考えてみれば、純粋な監督作の少ないサム・ライミ監督の、さらに少ないホラー映画。

「死霊のはらわた」シリーズか「スペル」、あと「ギフト」(劇場で観たが地味だった)くらいですか。

それが今になって観られるとなれば、これは期待してしまいます。

 

観た人の評判も良かったので楽しみにしていましたが、そんな期待は当然の様に超えてくる、抜群に面白い作品でした!

この映画に関しては、「面白かった」の一言で良い。

あとは余分です。

 

「これが面白い映画です」と教えてくれる教本の様な映画ですので、新進気鋭の若い監督達には是非観て、参考にして欲しいくらいです。

ここ最近も、腕はあるのに何か物足りないと感じる映画が少なくありません。

個人的には「ロングレッグス」や「カッコウ」なんかそうでした。

「このくらいで良いだろう」と思わずに、まだある、もっと面白くなるとブラッシュアップする事の大切さを、教わる事が出来るでしょう。

 

以下の感想は余分なものですが、せっかくなのでもう少し書きたいと思います。

前半はコメディー、後半はガチスリラーになる映画というのは数多くあると思いますが、これを完璧にやるのはなかなか難しいものです。

特に、コメディーというのは持ち前のセンスが肝心ですから。

 

サム・ライミはとにかく、コメディーが上手い。

デビュー作の「死霊のはらわた」から、基本ずっとコメディー要素は濃厚でしたからね。

本作も、劇場で何度も笑い声が上がっていました。

ニコニコ、ニヤニヤ、ワッハッハ。

様々なタイプの笑いのツボを、DJの様に見事な構成で押してきます。

 

笑っているうちに、登場人物達がどういうキャラクターなのかがスッと頭に入ってしまう。

これは、「スパイダーマン」の冒頭でも感じました。

最低限のセリフと行動で、もの凄く身近な、前から知っている人達の様な気にさせてしまうのです。

 

中盤までは、予告で観ていたとおりの展開が期待通りに楽しく描かれていきます。

なんだ、これ普通に面白いコメディーだよ。

ホラーじゃなかったんだ。

観客がそんな風に思い始めた頃、あいつが登場するのです。

そう、巨大イノシシです。

 

あれっ、こんな映画だったの!

度胆を抜かれると思いますが、ここからこの映画は何度も何度も、観客の予想を裏切り続けます。

こうかと思えば、あちらへ。

様々な映画を観慣れている人ほど、そうかもしれません。

ハハァ、これは前振りだな。

そんな風に、こちらも相手の出方を窺うようになります。

 

いや、しかし、参りました。

終盤に至る怒涛の展開には、何度も声を上げてしまいそうになるほどでした。

コミカル&ウルトラ・ブラック!

アメコミ映画の仕事の間に、ここまで色々とため込んだものがあったのでしょうか。

それらを景気よく吐き出しているみたいです。

血やゲロが噴射されるシーンが何度もありますが、その象徴なのかもしれません。

 

久しぶりに原点回帰したサム・ライミ。

昔ながらのファンへの目配せ。

ベテランになったバンドが、急に昔の様に荒々しい曲をリリースしたみたいです。

俺はまだ、セルアウトなんかしていないぜ!

 

今回の映画の設定で思い出すのは、2022年公開の「逆転のトライアングル」です。

豪華客船クルーズが事故で遭難し、無人島へ流れ着くが、そこでは金持ちやセレブよりもサバイバル能力のあるトイレ清掃員が権力者になるのだった、というお話。

終盤のあるオチも含めて、かなり酷似した部分も多く、意識したのでは?と邪推してしまいます(実際はもっと前からの企画でしょうが)。

 

ただ。あの映画とはあらゆる意味で違う映画になっています。

インテリな監督が、いかにも現代批判としての悪趣味映画になっていた「逆転のトライアングル」は、テーマは分かりやすいものの娯楽としての面白さは薄く(前半は結構面白い)、長いだけでなかなか退屈な作品でした。

対して、本作は娯楽に徹した、面白い方にばかり転がっていく痛快な作品。

これはもちろん妄想ですが、「逆転のトライアングル」を観たサム・ライミが「こうすれば面白くなったのに」と添削したみたいに感じました。

 

では、社会的なテーマは捨て去ってしまったのか。

強者や弱者は生まれつきの人間性ではなく、権力を持てば誰でもこうなる可能性がある、という点を極めてドライに描いた作品と言えるわけで、ちゃんと奥行きのあるメッセージも込められているのです。

支配される人間は、明日は支配する側かもしれない。

そして、支配できる立場を手に入れた時は、どんな手段を使ってでもそれを死守したい。

国内に限らず、国外の政治においても、そんな姿を今まさに見せつけられているではないですか。