お金にまつわる大きなエピソードは、誰でも一つや二つあるものですよね。
カタル自身も、数えあげたらきりがない程あります。
これから、ブログを通して、そのエピソードを読者様と共有していきたいと思います。
このブログのテーマ「たかがお金、されどお金」。
お金というのは、私たち人間にとって切っても切れない鎖(くさり)のようなものです。
お金なんて関係ない。
お金持ちだから好きになったわけじゃない。
お金のために働いているわけじゃない。
お金なんて後からついてくる。
お金と愛とどっちが大事?。
お金で惨めな思いはしたくない。
などなど。
お金を「テーマ」にあげれば、本当に無数にありますよね。
それだけ、お金というのは私たちにとって「かけがえないもの」ものということになります。
ただ、よくよく考えてみると、
「お金」は「紙幣」と言われるように、
物質的には、ただの「紙きれ」でしありません。
しかし、このただの「紙きれ」であるはずの「お金」によって、
中には殺人や強盗にまで発展してしまうのです。
どうして私たちは、これほどまでに「お金」に影響してしまうようになってしまったのでしょうか?
それは、
「お金との関わり方」が影響しています。
例えば、
カタルは小さい頃に「お金によって人は変わってしまう」という経験を何度もしまいした。
もう随分前になくなってしまいましたが、
カタルのことを随分と、かわいがってくれた伯母がいました。
伯母は、コンパニオンの派遣会社を経営し、株や土地などを所有し、とてもお金持ちでした。
そんな伯母と、カタルの母の「会話のやりとり」を、今でも鮮明に覚えています。
それは、カタルの母がお金に困っていて、
伯母に「2百万円借りしてほしい」と懇願していた時でした。
あれだけ、はぶりの良かった伯母が、
「貸したくても、貸すだけのお金なんてない!」と、母と言い争いをしていました。
あれだけ優しかった伯母。
あれだけ羽振りのよかった伯母。
いつでもお小遣いをくれた伯母。
株や土地、ビジネスで儲けていたはずの伯母。
子供には、分からない所で「お金の歯車がくるっていた」のでしょう。
そのやりとりを聞いていたカタルは、
「お金で惨めな思いはしたくない」と強く思いました。
以上のように、
人は、その時々において「お金に影響され続けて」生きています。
だから、
「紙きれ」であるはずの「お金」であっても、
それは、ただの「紙きれ」ではなく、
中には「命の次に大事なもの」になってしまうのですね。
そして、
それが、将来に対する不安や、リストラや病気などの不安と重なりあって、
「貯蓄」や「投資」として、
「保険」をかけるようになっているのだと思います。
私たちは一体いつになったら、
「お金の不安」から「解放」されるのでしょうか?
テロ、災害、ガンなどの病気。
身内の不幸や、詐欺被害、リストラや年金問題。
などなど。
私たちの取り巻く環境は、
年々、厳しさを増しています。
これらに対応していくためには、
どんな「スキル」や「人間関係」を構築していけば良いのでしょうか?
それらを、
このブログを通して「学んで」いきたいと思います。
「お金で惨めな思いをしない」で済むように…。