ゴート族の移動から始まったゲルマン民族の大移動も最終局面を迎え、主役はフランク人になりました。脇役ですがイギリスにはアングロ=サクソン人がいます。しかしここで終わりではありませんでした。

ノルマン人、別称ヴァイキング、更に別称デーン人が9世紀から移動を開始します。ヴァイキングといえば海賊という印象ですが、正確にはノルマン人海軍です。これまでのゲルマン人は陸を移動してきましたが、初めて海を経由して移動する部族が現れたのです。ゲルマン人の中でも北部、スカンジナビア半島に住んでいたノルマン人は海から攻撃を仕掛けてくるので、まさに黒船来襲です。他の国はまだ海軍を持っていないのですから。海軍の力だけでなくノルマン人の強靭さは圧倒的で、9世紀にはキエフ公国、911年にはイギリスにノルマンディー公国を作ります。他にも8世紀にできたデンマーク、9世紀にできたノルウエー、他にもスゥエーデンなどに「ノルマン」「デーン(デン)」の名前が残っていますね。デン、ノルマンの名前が残る地名は少なくないので、地図を見る時の楽しみが増えます。

 

ヴァイキングの強さは圧倒的でフランク王国にも襲い掛かります。一時期フランスにも圧力が及びましたが、前回ふれたようにフィリップ二世が押し戻しています。ただフランス北部のノルマンディーの地域はノルマン人が13世紀まで支配を続けます。他にもイタリア南部からシチリアを支配し両シチリア王国(ナポリ、シチリア)を作りなんと19世紀まで続きます。他にもアイスランドを発見、フィン人のフィンランドを除きヨーロッパ北部のほとんどはノルマン人支配になったことがわかります。

 

現在でも北欧の国々とデンマークは仲が良く同盟を結んでいますが、もともと同じ民族で公爵が違っただけですから仲が良くて当たり前ですね。さて今回「公国」がいくつか登場しました。国王が支配するのは王国でわかりやすいのですが、公国とはどのような国でしょうか。調べてみれば公爵が治める国なので公国だそうです。今でもモナコやリヒテンシュタインなどは公国ですね。まあヨーロッパの貴族階層が良くわからないので私には王国と公国の差が良くわかりません。公国の王は誰なのでしょうね。

 

さてこれでヨーロッパの登場部族がそろいました。一旦中国に戻ります。








ああ、ブログの書き方を忘れてる…

人にコメントを各以上、自分のブログを生かさなきゃね。
業務が変わる、携帯ゲームにはまるという情けない理由でBlogをお休みしていました。なんと前回から続けるという大技に出ます。ただし、もう写真を撮影していないので画像少な目で。

カペー朝フランス王国

カロリング朝の西フランク王国は細かい紛争がありましたが結構長く続きます。987年カロリング家が滅びカペーが跡を引き継いで、フランス王国と呼ばれるようになります。なぜフランクがフランスになったのか私にはわかりません。今のフランスほど広大な領土ではなく、パリを中心にした小さな領土を持つ国でした。残りの領土はと言えばイングランドのノルマンディー家に支配されていたようです。日本はまだ平安時代ですね。

 

そんな弱小カペー王ですが、子孫はかなり優秀でした。11807代目国王のフィリップ2世は領土を拡大、一時期ロンドンまで制圧します。彼の作った国が現在のフランスの原型と言っても過言ではありません。カペー朝は男系子孫の断絶で1328年に滅びますが、その親族は例えば現在のスペイン王家(ブルボン朝)の先祖であり、完全に滅んだとは言えません。それほどに大国となり、外交や政略結婚にも積極的でした。フランス王国のテンプル騎士団やアビニョン捕囚などについては今後触れていきます。

 

さてイタリアはどうなったかと言えば、ローマ周辺は神聖ローマ帝国に支配され、教皇に提供されています。その他の場所は国としてのまとまりを見せず、地方都市の集合体だったようです。その一つの例がヴェネツィア共和国、7世紀から19世紀の寸前、ナポレオンに攻略されるまで続いた国です。歴史上最も長く続いた国家だそうです。首都はベニスですがエーゲ海の沿岸にいくつもの領土を持ち例えばアテネもヴェネツィア共和国の一部でした。イタリアにありながら宗教の自由を重視していた法治国家で近代的な国家でした。

 

10世紀のヨーロッパは神聖ローマ帝国、フランス王国、イングランド、そしてイタリア諸国が中心です。いえ、一つ忘れています。ノルマンディー公国を含むノルマン民族、いわゆる「ヴァイキング」です。

 


 テロから避難するフランス国民が、フランス国歌、ラ・マルセイエーズを謳っているのを聞いて恐怖心を感じました。理由は歌詞の意味を調べてもらえばわかります。日本人はこんな時に国歌は歌いません。

テロは絶対に許すわけにはいきませんが、報復が次のテロの原因ともなります。フランスは革命の国であり、キリスト教以外に対して理解の少ない国です。戦争になれば多くのフランス人が被害にあいます。難しい事ですが、戦争ではなく外交と司法で問題解決を期待したいところです。ただ家族を失った方たちにとってそんな無責任なことは言えませんね。本当にひどい事件でした。
先日まで息子がこの近くを歩いていました。高校生でも気軽に歩けるパリに早く戻ることを祈っています。