廃人の庵

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たむら廃人の廃人による廃人のためのブログ

歴史の授業がきらいだった



僕の中学の歴史の先生は

いわゆる戦国オタクで

侍や武将を英雄視する人だった



合戦の説明をする時なんかはもう目が輝いて

「○○は巧みな作戦で相手をあざむき

 見事に敵将の首を討ち取りました」と

意気揚々と語っていたのを覚えている



それは「かっこいい歴史」

「誇らしい歴史」の授業だった。

日本人の大好きな、サムライの活躍する話



でも僕はそれを誇らしいとは思わない

人と人が殺し合い、

土地やお金、兵力を奪い合って

何人もの人が死んだ


天下太平という大義名分があっても

勝った者の言い分のようにも聞こえて

国のために必要な戦いだったとしても

悲しい歴史、掘り返したくない歴史だ




一方で、先生は

戦争の授業になると

様子が一変した




ひときわ暗い表情、

トーンを落とした重々しい語り口調で


「人類最大の過ち」

「二度と繰り返してはならない歴史」と

僕たちに真剣に語りかけていた



それは、人と人が殺し合いをした

あってはいけない悲しい歴史


土地やお金、兵力を奪い合い

何人もの人が死んでしまった…

辛くて悲しい話



だから僕は歴史の授業がきらいだった





この2つの歴史の触れられ方の違いは

一体なんなのだろう…

自分の生活や身内や家族に

影響があるかどうかの違いなのだろうか…




NHKの報道の取り上げ方なんかは

とても分かりやすい


「戦争ドキュメンタリー」

「戦国ドラマ」


どちらも同局人気のコンテンツだが

報道の姿勢がはっきり分かる



戦争ドキュメンタリーの方は、僕の歴史の先生と同じで、深刻に、人類の過ちを後世に伝えるために、残酷さ、理不尽さを包み隠さず、重くて暗い描写で報道している


一方の戦国ドラマは、「歴史のココがおもしろい」という切り口で報道されている気がする。もちろん残酷なシーンもあるんだけど、物語の大筋としては武士が活躍し、出世して成功を収めていくヒューマンドラマの部分が主題になっている事が多いんじゃないだろうか



同じ報道機関が

人類の争いの歴史を

こうも対照的に使い分けるのは

やはり僕にとっては不思議なことなのだ



尤も、この現象はテレビの話だけではない。

ゲームも、小説も、マンガも

主人公が敵を切り伏せる描写というのを

僕たち人間は喜ぶし


銃をぶっ放し、刀を振り回す

気持ちのいい躍動感と爽快感に

僕たち人間は興奮するのだ



つまるところ

それを現実世界でやってしまったのが戦争で

現実とはまったく関係のない話が戦国時代というところなのかもしれない


昔のことなので、自分には何も関係ないと

現実の話ではないから楽しめると

そういう話なのかもしれない




じゃあ、いつか、僕の孫やその下の世代になった時、戦争も戦国時代もどちらも、ずっと昔に日本で起きた、自分の生活とは関係のない物語として同列の扱いになって、英雄の活躍劇やフィクションとして人々に楽しまれるようになっていくのだろうか。





だから

僕は歴史の授業がきらいだった


おわり