お久しぶりです

たぶんですけど何年ぶりかで

書く気になりました

2015年12月1日に

私をこの世に生み出してくれた

僕の母が非結核型抗酸菌症という

肺の長患いで

この世の苦しみ、悲しみから解放される様に

亡くなり、来世へ旅立っていきました。

母が亡くなった事で、僕の両親は2人とも

居なくなってしまいました・・・・・・

そして・・・・・・少し生きていく意味

を見失ってしまいました。

そして、12月5日に、

葬儀が終わり、姉が遺産が欲しいと

言ってきたので、

全額くれてやり、縁を切る事に致しました。

「綺麗事を言ったって、所詮、兄弟なんて、

そんなものか」・・・・・・・

それが正直な感想です。

そして、12月6日に僕は脳腫瘍からくる

意識障害によって、倒れましたが姉は1度も

病院に見舞いに来る事はありませんでした。

そういう時ほど、医師、看護師、看護助手、

兄弟の素顔、本性が手に取る様に

わかった事はかつて経験した事が無い

貴重な、そして悲しい実体験でしたね。

12月12日に一時退院し大学病院へ1月4日に

大学病院へ脳腫瘍除去手術の為に

また入院するまで、

兄弟仲が最悪な姉と自宅療養生活です。

ろくすっぽ口も聞いてはいませんが……。

よく「親孝行したい時には親は無し」と

言いますが、

特に親が死んでしまった時の喪失感、悲しみ

怒り、憤り、無情の念にかられ

今まで感じた事のないロスショックは、

味わった人でしか、

絶対に理解できるはずがありません。

だから周囲に大切な人を亡くした方が居る時

よっぽど親しいか?

お互い結婚を考えた恋人か?

親、親しい兄弟以外は、

軽々しく元気づけたり、

激励する事だけは、絶対にやめましょう。

今の僕なら、心の中で

こう絶叫することでしょう

「今のおまえに、何がわかる?」と…

たぶん今なら長年飼ってきたペットの犬.猫が

自分の目の前から居なくなってしまったら、

さぞかしロスショックに苛まれる事でしょう

それと1番怖いのは死んでしまった方を偲び、

その現実を受け入れられない

終わりの見えないロスショックより

たかが金で豹変してしまう

生きている兄弟だって事に

自分が死ぬ前に気付けた事でしたね。

医者は人のからだはなおせても・・・・


ゆがんだ心の底まではなおせん

今まで生きてきた理由が

親の死ぬ前に自分が死ぬ事だけは

自分を産んでくれた両親への裏切り行為

だと思っていたので、

正直、自殺も同じ裏切り行為だから、

しないけど、生きなきゃいけない理由を

今、必死になって探している最中ですね。

それでは皆様!良いお年を