「橋宮さーん、27番診察室にお入りください。」
すでに1時間半ほど待たされて、読んでいた小説も頭に入ってこなくなって、退屈の絶頂の少し手前でやっと自分の名前が聞こえた。
27番診察室のドアをノックして、そっと引き戸を開けて中に入ると、30代前半の少し丸形体系の医師が机の上のディスプレイを前かがみに見ていた。私の息子より少し年上だろうか。
同じ大学病院の呼吸器外科から、この脳神経内科に回されてきたので、病院内でこれまでの履歴や、カルテ、検査結果などすべて共有できており、あまり詳しい説明を患者側からする必要はない。6年前に会社の健康診断のレントゲンで胸腺腫がみつかり、この病院で胸腔鏡による切除手術を受けている。当時重症筋無力症の症状はなかったが、医師が継続して半年に1回CTと血液検査でアセチルコリン抗体の数値をモニターしてきた。常に抗体は陽性を示して(1~4程度、さして高くはない)いたが、特段重症筋無力症の症状はなかった。
なかったと思っていたが、今になって思うと、あーあれってもう始まっていたんじゃない?という症状が幾つかある。最近3か月ほど前から両腕のだるさが盛り上がってきて、ちょうど半年に1回の呼吸器外科による診断があった際に相談をしたら、
「では、脳神経内科で見てもらいましょう、紹介状出しておきますから」
っということで、今日初めて、脳神経内科の診断を受けることになった。
「アセチルコリン抗体が陽性ですが、症状はどんな感じ?」
比較的若い医師だがぞんざいな感じはなく、結構真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。
「腕がだるくて、こういうの脱力感があるって言うんでしょうか。それと、腕だけだるかったのが、最近になって足のひざ下、ふくらはぎのあたりがだるくなって、そして、昨日あたりから太もももだるくなってきた感じです。歯磨きがつらくなって、電動歯ブラシを買いました。それと、階段がつらいです。」
「そうですか、目の具合はどうですか?瞼が下がってきたり、物が2重に見えたりしますか?」
重症筋無力症をネットで調べれば、すぐに出てくる典型的な症状だ。
「いえ、目の関係の症状はないと思います。」
「夕方が特にだるいとかありますか?」
「腕のだるさは、朝起きた時からあります。ただ、腕も足もだるさがひどくなるのは午後3時ころからのような気がします。もう寝っ転がっていたくなります。」
こんなやり取りのあとで、医師は指を動かし、私に目で追わせたり、2重に見えないか確認をしたりした。そのあと、ベッドにあおむけとなり、腕や足の関節を器具(脚気の時にたたくの)で叩いてまわり、筋肉の力の入り具合など、念入りに調べていた。
ずいぶん丁寧に調べるので、患者としては安心感がある。医師はおもむろにキーボードで所見を入力し始めるが、私にもディスプレイ越しに見えてしまう。
医学用語でよくわからないが、体の遠い部分で反射(反応?)が鈍くなっていることが散見される。アセチルコリン抗体が陽性であることから、重症筋無力症の疑いは強いが、抹消神経症の疑いもある。っというようなことを入力していた。
「えっと、今すぐに判るということではなくて、やっぱり検査が必要だと思うんですよね。それと、検査が外来では難しくて、入院して、検査・治療を行うということにしたいと思います。」
「えっ、入院ですか?」
「はい、来週の木曜日からいかがですか?」
突然の話の展開で、少々慌てる。脳神経内科初診で、入院宣告。入院となれば、仕事上でもいろいろ調整が必要になってくる。
「いや、あの、来週はちょっと・・・、再来週からでもいいですか?因みに入院期間はどのくらいでしょうか?」
検査入院ということであれば、2~3日、長くても3~4日であろうと想定していた。
「そうですね~、2週間、いや、3週間ですかね~」
「・・・」
結構長い入院期間に再度驚くが、反論の意味もなく、
「わかりました」
「では、看護師から入院に関する説明がありますので、予約室の方に回って下さい。それと、今日これから、尿検査、血液検査、胸部レントゲン、心電図検査を受けてから帰ってください。」
その後病院内をあちこち回って医師の指示通りの検査を受けて、会計を済ませて病院を後にした。
5月の天気の良い日で、気持ちの良い日差しだ。再来週から、この病院でしばらくお世話になることになると思いながら、病棟のビルを見上げる。
入院の時はPCをもってこよう、ipadとイヤフォンもいるな~と思いながら駐車場に向かった。
