こんにちは
。
私は過去にたくさんの不思議な出来事を体験してきました。
過去のブログでは、それらをリアルタイムで書いてきました。
一月に全て消しましたけれど…
。
人様に言われて消したわけではないけれど、たくさんの出来事を綴ってきたブログを一旦手放す必要があったのだと思います。
けれど最近になって、あの時のあのことって「今この時」のことだよね。
あの時意味がわからなかったけれど、今気付いたこのことだよね。
と感じることが続いているんです。
過去のことはもういいか。
過去を手放して新しい「今」をお伝えしていくか…。
そう思ったけれど、過去ではない、あれもこれも過去ではない。
そう思うことばかりとなりました。
それで今回『不思議だけど本当にあったこと』というブログテーマを作りました。
過去、亡くなった父が現れていろんなことを話してくれました。
その中に「時間はあってないようなものだ」という言葉があります。
普段の生活でもそう感じることはありましたが、最近それが深まってきて、「並行世界」みたいなものを感じるようになりました。
時空を超えて…という言葉もありますね。
そんなことは何度もあって、何年も前には宇宙空間にたくさんの「窓」みたいな「カメラのフィルムのひとこまひとこま」みたいなものが無数に見えたこともありました。
バラバラでいろんな場面や同じように見えるけれどどこか違うような映像、世界みたいなものが無数に散りばめられているのが見えたのです。
バラバラに見える世界の中に私が見えていたんです。
順番なんてなくて、あらゆる瞬間全てがバラバラに宇宙空間に
浮かんでいる?
広がっている?
散りばめられている?
どれも繋がってないのです。
個々なのです。
「あれ」を見てから、父が言っていた「時間は在って無い」ということはこういうことかしら?と漠然と感じるようになりました。
先日、丸一日すっかり記憶が飛んでいる日がありました。
単なる健忘症だとも言えるでしょうが、その前日には遠く離れた家族と深く繋がったような出来事があったのです。
生きている家族も今は亡き家族も。
私にとって、それは今始まったことではありませんが久々に強く感じました。
そしてそれは私の家族も感じていたようです。
記憶が飛ぶ一日前、私は右半身が痛くて起き上がれず夕方まで横になっていました。
けれど夜になるとすっかり消えてしまいました。
それからの丸一日が消えているのです。
そしてその後夜中に激しい胸騒ぎがしました。
私にまた変化が起こりつつ在るなぁ。
いざとなればそうするしかないなあ。
と感じました。
そして胸騒ぎの対象(長兄)に電話を入れました。
私が右半身に痛みを感じていた前夜、兄は体の右側を骨折していたようです。
とても不便なことと思いますが、兄は笑っていました。
「何とかなる。大丈夫。」と。
その瞬間、口には出さなかったけれど『痛み分け』と感じました。
それと電話を切る間際の兄の言葉が気になりました。
「俺は四月ににいろんなことがあるんだよ。体調崩したりとか。」
不思議でした。
誰と『痛み分け』をしたのか?
その翌日、もう一人の兄に電話すると、その兄も同じ日に足を怪我していました。
幸い怪我は軽く、今では痛みも消えたそうです。
二人の兄と話して時間が過ぎていくうちに過去の出来事が浮かんできました。
七年前の四月のことでした。
私は七年前の一月二十六日に福岡市の姪浜住吉神社で素戔嗚尊より、東北への神旅を命じられました。
青森十和田湖から始まる旅でした。
最初は一緒に行きたいと言ってくださる方が何人かおられましたが、こちらからお断りしたり、直前になって怖いという人が出てきたりして、結局一人で旅することになりました。
四月十八日に青森行きの片道航空券だけ買って旅立ちました。
その数日前の朝のことです。
キッチンに頂き物のお酒を置いていました。
銘柄を思い出せませんが、神龍水神の酒だったと思います。
リビングにいたら、「パーン💥」と大きな音がしてお酒の一升瓶が倒れ底の部分と注ぎ口だけ残して、2、3ミリほどの小さな粒々のかけらに割れていました。
お酒は四方八方に流れ広がりました。
触ってもいないのに、粉々に割れたのです。
仮に瓶に何かがあたって倒れたとしても、こんなに粉々になるのか?
こんなに大きさの揃った小さい小さい粒々に割れるのか?
少し怖くなって、その日は当時住んでいた糸島の神社を数社お参りしました。
最後に氏神様にお参りしていた時、姉から電話がありました。
大分へ向かう途中のトンネルの中で、前方を走っていたトラックのタイヤが外れて自分たちの車に激突した…とのことでした。
姉夫婦の乗っていた車は大破しフロントガラスが粉々に割れたそうですが、不思議と姉も義兄も怪我はなかったそうです。
大変驚きました。酒瓶の粉々とフロントガラスの粉々が同じように感じました。
そして、大分県での事故だと言うのに、相手のトラックは青森県の運送会社のものだったのです。
数日後青森へ向かうのに…。
偶然だろうか?
そしてその翌日、私は娘のスマホを車で轢いてしまいます。
その時に娘が言った言葉が『痛み分けだね』でした。
東北旅に向けて、友人の審神者ちゃんから、祈りの時は決してひとりきりになるなと言われていました。
大声を出せば聞こえる範囲で祈ること。
明るい場所で祈ること。
なぜ、そんなことを言われたのか。
それは神様の使いとして自然の中で祈る時、何ものかに引き摺り込まれる危険があるというのです。
その旅は湖が一番重要でいくつもの湖、川、山、海、そして神社を巡るものでした。
旅の始まりの十和田湖に向かう時にすれ違った車は、ダンプカー1台だけでした。
十和田湖についても、ほとんど観光客はおらず駐車場もガランとしていました。
まだ東北は雪が残っていたんです。
いろんなメッセージをいただき不思議な出来事もあり、ありがたいありがたい感謝の神旅となりましたが、旅立つ時は心を揺さぶられるようなことがあったのでした。
今回、兄の骨折を聞いた時、勝手に『痛み分け』と心の中に浮かびましたが、この東北旅の前の娘の一言を思い出しました。
私の東北神旅を兄弟みんなで『痛み分け』をして守ってくれたのでしょうか?
そうやって私は家族や見えない存在に守られて命じられた神旅を遂行できたのでしょうか。
それとも兄弟それぞれに起こる『難』を大難は小難、小難は無難にみんなで痛み分けをしたのでしょうか。
さらにさらにご先祖さまも一緒に痛み分けしてくれたのでしょうか。
時空を超えて…。
時間など元々無いものだから、バラバラの「今」を生きているからこそ起きた現象なのでしょうか。
まだまだ明確な説明はできないけれど、これまでも何年も前に失ったものが、突然新品の状態で目の前に現れることがありました。
処分してしまった何百枚もの領収書の中の一枚が、翌年になって必要になり、どこにもあるはずがないけれど探して探して諦めて、ふと棚の上を見ると四つ折りにした紙が現れ、確認すると正に今探していた領収書だったこともありました。
約束に遅れそうになり、焦って必死になって目的地に向かうと出発時間ちょうどに着いたり、約束の1時間半前、家を出た時間より早く到着することもありました。
それぞれの時、大変驚きましたが、繰り返し体験すると、パラレルや時空を超える…みたいなことを信じられるようになりました。
体験だけで、学んで確信するところまでは至っていませんが、
そういうことだよ
と気付かされる出来事ばかりのような気がしています。
昨日もふと手に取ったものを開いてみて、驚かされることがありました。
ずっと前から棚の奥にあったようで、いつ購入したのかも覚えておらず初めて手にして開くと…。
多分、「今」だから理解できること。
これが数年前の私だったら、気付かないし意味も分からず
へ〜。
ふ〜ん。
で終わっていたと思うのです。
昨夜寝る前に、枕元に本を置いて眠りたい…と感じ、本棚から選んだ一冊でした。
初めて開いてみると前の持ち主(古本です)がたくさん線を引いています。
赤や黒の線と共に、言葉が書いてあります。
前の持ち主さんが感じたことや、違う言葉を書き添えてあります。
見たことも聞いたこともない言葉もあります。
その中に驚く文字が…。
〇〇がなる
と書いてあるのですが
なる が 奈留
という文字で書かれてあります。
私の生まれた場所は五島列島、「奈留島の奈留神(なるかみ)」という場所なのです。
これは偶然でしょうか?
偶然ではないですよね
。
いつ買ったのか、記憶にもなかった本。
ふと、枕元に本を置いて寝たいと感じ手に取った一冊。
開いた記憶も一度もなかった、けれど本棚の隅にあった一冊。
「今」読みなさい。
ということかしら。
私はやはり体験型。
体験が先にあり、その後目にしたり聞いたりすることで、
本当だ!
間違いない!
と自分の中に落とし込むようになっているようです。
外からの情報が先でなく、実体験が先。
体験が先で、その後人様のお話や動画、書物などで確信する。
最近そんなことばかりで、毎日が楽しくて楽しくてありがたい。
でもこれはきっと、皆さんも同じですよね。
きっとね
。
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