東北の伝承を集めた「遠野物語」の第99話に、明治三陸津波(1896年)で妻と子2人を亡くした男「福二」が、妻の幻影に誘われ浜に一晩立ち尽くすという話が収められている。福二の4代後の子孫が長根さんだ。

 
物語は福二のその後を「久しく煩(わずら)ひたり(長く病んでいた)といへり」と結ぶ。そのせいか、父も祖母もこの話をしたがらなかった。教えてくれたのは母だ。「本買え。遠野物語にうちの話がある」「先祖のことだから、しっかり覚えとけ」

  
数百もの遺体を見ながら、思ったことがある。「自分の先祖以外にもたくさんの悲しみがあったはずなのに、その物語はどうなったのだろう」

 明治、昭和の大津波を経て被害の記録は残されたが、悲しみは風化したのではないか。福二のことを伝えた母の思いを、自分なりに理解した。

 「ただの教訓ではなく、じいちゃん、ばあちゃんから口で伝えられた話こそ力を持つ。一人一人が血の通った物語を語り継ぐことでしか、次世代の悲しみはなくせない」

 現在、山田町内の仮設住宅で暮らす。家を建てる場所を決めかねているが、この町を離れるつもりはない。

 今年に入り、流失した家系図の復元を始めた。近い将来この図を璃歩さんに見せながら、先祖の物語を伝えよう。そう心に決めている。


【奥山はるな】
毎日新聞WEB