子供の保育園探し

出産も一段落、下の子も順調となれば、今度は上の子の事を考えなければ。
何しろ4月からせっかく通いだした保育園を、かわいそうにも1ヶ月でやめる羽目になってしまったので、一時的でも保育園に通わせてあげたかった。
それに、一日中家に4才の子供がいると、それはもう大変なことだった。

近隣の保育園を数件まわってみて、やはり住民票
も移していない状態では、認可の保育園は入園できなかったので、無認可の保育園で一時保育を申し込むことにした。

家にいるだけでは、なかなか思いっ切り遊んであげられなかったので、子供にとっては短い期間でも、通わせてあげて良かったと思う。
いつも楽しそうに通っていて、九州弁もすぐに覚えていた。

いつかこの子が大きくなったとき、きっとこの九州での思い出は覚えていないだろう。
それ以前に、関東に住んでいたことすら忘れてしまうだろう。

自分の生まれた家も
栃木のスキー場も
茨城の海も
群馬の温泉も
千葉のディズニーランドも

この子達が大きくなった時、この国はどうなっているのだろう…
どうか楽しい未来が待っていますように。







その後の日々①

本当に久しぶりのブログ更新。ログインの仕方すら忘れかけていたが、久しぶりに更新する気になったのは、住み慣れた場所を避難という形で離れざるおえなくなった日から一年が経とうとしているからだ。

決断の日から一年、本当にいろんなことが変わった。
住む場所も、仕事も、生活そのものが何もかも変わった。

九州へ避難して少し落ち着いてきた頃に、妻の出産を迎え私の生活はまたばたばたと忙しくなっていた!
ただ出産をしてすぐに、お互いの母(子供にとってはおばあちゃん)が一週間ずつ九州に来てくれて、面倒をみてくれたのでとてもありがたかった。
正直男の私だけで出産後の妻をサポートするのは、無理だったと思う。
そして妻の気持ち的にも自分の母親が来てくれることで、大きな支えになったことだろう。
幸い母子共に健康で、1ヶ月もすれば、妻も普通の生活に戻っていた。

一時帰宅
 
関東から九州に来て、すでに1ヶ月以上が経ちました。
今は、大分落ち着いてきたところだけど、こっちに来てからしばらくは、慌ただしい日々を送っていました。
 
入居に合わせて、妻の姉夫婦が私の車に荷物を乗せて、長距離を走って車ごと届けてくれたのだけど、そんなに荷物がたくさん積める車ではないので、やはり私が一度戻る必要があった。
 
時間にして片道18時間。1泊4日で行ってきた。
こんなに長距離を運転したのは初めてだった。
 
自宅に戻ると、ここ数日の出来事が、夢じゃないかと思えるほどいつも通りの光景がそこにはあった。
 
せっせと庭の手入れをしているご近所さんや、公園で元気に遊んでいる子供達。
 
そんな日常を目の当たりにすると、今の自分の状況と、あまりにもかけ離れていて、改めて自分でも思い切った決断をしたものだと思う。
 
急いで、荷物を積み込み、家の掃除をして(特に冷蔵庫の掃除が大変だった)、子供の保育園の退園の手続きを済ませる。
何しろ出産予定日が間近に迫っている妻と子供を、慣れない土地においてきているのだから、とにかく急いだ。
行きも帰りも、夜通し走っていたので、ほとんど寝ずに運転していた。
 
そうして、へろへろになって九州に帰ってきたその日の深夜に、予定日より一週間早く元気な赤ちゃんが誕生した。