三輪流神道の始まりは平安〜鎌倉時代
神道とは名ばかりのゴリゴリの曼荼羅な世界観です。
恐らくですが三輪山の三ツ鳥居も平安時代に
建てられた可能性が1番高そう。
そして三輪流神道の範囲は三輪山全体ではなく
今の大神神社〜檜原神社までくらいの狭い範囲
北東南には別の宗派の仏教やお寺が
存在してたと推測されます☝️
それらについては三輪流神道には
描かれてはいないので今の時点では
調べようが無し(´-ω-`)
三輪流神道はしっかりとした考えから
作られたものではなく
色んな寄せ集めの情報をまとめ
三輪の価値を高めたいがための
強引な論説や雑な矛盾が色々あるため
日本書紀古事記など歴史は軽視してる様に
思えます。
考えとしては神様は仏様の一時の仮の姿でしか
ないのだから、歴史なんてちっぽけなものだったのかも知れません。
でも仏教が圧倒的な支配力を持っていた現実が
鎌倉時代〜明治時代まで続いていたのも事実であります。
伝法寺というお寺が実在してのか
が次のテーマになりますが
それを調べる術がわからない( ̄▽ ̄;)