
ブログネタ:見た目は大事?
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All About 「恋愛」 一目ぼれさせる技術・好印象を残す表情


皆さん
こんばんは![]()
。
最近!家に居る事が多いので、
今まで読めなかった本をゆっくり読んだり、
パソコンで、コラムを探して読んだりしていますね
。
今日は色々な見解のコラムを見ていて感じた事を
書いてみたいと思います
見た目は、そんなに大事でしょうか![]()
人を本に例えるなら、 清潔感や容姿を含めた
人の見た目は、本の表紙と似てる
と思う![]()
表紙に、興味を引く要素が無かったり、表紙を見て
不快に感じたり、気に入らなければ、人は決して
その本を手に取る確率は、殆ど、無いでしょう
お会いして、話してみて初めて判る人柄や
思いやり、人としての気遣い、優しさ、モラル・
常識的な考え方は本の内容・深み・面白さに
とても似ている
と思う
一部の女性週刊誌の様に表紙は一目で目を引き、
とても派手で目立つけれど、手に取って読んでみると
立ち読みで充分な位の退屈でお粗末な内容に、
ガッカリされた事は、 ありませんか
。
やはり恋愛をするだけなら、見た目だけを訴求して
お付き合いを始める方々もいるとは思うけど、
その後に、人間的な冷たさを感じて、
違和感を持ったり、食事の後に礼儀としてのお礼が
出来なかったり金銭感覚の価値観が合わなかったり
すると男女ともに結婚相手としては観ていくことは、
とても難しいのではないでしょうか
見た目って、確かにかなり重要な要素ではありますが
絶対的な
決め手には、なり得ないのです
特に女性の方々は、見た目信仰と同性の公正でない
厳しい視線を気にし過ぎて、前に進めなくなっている
様な気が、するのは、気のせいなのでしょうか![]()
同性への勝手な囚われや異性への思い込みの様な
ある一定の年齢になったら、その人、その人の個性が
魅力として、それぞれあっていい筈
なのです
。
僕が、母親から言われ続け、決別してしまった原因も
世間体としての価値観を僕に押し付けてきた事でした
会社の飲み会で、女性社員から、恋愛の悩み相談を
される事も多かったりするのですが、僕は、いつも
こう言うことにしています
僕「相手が、君を受け入れなかったのは、君のことを
よく判らなかっただけだよ
〇〇は、俺からみても、こんなにいいところが
あるんだから、気にしない方がいいよ
今度は、〇〇は〇〇のままを受け入れてくれる
背伸びをしなくていい奴を探した方がいいと思う
〇〇は〇〇で、いいのだ![]()
」
所詮、見た目というものは、表面上の魅力なのです
見た目が良くても、恋愛や結婚で躓いている女性
の共通点は、見た目に中身が伴わない事ですね
ACジャパンの素敵な広告の言葉です![]()
あまりにも、気に入ったので、お読みくださいね
ACジャパン.flv きちんとしかろう
あなたはあなたでいいのだ
あなたは、あなたで、いいのだ
バカボンのパパの
「これでいいのだ
。」
それは、赤塚不二夫さんが、
漫画の中で幾度も繰り返してきた言葉。
現実はままならない。うまくいかないことばかり。
毎日のほとんどは、これでよくないのだ、の連続だ。
自分を責めて、誰かを責めて、何かを責めて。
そして、やっぱり自分を責めて。
だけど、ためしてみる価値はある。
これでいいのだ、という言葉のちからを。
信じてみる価値はある。
あなたが、もうこれ以上どうにもならないと
感じているのなら、余計に。
胸を張る必要はないし、
立派になんて、別にならなくたっていい。
「あなたはあなたでいいのだ。」
あなた自身がそう思えば、
世界は案外、笑いかけてくれる。
人生は、うまくいかないことと、
つらいことと、つまらないこと。
そのあいだに、ゆかいなことやたのしいことが
はさまるようにできているから。
どうか、あなたの人生を大事に生きてほしい
赤塚不二夫 告別式 タモリの弔辞
2008年8月7日に営まれた
漫画家、赤塚不二夫さんの葬儀・告別式で、
参列者の涙を誘ったタレント、タモリの弔辞は、
やはり白紙だったようですね。
赤塚さんに才能を見いだされたタモリさんが
「私もあなたの作品の一つです」など、
心情を吐露した弔辞。
手にした紙は実は白紙ではないか、と話題になりました。
「『最初は紙に書こうと思っていたんだけど酒を飲んで帰ったら、
面倒になって“赤塚さんならギャグでいこう”って』
ことになった」んだとかと。
弔辞
8月2日にあなたの訃報に接しました。
6年間の長きにわたる闘病生活の中で、
ほんのわずかではありますが回復に
向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は赤塚先生の作品に
影響された第1世代といっていいでしょう。
あなたの今までになかった作品や、
その特異なキャラクター、
私たち世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりからわれわれの青春は
赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を
目指して九州から上京して、
歌舞伎町の裏の小さなバーで
ライブみたいなことをやっていた時に、
あなたは突然私の眼前に現れました。
その時のことは今でもはっきり覚えています。
赤塚不二夫が来た。
あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。
この突然の出来事で、重大なことに、
私はあがることすらできませんでした。
終わって私のところにやってきたあなたは、
「君は面白い。お笑いの世界に入れ。
8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。
それまでは住むところがないから、
私のマンションにいろ」と、
こう言いました。
自分の人生にも他人の人生にも
影響を及ぼすような大きな決断を、
この人はこの場でしたのです。
それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで
夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、
いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。
いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。
他のこともいろいろとあなたに学びました。
あなたが私に言ってくれたことは、
いまだに私にとって金言として心の中に残っています。
そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。
麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が
機嫌を悪くするのを恐れて、
ツモでしかあがりませんでした。
あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。
その裏には、強烈な反骨精神もありました。
あなたはすべての人を快く受け入れました。
そのためにだまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。
しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉
を聞いたことはありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、
そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、
はるか年下の弟のようでもありました。
あなたは、生活すべてがギャグでした。
たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、
大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、
出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、
「この野郎、逝きやがった」と、
また高笑いしながら、大きな涙を流していました。
あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えはすべての出来事、
存在をあるがままに前向きに肯定し、
受け入れることです。
それによって人間は、
重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、
また、時間は前後関係を断ち放たれて、
その時、その場が異様に明るく感じられます。
この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。
すなわち、
「これでいいのだ」 と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が、
場面が、思い浮かんでいます。
軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、
そして海外への、あの珍道中。
どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのか
と思うばかりのすばらしい時間でした。
最後になったのが京都五山の送り火です。
あの時のあなたの柔和な笑顔は、
お互いの労をねぎらっているようで、
一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅で、
ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、
ニコニコと眺めていることでしょう。
そして私に
「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」
と言ってるに違いありません。
あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞が、
あなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、
一言もお礼を言ったことがありません。
それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、
お礼を言う時に漂う
他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。
あなたも同じ考えだということを、
他人を通じて知りました。
しかし、今、お礼を言わさせていただきます。
赤塚 先生、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
長い文章ですが、これがすべてアドリブだったとは。
さすがタモリさん!天国に捧ぐ名弔辞でした。

