通称
朝鮮語:한국(ハングク)
英語:South Korea(サウスコリア)

FIFA(国際サッカー連盟)における、北朝鮮(Korea DPR)と区別する意味での韓国の英語名称は、Korea Republic


正式国名
日本語:大韓民国
朝鮮語:대한민국(テーハンミングク 大韓民國)
英語:Republic of Korea


国名の由来
民族の名称である韓(한 ハン)は、「上に立つ、偉大な」という意味のアルタイ語に由来
朝鮮(조선 チョソン)は元々中国人が「朝の光が美しい」という意味で名付けたが、朝鮮半島の人々が自ら使うようになったのは、高麗の時代から
英語のKoreaは、高麗(고려 コリョ)に由来


国旗



白:純潔・平和・正義
青:陰
赤:陽
青と赤の巴の円は太極と呼び、対極にあるもの(男女、親子、天地、昼夜etc.)が共存・調和し万物が統一されることの象徴

四隅の記号:易学の卦
 左上:乾(天、夏、南)
 右上:坎(水、秋、西)
 左下:離(火、春、東)
 右下:坤(地、冬、北)

太極旗全体の意味は、韓国が多様な要素が調和して形成された単一民族国であることの象徴という説もあり


国章



五角形の花:国花のムクゲ(永遠に強靭な生命の象徴)
日本語ではムクゲの漢字は槿だが、韓国の漢字表記は無窮花(ムグンファ)


国歌

吹奏楽
オーケストラ
歌付き


애국가

동해물과 백두산이
마르고 닳도록
하느님이 보우하사
우리나라 만세

무궁화 삼천리
화려강산
대한사람 대한으로
길이 보전하세



とんへーむるぐぁ べぐどぅさんい
まーるぐだっとーろぐ
はーぬにむいー ぼーうーはーさー
うーりーならまんせー

むーぐんふぁ さーむちょんりー
ふぁりょーがーんさーん
てーはんさーらむ てーはーぬーろー
きーりーぼじょんはーせー



愛国歌

東の海が枯れ果てるまで
白頭山が朽ち果てるまで
神は我らを護り続けん
我らの永遠(とわ)な祖国万歳!

無窮なる花咲きわたる
麗し山河三千里
大韓の民大いなれ
汝の道をいざ進め



国家標語
널리 인간을 이롭게 하라(人を遍く得にさせよ)
홍익인간(弘益人間)


ごく大まかな歴史
BC195年:燕(中国の戦国の七雄の一つで、当時は漢に服属)の衛満が朝鮮半島に侵攻し、衛氏朝鮮を建国
BC108年:漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし、楽浪・真番・臨屯・玄菟の四郡を設置(楽浪以外の三郡は早々に廃止)
BC100年頃:漢の統治が及ばなかった朝鮮半島南部で、馬韓・辰韓・弁韓という都市国家の連合体が形成
BC37年:扶余族の朱蒙が満州南部で高句麗を建国
BC18年:馬韓各国を統合し百済建国
313年:高句麗が楽浪郡を滅ぼす
356年:辰韓各国を統合し新羅建国
369年:日本が新羅を破り、弁韓諸国を統合して任那を建国し、日本府設置
427年:高句麗が平壌に遷都(前後して日本や百済との戦争が頻発)
562年:新羅により任那日本府滅亡
532年:任那の残存地域を新羅が征服
660年:新羅が百済を滅ぼす
668年:新羅と唐の連合軍が高句麗を滅ぼす
676年:新羅が唐軍を撃退し、朝鮮半島統一
900年:半島南西部で後百済独立(翌年は北部で後高句麗も独立)
935年:高麗が新羅を滅ぼす(翌年半島統一)
1020年:高麗が契丹族の遼に服属
1126年:高麗が女真族の金に服属
1259年:高麗がモンゴル帝国に服属
1392年:李成桂が高麗を滅ぼし李氏朝鮮建国
1636年:李氏朝鮮が清に服属(朝鮮が清から独立するのは258年後)
1897年:大韓帝国に国号変更
1910年:日本が韓国を併合し、名称は再び朝鮮に
1945年:日本の朝鮮総督府が連合軍に降伏し、半島は38度線を境にアメリカとソ連の軍政下に
1948年:大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が独立
1950年:朝鮮戦争勃発(3年後に停戦)
1960年:四月革命で李承晩大統領が失脚し、第二共和国発足(翌年の軍事クーデターで崩壊)
1963年:クーデターの中心人物だった朴正煕少将が大統領に当選し、第三共和国発足
1972年:韓国全土に戒厳令を敷き、維新体制(第四共和国)発足
1979年:朴正煕が暗殺され、全斗煥少将の粛軍クーデター(翌年全斗煥が大統領となり、第五共和国発足)
1987年:民正党の盧泰愚議員が6.29民主化宣言を表明(翌年大統領に当選し、第六共和国発足)


代表チームの愛称
*아시아의 호랑이(アジアウィ・ホランギ)
 アジアの虎

*태극전사(テグクチョンサ)
 太極戦士(国旗に由来)


過去のW杯の戦績

1954年スイス大会
ハンガリー ×0-9
トルコ ×0-7
(1次リーグ4位で敗退)

1986年メキシコ大会
アルゼンチン ×1-3
ブルガリア △1-1
イタリア ×2-3
(1次リーグ4位で敗退)

1990年イタリア大会
ベルギー ×0-2
スペイン ×1-3
ウルグアイ ×0-1
(1次リーグ4位で敗退)

1994年アメリカ大会
スペイン △2-2
ボリビア △0-0
ドイツ ×2-3
(1次リーグ3位で敗退)

1998年フランス大会
メキシコ ×1-3
オランダ ×0-5
ベルギー △1-1
(1次リーグ4位で敗退)

2002年韓国・日本大会
ポーランド ○2-0
アメリカ △1-1
ポルトガル ○1-0
イタリア ○2-1
スペイン △0-0(PK5-3)
ドイツ ×0-1
トルコ ×2-3
(4位)

2006年ドイツ大会
トーゴ ○2-1
フランス △1-1
スイス ×0-2
(1次リーグ3位で敗退)

2010年南アフリカ大会
ギリシャ ○2-0
アルゼンチン ×1-4
ナイジェリア △2-2
ウルグアイ ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)


W杯以外の主な実績

コンフェデレーションズカップ:出場1回
 1次リーグ3位で敗退(2001年)

AFCアジアカップ:出場13回
 優勝2回(1956、60年)
 準優勝3回(1972、80、88年)
 3位4回

東アジアカップ(旧ダイナスティカップ含む):出場9回
 優勝3回
 準優勝3回、3位2回、4位1回


今大会予選の戦績

アジア3次予選B組(1位)
レバノン(H) ○6-0
クウェート(A) △1-1
アラブ首長国連邦(H) ○2-1
アラブ首長国連邦(A) ○2-0
レバノン(A) ×1-2
クウェート(A) ○2-0

アジア4次予選A組(2位)
カタール(A) ○4-1
レバノン(H) ○3-0
ウズベキスタン(A) △2-2
イラン(A) ×0-1
カタール(H) ○2-1
レバノン(A) △1-1
ウズベキスタン(H) ○1-0
イラン(H) ×0-1


1次リーグH組の相手との対戦成績(2014/4/30現在)
ロシア(6/17クイアバ) 2勝1分0敗(5得点3失点)
アルジェリア(6/22ポルトアレグレ) 1勝0分0敗(2得点0失点)
ベルギー(6/26サンパウロ) 0勝1分2敗(2得点5失点)


他の国々との対戦成績(2014/4/30現在)
ブラジル 1勝0分4敗(4得点8失点)
クロアチア 2勝2分3敗(7得点11失点)
メキシコ 3勝2分6敗(10得点21失点)
カメルーン 2勝2分0敗(9得点3失点)
スペイン 0勝2分3敗(4得点10失点)
オランダ 0勝0分2敗(0得点7失点)
チリ 0勝0分1敗(0得点1失点)
オーストラリア 6勝10分9敗(26得点28失点)
コロンビア 1勝2分1敗(7得点5失点)
ギリシャ 3勝1分0敗(6得点1失点)
コートジボワール 1勝0分0敗(2得点0失点)
日本 34勝20分12敗(100得点58失点)
ウルグアイ 0勝1分5敗(4得点11失点)
コスタリカ 3勝2分2敗(8得点7失点)
イングランド 0勝1分0敗(1得点1失点)
イタリア 1勝0分1敗(4得点4失点)
スイス 1勝0分1敗(2得点3失点)
エクアドル 1勝0分1敗(3得点2失点)
フランス 0勝1分2敗(3得点9失点)
ホンジュラス 2勝0分0敗(7得点0失点)
アルゼンチン 0勝0分3敗(2得点8失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 1勝0分0敗(2得点0失点)
イラン 9勝7分11敗(32得点30失点)
ナイジェリア 3勝2分0敗(9得点6失点)
ドイツ 1勝0分2敗(5得点5失点)
ポルトガル 1勝0分0敗(1得点0失点)
ガーナ 3勝0分2敗(8得点7失点)
アメリカ 3勝2分2敗(7得点7失点)
正式国名
日本語:スペイン
スペイン語:Espana(エスパーニャ)
英語:Spain(スペイン)
スペインは国王を元首とする君主制国家だが、王国を意味する国号は、公式には定められていない


国名の由来
フェニキア語で「隠れた土地」「ウサギの住む土地」を意味するヒスパニアが語源


国旗



黄:国土
赤:国を守るために流された血


国章



盾の上の王冠:ブルボン王朝の象徴
盾の左上・城:カスティージャ王国(中心部)の紋章
盾の右上・獅子:レオン王国(北西部)の紋章
盾の左下・赤と黄の縦縞:アラゴン王国(東部)の紋章
盾の右上・鎖:ナバーラ王国(北東部)の紋章
盾の下・柘榴の花:グラナダ王国(南部)の紋章
盾の中央・百合の花:ブルボン王朝(フランス王家の分家)の象徴
左右の柱:ジブラルタル海峡を意味する「ヘラクレスの柱」
柱のリボンの標語:Plus Ultra(「さらに彼方へ」を意味するラテン語)
柱の上の小さな王冠:ハプスブルク王朝の象徴


国歌

吹奏楽
オーケストラ
スペイン国歌に歌詞はない


ごく大まかな歴史

BC12世紀:フェニキア人がイベリア半島に到達し、欧州最古の都市カディスを建設
BC205年:第二次ポエニ戦争でローマがカルタゴを破り、イベリア半島を事実上征服
415年:ゲルマン民族の大移動により、西ゴート族がイベリア半島北東部からフランス南部に至る地域に建国
711年:ウマイヤ朝が西ゴート王国を滅ぼし、イベリア半島はイスラム支配下に
722年:イベリア半島北西部のアストゥリアス王国がウマイヤ朝を破る(キリスト教徒によるレコンキスタ(祖国回復運動)の始まり)
824年:バスク人の首領イニゴ・アリスタがフランク王国に反旗を翻し、ナバーラ王国を建国
914年:アストゥリアス王国がレオンに遷都(以降はレオン王国)
961年:カスティージャ伯フェルナン・ゴンサレスがレオンから独立し、カスティージャ王国を建国
987年:バルセロナ伯ボレイ2世が西フランク王ユーグ・カペー(初代フランス王)の配下を脱し、カタルーニャ君主国を建国
1031年:後ウマイヤ朝滅亡(その後北西アフリカの王朝交代の間に、イスラム勢力の支配地は徐々に縮小)
1035年:ナバーラ王の庶子ラミロ1世によりアラゴン王国建国
1037年:カスティージャ王フェルナンド1世がレオン王国を征服
1137年:アラゴンとカタルーニャが連合王国に
1237年:ムハンマド1世がナスル朝グラナダ王国を建国
1479年:カスティージャ女王イサベル1世の夫がアラゴン王フェルナンド2世として即位し、両国は連合王国に(いわゆるイスパニア王国の始まり)
1492年:イスラム勢力最後の砦ナスル朝が滅亡し、レコンキスタ完成
1504年:神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の孫フェリペ1世がカスティージャ王に即位(スペイン・ハプスブルク朝の始まり)
1515年:カスティージャ=アラゴン連合がナバーラを併合(ポルトガルを除くイベリア半島を統一)
1519年:フェリペ1世の嫡子カルロス1世が、神聖ローマ皇帝カール5世として戴冠(47年後に退位し、ハプスブルク朝はスペインとオーストリア別々に)
1532年:フランシスコ・ピサロがインカ帝国を滅ぼし、アメリカ大陸の大半はスペイン支配下に
1571年:レパントの海戦でオスマン・トルコに勝利
1580年:ポルトガルを併合(ブラジルやインド洋植民地等も支配することで「太陽の沈まぬ帝国」となる)
1588年:スペインの無敵艦隊がイングランド・オランダ連合軍に惨敗(覇権国の座から転落のはじまり)
1700年:カルロス2世が崩御し、スペイン・ハプスブルク朝が断絶
1713年:スペイン継承戦争が終結し、フランス王ルイ14世の孫フェリペ5世が即位(スペイン・ブルボン朝の始まり)
1808年:ナポレオン・ボナパルトに征服され、兄ジョゼフがスペイン王ホセ1世として即位(6年後に失脚し、ブルボン朝が復権)
1820年:ラファエル・デル・リエゴ大佐の革命で、一時的に王政廃止(リエゴは3年後に処刑されたが、中南米の植民地の大半が独立へ)
1873年:アマデオ1世が退位し、スペイン第一共和政開始(翌年に王政復古)
1898年:米西戦争でアメリカに惨敗(フィリピン、グアム、プエルトリコ、キューバを喪失)
1931年:総選挙で共和派や少数民族勢力が勝利し、アルフォンソ13世は亡命(第二共和政のはじまり)
1936年:総選挙で左派人民戦線が勝利し、フランシスコ・フランコ少将がスペイン領モロッコで反乱(スペイン内戦の始まり)
1939年:フランコがスペイン全土を制圧し、総統に就任(バスクやカタルーニャ等の少数民族言語を禁止するなどの恐怖政治を展開)
1969年:フランコがアルフォンソ13世の孫フアン・カルロスを後継者に指名
1975年:フランコが死去し、フアン・カルロス1世即位(民主化・少数民族自治容認へ転換)
1978年:憲法改正により立憲君主制に移行
1981年:陸軍や治安警備隊によるクーデターが失敗(フアン・カルロス1世への支持とスペインの民主主義が完全に定着)


代表チームの愛称
La Roja(ロハ)
赤いユニフォームに由来

La Furia Espanola(フリア・エスパニョーラ)
「怒れるスペイン人」という意味


過去のW杯の戦績

1934年イタリア大会
ブラジル ○3-1
イタリア △1-1
イタリア ×0-1
(準々決勝で敗退)

1950年ブラジル大会
アメリカ ○3-1
チリ ○2-0
イングランド ○1-0
ウルグアイ △2-2
ブラジル ×1-6
スウェーデン ×1-3
(4位)

1962年チリ大会
チェコスロバキア ×0-1
メキシコ ○1-0
ブラジル ×1-2
(1次リーグ3位で敗退)

1966年イングランド大会
アルゼンチン ×1-2
スイス ○2-1
西ドイツ ×1-2
(1次リーグ3位で敗退)

1978年アルゼンチン大会
オーストリア ×1-2
ブラジル △0-0
スウェーデン ○1-0
(1次リーグ3位で敗退)

1982年スペイン大会
ホンジュラス △1-1
ユーゴスラビア ○2-1
北アイルランド ×0-1
西ドイツ ×1-2
イングランド △0-0
(2次リーグ3位で敗退)

1986年メキシコ大会
ブラジル ×0-1
北アイルランド ○2-1
アルジェリア ○3-0
デンマーク ○5-1
ベルギー △0-0(PK4-5)
(準々決勝で敗退)

1990年イタリア大会
ウルグアイ △0-0
韓国 ○3-1
ベルギー ○2-1
ユーゴスラビア ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

1994年アメリカ大会
韓国 △2-2
ドイツ △1-1
ボリビア ○3-1
スイス ○3-0
イタリア ×1-2
(準々決勝で敗退)

1998年フランス大会
ナイジェリア ×2-3
パラグアイ △0-0
ブルガリア ○6-1
(1次リーグ3位で敗退)

2002年韓国・日本大会
スロベニア ○3-1
パラグアイ ○3-1
南アフリカ ○3-2
アイルランド △1-1(PK3-2)
韓国 △1-1(PK3-5)
(準々決勝で敗退)

2006年ドイツ大会
ウクライナ ○4-0
チュニジア ○3-1
サウジアラビア ○1-0
フランス ×1-3
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2010年南アフリカ大会
スイス ×0-1
ホンジュラス ○2-0
チリ ○2-1
ポルトガル ○1-0
パラグアイ ○1-0
ドイツ ○1-0
オランダ ○1-0
(優勝)


W杯以外の主な実績


欧州選手権:出場9回
 優勝3回(1964、2008、12年)
 準優勝1回(1984年)

コンフェデレーションズカップ:出場2回
 準優勝1回、3位1回


今大会予選の戦績

欧州予選I組(1位)
グルジア(A) ○1-0
ベラルーシ(A) ○4-0
フランス(H) △1-1
フィンランド(H) △1-1
フランス(A) ○1-0
フィンランド(A) ○2-0
ベラルーシ(H) ○2-1
グルジア(H) ○2-0


1次リーグB組の相手との対戦成績(2014/4/7現在)
オランダ(6/13サルバドール) 4勝1分4敗(13得点10失点)
チリ(6/19リオ) 8勝2分0敗(25得点8失点)
オーストラリア(6/23クリチーバ) 初顔合わせ


他の国々との対戦成績(2014/4/7現在)
ブラジル 2勝2分5敗(8得点14失点)
クロアチア 3勝1分1敗(6得点4失点)
メキシコ 4勝3分0敗(9得点3失点)
カメルーン 対戦なし
コロンビア 1勝1分0敗(2得点1失点)
ギリシャ 7勝2分1敗(19得点10失点)
コートジボワール 1勝0分0敗(3得点2失点)
日本 1勝0分0敗(1得点0失点)
ウルグアイ 5勝5分0敗(16得点8失点)
コスタリカ 0勝1分0敗(2得点2失点)
イングランド 8勝3分12敗(24得点39失点)
イタリア 9勝12分8敗(31得点30失点)
スイス 15勝3分1敗(45得点16失点)
エクアドル 2勝0分0敗(6得点0失点)
フランス 15勝7分11敗(61得点36失点)
ホンジュラス 1勝1分0敗(3得点1失点)
アルゼンチン 5勝2分6敗(13得点17失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 4勝2分0敗(14得点6失点)
イラン 対戦なし
ナイジェリア 1勝0分1敗(5得点3失点)
ドイツ 7勝6分8敗(23得点27失点)
ポルトガル 16勝13分6敗(72得点41失点)
ガーナ 対戦なし
アメリカ 4勝0分1敗(10得点3失点)
ベルギー 11勝6分4敗(43得点19失点)
アルジェリア 1勝0分0敗(3得点0失点)
ロシア 6勝3分2敗(15得点8失点)
韓国 3勝2分0敗(10得点4失点)

通称
スペイン語:Mexico(メヒコ)
英語:Mexico(メクスィコ)

正式国名

日本語:メキシコ合衆国
スペイン語:Estados Unidos Mexicanos
英語:The United Mexican States


国名の由来
アステカ帝国の守護神メヒクトリ(神に選ばれし者という意味)が語源


国旗



緑:独立と希望
白:宗教的寛容さ
赤:民族の統一


国章



湖に浮かぶ島のサボテンに止まって蛇を加えた鷲:アステカの都テノチティトラン(現在のメキシコシティ)
→アステカの建国伝説で、そういう地に都を築けという神のお告げがあったことに由来
樫の葉:力
月桂樹:勝利


国歌
吹奏楽
オーケストラ
歌付き1
歌付き2

Mexicanos, al grito de guerra
El acero aprestad y el bridon,
Y retiemble en sus centros la tierra
Al sonoro rugir del canon.
Y retiemble en sus centros la tierra
Al sonoro rugir del canon.

Cina !oh Patria! tus sienes de oliva
De la paz el arcangel divino,
Que en el cielo tu eterno destino,
Por el dedo de Dios se escribio;
Mas si osare un extrano enemigo,
Profanar con su planta tu suelo,
Piensa !oh Patria querida! que el cielo
Un soldado en cada hijo te dio,
Un soldado en cada hijo te dio,

Mexicanos, al grito de guerra
El acero aprestad y el bridon,
Y retiemble en sus centros la tierra
Al sonoro rugir del canon.
Y retiemble en sus centros la tierra
Al sonoro rugir del canon.



雄叫びを聞け、メキシコの民
剣(つるぎ)をとりて、手綱をとりて
砲銃(ほづつ)火吹けば地の底深く
響き大地をいざ揺るがさん

額に巻けるオリーブの葉は
大天使より授かりしもの
汝の朽ちぬ運命こそは
天にまします神に記され

邪まな敵攻め寄せ来たり
大地を汚す音聞こえども
天が与えし愛しき祖国
汝が子らは守る兵なり



ごく大まかな歴史
BC14世紀:メキシコ湾岸にオルメカ文明勃興
BC3世紀:ユカタン半島や現在のグアテマラ周辺にマヤ文明勃興
BC2世紀:テオティワカンの巨大ピラミッド(世界遺産)建立
7世紀:トゥーラと呼ばれる小都市国家群がメキシコ中央高原地域に形成
1428年:テスココとテノチティトランの連合軍が覇権としアスカポツァルコを滅ぼす、トラコバンと三都市同盟を形成(アステカ帝国の基礎)
1504年:アステカ皇帝モクテスマ2世がテスココを征服し、アステカの版図が史上最大に
1519年:スペイン人エルナン・コルテスがメキシコ湾岸に上陸(反アステカ諸国と同盟関係を結びながら、内陸部へ浸透)
1521年:アステカが滅亡し、メキシコはスペイン植民地のヌエバ・エスパーニャ副王領となる
1546年:銀山が発見されシルバーラッシュに(スペインの貿易や征服戦争の源泉となる)
1808年:ナポレオンによりスペイン征服に反発し、メキシコシティに自治議会発足(早々にクーデターで崩壊)
1810年:ミゲル・イダルゴ司祭率いる住民がドローレス村で決起(イダルゴは翌年スペイン軍に処刑され、その後も独立闘争はことごとく挫折)
1821年:アグスティン・イトゥルビデ将軍率いる反乱軍がスペイン副王軍を破り、メキシコ帝国として独立
1824年:メキシコ合衆国憲法が制定され、連邦共和制に移行
1835年:北部テハス州のイギリス系移民が反乱(翌年テキサス共和国として独立し、後にアメリカへ編入)
1847年:アメリカとの米墨戦争に敗れ、カリフォルニア、ネバダ、コロラド等、国土の3分の1を喪失
1857年:初の自由選挙が行われるも、クーデターで内戦突入
1861年:フランス、イギリス、スペインからの債務が返済できず、ベラクルスを占領される
1864年:オーストリア皇帝の弟マクシミリアンが、フランスのナポレオン3世の後見によりメキシコ皇帝として即位(3年後に処刑)
1876年:ポルフィリオ・ディアス将軍がクーデターで実権掌握
1910年:大統領選での野党候補逮捕を契機に、各地で反乱が勃発し、内戦に突入
1920年:アルバロ・オブレゴン将軍率いる立憲自由軍が国土を制圧し、内戦終結(オブレゴンは大統領に当選)
1929年:様々な政治・社会勢力を結集した国民革命党結成(後に制度的革命党と改名し、長期一党支配体制を確立)
1968年:メキシコ五輪開催(中南米で初めて)
1986年:累積債務が一千億ドルを超過
1992年:アメリカやカナダとNAFTA(北米自由貿易協定締結)
1994年:先住民の生活水準向上とNAFTAへの反発を旗印にサパティスタ国民解放軍が武装蜂起
2000年:国民行動党のビセンテ・フォックスが大統領に当選し、制度的革命党の一党支配が終焉
2006年:フェリペ・カルデロン大統領が麻薬組織殲滅のため、中西部ミチョアカン州に連邦軍6500人を派兵(メキシコ麻薬戦争のはじまり)


代表チームの愛称

Ei Tricolor(トリコロール)
三色の国旗に由来

La Verde(ベルデ)
緑色のユニフォームに由来


過去のW杯の戦績

1930年ウルグアイ大会
フランス ×1-4
チリ ×0-3
アルゼンチン ×3-6
(1次リーグ4位で敗退)

1950年ブラジル大会
ブラジル ×0-4
ユーゴスラビア ×1-4
スイス ×1-2
(1次リーグ4位で敗退)

1954年スイス大会
ブラジル ×0-5
フランス ×2-3
スイス ×1-4
(1次リーグ3位で敗退)

1958年スウェーデン大会
スウェーデン ×0-3
ウェールズ △1-1
ハンガリー ×0-4
(1次リーグ4位で敗退)

1962年チリ大会
ブラジル ×0-2
スペイン ×0-1
チェコスロバキア ○3-1
(1次リーグ3位で敗退)

1966年イングランド大会
フランス △1-1
イングランド ×0-2
ウルグアイ △0-0
(1次リーグ3位で敗退)

1970年メキシコ大会
ソ連 △0-0
エルサルバドル ○4-0
ベルギー ○1-0
イタリア ×1-4
(準々決勝で敗退)

1978年アルゼンチン大会
チュニジア ×1-3
西ドイツ ×0-6
ポーランド ×1-2
(1次リーグ4位で敗退)

1986年メキシコ大会
ベルギー ○2-1
パラグアイ △1-1
イラク ○1-0
ブルガリア ○2-0
西ドイツ △0-0(PK1-4)
(準々決勝で敗退)

1994年アメリカ大会
ノルウェー ×0-1
アイルランド ○2-1
イタリア △1-1
ブルガリア △1-1(PK1-3)
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

1998年フランス大会
韓国 ○3-1
ベルギー △2-2
オランダ △2-2
ドイツ ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2002年韓国・日本大会
クロアチア ○1-0
エクアドル ○2-1
イタリア △1-1
アメリカ ×0-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2006年ドイツ大会
イラン ○3-1
アンゴラ △0-0
ポルトガル ×1-2
アルゼンチン ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2010年南アフリカ大会
南アフリカ △1-1
フランス ○2-0
ウルグアイ ×0-1
アルゼンチン ×1-3
(決勝トーナメント1回戦で敗退)


W杯以外の主な実績

コンフェデレーションズカップ:出場6回
 優勝1回(1999年)
 3位1回、4位1回

CONCACAFゴールドカップ(北中米カリブ海選手権):出場20回
 優勝9回(1965、71、77、93、96、98、2003、09、11年)
 準優勝2回(1967、2007年)
 3位3回、4位1回、準決勝進出1回


今大会予選の戦績

北中米・カリブ海3次予選B組(1位)
ガイアナ(H) ○3-1
エルサルバドル(A) ○2-1
コスタリカ(A) ○2-0
コスタリカ(H) ○1-0
ガイアナ(A) ○5-0
エルサルバドル(H) ○2-0

北中米・カリブ海4次予選(4位)
ジャマイカ(H) △0-0
ホンジュラス(A) △2-2
アメリカ(H) △0-0
ジャマイカ(A) ○1-0
パナマ(A) △0-0
コスタリカ(H) △0-0
ホンジュラス(H) ×1-2
アメリカ(A) ×0-2
パナマ(H) ○2-1
コスタリカ(A) ×1-2

大陸間プレーオフ
ニュージーランド(H) ○5-1
ニュージーランド(A) ○4-2


1次リーグA組の相手との対戦成績(2014/3/23現在)
カメルーン(6/13ナターウ) 1勝0分0敗(1得点0失点)
ブラジル(6/17フォルタレーザ) 10勝6分22敗(36得点71失点)
クロアチア(6/23レシフェ) 1勝0分2敗(2得点5失点)


他の国々との対戦成績(2014/3/23現在)
スペイン 0勝3分4敗(3得点9失点)
オランダ 2勝1分3敗(11得点11失点)
チリ 13勝2分9敗(26得点24失点)
オーストラリア 1勝2分2敗(7得点8失点)
コロンビア 10勝9分7敗(25得点21失点)
ギリシャ 1勝2分1敗(4得点4失点)
コートジボワール 1勝0分0敗(4得点1失点)
日本 4勝0分1敗(9得点6失点)
ウルグアイ 7勝7分5敗(25得点23失点)
コスタリカ 27勝15分6敗(77得点28失点)
イングランド 2勝1分6敗(4得点23失点)
イタリア 1勝4分7敗(10得点28失点)
スイス 1勝1分3敗(7得点10失点)
エクアドル 10勝5分2敗(26得点14失点)
フランス 1勝1分5敗(6得点15失点)
ホンジュラス 16勝6分6敗(53得点24失点)
アルゼンチン 4勝10分12敗(25得点40失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 2勝0分0敗(4得点1失点)
イラン 3勝0分0敗(9得点2失点)
ナイジェリア 1勝3分0敗(7得点6失点)
ドイツ 1勝5分4敗(9得点20失点)
ポルトガル 0勝1分1敗(1得点2失点)
ガーナ 2勝0分0敗(3得点1失点)
アメリカ 32勝13分17敗(130得点71失点)
ベルギー 3勝1分2敗(6得点8失点)
アルジェリア 1勝0分0敗(2得点0失点)
ロシア 1勝7分4敗(3得点12失点)
韓国 5勝2分3敗(17得点10失点)
正式国名
日本語:ナイジェリア連邦共和国
英語:Federal Republic of Nigeria


国名の由来
遊牧民のトゥアレグ族が、この地を流れる大河にニエジーレン(n'egiren)という名をつけ、ラテン語で黒を意味するニジェール(niger)に読み替えられたもの
ナイジェリアはニジェールの英語読み


国旗



緑:森林、農業、天然資源
白:平和、統一

左の緑:北部のハウサ族
真ん中の白:西部のヨルバ族
右の緑:南部のイボ族


国章



鷲:力
白馬:気品
馬の足元の緑地:豊かな農地
地面に咲く花:国花のコスタス(ショウガ科の一種)
黒い盾:豊かな土壌
白いYのような線:ニジェール川とベヌエ川の合流


国歌
吹奏楽
オーケストラ
歌付き


Arise, O compatriots,
Nigeria's call obey
To serve our fatherland
With love and strength and faith
The labour of our heroes past
Shall never be in vain
To serve with heart and might
One nation bound in freedom,
peace and unity.



いざ立ち上がれ、同朋よ
祖国のために尽くすこと
それが我らの努めなり
愛と力と信義にて
歴史刻みし英雄たちは
無駄なことせぬ労働者なり
心をこめて、力をこめて
自由、平和と調和のために



国の標語

Unity and Faith, Peace and Progress(統一と信頼、平和と前進)


ごく大まかな歴史
BC5世紀:現在のナイジェリア中央部のジョス高原にて鉄器文化勃興
9世紀:南部ニジェールデルタ地域でイボ族の君主なき民主的村落ネットワーク形成
10世紀:西部のヨルバ族がイフェ王国を建国
12世紀:南東部にエド人がベニン王国を建国
13世紀:北部でハウサ族による七つの都市国家が並立(アフリカを横断するキャラバンの影響で早期にイスラム化)
1472年:ポルトガル人が後の首都となるラゴスを建設し、奴隷貿易開始(欧州各国がナイジェリアの海岸に奴隷貿易の拠点を築いたことで、奴隷海岸と呼ばれた)
1884年:イギリスがニジェールデルタ地帯をオイルリバース保護領とする
1886年:イギリス政府が王立ニジェール会社を設立
1897年:イギリスがベニン王国を滅ぼす
1900年:王立ニジェール会社の支配地を南北のナイジェリア保護領に再編成
1903年:イギリスがフラニ人のソコト帝国を滅ぼし、北ナイジェリア保護領に編入
1905年:イギリスがヨルバ人のオヨ王国を滅ぼし、南ナイジェリア保護領に編入
1914年:南北ナイジェリア保護領を統合
1954年:独立運動の動きを受け、ナイジェリアは自治領に
1960年:イギリス信託統治領カメルーンを編入し、北・東・西3州による連邦国家として完全独立(イギリス女王を元首とするイギリス連邦王国の一員)
1963年:大統領制に移行(北部ハウサ族と南部イボ族の対立が激化)
1966年:イボ族のジョンソン・イロンシ将軍がクーデターで政権を簒奪するも、半年後に暗殺
1967年:ヤクブ・ゴウォン大統領の中央集権化に反発したイボ族が、ビアフラ共和国の独立を宣言(3年後に降伏)
1975年:オルシェグン・オバサンジョ将軍によるクーデター(4年後に民政移管)
1985年:イブラヒム・ババンギダ将軍によるクーデター
1991年:内陸部のアブジャに遷都
1993年:サニ・アバチャ将軍が実験掌握
1995年:アバチャ政権が世界的環境活動家ケン・サロウィワを処刑し、世界中から非難
1998年:アバチャ将軍がバイアグラ過剰摂取で急死し、オバサンジョが大統領として返り咲き(金権腐敗体質がさらに進行)
2009年:北部でイスラム武装組織ボコ・ハラムが蜂起
2011年:グッドラック・ジョナサン大統領が再選するも、北部で暴動頻発


代表チームの愛称
Super Eagles(スーパーイーグルス)
国章の鷲に由来


過去のW杯の戦績

1994年アメリカ大会
ブルガリア ○3-0
アルゼンチン ×1-2
ギリシャ ○2-0
イタリア ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

1998年フランス大会
スペイン ○3-2
ブルガリア ○1-0
パラグアイ ×1-3
デンマーク ×1-4
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2002年韓国・日本大会
アルゼンチン ×0-1
スウェーデン ×1-2
イングランド △0-0
(1次リーグ4位で敗退)

2010年南アフリカ大会
アルゼンチン ×0-1
ギリシャ ×1-2
韓国 △2-2
(1次リーグ4位で敗退)


W杯以外の主な実績

コンフェデレーションズカップ:出場2回
 4位1回(1995年)

アフリカネイションズカップ:出場17回
 優勝3回(1980、94、2013年)
 準優勝4回(1984、88、90、2000年)
 3位7回


今大会予選の戦績

アフリカ2次予選F組(1位)
ナミビア(H) ○1-0
マラウィ(A) △1-1
ケニア(H) △1-1
ケニア(A) ○1-0
ナミビア(A) △1-1
マラウィ(H) ○2-0

アフリカ3次予選
エチオピア(A) ○2-1
エチオピア(H) ○2-0


1次リーグF組の相手との対戦成績(2014/2/16現在)
イラン(6/16クリチーバ) 1勝0分0敗(1得点0失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ(6/21クイアバ) 初顔合わせ
アルゼンチン(6/25ポルトアレグレ) 1勝1分4敗(6得点8失点)


他の国々との対戦成績
(2014/2/16現在)
ブラジル 0勝0分1敗(0得点3失点)
クロアチア 対戦なし
メキシコ 0勝3分1敗(6得点7失点)
カメルーン 8勝5分3敗(22得点16失点)
スペイン 1勝0分1敗(3得点5失点)
オランダ 0勝0分1敗(1得点5失点)
チリ 対戦なし
オーストラリア 0勝0分1敗(0得点1失点)
コロンビア 0勝1分3敗(1得点4失点)
ギリシャ 1勝0分2敗(3得点4失点)
コートジボワール 6勝7分6敗(24得点18失点)
日本 1勝1分1敗(5得点5失点)
ウルグアイ 0勝0分1敗(1得点2失点)
コスタリカ 対戦なし
イングランド 0勝1分1敗(0得点1失点)
イタリア 0勝0分1敗(1得点2失点)
スイス 1勝0分0敗(1得点0失点)
エクアドル 0勝1分0敗(2得点2失点)
フランス 1勝0分0敗(1得点0失点)
ホンジュラス 勝分敗(得点失点)
ドイツ 0勝0分1敗(0得点1失点)
ポルトガル 対戦なし
ガーナ 11勝18分19敗(44得点72失点)
アメリカ 0勝0分1敗(2得点3失点)
ベルギー 1勝0分0敗(1得点0失点)
アルジェリア 6勝4分6敗(22得点20失点)
ロシア 対戦なし
韓国 0勝2分3敗(6得点9失点)
正式名称
日本語:エクアドル共和国
スペイン語:Republica del Ecuador
英語:Republic of Ecuador


国名の由来

スペイン語で赤道を意味するEcuador terrestre


国旗



黄:太陽と天然資源
青:空と海とスペインからの独立
赤:愛国者の勇気と血潮

エクアドルはかつてコロンビアの一部だったため、配色はコロンビア国旗と同じ


国章



コンドル:独立、力、国の偉大さ
万年雪を頂いたチンボラソ火山:美の象徴
チンポラソから流れるグアヤス川:富貴の象徴
川に浮かぶ商船(南米初の蒸気船グアヤス号):通商と経済
黄道上の牡羊座、牡牛座、太陽、双子座、蟹座:1845年の自由党革命があった3~7月
月桂樹:共和国の勝利と栄光
椰子の葉:独立と自由に捧げられた犠牲
ファスケス:共和国の尊厳


国歌
吹奏楽
オーケストラ
歌付き


Salve, Oh Patria, mil veces!
!Oh Patria, Gloria a ti! Gloria a ti!
Ya tu pecho, tu pecho, rebosa
Gozo y paz ya tu pecho rebosa;
Y tu frente, tu frente radiosa
Mas que el sol contemplamos lucir,
Y tu frente, tu frente radiosa
Mas que el sol contemplamos lucir.

Los primeros los hijos del suelo
Que soberbio, el Pichincha decora
Te aclamaron por siempre senora
Y vertieron su sangre por ti.
Dios miro y acepto el holocausto
Y esa sangre fue germen fecundo
De otros heroes que atonito el mundo
Vio en tu torno a millares surgir.
a millares surgir,
a millares surgir.

Salve, Oh Patria, mil veces!
!Oh Patria, Gloria a ti! Gloria a ti!
Ya tu pecho, tu pecho, rebosa
Gozo y paz ya tu pecho rebosa;
Y tu frente, tu frente radiosa
Mas que el sol contemplamos lucir,
Y tu frente, tu frente radiosa
Mas que el sol contemplamos lucir



千歳(ちとせ)重ねし偉大な祖国
父なる国に栄光あらん
かくも満ちたる汝が乳房
絶えず平和と喜びあふれ
燦然たるや汝の姿
その輝きは太陽凌ぐ

大地が産みし尊き子
女帝のごとく歓呼され
祖国のために血潮流さん
神は生贄許し給いて
その血を種に実りもたらす
世界に数多(あまた)英雄あれど
我らが国は比類なし



国の標語
Libertad y Orden(自由と秩序)


ごく大まかな歴史
BC40世紀頃:バルディビア文化勃興(日本の縄文時代に類似した土器文化)
BC4世紀頃:階層社会化
8世紀頃:首長制社会確立
15世紀後半:インカ皇帝トゥパク・インカ・ユパンキが現在のエクアドル一帯を征服
1534年:スペイン人セバスチャン・ベラルカサールがエクアドル一帯を征服し、現在の首都キトを建設(ペルー副王領に編入)
1809年:ナポレオンのスペイン征服に反発し、革命評議会により独立宣言(ほどなく鎮圧)
1822年:コロンビアの解放軍がスペイン副王軍を破り、エクアドルを大コロンビアに編入
1830年:大コロンビアの混乱に乗じて、エクアドル共和国の独立宣言
1859年:ペルーとの戦争で、国内の権力闘争激化(山岳部の保護主義と沿岸部の自由主義の対立)
1925年:軍事クーデターで自由主義勢力を排除(相次ぐクーデターで一向に政情は安定せず)
1941年:アマゾン地域の国境未画定をめぐりペルーと開戦(翌年敗北)
1979年:民政移管
1987年:大地震で対外債務利払い停止
1998年:ペルーとの領土問題が正式決着
2000年:自国通貨にUSドルを採用
2006年:現職のラファエル・コレア大統領が初当選(反米左翼化)


代表チームの愛称
La Tri(ラ・トリ)
三色の国旗に由来


過去のW杯戦績

2002年韓国・日本大会
イタリア ×0-2
メキシコ ×1-2
クロアチア ○1-0
(1次リーグ4位で敗退)

2010年ドイツ大会
ポーランド ○2-0
コスタリカ ○3-0
ドイツ ×0-3
イングランド ×0-1
(決勝トーナメント1回戦で敗退)


W杯以外の主な実績

コパ・アメリカ(南米選手権):出場25回
 4位2回(1959、93年)


今大会予選の戦績

南米予選(4位)
ベネズエラ(H) ○2-0
パラグアイ(A) ×1-2
ペルー(H) ○2-0
アルゼンチン(A) ×0-4
コロンビア(H) ○1-0
ボリビア(H) ○1-0
ウルグアイ(A) △1-1
チリ(H) ○3-1
ベネズエラ(A) △1-1
パラグアイ(H) ○4-1
ペルー(A) ×0-1
アルゼンチン(H) △1-1
コロンビア(A) ×0-1
ボリビア(A) △1-1
ウルグアイ(H) ○1-0
チリ(A) ×0-1


1次リーグE組の相手との対戦成績(2014/2/11現在)
スイス 初顔合わせ
ホンジュラス 3勝8分3敗(14得点14失点)
フランス 0勝0分1敗(0得点2失点)


他の国々との対戦成績(2014/2/11現在)
ブラジル 2勝3分23敗(22得点88失点)
クロアチア 1勝0分0敗(1得点1失点)
メキシコ 2勝5分10敗(14得点26失点)
カメルーン 対戦なし
スペイン 0勝0分2敗(0得点6失点)
オランダ 0勝0分1敗(0得点1失点)
チリ 9勝12分26敗(46得点93失点)
オーストラリア 対戦なし
コロンビア 12勝11分19敗(37得点46失点)
ギリシャ 0勝1分0敗(1得点1失点)
コートジボワール 対戦なし
日本 0勝0分2敗(0得点4失点)
ウルグアイ 5勝10分28敗(37得点104失点)
コスタリカ 5勝5分1敗(19得点9失点)
イングランド 0勝0分2敗(0得点3失点)
イタリア 0勝1分1敗(1得点3失点)
アルゼンチン 4勝9分17敗(29得点80失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 対戦なし
イラン 1勝2分0敗(3得点2失点)
ナイジェリア 0勝1分0敗(2得点2失点)
ドイツ 0勝0分2敗(2得点7失点)
ポルトガル 1勝0分1敗(3得点5失点)
ガーナ 対戦なし
アメリカ 5勝4分2敗(10得点6失点)
ベルギー 対戦なし
アルジェリア 対戦なし
ロシア 対戦なし
韓国 1勝0分1敗(2得点3失点)
正式国名
日本語:コスタリカ共和国
スペイン語:República de Costa Rica
英語:Republic of Costa Rica


国名の由来
Costaは海岸、Ricaは豊を意味するスペイン語
コロンブスが遭遇した先住民が、金細工の装飾品を身に着けていたことに由来


国旗



青:空
白:自由、平和
赤:独立のために流された血
左側の国章は、民間での国旗利用時には省略



国章



手前の海:太平洋
向こうの海:カリブ海
帆船:海運の歴史の象徴
七つの星:国を構成する7州
三つの山:バルバ、イラス、ボアス火山
両脇の丸い粒:コーヒー(富の源泉)


国歌
吹奏楽
オーケストラ
歌付き


Noble patria tu hermosa bandera

Noble patria tu hermosa bandera
Expresión de tu vida nos da:
Bajo el límpido azul de tu cielo
Blanca y pura descansa la paz.
En la lucha tenaz de fecunda labor
Que enrojece del hombre la faz,
Conquistaron tus hijos, labriegos sencillos,
Eterno prestigio, estima y honor,
eterno prestigio, estima y honor.
¡Salve oh tierra gentil!
¡Salve oh madre de amor!
Cuando alguno pretenda tu gloria manchar,
Verás a tu pueblo, valiente y viril
La tosca herramienta en arma trocar.
¡Salve patria! tu pródigo suelo
Dulce abrigo y sustento nos da;
Bajo el límpido azul de tu cielo
¡Vivan siempre el trabajo y la paz!



気高き国の美しき旗
我らに示すその生き様を
澄みたる青き大空のもと
純粋無垢な平和の治世
不撓不屈に戦い抜きて
汝が顔に輝き満ちる
骨を惜しまぬ労苦の証し
大地ひたすら耕す者に
汝が得たる不滅の名誉
諸人永遠(とわ)に敬いわたる
いざ栄えあれ、優しき国よ
いざ栄えあれ、愛しき母よ
栄光汚す輩来たれば
我ら雄々しく勇気をふるい
農具を武器に持ち替えるまで
澄みたる青き大空のもと
我らを護り糧を与える
豊かな土の祖国万歳!
永遠に安けく勤め果たさん



ごく大まかな歴史

4世紀頃:マヤ文明に影響されたディキス石器文化勃興
6世紀頃:土器文化やカシカスゴと呼ばれた階級社会が成立
1502年:コロンブスが欧州人としてリモン湾付近初めて上陸し、コスタリカろ命名
1524年:フランシスコ・エルナンデス・デ・コルドバが植民地ビジャ・ブルセラス(沼地の村という意味)を建設(その後何度も植民地が形成されるも、先住民との戦いに敗れ長続きせず)
1568年:ベラファン・デ・リベラが先住民の抵抗を制圧し、コスタリカはグアテマラ総督領に組み込まれる(スペインによる支配の確立)
1736年:現在の首都サンホセ建設
1812年:スペインでカディス憲法が制定され、米州大陸の各地はカビルドという行政機関が設置され、地方自治が進展(コスタリカはカルタゴ、サンホセ、アラフエラ、エレディアの4都市の連合体に)
1821年:グアテマラ総督領がスペインから独立し、コスタリカはグアテマラ、ニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドルとともに中央アメリカ連合州を構成
1823年:オチョモゴ内戦でカルタゴを破ったサンホセが首都に(メキシコとの合併推進派が発言力を失い、独立共和国設立へ前進)
1824年:中央アメリカ連合州が中米連邦に改組(保守派のグアテマラと自由主義派のホンジュラス、エルサルバドルの対立で内戦に)
1838年:中米連邦を離脱しコスタリカ共和国となる
1856年:国民戦争終結(ニカラグアを拠点とするアメリカ人侵略者を撃退するも、持ち込まれたコレラで人口が激減)
1859年:フアン・モーラ大統領がクーデターで失脚(以来クーデターの繰り返しで政情不安定に)
1889年:大統領選挙の不正を巡って暴動が発生するも、辛うじて平和裏に政権交代(国内では民主主義の確立と位置づけ)
1948年:大恐慌以来続いた経済の混乱により、保守派と社会主義者の権力闘争が激化し、内戦勃発
1949年:新憲法により、女性や黒人の参政権が認められるとともに、軍隊を廃止
1965年:エルサルバドル内戦に武装警察を派遣
1987年:ニカラグア内戦終結への貢献により、オスカル・アリアス大統領がノーベル平和賞受賞
1992年:先住民に選挙権付与


代表チームの愛称

*Los Ticos(ティコス)
 ティコはコスタリカ人が自らを称する名の男性形

*Los Pura Vida(プラビーダ)
 Pura Vidaは「充実した人生」という意味で、コスタリカ人の口癖


過去のW杯戦績
 

1990年イタリア大会
スコットランド ○1-0
ブラジル ×0-1
スウェーデン ○2-1
チェコスロバキア ×1-4
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2002年韓国・日本大会
中国 ○2-0
トルコ △1-1
ブラジル ×2-5
(1次リーグ3位で敗退)

2006年ドイツ大会
ドイツ ×2-4
エクアドル ×0-3
ポーランド ×1-2
(1次リーグ4位で敗退)


W杯以外の主な実績

CONCACAFゴールドカップ(北中米カリブ海選手権):出場16回
 優勝3回(1963、69、89年)
 準優勝1回(2002年)
 3位4回、4位2回、準決勝進出1回

コパ・セントロアメリカーナ(中米選手権):出場12回
 優勝7回、準優勝4回、4位1回


今大会予選の戦績

北中米カリブ海3次予選B組(2位)
エルサルバドル(H) △2-2
ガイアナ(A) ○4-0
メキシコ(H) ×0-2
メキシコ(A) ×0-1
エルサルバドル(A) ○1-0
ガイアナ(H) ○7-0

北中米カリブ海4次予選(2位)
パナマ(A) △2-2
アメリカ(A) ×0-1
ジャマイカ(H) ○2-0
ホンジュラス(H) ○1-0
メキシコ(A) △0-0
パナマ(H) ○2-0
アメリカ(H) ○3-1
ジャマイカ(A) △1-1
ホンジュラス(A) ×0-1
メキシコ(H) ○2-1


1次リーグD組の相手との対戦成績(2014/2/1現在)
ウルグアイ 0勝2分6敗(8得点15失点)
イタリア 0勝0分1敗(0得点1失点)
イングランド 初顔合わせ



他の国々との対戦成績(2014/2/1現在)
ブラジル 1勝0分8敗(9得点31失点)
クロアチア 対戦なし
メキシコ 6勝15分27敗(28得点77失点)
カメルーン 1勝0分0敗(5得点0失点)
スペイン 0勝1分0敗(2得点2失点)
オランダ 対戦なし
チリ 5勝2分2敗(10得点8失点)
オーストラリア 0勝0分1敗(0得点1失点)
コロンビア 2勝0分8敗(11得点24失点)
ギリシャ 対戦なし
コートジボワール 対戦なし
日本 0勝1分1敗(1得点4失点)
スイス 1勝0分1敗(1得点2失点)
エクアドル 1勝5分5敗(9得点19失点)
フランス 0勝0分2敗(3得点5失点)
ホンジュラス 19勝19分18敗(89得点72失点)
アルゼンチン 1勝2分4敗(5得点12失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 対戦なし
イラン 0勝1分1敗(2得点3失点)
ナイジェリア 対戦なし
ドイツ 0勝0分1敗(2得点4失点)
ポルトガル 対戦なし
ガーナ 対戦なし
アメリカ 13勝6分13敗(38得点34失点)
ベルギー 0勝0分1敗(0得点1失点)
アルジェリア 対戦なし
ロシア 0勝0分1敗(1得点2失点)
韓国 2勝2分2敗(7得点7失点)
通称
フランス語:France
英語:France


正式名称
日本語:フランス共和国フランス語:Republique Francaise
英語:French Republic


国名の由来
9世紀にフランスからドイツにかけての広い範囲を支配したフランク王国に由来
フランク王国を建国したフランク族の名は、彼らが多用したフランキスカ(francisca)という投槍が語源だとか、自由人・勇者という意味とも伝えられるが、フランク族そのものの民族的

位置づけが諸説あって不明。


国旗



青と赤はパリ市の色で、白はブルボン王朝に由来し、1789年のバスティーユ監獄陥落(フランス大革命の発端)の翌日に、ラファイエット侯爵から革命勢力与えられた帽章が始まりとされ、個々の色単独ではなく、三色全体にLiberte, Egalite, Fraternite(自由、平等、友愛)という意味が与えられたとされるが、詳細不明。
(Fraterniteは、ともに命を賭けて戦う同志に対する愛という意味なので、博愛という日本語は誤り)


非公式な紋章




月桂樹:勝利
樫:知恵、永続
槇を束ねた斧:正義(カメルーン国章で採用されたファスケス)
獅子と鷲:意味不明

フランスは元々国章を公式に定めておらず、1953年に国章を提出するよう国連に要求された際に制作したもの。


フランス政府の公式ロゴ




1999年から公文書に国章に準じるものとして用いており、女性の横顔は、ドラクロアの「民衆を導く自由の女神」に描かれたマリアンヌ(フランス共和国を擬人化した象徴)


国歌
吹奏楽
オーケストラ
歌付き


La Marseillaise

Allons enfants de la Patrie,
Le jour de gloire est arrive.
Contre nous de la tyranie,
L'etendard sanglant est leve!
L'etendard sanglant est leve!
Entendez vous dans les campagnes
Mugir ces feroces soldats ?
Ils viennent jusque dans vos bras,
Egorger vos fils, vos compagnes
Aux armes citoyens!
Formez vos bataillons!
Marchons, marchons!
Qu'un sang impur abreuve nos sillons.



ラ・マルセイエーズ

祖国の子らが立ち上がり
栄光のときいま来たり
暴君どもに抗える旗
返り血浴びてはためける
汝が妻や子の喉切れと
敵の叫びにに耳傾けよ
武器手にとりていざ進め
轍踏み越えいざ進め
敵の汚れし血をすべて
残すことなく流し尽くさん



ごく大まかな歴史
(843年のフランク王国の大分裂まではベルギーやオランダと共通なので省略)
987年:西フランク王ルイ5世が夭折し、ユーグ・カペーが聖俗大諸侯会議で王に選ばれる(フランス王国の事実上の始まり)
1203年:フィリップ2世がイングランド王ジョンよりノルマンディー、アンジュー等のフランス内領土を奪取
1302年:フィリップ4世が三部会招集(聖職者・貴族・平民という身分別ながら、フランスで初めて議会開設)
1309年:フィリップ4世が教皇庁をローマからアビニョンに移転(ローマ教皇に対するフランス王の事実上の独立)
1328年:カペー朝が断絶し、分家のフィリップ6世が即位(バロワ朝の始まり)
1337年:イングランド王エドワード3世が自分こそフランス王位継承者と主張し、百年戦争開始(当初はフランスの連戦連敗)
1429年:ジャンヌ・ダルクがオルレアンを包囲するイングランド軍を撃退(ジャンヌは2年後に火あぶりにされるも、フランスの優位が決定的に)
1453年:百年戦争終結(フランスよりイングランド王の支配地を一掃し、フランス語を話すフランス人による国民国家フランスという概念が確立)
1494年:シャルル8世がナポリの王位を継承したとして、イタリアへ遠征(オーストリアのハプスブルク朝とフランスによる長い抗争の始まり)
1562年:カトリックとプロテスタントの対立によりユグノー戦争勃発(36年後に終結)
1589年:アンリ3世が暗殺されバロワ朝が断絶し、ブルボン朝開始
1615年:三部会が停止(ルイ13世の絶対王政確立)
1661年:ルイ14世がベルサイユ宮殿の増築を開始
1713年:スペイン継承戦争終結(ルイ14世の相次ぐ侵略戦争はさしたる成果なく、財政破綻の遠因に)
1789年:王家・貴族・聖職者による圧制に反発した民衆の襲撃で、バスティーユ監獄陥落(フランス大革命の始まり)
1792年:ルイ16世が処刑され、第一共和政成立(ジャコバン派のロベスピエールによる恐怖政治に)
1789年:ナポレオン・ボナパルトがクーデターにより全権掌握(5年後に皇帝に即位)
1815年:ナポレオンがワーテルローの戦いで敗れ、セントヘレナ島へ配流
1830年:七月革命でシャルル10世が失脚し、ブルボン朝が崩壊
1848年:二月革命で国王リ・フィリップが失脚し、第二共和政開始
1851年:ナポレオン3世が国民投票により皇帝として即位
1871年:ナポレオン3世が普仏戦争でプロイセンの捕虜となり退位(第三共和政が開始するも、政治は安定せず)
1919年:第一次世界大戦に勝利し、ドイツからアルザス・ロレーヌを奪還
1940年:ナチスドイツに降伏し、フランスは北部のドイツ軍占領地と、南部のビシー政権(ナチの傀儡)に分割
1944年:ノルマンディー上陸作戦(この年のうちにフランスの大半は連合軍によって解放)
1954年:第一次インドシナ戦争に敗れ、ベトナム、ラオス、カンボジアから撤退
1959年:シャルル・ドゴールのクーデターにより第五共和政開始(大統領の権限強化)


代表チームの愛称

Les Bleus(レブルー)
青いユニフォームに由来


過去のW杯戦績


1930年ウルグアイ大会
メキシコ ○4-1
アルゼンチン ×0-1
チリ ×0-1
(1次リーグ3位で敗退)

1934年イタリア大会
オーストリア ×2-3
(1回戦で敗退)

1938年フランス大会
ベルギー ○3-1
イタリア ×1-3
(準々決勝で敗退)

1954年スイス大会
ユーゴスラビア ×0-1
メキシコ ○3-2
(1次リーグ3位で敗退)

1958年スウェーデン大会
パラグアイ ○7-3
ユーゴスラビア ×2-3
スコットランド ○2-1
北アイルランド ○4-0
ブラジル ×2-5
西ドイツ ○6-3
(3位)

1966年イングランド大会
メキシコ △1-1
ウルグアイ ×1-2
イングランド ×0-2
(1次リーグ4位で敗退)

1978年アルゼンチン大会
イタリア ×1-2
アルゼンチン ×1-2
ハンガリー ○3-1
(1次リーグ3位で敗退)

1982年スペイン大会
イングランド ×1-3
クウェート ○4-1
チェコスロバキア △1-1
オーストリア ○1-0
北アイルランド ○4-1
西ドイツ △3-3(PK4-5)
ポーランド ×2-3
(4位)

1986年メキシコ大会
カナダ ○1-0
ソ連 △1-1
ハンガリー ○3-0
イタリア ○2-0
ブラジル △1-1(PK4-3)
西ドイツ ×0-2
ベルギー ○4-2
(3位)

1998年フランス大会
南アフリカ ○3-0
サウジアラビア ○4-0
デンマーク ○2-1
パラグアイ ○1-0
イタリア △0-0(PK4-3)
クロアチア ○2-1
ブラジル ○3-0
(優勝)

2002年韓国・日本大会
セネガル ×0-1
ウルグアイ △0-0
デンマーク ×0-2
(1次リーグ4位で敗退)

2006年ドイツ大会
スイス △0-0
韓国 △1-1
トーゴ ○2-0
スペイン ○3-1
ブラジル ○1-0
ポルトガル ○1-0
イタリア △1-1(PK3-5)
(準優勝)

2010年南アフリカ大会
ウルグアイ △0-0
メキシコ ×0-2
南アフリカ ×1-2
(1次リーグ4位で敗退)


W杯以外の主な実績

コンフェデレーションズカップ:出場2回
 優勝2回(2001、03年)

欧州選手権:出場7回
 優勝2回(1984、2000年)
 4位1回、準決勝進出1回


今大会予選の戦績

欧州予選I組(2位)
フィンランド(A) ○1-0
ベラルーシ(H) ○3-1
スペイン(A) △1-1
グルジア(H) ○3-1
スペイン(H) ×0-1
グルジア(A) △0-0
ベラルーシ(A) ○4-2
フィンランド(H) ○3-0

欧州プレーオフ
ウクライナ(A) ×0-2
ウクライナ(H) ○3-0


1次リーグE組の相手との対戦成績(2014/1/26現在)
ホンジュラス 初顔合わせ
スイス 15勝9分12敗(62得点58失点)
エクアドル 1勝0分0敗(2得点0失点)


他の国々との対戦成績(2014/1/26現在)
ブラジル 5勝4分6敗(19得点24失点)
クロアチア 3勝2分0敗(9得点3失点)
メキシコ 5勝1分1敗(15得点6失点)
カメルーン 1勝1分0敗(2得点1失点)
スペイン 11勝7分15敗(36得点61失点)
オランダ 8勝4分10敗(35得点51失点)
チリ 2勝1分2敗(11得点5失点)
オーストラリア 2勝1分1敗(8得点2失点)
コロンビア 3勝0分0敗(5得点2失点)
ギリシャ 6勝1分1敗(23得点7失点)
コートジボワール 1勝0分0敗(3得点0失点)
日本 4勝1分1敗(14得点5失点)
ウルグアイ 1勝4分2敗(3得点3失点)
コスタリカ 2勝0分0敗(5得点3失点)
イングランド 8勝5分16敗(36得点67失点)
イタリア 9勝10分18敗(50得点80失点)
アルゼンチン 2勝3分6敗(7得点12失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 2勝2分0敗(6得点3失点)
イラン 1勝0分0敗(2得点1失点)
ナイジェリア 0勝0分1敗(0得点1失点)
ドイツ 11勝6分8敗(得点失点)
ポルトガル 16勝1分5敗(46得点27失点)
ガーナ 対戦なし
アメリカ 2勝0分0敗(4得点2失点)
ベルギー 24勝19分29敗(124得点156失点)
アルジェリア 1勝0分0敗(4得点1失点)
ロシア 4勝7分5敗(21得点24失点)
韓国 2勝1分0敗(9得点3失点)
正式名称
日本語:ガーナ共和国
英語:Republic of Ghana


国名の由来
8世紀から11世紀にかけて西アフリカで反映したガーナ帝国(現在のガーナ共和国の領土とは無関係)より、独立時に国号として採用。
ガーナの語源は、ギニア(現在のギニア共和国ではなく、西アフリカギニア湾岸にまたがる広い地域の概念)の変形とも、ガーナ帝国時代の戦士たちによる頭領への尊称とも云われるが、詳細は不明。


国旗



赤:革命と独立のために流された血潮
黄:黄金、いにしえのガーナ帝国
緑:豊かな森林と農耕地
黒い星:アフリカの自由を導く象徴

赤・黄・緑の三色は汎アフリカ色と呼ばれ、アフリカ最古の独立国エチオピア国旗を参考に採用。


国章




左右の黄金の鷲:国を守る力、祖国への注視
盾を分ける緑の十字:イングランドの聖ジョージ旗の赤十字に由来
黄金の獅子:ガーナとイギリス連邦の結びつきの象徴
盾の左上(儀仗用の剣と杖):地方行政
盾の右上(ギニア湾に浮かぶ城):中央政府
盾の左下(カカオ):豊かな農作物
盾の右下(油田):豊かな鉱物資源


国歌(クリックするとYouTubeが開きます)
吹奏楽
オーケストラ
歌付き


God bless our homeland Ghana
And make our nation great and strong,
Bold to defend forever
The cause of Freedom and of Right;
Fill our hearts with true humility,
Make us cherish fearless honesty,
And help us to resist oppressors'rule
With all our will and might evermore.
And help us to resist oppressors'rule
With all our will and might evermore
.


祖国ガーナに神の加護あれ
強く気高き民を創らん
祖国を守る永遠(とわ)なる勇気
我ら自由と権利に依りて
謙虚に満ちた我らが心
恐れを知らず望み叶えん
我らの意志と力の前に
圧制者ども何するものぞ



国の標語
Freedom and Justice(自由と正義)


ごく大まかな歴史
BC21世紀:現在のガーナ中部にキンタンポ文化発生
2世紀:製鉄を開始
13世紀:現在のガーナの主要民族であるアカン人、エウェ人等が西方から到達し、先住民を制圧
1471年:ポルトガル人が到達し、内陸で金を入手
1482年:ポルトガル人が奴隷貿易の拠点としてエルミナ要塞を構築し、周辺をコスタ・ド・オウロ(Costa do Ouro 黄金海岸)と名付ける
1598年:オランダが植民地化を開始し、クステ・ファン・ギニア(Kuste van Guinea ギニア海岸)と名付ける
1650年:スウェーデンが植民地化を開始し、グルドクステン(Guldkusten 黄金海岸)と名付ける
1658年:デンマークがスウェーデンを一掃しグルドキスト(Guldkyst 黄金海岸)と名付ける
1642年:オランダがポルトガルを黄金海岸から一掃
1670年:内陸部のアシャンティ人がアシャンティ王国を建国(他部族を海岸の欧州人たちに奴隷として売ることで繁栄)
1682年:ドイツのブランデンブルク選帝侯領(後のプロイセン王国)が植民地化を開始し、グロスフリードリヒスブルク(Groß Friedrichsburg フリードリヒ大王の城)と名付ける(35年後にオランダへ売却)
1872年:オランダが当地の所有権を全てイギリスに売却、ゴールドコースト(Gold Coast)という英語名になる
1896年:第四次アングロ・アシャンティ戦争により、アシャンティ王国はイギリスの属国に
1901年:周辺の部族や王国がイギリス保護下に
1914年:ドイツ領だったトーゴラントをイギリスとフランスが国際連盟委任統治領として東西に分割(東部は現在のトーゴ)
1947年:連合ゴールドコースト会議設立(イギリスに対する自治権拡大運動が本格化)
1949年:クワメ・ンクルマが会議人民党を結成
1951年:憲法が制定され、総選挙で会議人民党が絶対多数獲得(翌年ンクルマが首相就任)
1956年:トーゴランド西部をゴールドコーストへ編入
1957年:ゴールドコーストがイギリス連邦王国の一員であるガーナ共和国として独立
1966年:CIAの支援によるクーデターでンクルマ大統領失脚
1972年:軍事クーデターでコフィ・ブシア大統領が失脚
1979年:空軍のジェリー・ローリングス大尉によるクーデター(直ちに民政移管するも機能せず、2年後にまたクーデター)
1992年:複数政党制を導入し、ローリングスの与党が総選挙で勝利(翌年民政移管し、ローリングスが大統領に)
2001年:野党のジョン・クフォーが大統領に当選(建国以来初めて平和裏な政権交代実現)


代表チームの愛称
Black Stars(ブラックスターズ)
国旗の黒い星に由来


過去のW杯戦績

2006年ドイツ大会
イタリア ×0-2
チェコ ○2-0
アメリカ ○2-1
ブラジル ×0-3
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2010年南アフリカ大会
セルビア ○1-0
オーストラリア △1-1
ドイツ ×0-1
アメリカ ○2-1
ウルグアイ △1-1(PK2-4)
(準々決勝で敗退)


W杯以外の主な実績


アフリカネイションズカップ:出場19回
 優勝4回(1963、65、78、82年)
 準優勝4回(1968、70、92、2010年)
 3位1回、4位3回


今大会予選の戦績

アフリカ2次予選D組(1位)
レソト(H) ○7-0
ザンビア(A) ×0-1
スーダン(H) ○4-0
スーダン(A) ○3-1
レソト(A) ○2-0
ザンビア(H) ○2-1

アフリカ3次予選
エジプト(H) ○6-1
エジプト(A) ×1-2


1次リーグG組の相手との対戦成績(2014/1/18現在)
アメリカ(6/16ナターウ) 2勝0分0敗(4得点2失点)
ドイツ(6/21フォルタレーザ) 0勝0分2敗(1得点7失点)
ポルトガル(6/26ブラジリア) 初顔合わせ


他の国々との対戦成績(2014/1/18現在)
ブラジル 0勝0分1敗(0得点3失点)
クロアチア 対戦なし
メキシコ 0勝0分2敗(1得点3失点)
カメルーン 3勝3分1敗(7得点4失点)
スペイン 対戦なし
オランダ 0勝1分1敗(1得点4失点)
チリ 0勝1分0敗(1得点1失点)
オーストラリア 1勝2分4敗(4得点8失点)
コロンビア 対戦なし
ギリシャ 0勝1分0敗(1得点1失点)
コートジボワール 12勝7分11敗(47得点40失点)
日本 1勝0分4敗(8得点12失点)
ウルグアイ 0勝1分0敗(1得点1失点)
コスタリカ 対戦なし
イングランド 0勝1分0敗(1得点1失点)
イタリア 0勝0分1敗(0得点2失点)
スイス 対戦なし
エクアドル 対戦なし
フランス 対戦なし
ホンジュラス 対戦なし
アルゼンチン 0勝0分1敗(0得点2失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 0勝0分1敗(1得点2失点)
イラン 0勝0分2敗(0得点5失点)
ナイジェリア 19勝18分11敗(72得点44失点)
ベルギー 対戦なし
アルジェリア 4勝2分3敗(11得点10失点)
ロシア 0勝0分1敗(0得点3失点)
韓国 2勝0分3敗(7得点8失点)
通称
オランダ語:Nederland(ネーデルラント)
フリジア語:Nederlan(ネーデルラーン)
パピアメント語:Hulanda(フランダ)
英語:Netherlands(ネザーランズ)

英語ではNetherlandsと複数形なのは、本来のネーデルラントは、現在のベルギーやルクセンブルクに相当する地域を含めた、領邦国家群の総称だったため。
英語でよく使われるHollandという俗称は、オランダ独立に中心的役割を果たしたホラント州に由来するもので、オランダそのものを示す国名の意味でHollandを使うのは誤り。


正式国名
日本語:オランダ王国
オランダ語:Koninkrijk der Nederlanden
フリジア語:Keninkryk fan de Nederlannen
パピアメント語:Reino Hulandes
英語:Kingdom of the Netherlands

オランダ王国に相当するKoninkrijk der NederlandenやKingdom of the Netherlands等の表記は、オランダ本土以外の海外領土(カリブ海のアルバ島、キュラソー島、シントマールテン島)を合わせての概念だが、サッカーのオランダ代表は本土のみで、海外領土はオランダ領アンチルという別の代表チームを持つ。
フリジア語は北部フリースラント地方で、パピアメント語は海外領土で使われる公用語。


国名の由来
国土の大半が低地であることに由来。
日本語のオランダは、戦国時代に宣教師によって伝えられたポルトガル語のHolandaによる。


国旗





赤:国民の勇気
白:神への信仰
青:国家への忠誠

オランダ独立に主導的役割を果たした、ホラント地方の支配者オラニエ公ウィレム1世(オレンジ公ウィリアム)の家紋が、青地にオレンジの房紐で飾られた白い角笛という図柄のため、元々は橙・白・青という国旗だったが、橙は色褪せやすく見分けにくいため、17世紀に赤に変更。


国章




盾の左右の獅子:オラニエ・ナッソウ家の家紋
獅子が描かれた青い盾:独立当初のネーデルラント連邦共和国の国章
獅子の右手の剣:団結と力
獅子の左手の7本の矢:ネーデルラント連邦共和国独立当初の7州


国歌(クリックするとYouTubeが開きます)
吹奏楽

オーケストラ
歌付き1
歌付き2


Wilhelmus van Nassouwe

Wilhelmus van Nassouwe
Ben ik van Duitsen bloed
Den vaderland getrouwe
Blijf ik tot in den dood
Een Prince van Oranjen
Ben ik vrij onverveerd
Den Koning van Hispanjen
Heb ik altijd geeerd



ウィルヘルム・ファン・ナッソウ
由緒正しきドイツの血
国と大儀に捧げなば
我の命は絶ゆることなし
我オラニエの王子にて
永遠(とわ)に守らん尊き自由
我の命が脈打つ限り
スペイン王に忠義尽くさん



国の標語
Je Maintiendrai(我は保たん)


ごく大まかな歴史
BC51年:ユリウス・カエサルのガリア戦役が終わり、ネーデルラントの大半(北部フリースラント地方を除く)はローマ共和国の属州に
70年:先住民バタウィ族の反乱を、ローマ皇帝ウェスパシアヌスが鎮圧
734年:フランク王国がフリースラント王国を征服(オランダのほぼ全域がフランク領に)
841年:バイキングがネーデルラントを征服(32年後に東フランクが奪回)
1477年:ナンシーの戦いでブルゴーニュ公シャルルが戦死し、ネーデルラントを含むブルゴーニュ公国の版図は、神聖ローマ帝国のハプスブルク家が領有
1524年:ローマ教皇クレメンス7世がネーデルラントに異端審問官を派遣し、ルター派プロテスタントを弾圧
1556年:神聖ローマ皇帝カール5世兼スペイン王カルロス1世が退位し、ネーデルラントはスペイン王フェリペ2世が継承
1567年:ネーデルラント諸州の最有力者オラニエ公ウィレム1世がドイツへ亡命(翌年反乱を試みるも敗れ、フランスへ亡命)
1572年:ウィレム1世がホラント州総督となる(2年後にホラント州とゼーラント州を実効支配))
1584年:ウィレム1世がフランス人によって暗殺
1596年:ウィレムの次男マウリッツが、フランスやイングランドとグリニッジ条約を締結し、ネーデルラント連邦共和国の独立を承認される
1600年:ヤン・ヨーステン(八重洲の語源)やウィリアム・アダムス(三浦按針)らを乗せたオランダ船リーフデ号が日本に漂着
1602年:東インド会社発足(東南アジアの香辛料をめぐり、ポルトガルやイスラム諸国との抗争激化)
1614年:北米大陸東部(ニューヨーク等)をニューネーデルラントとして植民地化
1623年:アンボイナ事件(モルッカ諸島のイギリス商館員を皆殺しにし、オランダの香辛料貿易の覇権が事実上確立)
1624年:台湾を征服(37年後に
1652年:東インド会社のヤン・ファン・リーベックがケープ植民地(現在の南アフリカ西部)建設開始
1658年:セイロン島(現在のスリランカ)を征服
1667年:第三次英蘭戦争が終結し、オランダは北米植民地を失い、代わりにイギリスからギアナ地方を確保
1752年:バンテン王国を属国化し、事実上ジャワ島支配を確立
1784年:第四次英蘭戦争が終結(オランダは事実上覇権国から転落)
1799年:東インド会社が解散
1802年:セイロン島をイギリスに割譲
1806年:ケープ植民地をイギリスに割譲
1810年:ナポレオンによってフランスに併合
1815年:ウィーン会議によりネーデルラント連合王国(現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルグ)が成立
1815年:パリ条約により、カリブ海のアンティル諸島におけるオランダ、イギリス、フランスの取り分が確定
1830年:ベルギーがオランダから独立(オランダによる正式な独立承認は9年後)
1831年:オランダ領ギアナの西部(現在のガイアナ)をイギリスに割譲
1872年:ゴールドコースト(現在のガーナ)に設置した拠点を全てイギリスに売却(アフリカのオランダ植民地が消滅)
1890年:国王ウィレム3世が死去し、ルクセンブルグとの同君連合関係を解消
1940年:第二次世界大戦で中立を破って侵攻したドイツ軍に降伏
1949年:オランダ領東インドがインドネシアとして独立
1954年:オランダ王国憲章が改正(ギアナとアンティル諸島は植民地ではなく、オランダ王国を構成する本土と完全に対等なパートナーとして自治権を確保)
1975年:オランダ領ギアナがスリナム共和国として独立
1986年:アルバ島がオランダ領アンティルから離脱し、単独の自治領に
2010年:オランダ領アンティルを解体(キュラソー島とシント・マールテンは単独自治領となり、他の島々はオランダ本国へ編入)


代表チームの愛称
*Oranje(オラニエ)
 オレンジ色のユニフォームと、独立を主導したオラニエ公ウィレム1世にに由来

*Clockwork Orange(クロックワーク・オレンジ)
 時計のように精密なプレーという意味

*La Naranja Mecanica(ナランハ・メカニカ)
 上記とほぼ同じ意味のスペイン語

*The Flying Dutchmen(フライングダッチマン)
 大元はワーグナーの「さまよえるオランダ人」に描かれた幽霊船。
 1974年W杯で、ヨハン・クライフがジャンピングボレーシュートでブラジルの息の根を止めたことで、オランダ代表の愛称としても定着。


過去のW杯戦績
1934年イタリア大会
スイス ×2-3
(1回戦で敗退)

1938年フランス大会
チェコスロバキア ×0-3
(1回戦で敗退)

1974年西ドイツ大会
ウルグアイ ○2-0
スウェーデン △0-0
ブルガリア ○4-1
アルゼンチン ○4-0
東ドイツ ○2-0
ブラジル ○2-0
西ドイツ ×1-2
(準優勝)

1978年アルゼンチン大会
イラン ○3-0
ペルー △0-0
スコットランド ×2-3
オーストリア ○5-1
西ドイツ △2-2
イタリア ○2-1
アルゼンチン ×1-3
(準優勝)

1990年イタリア大会
エジプト △1-1
イングランド △0-0
アイルランド △1-1
西ドイツ ×1-2
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

1994年アメリカ大会
サウジアラビア ○2-1
ベルギー ×0ー1
モロッコ ○2-1
アイルランド ○2-0
ブラジル ×2-3
(準々決勝で敗退)

1998年フランス大会
ベルギー △0-0
韓国 ○5-0
メキシコ △2-2
ユーゴスラビア ○2-1
アルゼンチン ○2-1
ブラジル △1-1(PK2-4)
クロアチア ×1-2
(4位)

2006年ドイツ大会
セルビア・モンテネグロ ○1-0
コートジボワール ○2-1
アルゼンチン △0-0
ポルトガル ×0-1
(決勝トーナメント1回戦で敗退)

2010年南アフリカ大会
デンマーク ○2-0
日本 ○1-0
カメルーン ○2-1
スロバキア ○2-1
ブラジル ○2-1
ウルグアイ ○3-2
スペイン ×0-1
(準優勝)


W杯以外の主な実績

欧州選手権:出場9回
 優勝1回(1988年)
 3位1回、準決勝進出3回


今大会予選の戦績
欧州予選
トルコ(H) ○2-0
ハンガリー(A) ○4-1
アンドラ(H) ○3-0
ルーマニア(A) ○4-1
エストニア(H) ○3-0
ルーマニア(H) ○4-0
エストニア(A) △2-2
アンドラ(A) ○2-0
ハンガリー(H) ○8-1
トルコ(A) ○2-0


1次リーグB組の相手との対戦成績(2014/1/13現在)
スペイン(6/13サルバドール) 4勝1分4敗(10得点13失点)
オーストラリア(6/18ポルトアレグレ) 0勝2分1敗(2得点3失点)
チリ (6/23サンパウロ) 初顔合わせ


他の国々との対戦成績(2014/1/13現在)
ブラジル 3勝5分3敗(15得点15失点)
クロアチア 1勝0分1敗(4得点2失点)
メキシコ 3勝1分2敗(11得点11失点)
カメルーン 2勝1分0敗(3得点1失点)
コロンビア 0勝1分0敗(0得点0失点)
ギリシャ 7勝1分0敗(19得点1失点)
コートジボワール 1勝0分0敗(2得点1失点)
日本 2勝1分0敗(6得点2失点)
ウルグアイ 2勝1分1敗(6得点5失点)
コスタリカ 対戦なし
イングランド 5勝9分5敗(24得点28失点)
イタリア 3勝8分7敗(19得点23失点)
スイス 15勝3分15敗(68得点61失点)
エクアドル 1勝0分0敗(1得点0失点)
フランス 10勝4分8敗(51得点35失点)
ホンジュラス 対戦なし
アルゼンチン 4勝3分1敗(13得点4失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 対戦なし
イラン 1勝0分0敗(3得点0失点)
ナイジェリア 1勝0分0敗(5得点1失点)
ドイツ 10勝15分15敗(64得点77失点)
ポルトガル 1勝4分7敗(7得点15失点)
ガーナ 1勝1分0敗(4得点1失点)
アメリカ 4勝0分0敗(7得点1失点)
ベルギー 54勝29分40敗(275得点214失点)
アルジェリア 2勝1分0敗(3得点1失点)
ロシア 4勝3分3敗(14得点9失点)
韓国 2勝0分0敗(7得点0失点)
通称
フランス語:Cameroun(カムルン)
英語:Cameroon(カメルーン)


正式国名
日本語:カメルーン共和国
フランス語:République du Cameroun
英語:Republic of Cameroon


国名の由来
近海にエビが多かったことにより、ポルトガル語で小さなエビを意味するcamarão(カマラオン)が語源


国旗




緑:南部の森林、未来への希望
赤:国家の主権、独立に流された血
黄:北部の肥沃な大地、太陽
星:統一


国章





盾の後ろで交差した斧:権威や権力の象徴
斧に括りつけられた薪束:民の団結
(薪束を括りつけた斧はファスケスといい、古代ローマで要人の護衛が手にしていたもので、ファシズムの語源に)
天秤:公正さ
天秤の後ろの青い形:地図上の形


国歌(クリックするとYouTubeが開きます)
吹奏楽
オーケストラ

歌付き(フランス語)

CHANT DE RALLIEMENT

O Cameroun berceau de nos ancetres,
Va, debout et jaloux de ta liberte.
Comme un soleil ton drapeau fier doit etre,
Un symbole ardent de foi et d'unite,

Que tous tes enfants du Nord et Sud,
De l'Est a l'Ouest soient tout amour!
Te servir que ce soit le seul but
Pour remplir leur devoir toujour.

Chere Patrie, terre cherie,
Tu es notre seul et vrai bonheur.
Notre joie, notre vie,
A toi l'amour et le grand honneur.



歌付き(英語)

O Cameroon, Cradle of Our Forefathers

O Cameroon, Thou Cradle of our Fathers,
Holy Shrine where in our midst they now repose,
Their tears and blood and sweat thy soil did water,
On thy hills and valleys once their tillage rose.

Dear Fatherland, thy worth no tongue can tell!
How can we ever pay thy due?
Thy welfare we will win in toil and love and peace,
Will be to thy name ever true!

Land of Promise, land of Glory!
Thou, of life and joy, our only store!
Thine be honour, thine devotion,
And deep endearment, for evermore.



団結の歌

おおカメルーン、父祖のゆりかご
自由を守る誇れる力
旗は朝日の如く輝き
信義統一ここに示せり

子らは務めに心を込めて
南へ北へ、東へ西へ
彼らの抱く願いはひとつ
尽くし働く、祖国のために

ここは我らが愛する祖国
我らが幸と命と歓喜
汝これらの全てを支え
誇りと愛をここに示さん



国の標語

Paix, Travail, Patrie(平和、労働、祖国)


ごく大まかな歴史

BC11世紀:カメルーン北部で村落の形成始まる
5世紀:チャド湖周辺から移住してきたソー族の国家形成
7世紀:アラブ商人との交易がはじまり、イスラム教が伝わる
8世紀:ザガワ人がカネム帝国を建国
15世紀:カメルーン南部で村落形成始まる
1470年:ポルトガル人がカメルーンに到達
1530年頃:イギリス、フランス、オランダも進出し、組織的奴隷貿易開始(約300年続く)
1670年頃:ポルトガル人がブラジル産のキャッサバ栽培を開始(カメルーンの食料自給率100%のきっかけに)
1884年:ドイツ軍がカメルーン全土を制圧
1915年:第一次世界大戦が終結し、ナイジェリアに隣接した旧ドイツ領カメルーンの2割をイギリスが、残りはフランスが占領(国際連盟の委任統治領として分割)
1945年:国際連合の信託統治に変更(英仏植民地支配という実態に変化なく、部族の反乱はフランス軍がことごとく鎮圧)
1957年:国連がカメルーン信託統治の終結を宣言
1960年:カメルーン共和国がフランスから正式に独立
1961年:イギリス領カメルーン南部が、住民投票によりカメルーンに編入し、カメルーン連邦共和国となる(北部はナイジェリア領に)
1972年:連邦制を廃止し、カメルーン連合共和国に改名
1984年:カメルーン共和国に戻す(ビヤ大統領抹殺を謀ったクーデター未遂事件の影響?)
1999年:英語圏の南カメルーン民族会議が南カメルーン連邦共和国の独立を宣言


代表チームの愛称

Les Lions Indomptables(リオン・インドマブレ)
以前のサッカー協会に描かれたエンブレムより、「不屈のライオン」


過去のW杯戦績


1982年スペイン大会
ペルー △0-0
ポーランド △0-0
イタリア △1-1
(1次リーグ3位で敗退)

1990年イタリア大会
アルゼンチン ○1-0
ルーマニア ○2-1
ソ連 ×0-4
コロンビア ○2-1
イングランド ×2-3
(準々決勝で敗退)

1994年アメリカ大会
スウェーデン △2-2
ブラジル ×0-3
ロシア ×1-6
(1次リーグ4位で敗退)

1998年フランス大会
オーストリア △1-1
イタリア ×0-3
チリ △1-1
(1次リーグ4位で敗退)

2002年韓国・日本大会
アイルランド △1-1
サウジアラビア ○1-0
ドイツ ×0-2
(1次リーグ3位で敗退)

2010年南アフリカ大会
日本 ×0-1
デンマーク ×1-2
オランダ ×1-2
(1次リーグ4位で敗退)


W杯以外の主な実績

コンフェデレーションズカップ:出場2回
 準優勝1回(2003年)

アフリカネイションズカップ:出場19回
 優勝4回(1984、88、2000、02年)
 準優勝2回(1986、2008年)
 3位1回、4位2回


今大会予選の戦績

アフリカ2次予選I組(1位)
コンゴ民主共和国(H) ○1-0
リビア(A) ×1-2
トーゴ(H) ○2-1
トーゴ(A) ○反則勝ち(*)
コンゴ民主共和国(A) △0-0
リビア(H) ○1-0
* 実際は0-2で負けたが、トーゴが出場停止の選手を出場させたことが発覚したため(反則勝ちの場合スコアは3-0)

アフリカ3次予選
チュニジア(A) △0-0
チュニジア(H) ○4-0 


1次リーグA組の相手との対戦成績(2014/1/9現在)
メキシコ 0勝0分1敗(0得点1失点)
クロアチア 対戦なし
ブラジル 1勝0分3敗(1得点7失点)


他の国々との対戦成績
(2014/1/9現在)
スペイン 対戦なし
オランダ 0勝1分2敗(1得点3失点)
チリ 0勝1分0敗(1得点1失点)
オーストラリア 対戦なし
コロンビア 2勝0分1敗(3得点4失点)
ギリシャ 1勝0分0敗(3得点0失点)
コートジボワール 7勝3分5敗(21得点17失点)
日本 0勝1分3敗(0得点5失点)
ウルグアイ 対戦なし
コスタリカ 0勝0分1敗(0得点5失点)
イングランド 0勝1分3敗(4得点9失点)
イタリア 0勝2分1敗(1得点4失点)
スイス 対戦なし
エクアドル 対戦なし
フランス 0勝1分1敗(1得点2失点)
ホンジュラス 1勝0分0敗(3得点1失点)
アルゼンチン 1勝1分0敗(3得点2失点)
ボスニア・ヘルツェゴビナ 対戦なし
イラン 0勝2分0敗(1得点1失点)
ナイジェリア 3勝5分8敗(16得点22失点)
ドイツ 0勝0分2敗(0得点5失点)
ポルトガル 0勝0分1敗(1得点3失点)
ガーナ 1勝3分3敗(4得点7失点)
アメリカ  0勝1分0敗(0得点0失点)
ベルギー 対戦なし
アルジェリア 3勝3分1敗(8得点9失点)
ロシア 0勝1分2敗(1得点10失点)
韓国 0勝2分2敗(3得点9失点)