非閉塞性無精子症から出産への記録

非閉塞性無精子症から出産への記録

夫側の立場から男性不妊、MD-TESE、不妊治療から妊娠・出産に至った過程をご紹介します。

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昨年2022年で男性不妊から出産に至ったお話が完了しました。
最後に通ったリプロ東京でも、ついに保険診療を導入したそうです。

有名どころはほとんどが保険診療を最初から導入していたと思いますが、
後発で方針転換に至ったということのようです。
都内の勢力図がまた変わるのでしょうか。

 

私たちは凍結胚を保存させていただいているため、
卒業後も年に1回は保存更新をすることもあり、リプロ東京に通っています。
実際のところ病院経営がどうなのか分かりませんし、
患者数だけではなく、売上単価もありますのであれですが、
保険診療が導入される前に通院していた時に比べると、ここ最近は患者さんの数は少し減ったのかと感じました。
リプロ東京の当初自由診療でいく方針を示された際に掲げていたサービスの質、これも重要ですし、
ハードルが下がって不妊治療がより一般市民が手が出しやすいものになれば、少子化対策に貢献するという
政府の意図も理解はできます。
患者からすれば、人気のあるクリニックに殺到すれば待ち時間もたまりません。
格差があるのも病院としての努力である一方、公的保険となれば医療の質は標準化。
本当に難しい課題です。

私たち夫婦が不妊治療に取り組んでいた期間はちょうど保険診療になる前のタイミングで、
制度導入前は、費用的に高くついたと思っていましたが、
その中身(公的保険でカバーされる範囲)を見ると制度導入前でよかったね。と夫婦で話をしていました。

卒業したあとも、経済性の観点からずっとこの話題はニュース等でフォローしていました。

都/区など自治体からの助成金で補填されるやり方は
不妊治療の様々なオプションや微妙な調整にフィットしていたように感じたからです。

やはり不妊の原因も本当に個々に違いますし、薬剤刺激への反応性とかも様々です。
もちろん、今後そういった実態に合わせて保険診療の在り方も改善されていくのかもしれませんが、
制度導入初期の数年の混乱の中では、影もあります。

例えば、第2子を希望する場合、治療を再開することになりますが、
私たち夫婦が第1子の時に妊娠/出産に成功した治療手法(いわゆるベストプラクティスです)と同じ治療を
最初に選択して再開するケースに限っていえば、
保険適応外の薬剤や手法を使うことになるため、自由診療になると思います。
例えば、妻の治療で言えば結局因果関係がよく分かっていないものの、着床障害を防ぐための免疫抑制剤等。
上手くいった方法で再現したいと思いますし、それが妊娠への近道と思うからです。

このケースでは恩恵に預かれないばかりか助成金もなくなっているため、
実質、制度導入前の方が金銭的には良かったというケースに該当します。

よくよく他のブログでも議論になりますが、
各クリニックには特色があって、
私たち夫婦のように、AMHが高く(OHSSリスク高い)、MD-TESE、着床障害疑いは
かとうレディースクリニックではなくて、リプロ東京の方があっていたと思っています。

諸々考えても、公的保険の選択肢が広くなったということはありがたいです。
しかし、凍結胚盤胞の失敗、着床の失敗など妊娠の各ステップにはとてつもない脱落が存在していて、
数秒の診断を聞いて、形に残らないものに多額のお金を支払っている現実。
お札がパタパタ飛び立ってしまうという表現はまさにその通りです。

時間も有限ですし、女性も男性の治療と仕事の両立も含めて負担も大きいです。
費用も高額であるがゆえに、もう少し成果に対してお金を払う制度にできないでしょうか。

男性不妊は疫学調査では10人に1人。

でも、私も不妊治療の中でいくつもの婦人科に通院しましたが、

ほとんど女性ばかりで、男性に会うケースは多くはありませんでした。

 

薬を飲んだり、注射するような治療は男性の場合には、ほとんどできず、

1回の手術で取り出すことでしかないことも男性に待合室で合わない多い理由なのかもしれません。

また、男性不妊は通える場所も限られます。

ほとんどのレディースクリニックでは男性不妊外来自体が存在しないですし、

男性不妊を診られる専門医も東京ですら多くはないです。

医療の質と価格の観点から、それぞれのクリニックでのMD-TESEの値段も異なります。
なんとなく価格が安いと、MD-TESEが成功しないのではないか。確かに不安にもなります。
MD-TESEの場合、手術は1回で成功させないと、成功確率が下がるという情報があったため、

1発勝負なため、余計に慎重になってしまっていました。
 

私は、おそらく東京で最も高いであろう恵比寿つじクリニックで非閉塞性無精子症の診断を受けました。
セカンドオピニオンとして男性不妊外来にいき、先生に正直につじクリニックの価格が高く感じること

も相談しました。
改めて、振り返ると、妻と話をしても分からなくなった時に、

トータルでセカンドオピニオンを2回使いました。
いずれも転院の決断につながっています。ちなみに、その2回はこんな感じ。

1つは、MD-TESEを価格の高い、つじクリニックで手術をやるかどうか。

2つは、凍結胚移植で移植の失敗が続いた時。

 

結果的に、私は納得して他クリニックでの手術を決断することにしました。
手術を受けて2年以上たちますが、特に不都合はありません。

ー孤独と恐怖ー


心理的なことを言えば、大の大人でも、男だって病院ってなんだか怖いんです。

そして、男性不妊ってなんだかとても孤独でした。
多くの不妊クリニックは女性が待合室にたくさんいて、男性だけで待合室に来ている人はほぼいません。

多くの男性不妊の人が感じるという男としての烙印に、待合室で長い時間診察室に呼ばれないで

浴びせられる視線。

本来は、誰もあなたを見ていません。

自意識過剰なのも理解しながらも、目線を気にしてしまうんです。

 


この歳まで歯医者で親知らずの抜歯で、手術という手術を経験せずにきている。
一般的な男性も多くは私と同じようなジャーニーだろう。
よりによって自分の身体で最初にメスが入るのが精巣とは全く予期していなかった。
知っている検査ならまだしも、なんだか特殊な検査をされると、
自分、どうなっちゃうんだろう。
 

当時はそう思いました。とても怖かったです。

自分の身体の中で、痛くもかゆくもないのに異常が見つかるということ。
 

臓器の機能としては治らないもの。

努力をして頑張っても、態度を改めたところで運命は決まっていて治らないもの。どうにもならないもの。

手術で細胞見るまで分からない。

 

男性不妊は女性不妊のアプローチに比べると、本質的にはとても物理的である。

自分なんかと結婚したことが、苦労を強いていて申し訳ないと思えました。

奥様の皆様、男性不妊の旦那様の不安に寄り添うことができますように、
私の感じた、当時の心情を書いてみました。

移植5回目の投稿を削除してしまっていることに気付いています。

私たち夫婦は移植5回目で初めて着床します。

この周期も妻は懲りずにフライング検査をしました。

出勤前の朝、とても喜んでいたのを今も憶えています。

また、しっかり描きたいと思います。

 

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【これまでの採卵~移植周期結果】

<婦人クリニックC>

 ◎採卵1回目:未成熟卵で顕微授精できず

 ◎採卵2回目:2個を採卵して、1個顕微授精できたが、胚盤胞手前で分割停止

 ◎採卵3回目:2個を採卵して、2個顕微授精して、2個とも初期胚で凍結。→次は初の移植周期に挑戦

    ◎移植1回目(採卵3回目の初期胚①10G2)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

    ◎移植2回目(採卵3回目の初期胚②7G3)はhcg 5 mlU/ml 妊娠判定:陰性

 ◎採卵4回目:9個を採卵して、7個受精して、1個胚盤胞で凍結。

     ◎移植3回目(採卵4回目の胚盤胞① 3BB)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

<リプロ東京>

◎採卵5回目:11個採卵、8個が受精。

3日目で1個の初期胚で凍結 11G2

5日目で3個の胚盤胞で凍結、グレートは4AB, 4AB, 4BA(←この子が妊娠した受精卵です)。

 ◎移植4回目:(採卵5回目の胚盤胞① 4AB)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

 ◎移植5回目:(採卵5回目の胚盤胞② 4BA)はhcg438.4mIU/ml 検出 妊娠判定:陽性!!

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これまでの不妊治療を振り返って、

成否を分ける要因があったとしたら何だったのか。

妻とも色々と話をしてみました。

 

結局は、

病院選択(治療方針)と転院のタイミング

に尽きてしまう部分かと思いますが、

不妊治療については標準化がされていないということもあるのかもしれません。

 

1つの事例として私たち夫婦の場合は↓でまとめていますが、

夫である私の男性不妊がありました。このため、病院選択や検査、手術まで

MD-TESEを受けるまでに8か月かかりました。

妻のターンになって、妊娠判定陽性までで1年6か月かかりました。

 ・婦人クリニックCでは実質の治療期間は採卵開始からでも11か月間(4回採卵、移植3回)

 ・リプロ東京では実質の治療期間は採卵開始から6か月間(1回採卵、移植2回)

 

正しくないのかもしれませんが、不妊の場合には特に生殖細胞の材料が稀少な側に合わせるということかもしれません。

婦人クリニックCには院内の規定という壁が高く、貴重な精子を捨てられることもありました。

その点、培養の経験も豊富なリプロは全く違う対応でした。

妊娠判定日(妊娠4週相当)から1週間。

hcgで血液検査での判定での陽性でしたが、ここまで期待を裏切り続けられていたからか

本当に疑心暗鬼でした。

 

ネットを探せば、流産したというような情報がとても多くて、不安になっていました。

妊娠初期の妊娠継続率は低いということです。

 

次は、経膣エコーでの胎嚢確認(臨床妊娠の成立)です。(妊娠5週相当)

 

その日はどうしても用事で、いつものようにリプロの同行することができず、

妻を一人にしてしまいました。

「胎嚢確認できました!」

こんなLINEがきて、外出先でとても安心したのを覚えています。

「7mm以上あるみたい。めでたい(スタンプで)」

 

ただ、心拍が確認できていないため、安心はできません。

 

実際、胎嚢確認~妊娠6週目に心拍確認の通院までの間、

不正出血がありました。

 

この間、自戒も含めて白状しますが、夫というものは実に役に立たないもので、

職場の避けられない飲み会であったり、出張で家を空けることがなぜこの時期に立て続きました。

まだこの段階では、身内にも職場にも妊娠のことは非公開でした。

妊娠が継続するという自信もなかったですし。

 

やはり、生理のような血が出たりしたときはよくないことを妻も考えていました。

妊娠初期には出血はよくあること、

とはいえ、初めてこと。

 

移植を5回しても、初めてのこと。

翌日、茶色のおりものにかわったということで妻は少し平静を取り戻してかけました。

 

そして、迎えた心拍確認の日。

妻はあえて、月曜日を選択。一人で行くと言って、通院。

妻「心拍確認できたよ。赤ちゃん2ミリだって」

私「おお、おめでとうございます。出血は大丈夫?」

妻「エコーで出血の名残があるみたい」

こんなLINEのやりとりをして、妊娠継続を祝いました。

絨毛膜下血腫かもしれませんが、正確には不明ですが、

確かに、エコーの像にも映るぐらい黒く抜け落ちている像が見えました。

 

この心拍を確認して、妻も少し安心したのか、

妻のお母さんだけには、妊娠の報告したいとのことで連絡をしていました。

 

ちなみに、この妊娠陽性判定から心拍確認ぐらいまでの妻の変化でいうと、

ホルモンの変化からか、朝方起きてトイレによく行くようになっています。頻尿症状です。

 

ちょうど、心拍確認を待っていたかのようにつわりが始まります。

夫婦で好きなレストランに、休日にランチを行ってもまったく食が進まず、

いつも美味しいというパスタランチ(ペペロンチーノやボロネーゼが)が美味しくない。と言い出しました。

さすがに、話には聞いてましたが、唖然。これが噂の。。。

 

初期は食べつわりというやつが襲ってきました。

食べられるものと言えば、フルーツ類ですね。

特に、口がさっぱりするからということで、朝5時ぐらいからグレープフルーツを口にという生活がしばらく続きます。

また、たまにかつ丼が食べたくなるということもありました。

このバグっている感じも、少し愛おしくも思えました。

(とても大変そうでしたので、食べられるものを探すお手伝いしかできませんでした)

 

このあとも、毎日の自己注射などを続けていました。

本当に頭が下がりますし、お腹の中で生きているかは大きなれば胎動で分かるものですが、

この時点では毎回の通院での心拍確認やエコーでないと生存が確認できない頃でした。

あとはつわりの継続で生きていることを体感する感じです。

 

妊娠10週。NIPT(出生前遺伝学的検査)を受けることを妻が決断します。安心を買うという。

検査結果が陰性でとても安心したそうです。

この頃になると、

毎回の診察、心拍確認や検査結果に対して、猜疑心みたいなものは減ってきました。

ぴこぴこしている心拍をみて、

このお腹の子はとても強い子かも。と夫婦で信じられるようになってきました。

 

妊娠11週には少し泳ぐような動きが見えたそうです。

 

こうして、妊娠12週も無事に通過。この頃はつわりもまだまだ継続中。

双方に両親に妊娠の報告と、戌の日の参拝を企画しました。(リプロ卒業まであと1か月)

仕事と治療の両立は、働き盛りの20代、30代とても大変だと思います。

特に自分で仕事に裁量がない若手ともなれば、休みも取りづらいということも障壁になると思います。

振り返ってみて、こういうことを考えると、効率よく治療をするということがとても重要かなと思います。

 

男性不妊の当事者として、できることは、不妊治療の全体のスケジュールでは初期であり、

ここで男性がためらっていると、どんどん不妊治療の全体の工程としては遅れることになり兼ねないということになります。

そして、MD-TESEが成功したとしても、あくまで材料の一部をとったに過ぎず、そこからとても長かったです。

 

不妊治療で、男性にできることは限られることは確かにそうですが、

よく話を聞く、よく治療に対する方針の意思疎通をしながら、メンタルのバランスを取ったり、

採卵や移植のペースをサポートするということが男性の役割かもしれません。

 

なぜ、子供が欲しいんだっけ?

このシンプルな問いをたくさん夫婦で話をしました。

 

人生を考えることなんだと思いました。

私は子供を作りたかった一番の理由は、妻の子供の頃に出会いたいとずっと思っていました。(自分の遺伝子が半分入ってしまうのですが…)

親になることで自分自身も人としても成長したいのもありました。

妻は男性不妊のせいで、仮に子どもができなくても、私と結婚しているから満たされていると言ってくれたこともありがたかったです。

 

MD-TESEから妊娠して、初期は負け続けたからこそ、人一倍どうせ、また何か予想していない問題が出てきて、

ダメだろうと初期流産リスクを気にしていました。

 

ARTの不妊治療に関しては期待を裏切り続けられると(成功の経験がほとんどなかったため)、

上手くいっていても、実感がまだわかないのは妻よりも夫かもしれません。

 

妻は自分の体の中で胎児の胎動を感じたり、妊婦健診に立ち会ってエコーで胎児の形を見ることができています。

お腹のふくらみが大きくなった妊娠後期に入っていますが、苦労して授かったからこそ、大事にしたいと思っています。

夫に加えて、新しい役割として父親になるには、新しい命の存在を感じること。とても大事だと感じています。

 

不妊治療はやめどきが重要だ。

でも、お金はかかりましたが、やめなかったこと、諦めなかったことが妊娠に繋がって、何が正解なのか本当に難しいですね。

 

男性不妊の皆様、応援しています!

リプロ東京での初めての移植周期を始めました。

卵のグレードも良好な胚のため、負け続けている私たち夫婦にとっても一縷の望みが辛うじて持てていました。

TESE精子の様子も培養士さんから、元気な運動精子がたくさんいました。

と言って頂いて夫の精子側の責任をいつも感じていたため、こういう情報は肩の荷が下りる思いでした。

とっくにMD-TESEの手術を受けてからこの時は1年と3か月が経過していました。

夫婦でよく頑張った。そんな風にも思いました。

 

ついでに言うと、前の婦人クリニックCとの違いで言えば、

リプロへの通院環境は、汐留というロケーションで妻を待つ時間潰しも全く苦ではなかったです。

待ち時間についても、リプロは通院患者数もさることながら、効率的なこともあるせいか、

婦人クリニックCよりも時間的に待たされてはないことが多かったです。

あとは、リプロに転院してから本当に必要なのか?本当に効果があるか?というようなサプリも相当購入してました。

もちろん、検査もたくさん進められました。婦人クリニックCの検査データを持参したことで免除された検査も多くあり、金銭的には助かりました。

 

それでもやっていなかった検査として、ERピークと言われる着床の窓の検査を移植周期の前に受けました。

検査結果、着床の窓+1日のズレが発覚しました。

 

着床の窓も、着床障害の本当にクリティカルな要因かはまだ専門家の間でも十分なコンセンサスがないようですが、

リプロではこのようなデータをもとに、着床タイミングの調整が行われました。

 

迎えた移植、4ABの良好胚を選択、

SEET法という培養液を子宮に入れるということで、受精卵側のシグナルを子宮側の細胞により伝えることで、

着床率を高める取り組みでした。

またアシストテッドハッチングのため、殻から胚が飛び出た様子も写真で見せて頂きました。

解凍して移植直前は6AAでした。

 

移植後、やはり妻はそわそわ。着床というくっつく現象が自然妊娠の世界では知らないところで行われているわけで、

どうしたらくっつくか?を結構気にしてしまうのです。

例えば、立ちっぱなしだと何となく重力に負けて卵が落ちていってしまうから、横になっていた方がいいだとか、

妻はバスのエンジン振動が着床によくないという怪しげな書き込みを見て、移動手段としてのバスに乗ることを避け始めました。

 

後悔がないようにといことですが、

そんなマン万が一まで生活上の行動には細心の注意を払って、妊娠判定日を迎えるのです。

 

妊娠判定日の2、3日前からやらない方がいいと思うのですが、ドラッグストアで買ってきた検査薬によるフライング検査を実施し、

仕事から帰ってきた私も見るなり、またしても陽性の線が出ずに泣いてました。

 

そして、妊娠判定日当日、hcg未検出。陰性を宣告されました。

当日はフライング検査のおかげでやっぱりね。ダメだったということで少し取り乱さずに妻もいました。

 

とはいえ、東京都の助成金の枠の上限を使い切ったということもあり、金銭的なダメージは大きかったです。

高いお金をかけて検査して、良好胚まで手に入れて、検査やサプリで万全を期した結果が、これということで愕然としました。

 

悔しかったですね。一瞬よくないことを思いました。リプロでも私たちは授かることができないのではないか。

それでも、まだ今まで得られなかった良好胚があるし、

土信田先生に言って頂けた「一人は確実」というお言葉だけが頼りでした。

 

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【これまでの採卵~移植周期結果】

<婦人クリニックC>

 ◎採卵1回目:未成熟卵で顕微授精できず

 ◎採卵2回目:2個を採卵して、1個顕微授精できたが、胚盤胞手前で分割停止

 ◎採卵3回目:2個を採卵して、2個顕微授精して、2個とも初期胚で凍結。→次は初の移植周期に挑戦

    ◎移植1回目(採卵3回目の初期胚①10G2)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

    ◎移植2回目(採卵3回目の初期胚②7G3)はhcg 5 mlU/ml 妊娠判定:陰性

 ◎採卵4回目:9個を採卵して、7個受精して、1個胚盤胞で凍結。

     ◎移植3回目(採卵4回目の胚盤胞① 3BB)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

<リプロ東京>

◎採卵5回目:11個採卵、8個が受精。

3日目で1個の初期胚で凍結 11G2

5日目で3個の胚盤胞で凍結、グレートは4AB, 4AB, 4BA(←この子が妊娠した受精卵です)。

 ◎移植4回目:(採卵5回目の胚盤胞① 4AB)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

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リプロ東京に転院して初めて、採卵周期に妻が挑みました。

ここリプロ東京での卵巣刺激は、黄体フィードバック法。これまで婦人クリニックCでの刺激方法は低刺激。

転院後、AMHの値を改めて確認してもやっぱり高い値でした。

OHSSのリスクを気にしつつ、卵胞の段階では38個を狙いに行こうという計画。

 

4回の試行錯誤の経験。薬剤に対する体の反応の情報。どうか今回はうまくいってほしい。

夫としてはこういう祈るような気持ちでした。

 

結果的には、終盤で少し薬剤(Hcgの量)を弱める調整があり、空胞が多くあり、11個の採卵して、

変性卵1個をのぞく、10個が顕微授精へ。

 

採卵当日、婦人クリニックCの採卵は全身麻酔。

リプロは局所麻酔(プレミアム麻酔にオプション料金を払いました)だったそうです。

38個取りに行って、卵液をとって確認されるという作業だったそうで、とても痛かったようです。

結果も、11個で期待ほどではなかったこともあり、妻は辛そうでした。

 

採卵結果は二人で通院しました。妻はいつも泣いましたので。

最初、初期胚の1個だけの凍結記録の紙しか見せて頂けなかったので、10分の1か・・・、胚盤胞は全滅か・・・絶句しかけましたが、

あとから胚盤胞の3個の結果の紙が示されて、とても安心しました。

脅されました。

 

8個が受精。

3日目で1個の初期胚で凍結 11G2

5日目で3個の胚盤胞で凍結、グレートは4AB, 4AB, 4BA(←この子が妊娠した受精卵です)。

 

婦人クリニックCとの結果を比較します。

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【これまでの採卵~移植周期結果】

 ◎採卵1回目:未成熟卵で顕微授精できず

 ◎採卵2回目:2個を採卵して、1個顕微授精できたが、胚盤胞手前で分割停止

 ◎採卵3回目:2個を採卵して、2個顕微授精して、2個とも初期胚で凍結。→次は初の移植周期に挑戦

    ◎移植1回目(採卵3回目の初期胚①10G2)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

    ◎移植2回目(採卵3回目の初期胚②7G3)はhcg 5 mlU/ml 妊娠判定:陰性

 ◎採卵4回目:9個を採卵して、7個受精して、1個胚盤胞で凍結。

     ◎移植1回目(採卵4回目の胚盤胞① 3BB)はhcg 未検出 妊娠判定:陰性

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全ての受精卵のグレードで言っても、初期胚、胚盤胞ともに婦人クリニックCではなかった良好胚を得ることができました。

グッジョブ、リプロ東京!

 

この時も、土信田先生。

「この胚盤胞の数で、妊娠に至りますでしょうか?あるいは、貯卵をしてから移植周期に進めた方がいいでしょうか?ここで、採卵周期に戻るのは妻の心のダメージも大きくて・・・」

夫である私から聞いてみました。

「大阪と東京でもマインドが違っていて、リプロ大阪の患者さんは、移植周期に進む方が多いですね。リプロ東京の患者さんは、貯卵志向があるので、もう1週採卵周期をやる方もいますね。良好胚が3つ取れているので、1人目は行けると思います。あわよくば、2人目も狙えるかもしれません。どちらにするかは一度ご夫婦で考えてみてください。」

 

その後、採卵するならこうで、移植するならこうで、というような指示を頂き、診察終了。

その後、虎ノ門方向に二人で散歩しながら、もう一度採卵をするか、すぐさま移植するか、

二人でシュミレーションの話をしながら、

美味しいものを食べて帰ったことを今でも覚えています。

これまで婦人クリニックCでは、期待を裏切られ続けていたため、夫婦は最悪のシナリオばかりを思い描いていました。

先生の仰った「1人目は確実」をどこまで信じられるのだろう。ここすら夫婦で議論しました。

 

色々話すなかで、お金の心配ももちろんありました。

でも一番は、妻が言った「少しでも早く赤ちゃんに会いたい。(夫に)早く赤ちゃんを抱かせてあげたい。」

でした。

 

こういう議論をして移植周期を選択することにしました。

人質救出作成の前フリは前回のブログで書きましたが。

TESEで取って頂いた凍結精子の院外への移送は、衝撃による破損や融解によるダメージなどの万が一のリスクが高く、

婦人クリニックCの先生方はおすすめされてきませんでした。

 

MD-TESEをどの病院で実施するのかを決める病院選択にも移送の有無は少なからず影響していたのも事実です。
 

私のMD-TESEを執刀した先生にも、「できれば移送がない方がいい」ということで、

婦人クリニックCの中で手術をして、婦人クリニックCで凍結保管をすることがリスクが少ないと言っていました。

 

また、男性不妊と女性不妊の連携の問題ということなのでしょうが、

「他院でTESEをして精子が取れたと報告されて移送されてきた精子バイヤルを解凍して、顕微授精当日に解凍してみてみると、

精子が見つからない」ということもあるそうです。

これはMD-TESEでの目利きの課題です。

 

”凍結精子の移送は、危険な行為”

 

かなり刷り込みになっていました。

今となればリスク側に偏った説明だったと思います。

移送によるダメージがどの程度のものなのか、情報がなくてとても脅されていたと思いました。

 

移送の当日。

妻がドライシッパー(液体窒素の入った水筒みたいな入れ物←この中に凍結精子が入っています)を

婦人クリニックCの培養士さんからピックアップして、リプロダクションクリニック東京まで車で運んでくれました。

これは本当に感謝しかありません。(※後日しっかり埋め合わせをさせて頂きました)

 

車で運ぶ時もひやひやで、1つは路面の段差を通過する際の衝撃で、ドライシッパー(入れ物)が後部座席でひっくり返らないか、

ひやひやでした。2つ目は時間です。液体窒素に充填されている間は温度が安定して良いのですが、

液体窒素も時間が立てば蒸発して、ドライシッパー内の温度が保てなくなることも心配でした。

 

平日ということで道の混雑もそれほどなく、リプロ東京に到着することができました。

 

妻から無事に移送ができたことを聞けて、とても安心したことを今でも覚えています。

呪縛から解き放たれたような、そういう気分でした。

 

と同時に、この転院・凍結精子移送の決断は賭けみたいなところもあって、

後戻りできないことを意味していたため、とても緊張しました。

でも、ブレずに気持ちを切り替えました。

リプロ東京は、不妊治療との旅を結果の如何に依らず悔いなく終えるためのいわば最後の病院でした。

 

女性不妊のブログでは治療するクリニックを有名な不妊治療クリニックの評判などによってコロコロと変えて、

やっぱり採卵刺激法が悪いために元のクリニックに出戻りするという行動もあるように拝見していました。

ただ、凍結精子のサンプルの移送問題が常について回る私たちの夫婦の場合には、

転院先のリプロ東京での結果が仮に悪くても婦人クリニックCに戻るという選択肢を取ることは現実的には難しいことも意味していました。

 

 

婦人クリニックCでは、培養士の先生との対話の機会がまったくなく、凍結精子の状態すら分からなかったです。

残りの凍結精子の本数が4本ということだけで、その中に元気な精子がいるか、たくさんいるのかすら分からずにいました。

 

この時に気持ちとしては、

「本当に、手術によって、この世に凍結精子バイヤル8本が採取できているのか」

という感情を持ち始めていました。

 

オーバーに言いいますと、無理もないことですが、

凍結精子のサンプルそのもの自体と本人がご対面したことがないですから、

この凍結精子が空想上のもの(虚言)だとしたら・・・とか、不安で世の中に存在していることの実感をなかなか持てずにいました。

 

移送ができたことで、呪縛からの解放によって、リプロ東京での新たしく、前向きに挑戦できるようになりました。

リプロ東京では培養士さんと直接対話をすることができて、この点すごく安心することができる環境に転院によって変わりました。

 

 

病院選択は夫婦側にあって、やりたいことをARTをして頂けるクリニックが支援する。
患者中心の医療のあり方だと思いました。

最終章に当たる第3章の記載を始めたいと思います。

 

ファミワンでの相談を経て一週間が経たない頃、

リプロダクションクリニック東京でまずはお話を聞いてみようということで来院予約をしました。

 

最後の動機は子供に恵まれなかったとしても、悔いなく終わるということに尽きると思います。

そのために行動しました。

 

まずは、リプロダクションクリニック東京に初診で通院する前に、

婦人クリニックCにメールで転院する際に、凍結精子の移送可否をメールにて確認して可能であることの確認が取れました。

ただし、ドライシッパーの準備や移送には責任を持たないため、自力でとのことでした。

また、その際に、転院先(リプロダクションクリニック東京)と相談して持ち込み可能かを確認するようにとの指示がありました。

最後に移送日の候補が決まったら連絡くださいとのことでした。

それなりに嫌な顔をされると思っていましたが、それなりには親切なメール対応でした。

 

そして、汐留にあるリプロダクションクリニック東京での初診を迎えます。

妻は事前に電話でお伺いして、これまでの婦人クリニックCでの検査結果などを全て整備して、持参しました。

 

初診はよく不妊治療界隈のブログに登場される土信田先生でした。

私たち夫婦の治療歴を聞き取りをしながら丁寧にカルテを作成されていました。

一番のリクエストだったことは、TESE精子の扱いと培養室の見える化と採卵の刺激法の2つの点がありました。

この2つには、明確にしっかりと答えて頂きましたし、私たち夫婦の考え方が治療選択としては妥当だというコメントでした。

 

婦人クリニックCでは、「あとは繰り返しやるしかないですね」というコメントでしたが、

土信田先生は「これまで大変でしたね。大丈夫ですよ、うちなら、まだやれることはありますよ」

この言葉はとても前向きで、励みになりました。

 

また、転院元からTESE精子を自力で輸送さえして頂ければ、使って頂けることも安心しました。

お話を聞くだけと思っていましたが、もしよければ、先生が気になっていた数項目の血液検査と当院のガイダンスを受けていきませんか。

ということでこの日は午前、午後とリプロダクションクリニック東京に滞在しました。

「汐留の界隈には美味しいご飯屋さんがあるから、そこにいって気分転換してください」

 

確かに、立地は便利でした。

診察室は患者さんで溢れているため、妻に同行して待つにしてもスターバックスやタリーズがあると、

1時間でも2時間でも待つには苦にならない環境でした。

 

基本項目血液検査は、婦人クリニックCの臨床検査データがあったため、この初診の日は数項目血液検査(AMH等の最新の値の確認)でした。

培養士さんとお会いして、凍結精子移送について具体的な手順について指示を受けました。

まずもって婦人クリニックCに10か月通院しましたが、

培養士さんと直接会話ができる経験がまったくありませんでしたので、リプロでの経験は大変新鮮でした。

様々な調整がありましたが、まとめると以下のような手順に決まりました。

 ・リプロから婦人クリニックCにドライシッパーを事前に送る

 ・婦人クリニックCでドライシッパーに凍結TESE精子バイヤル4本をセットする

 ・当事者でリプロまで輸送する

 ・リプロの培養士にドライシッパーを手渡しする

 

婦人クリニックCの凍結TESE精子の搬出対応可能な候補日は、培養室都合ということで極めて少ない候補日を出してきました。

私たち夫婦は休日である土日を希望しましたが、出てきた候補はいずれも平日の昼下がりでした。

交渉の余地なく、従わざるを得ませんでした。

 

本当に本当に申し訳なかったことは、その数日前まで私自身が運ぶべきだと責任を持っていましたが、

どうしても外せない会議が入り、妻に輸送をお願いせざるを得ませんでした。

妻に仕事を休んでもらうことにも大変心苦しく、感謝しかありませんでした。

 

ある意味、婦人クリニックCに私たち夫婦を縛り付けていた大きな要因だった、

凍結TESE精子という「人質救出作戦」でした。

 

次回に続きます。

ここまで第1章、第2章を書いてきました。

 

今回ブログド素人の私がブログを書こうと思った動機は、これまで書いた通り、

・男性の立場での不妊治療の記録や客観的な情報共有があまりないということ

・これは男性不妊が女性不妊に比べてレアなケースであるということ

を意識して書こうと思い立ちました。

 

あとは、不妊治療の女性側のブログを見ることもありましたが、

大抵、旦那さんを感情的にボロクソに言っているような投稿も多々お見かけすることあり、

多少なりとも、言葉足らずな世の中の不妊治療に挑戦する旦那さんの代弁になれれば…という思いもどこかしらにありました。

 

この視点はブレずに書き切ろうと思っています。

 

今からその当時を振り返ってみても、もっと短期間で妊娠できたのではないか、

とか、もっと安く妊娠できたのではないか、と思うこともあります。

 

その時々の私たち夫婦の病院選択であり、治療の選択が必ずしも成功だったのか失敗だったのかと問われると、

よく分からない部分もあります。

 

生殖医療が専門的になるからこそ気を付けないといけないのは、

情報が氾濫しているようにも思う一方で、明らかに効果がなさそうな正確でない情報も多い気がしました。

参照元の論文まで読みにいくことも素人には難しいのも事実です。

 

私たち夫婦の場合、振り返ってみて、

私の非閉塞性無精子症の問題、妻のAMHの高値やCD138細胞の問題などがありましたが、

結局のところ、どういう状況でどう対処すべきはゴールデンスタンダードか確立している治療の部分もあれば、

賛否が分かれている治療の選択もあったと思います。

 

治療選択を決めることができる当事者の立場だからこそ、当事者が正確な情報を持つことは重要だと思いました。

私たち夫婦は親や友達には特に不妊治療についてはカミングアウトしていませんでした。

白黒、いずれかの結果が出たら違った状況だったかもしれませんが。

このため、セカンドオピニオンであり、ファミワンに節目節目で相談できたことは大きな決断に後悔なく挑むために役立ちました。

 

第1章の主な論点としては、無精子症の診断からMD-TESEに至る手術を実施するまで、5つの病院を転々としました。

男性不妊の患者数が少ないこともあるのかもしれません。

また、主観的な痛みやTESE精子発見までの気持ちの変化は少し描いてきました。

 

第2章の主な論点は、ART(生殖補助医療)の名乗るクリニックは多数ある中での病院選択の良し悪しを考えさせられたこと、

”培養室ブラックボックス問題”と記載しましたが、TESE-ICSI(顕微授精)で見えてきたTESE精子のサンプル管理の問題。

それと、AMH高値に対する一般的な卵巣刺激法の問題などがポイントでした。

次回の第3章で書きますが、婦人クリニックCに見切りをつける判断をどの時点ですべきだったのかも

読んでいただいた皆様も色々と考えて頂いたかもしれません。

実績としては、10か月で採卵4回、移植3回で結果が出ませんでした。

加えて、培養室の体制も脆弱でした。ただ、費用は割とARTとしては良心的でした。

 

ちなみに、この時点で、お金の話をあまり書いておりませんでしたが、

普通の会社員の共働きにとって、保険外の医療費が負担でないわけがありません。

6回の助成金枠も、本当に簡単に失敗されて、お金が簡単に飛んでいってしまいました。

2022年度からの不妊治療の保険適応化の中身はまだ明らかではない部分もありますが、お金の心配が

少なくなる方向にいくと悩み事の一部は減るかもしれません。

 

次回からの第3章では、割と第2章とのコントラストが表現できるように綴っていきたいと思っています。

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第1章

<妻の不妊検査>

・婦人クリニックA(一般婦人科):タイミング法

<夫の男性不妊検査、MD-TESE手術>

・婦人クリニックA(一般婦人科):精子検査

・つじクリニック(男性不妊専門):非閉塞性無精子症の診断

・婦人クリニックB(ART):セカンドオピニオン外来

・〇〇大学病院 泌尿器科:術前検査は済んだのちに、コロナ状況の悪化で外来受付停止のため断念

・婦人クリニックC(ART):MD-TESE手術:精子回収成功

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第2章

<妻の不妊検査と採卵~移植~妊娠判定まで>

・婦人クリニックC(ART):4回採卵、3回移植したがNG、転院

・ファミワンへの医療相談

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第3章

・リプロダクションクリニック東京(ART):1回採卵、2回移植し妊娠

卒業

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