きついと、逃げたくなるから」
リノは当たり前のことのように言った。

男は少し笑って、礼を言った。
歩き出す背中は、さっきより軽い。

リノは思う。
結び目は、強さじゃない。
戻れる余白だ。


第二話 声をしまう箱

鐘楼の裏で、リノは小さな木箱を拾った。
中を開けると、何も入っていない。

「空っぽ……」

その夜、近所の女の人が泣いていた。
声を出さず、肩だけが揺れている。

「どうしたの?」
リノが聞くと、女の人は首を振る。

「泣くと……声が、戻らなくなる気がして」

リノは木箱を差し出した。
「ここに、しまっていいよ」

「……声を?」
「うん。一晩だけ」

女の人は戸惑いながら、箱を胸に抱いた。

翌朝、箱は返ってきた。
中は、やっぱり空っぽ。

でも、女の人は言った。
「昨日ね、ちゃんと泣けた」

リノは箱を閉じる。
声は、しまわなくても戻る。
ただ、戻ってもいい場所があれば。


第三話 名前を呼ぶ練習

夕方の広場で、リノは小さな子どもと向き合っていた。
その子は、名前を呼ばれると固まってしまう。

「……こわいの?」

子どもはうなずいた。
「呼ばれると、悪いことが起きる気がする」

リノは少し考えたあと、自分の名前を指さす。

「じゃあ、わたしから」
「リノ」

何も起きない。

「もう一回」
「リノ」

風が吹いただけだ。

子どもは小さく息を吸う。
「……リノ」

「うん」

「……ぼくの、名前」

リノはすぐに言わなかった。
ただ、子どもの手を握る。

「呼ばれなくても、いていい」
「でも、呼びたくなったら、いつでも」

子どもは笑った。
その笑顔は、呼ばれる前から、ちゃんとそこにあった。


収録後記(短編集用・作中)

結び目は、ほどける。
でも、結び直せる。

縫わない手は、遅い。
でも、逃げ場を残す。

風葬の都では、
今日も小さな結び目が、
名前のない夜を支えている。


第四話 泣かない鐘

風葬の都の端に、
もう鳴らなくなった小さな鐘がある。

鐘楼ではない。
道の角に吊るされた、掌ほどの鐘だ。

「昔はね、誰かが亡くなると鳴ったの」

近所のおばあさんが、リノに教えてくれた。
「でも、今は鳴らない。壊れたんだろうね」

リノは鐘を見上げた。
風は吹いているのに、音はしない。

「……泣かなくなっただけかも」

おばあさんは首をかしげた。

その夜、リノは小さな糸を持って鐘の下へ行った。
鐘を縛らない。
吊るし直すわけでもない。

ただ、鐘の舌(ぜつ)と、風の通り道を
ゆるく、結んだ

翌朝。

カラン。

とても小さな音だった。
泣くような音ではない。
誰かを呼ぶほど大きくもない。

それでも、おばあさんは目を細めた。

「……鳴ったね」

「うん」
リノはうなずく。
「泣かないけど、いるって言ってる」

鐘はそれから、たまに鳴る。
大事なときだけ。


第五話 結ばない約束

広場の木陰で、リノは二人の子と向き合っていた。
兄と妹だ。

「約束したのに!」
「してない!」

二人の間に、張りつめた空気。
よくある喧嘩。でも、今日はほどけない。

「結び直す?」
リノが聞くと、二人は同時に首を振った。

「結ぶと、守らなきゃいけない」
兄が言う。
「守れなかったら、悪い人になる」

妹も小さくうなずいた。

リノは少し考えてから、糸をしまった。

「じゃあ、結ばない」

二人は驚く。

「代わりに、“置いておく”」
リノは地面に小石を二つ置いた。
「これ、約束の場所。来ても来なくてもいい」

「……それで、いいの?」
妹が聞く。

「うん。戻りたくなったら、ここに来ればいい」

夕方、リノが通りかかると、
二つの小石は少し近づいていた。

結ばない約束も、
歩けば、距離は変わる。


第六話 空っぽの椅子

広場の片隅に、
誰も座らない椅子がある。

壊れてはいない。
ただ、いつも空いている。

「前にね」
花屋のおじさんが言った。
「ここに座ってた人が、いなくなった」

死んだのか、旅に出たのか、誰も知らない。

リノは椅子の前に立ち、しばらく考えた。
そして、椅子に何も置かず、何も結ばず、
ただ、足元に小さな花を一輪置いた。

「座らなくていいよ」
小さく言う。
「空いてていい」

次の日、その椅子には、
疲れた人が少しだけ腰かけていた。

また次の日には、別の人が。

誰も長くは座らない。
でも、誰も追い払われない。

空っぽのままの椅子は、
通り道になった。

リノは思う。
空席は、埋めなくても役に立つ。


短編集・最終後記

結び目は、ほどける。
約束は、置いておける。
椅子は、空いていていい。

縫わない世界は、不器用だ。
時間もかかる。

それでも、
誰かが戻ってくる場所だけは、
ちゃんと残る。

風葬の都アウステラで、
結び子リノは今日も、
結びすぎない手で、夜を支えている。


🌙 リノ編・最終話(成長後)

終章 風の向こうで、結び直す

風の音は、昔より低くなった。
アウステラの屋根を鳴らす骨の風見は、
もう数を数えなくても、どれがどれだかわかる。

リノは、広場の端に立っていた。

もう、子どもではない。
背は伸び、声も変わった。
それでも、針は持っていない。

腰の袋には、糸が少し。
結ぶためではなく、ほどけたときのためだ。

「……久しぶり」

声をかけられて、振り向く。
かつて願い袋を受け取った少年――
今は、旅の支度をした青年が立っていた。

「行くの?」
リノが聞く。

「うん」
青年は笑った。
「眠れなかった町から、眠れる場所へ」

リノは何も渡さなかった。
袋も、糸も。

代わりに、言う。

「戻ってもいいよ」
「結び直せる」

青年は頷いた。
それだけで、十分だった。

夜。
リノは広場の椅子に座る。
あの、空っぽの椅子の隣だ。

誰もいない。
でも、空いている。

風が吹く。
どこかで、小さな鐘が鳴る。

リノは目を閉じ、思う。

縫わなくていい。
決めなくていい。
空っぽのまま、置いておける。

結び子の仕事は、
結ばない勇気を、渡すことだった。

風の向こうで、誰かが立ち止まる。
そして、また歩き出す。

それを見送れるなら、
リノはもう、十分だった。

夜はほどける。
それでも、道は残る。

 

 

 

結び子リノと小さな願い袋

朝のアウステラは、風が低い声で話す。
屋根の骨の風見が、こつり、こつりと小さく鳴るころ、リノは広場の隅に座っていた。

膝の上には、布袋がひとつ。
手のひらほどの大きさで、口は青い糸で蝶結びにしてある。

「……できた」

リノは小さく息を吐いた。
これで三つ目だ。

この袋は、“願い袋”と呼ばれている。
中には何も入っていない。
それでも、夜になると、眠れない人の枕元にそっと置かれる。

「結び目が、ゆるいかな」

リノは袋を持ち上げ、光に透かす。
縫い目はない。
針も使っていない。
ただ、結んだだけだ。

「ううん。これでいい」

自分に言い聞かせるように頷いた、そのとき。

「……あの」

声がした。
顔を上げると、少年が立っている。
リノより少し背が高く、靴は土で汚れていた。

「それ、売ってるの?」

「売らないよ」
リノは首を振る。
「預かるだけ」

「預かる?」
少年は眉をひそめた。
「中、空っぽじゃん」

「うん。空っぽ」
リノは笑った。
「だから、いいの」

少年は納得していない顔だったが、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。

「……夜、眠れなくてさ」

リノは何も言わず、袋を一つ差し出した。
少年は驚いた。

「いいの?」
「うん。名前、書かなくていい」

「……なんで?」

リノは少し考えた。
そして、正直に答えた。

「名前を書くとね、重くなることがあるから」

少年は袋を受け取り、指で蝶結びを触った。
きつくもなく、ゆるくもない。

「これ、どうするの?」

「枕の横に置くだけ」
リノは言った。
「開けなくていい。ほどけても、結び直せる」

少年は小さく笑った。
「変なの」

「よく言われる」

少年は袋を握りしめ、走り去っていった。
その背中を見送りながら、リノは胸の奥が少しあたたかくなるのを感じた。

夜。

リノは自分の部屋で、灯りを落としていた。
窓の外では、風がやさしく吹いている。

――とん、とん。

扉が叩かれた。

開けると、さっきの少年が立っていた。
目は少し赤い。

「……眠れた?」
リノが聞くと、少年は頷いた。

「全部じゃないけど」
「でも、怖くなかった」

少年は袋を差し出す。
「これ、返す」

リノは首を振った。
「それ、君のだから」

「でも……空っぽだし」

「空っぽだから、君のなんだよ」

少年はしばらく考え、袋を胸に抱えた。
「……ありがとう」

「どういたしまして」

少年が去ったあと、リノは窓辺に座った。
昔、自分の口が縫われていた夜を思い出す。
声を出したら、また縫われる気がして、息をひそめていた夜。

今は違う。

リノは針を持っていない。
持っているのは、糸と、結び目だけだ。

「……縫わなくて、いいんだ」

小さく呟くと、風が答えるように吹いた。

翌朝、広場に行くと、ベンチの端に小さな袋が置いてあった。
蝶結びが、少し歪んでいる。

リノは笑って、結び直した。

願いは、ほどける。
でも、結び直せる。

それでいい。

風葬の都アウステラで、
今日も小さな願い袋が、空っぽのまま、誰かの夜を支えている。


(外伝・了)

 

 

 

第6章 空席に咲く庭

井戸の底から黒い光が噴き上がり、王冠が目のように光った。
ナギは両足で“花の杭”を踏みしめ、ユイとリノ、そして書記の影と視線を合わせる。
四つの青い線が胸から伸び、互いをつないでいた。

「もう少しだけ、持って」ナギが言う。
ユイは鏡をかざし、強くうなずく。「いける。あなたの息、私が見てる」

黒い光が渦を作り、王冠の縁から“手”がもう一度伸びる。
空席そのものが掴もうとしてくる。
ユイは鏡先をきゅっと絞り、澄んだ声で唱えた。

「“待つ時間(とき)を眠らせる”――今を、守る」

鏡から白い帯が走り、手の影の“指と指の間”に眠りを結ぶ。
影の手は一瞬止まる。しかしすぐに別の手が増え、帯を引き裂こうとする。

「数で来るなら、数で返す」
ナギは掌を開き、胸から抜いた最後の白青の花へ、そっと息を吹きかけた。
「“花園(はなぞの)”」

一輪が百になり、百が千になった。
青い小花が渦に散り、王冠の空洞に吸い込まれて、内側から根を張る。
花は“座る人のいない席”を土に変え、風の穴をやわらかく埋めていく。

――だれが、私の空を汚す。
――王は空虚。空虚であれ。

声が怒り、渦が逆巻く。
花は抜かれ、ちぎれ、光が細くなる。
そのとき、リノが一歩前に出た。小さな手には、もう使わないはずの針。

「縫わない。――結ぶだけ」
リノは震える指で、青い花の茎と茎を“蝶結び”にした。
結び目はほどけず、やさしく揺れた。

書記の影も膝をつく。
「私も。書くかわりに、結ぶ」
影は見えない糸をひいて、欠けた眠りの隙間を一つひとつ塞ぐ。

ナギは息を吐く。胸が焼けるほど痛い。
それでも笑って言った。
「うまいよ、リノ。――ユイ!」

「受け取った!」
ユイは鏡を裏返し、鏡背の睡蓮の紋を王冠へ向ける。
「“返照(へんしょう)”――空っぽは、空っぽ自身を映せない」

鏡の背から静かな光が広がり、王冠は自分の“空虚”だけを見せられる。
手の影は掴む対象を見失い、形を保てずに崩れた。
その隙に、ナギの花園が一気に根を伸ばす。

青い根が王冠の内側を走り、四方へ広がる。
根は“空席”の縁をやさしく縫い、座るための硬さを“眠るための柔らかさ”に変えた。
渦の音が低くなり、風の吸い込みが弱まる。

――まだ、王は……。
声は遠のき、やがて、ため息になった。
王冠は重さを見つけた器のように、ゆっくり沈む。
底へではない。“花の土”へ。

ナギの足ががくりと揺れ、青い線が薄くなる。
ユイがすばやく肩を支え、額を合わせた。
「分けよう。半分――ううん、三分の一に」

「だめ、君まで倒れる」
「倒れないよ。だって、あなたの息、きれいだもん」

ユイの言葉は冗談みたいで、でも本気だった。
その声を合図に、書記の影も重さを肩へ移す。リノも少し背伸びをして手を伸ばす。
四人の呼吸が揃い、青い線がもう一度、明るくなる。

最後の脈動が沈み、王冠は花に包まれて静止した。
井戸を満たしていた黒い風は薄れ、代わりに土の匂いと、遠い潮騒のような眠りの音が満ちた。

しばらく、誰も話さなかった。
ユイが小さく笑う。「終わった、のかな」

ナギはうなずき、花の杭をほどく。
足もとには、花の根が作ったほそい小道が残っていた。
「終わった。――でも、見張りは続けよう。次の“空っぽ”が生まれないように」

書記の影は王冠を一瞥し、ナギに向かって深く頭を下げた。
「私の罪は、もう誰にも縫わせない。……ありがとう」

リノは針をそっと鏡の袋にしまい、ユイへ差し出した。
「これ、渡す。もう、いらないから」

「じゃあ、別の道具にしよう」ユイは微笑む。
「糸を結んで、願い袋を縫う針。眠りたい夜に、そっと枕元へ置くの」

地上へ戻ると、朝の風がやさしかった。
骨の風見はゆっくり回り、町の屋根の骨は白く光る。
鐘楼は黙ったままだが、沈黙は不吉ではなかった。
眠りが、深く、静かに戻ってきたのだ。

広場の片隅で、ナギは膝をついて土に触れた。
指先から小さな花が三輪、芽を出す。
ひとつはユイへ、ひとつはリノへ、もうひとつは、眠りについた“親”と、地下に残した古い痛みへ。

ユイが尋ねる。「ナギ、これからどうする?」

「歩くよ」ナギは空を見上げた。
「眠りをほどき、結び直す。……よかったら、いっしょに」

ユイはうなずき、手を差し出す。
リノもその手に自分の手を重ねた。
三つの影が朝の石畳に並び、ひとつの長い影になった。

風が骨の間を抜け、やわらかく鳴る。
音は歌のようで、少しだけ、泣き声にも似ていた。
アウステラはそのまま息をつき、今日のはじまりを迎えた。

――おわり。

人物

  • ナギ(優しい屍術師)
    眠る骨に花を咲かせて弔う少年。黒い法衣に野の花の刺繍。青い“花の光”で糸や蔓を作り、痛みや重さを「分け合う」術が得意。口調は穏やかでまっすぐ。ユイと強く信頼し合う。

  • ユイ(白庭の巫女)
    白衣に睡蓮の刺繍。長い銀髪、琥珀色の瞳。手鏡で「最後に見た景色(夢路)」を読み取り、影に橋をかけたり、時間の“待ち”を眠らせる祈りを使う。良心的だが自分を削る決断も辞さない。

  • リノ(元・縫い子)
    小柄な黒髪の子ども。口元を縫われた過去があるが、勇気を取り戻し「縫う」のではなく「結ぶ」力を選ぶ。蝶結びで眠りの継ぎ目を優しく留める。

  • 影の書記
    かつて処刑所で罪の“重さ”を記し続けた大人。口を布で覆っていたが、ナギたちに出会い針を捨てる。今は重さを“共に持つ”側に立ち、静かな贖いを歩む。

  • “親”(針の使い手の長)
    黒い外套に二本の長針。骨を波に縫い上げるほど強いが、内心は「自分が消える恐れ」を抱えていた。最後は眠りを受け入れ、子どもを縛る連鎖を手放す。

  • 橋守ベンヌ
    物語の冒頭で見送られた老人。町の人々に慕われた。彼の死をきっかけに“黒い針”の異変が露わになる。

存在・舞台

  • 空虚王(くうきょおう)/空(から)の王冠
    「不在そのもの」を王とした古い呪い。誰も座らない玉座=空席が、やがて“待つ時間”を食べ始める。王冠は空洞を求める器だが、ナギの「花園」とユイの「返照」により、空席は“眠る庭”へと変わった。

  • 風葬の都アウステラ
    屋根に骨の風見が並ぶ高台の街。地下には風を封じる納骨回廊と巨大な“風の井戸”が広がる。風は祈りであり、記憶を運ぶ。

  • 骨の海/骨の鳥
    回廊の奥でざわめく骨の集合。未練や痛みが波や鳥の形で現れる。正しく弔えば砂に還り、静かな眠りに戻る。

用語集

人・立場

  • ナギ:骨に花を咲かせて弔う屍術師。痛みや“重さ”を「分け合う」術が核。

  • ユイ:白庭の巫女。手鏡で「最後に見た景色(夢路)」を読み、影や時間に橋をかける。

  • リノ:口を縫われていた元・縫い子。「縫う」から「結ぶ」へ転じ、蝶結びで眠りを整える。

  • 影の書記:かつて罪の重さを記した大人。針を捨て、重さを“共に持つ”側へ。

  • “親”:針の使い手の長。強力だが「消えること」への恐れを抱えていた。最後は眠りを受け入れる。

  • ベンヌ:橋守の老人。物語の発端となる見送り。

場所

  • アウステラ(風葬の都):屋根に骨の風見が並ぶ高台の街。風は祈り。

  • 納骨回廊:地下に続く骨の廊下。風を封じ、静かに眠らせる。

  • 風の井戸:地下の巨大な空洞。風と“眠り”が吸い込まれる。

  • 骨の海:回廊のさらに奥でざわめく骨の集合。未練の波や骨の鳥が生まれる。

物・概念

  • 空虚王/空(から)の王冠:誰も座らない玉座=“空席”を王とした古い呪い。
    空席は「待つ時間」を食べ、眠りを吸い上げる。

  • 黒い針・黒糸:風や影、眠りを“縫い止める”道具。使い手の恐れに反応して強まる。

  • 花の術(ナギ)

    • 眠りの結び:痛みをほどき、静かに眠らせる。

    • 分有の花束:重さ(罪悪感・悲しみ)を複数人で分け合う。

    • 花縄/花園:骨や空洞の関節を優しく縫い、空席を“土”に変える。

    • 花の杭:見えない足場を作って踏みとどまる。

  • 鏡の術(ユイ)

    • 夢路の閲覧:亡くなる直前の景色を“安全な範囲で”共有。

    • 影映し:縫われた影を鏡へ移して解放。

    • 夢路の橋/標:影や時間の“間”に橋や道しるべを作る。

    • 返照:対象に“自分自身”を映して、過剰な力を萎ませる。

  • 蝶結び(リノ):ほどけにくく、でも優しい結び。眠りの継ぎ目を痛めず留める。

テーマ(読み取りやすい要点)

  • 「重さは分け合える」:罪悪感や痛みをひとりで持たず、輪で支える。

  • 「縫うから結ぶへ」:強制的に留める“縫い”ではなく、相手を尊重する“結び”。

  • 「空席の扱い」:欠けを力で塞がず、“眠る庭”に変えて共存する。

物語の流れ(超ざっくり)

  1. 風葬の儀で“黒い縫い目”の異変を発見。

  2. 鐘楼で針の使い手と遭遇、地下の骨の海の動きを知る。

  3. 回廊でリノと“親”の連鎖に直面。

  4. 協力して骨の波を鎮め、“重さを分ける”輪が生まれる。

  5. 風の井戸で空虚王(空席)の吸引と対峙。

  6. 花園と返照、蝶結びで“空席”を眠る庭へ――都に静かな朝が戻る。

あらすじ(中学生向け)

風葬の都アウステラで、屍術師の少年ナギは、巫女ユイとともに橋守の葬りを行う最中、“風を縫う”黒い針の跡を見つける。死者の道がねじ曲がり、骨が勝手に動き出していた。二人は鐘楼で針の使い手と対峙し、地下の納骨回廊へ向かう。そこでは骨の波が起き、口を縫われた子ども・リノが、見えない主(“親”)に命じられて風と眠りを縫い止めていた。

ナギとユイはリノを守りながら、“親”ともぶつかる。戦いの中で、ユイは相手の「消えることへの恐れ」を見抜き、ナギは痛みと罪悪感の“重さ”を花の術で分け合う輪に変える。“親”は眠りを受け入れ、リノは「縫う」代わりに「結ぶ」力を選ぶ。

しかし異変の根はさらに深い。北の回廊の“風の井戸”では、空(から)の王冠――「不在そのもの」を王とした古い呪い――が眠りを吸い上げていた。王冠は誰かを“空席”にしようと手を伸ばす。ナギ、ユイ、リノ、そして針を捨てた影の書記は、重さを四人で分かち合い、ユイの鏡で空虚を“自分自身に返し”、ナギの花で空席の内側を「眠る庭」へと変える。王冠の吸い込みは収まり、都に静かな朝が戻る。

物語は、重さは一人で背負わずに「分け合える」こと、強制して“縫う”より、相手を尊重して“結ぶ”方が世界をやさしく直すことを伝えて終わる。