スマホは使う者と使われる者を作っている


使われる者は、自分が使われているとは認めないだろうが、残念ながら間違いなく使われている


満員電車では人に少しでも迷惑がかからないよう、

大切な自分の荷物に困ったことが起きないよう、

鞄は前に抱えたり、棚に上げたりしましょう、と

アナウンスでも言っているが、老若男女問わず

使われる者にはそんなメッセージは届かない


ゲームをするため、動画を見るため、人を肘で押し退けてでもスペースを確保する、電車が急に揺れても転ばぬよう、必要以上に足を広げて立つ


満員で押されると、誰も押したくて押していないのだけれど、強く、なんなら肘を立てて痛く押し返してくる


どういう頭をしているんだろうと思わずにいられない

モラルがまずいことになっている気がしてならない


やられたときにどんなひとなのか見ると、大抵画面に

夢中で何も思っていない様子


もはや人がスマホを使っているのではなく、スマホに人が使われている


そして、スマホを通して、使われる者を作り出している、すなわちスマホを使う者は画面の向こうで、この状況を知ってか、知らずか、でも確実に使われる者を消費している


消費される側ではなく、消費する側へ

使われる者ではなく、使う者へ


賢くありたい