親ゴリラが映画を観るブログ

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父親がゴリラに激似。必然的に自分もゴリラに寄ってきてる。そんな切ない現実を忘れさせてくれるような映画を観て感想を書くブログ。

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84点(100点満点)


映画を観て感動すると、しばらくボーっとして動けなくなるね。頭の中で、いろんな考えがグルグル。

あらすじは、

インドのスラム街。5歳のサルーは、兄と遊んでいる最中に停車していた電車内に潜り込んで眠ってしまい、そのまま遠くの見知らぬ地へと運ばれて迷子になる。やがて彼は、オーストラリアへ養子に出され、その後25年が経過する。ポッカリと人生に穴があいているような感覚を抱いてきた彼は、それを埋めるためにも本当の自分の家を捜そうと決意。わずかな記憶を手掛かりに、Google Earth を駆使して捜索すると……。(yahoo!映画)

迷子で家に帰れなくなった少年・サルーが主人公。インドでは、年間8万人の子供が行方不明になっているという。彼もその一人。

実話というのが信じられないほど奇跡的な展開。
彼は8万人の中では、最も幸運な子供の一人かもしれない。オーストラリアの夫婦に養子に迎えられ、何不自由なく暮らせたのだから。

それでも、実の母や兄弟に会えない寂しさを心の奥底に抱えている。
そして、大人になってある葛藤が生まれる。
"何不自由ないここの暮らし、吐き気がする"。
自分はこんなに恵まれた生活をしてるのに、インドの母や兄弟は自分を探し続けているかもしれない。悲しみ続けているかもしれない。

でも、実の母を探すことで、養子に迎えてくれたオーストラリアの両親を悲しませるかもしれない。

この優しさは、インドの母や兄、そして養母・養父からもらったものかな、と思う。
不幸な境遇でも誰かに愛され続けたことで、心の温かい人に育ったのかな。

インドの恵まれない子を養子にする。なかなかできることではない。
8万人のうち1人や2人を救っても何も変わらないんじゃないか。自分ならそう思ってしまう。

こんな自分だからこそ、最近、伊坂幸太郎の"砂漠"という小説を読んで、登場人物の西嶋の言葉に感動をおぼえた。
「偽善は嫌だ、とか言ったところでね、そういう奴に限って、自分のために平気で嘘をつくんですよ」
「目の前の危機を救えばいいじゃないですか。今、目の前で泣いてる人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」
「この国の大半の人間たちはね、馬鹿を見ることを恐れて、何もしないじゃないですか。馬鹿を見ることを死ぬほど恐れてる、馬鹿ばっかりですよ」

有名人が寄付をしたり、養子を受け入れると、売名行為だとか、偽善だとか言う人や口にはしなくてもそう思う人は少なからずいる。
どうせ何も変わらないから何もしないという人も多いだろう。海外の貧困問題とか。恵まれない子供とか。殺処分される犬とか(西嶋は救った)。
自分も馬鹿を見ることを恐れて、何もしない馬鹿の一人。でも、少なくとも、行動している人は馬鹿にしない。尊敬してる。

泣いてる人を救おうと行動する人がいるから救われる人もいる。サルーがその一人だろうし、感謝してるはず。

そういえば、養母役のニコールキッドマンは実際に養子を受け入れていたよね。

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