Untitled Love Songs
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「ビルボード」

銀行が並ぶ市電の街。
まさか此処に住む事になるなんてあの頃は思ってなかった。
結婚して何回か引っ越ししたけど無意識に此処だけは避けてきたように思う。
彼女が住むこの街だけは…。

引っ越しの片付けを妻に任せて、僕は散歩に出た。
市電に乗る為、駅に向かう。
道沿いに桜が咲き乱れて綺麗だ。
途中、彼女とよく行った店に寄るつもりだったが、見慣れない外車の列が出来ていた。
あれから誰とも来てないうちに、随分変わってしまった。
「全ては時間が忘れさせるよ」
あの日、ボードに貼られたチャートの広告を指さしながら彼女はそう言った。
彼女と暇つぶしに読んだ別のボードの文句も今は雨に打たれて判らなくなっていた。
駅について人混みを見渡す。
用水路沿いに視線が止まった。
短めの髪。
風に揺れるスカート。
人混みから遅れる癖のある歩き方。
彼女は僕に気づかず、脇を通り過ぎて行った。
その凛とした後ろ姿を見送りながら、僕は悟った。
もう二人は違う現在(いま)を生きてるんだ。
踵を返し、来た道を戻る。
既に陽は落ち、月がぼんやり帰り道を照らしていた。
靴音が響く高架下から家の灯りが見える。
暖かい場所が僕を待っている。

「DOG'S LIFE」

目が覚めた。
朝だ。
彼女が僕の顔を覗きこんでいる。
「おはよう」
僕のおでこにキスして笑うと彼女は口笛を吹いた。
散歩の合図だ。
僕の尻尾が自然に動く。
彼女がベランダで靴を履くと、空を見上げた。
「今日も綺麗な青空」
言われて僕も彼女の隣に座り、空を見上げた。
言葉が喋れないのがもどかしい。
全ての物が白黒にしか見えない僕ら犬には、空が何色かなんて判らない。
でも彼女の瞳を見てると、綺麗な色なんだって事は判る。
川沿いの野球場、丘にある街を見下ろせる公園を回るというのがいつもの散歩コース。
一時間程の散歩から帰るとすぐにご飯だ。
食べながら彼女を見ると、着替えて仕事に行く支度をしている。
その後ろ姿を見ながら、ずっと彼女の隣にいたいと思った。
…ん?
何だ?
この紙切れは。
それをくわえて彼女の側に行くと、彼女は慌てて取り上げた。
「ありがとう。今夜バスケ見に行くんだ。ちょっと遅くなるから、留守番頼むね」
そう言うと彼女は庭に僕を連れ出して、小屋の側の鎖に首輪を繋ぐ。
玄関に回り、戸締まりを済ませると彼女は僕に
「行ってきます」
と言い、走り出した。
その後ろ姿を見送りながら僕はいつもの様に祈る。
彼女が傷つかないで無事に帰ってくる様に。


はあ…お腹すいた。
既に陽は落ち、反対の空に月が輝いている。
いつもなら、もう彼女は帰ってくる筈なのに。
遅くなるからって言ってたけど…
今頃彼女は大好きなカプチーノを飲んで口の周りを泡だらけにしながら
「ひげ」
なんて笑ってるんだろう。
月を見上げて吠えた。
僕は首輪を抜けると走り出した。
彼女とよく行く場所をあるきまわる。
途中で会えるかも知れないと思ったが、無駄足に終わった。
小屋に戻る。
余計にお腹すいた。
月を見上げ、もう一度吠えた。
疲れた。
ウトウトしかけたその時。
聞き慣れた足音がおもてに響いた。
彼女だ。
「ただいま!」

「吹雪におくれ毛」

「吹雪になったみたいだな」
僕がソーダを飲みながら呟くと、彼女が雲ったガラスに息を吹いて外を眺めながらうなづいた。
「うん」
気のない返事に、僕は思わず彼女を見た。
クールな横顔。
…まだ想ってるのか。


二時間前。
カタカタ…
風の音が耳障りだ。
布団に潜り込み、一旦はウトウトしたものの、目が冴えてくる。
起き上がり、窓を開けてみた。
「寒いな…」
雪が降りそうだ。
暫く見てると、電話が鳴った。
こんな時間に、誰だろう?
「もしもし」
「…もしもし」
彼女だ。
「どうした?」
「…フラれちゃった」
泣いてるみたいだ。
彼女が自宅にいるのを確認して、電話を切ると僕は部屋を飛び出した。


彼女が眠ったのを確かめ、ベッドから起き上がった。
…やっぱり、帰ろう。
ストーブを消す。
上着をはおり、ふとポケットに手を突っ込んだ。
見覚えのない鍵。
おそらくさっきふざけて膝枕した時に彼女が入れたんだろう。
躊躇ったが、ベッドの側に落ちてる靴下を拾い、鍵を入れる。
元の場所に戻すと、そっと部屋を出た。
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