迷走。
まさにそのことばが今の自分にはふさわしい。
われわれは社会を形成している一つの歯車でありそれ以上でも以外でもない。
20歳の学生という歯車なんぞ、多少狂ったところで全体にはなんら影響は及ぼさない。
歯車が大きくなれば全体に与える影響も少なからず増すだろう。
しかし、20歳の学生というちっぽけな歯車に求められていることはその影響力の無さを逆手に取り、色々な大きさや色をした歯車に付き、絡み合ってみることである。
例えその歯車同士が上手く噛み合わなかったとしても、それが全体に与える影響はほぼ皆無である。
つまり、われわれに求められていることは、歯車を大きくすることではなく、どの歯車と繋がることでより大きな歯車を動かせるようになるかを知ることである。
そのためには、まず己の歯車はこれほどにも無力でちっぽけなものだということを理解し、それを武器にしなければならない。
何故ならば、無力ということほど物事に対してリスクを負わないものはないからである。
我々の歯車は時間とともに大きくなっていく。
歯車が極力、無力に近いうちに色々な歯車と繋がってみることをしないと、
大きくなったときに、自分の居場所を探して奔走しなければならない。
"他愛も無い"ということばがあるが、これは本当に面白い。
自分の人生経験で認知するにおいては、この世で一番愛する人との他愛も無い会話が、なによりも愛を感じる瞬間だらである。
今日は四条でりえと飲んできましたー。
途中でさなえが来たのはいいんやけど、また占いがどうだかとか言う。
そんなもので勝手に自分を創造されて、且つそれに対してあーだこーだ言われるのはほんまに意味がわからん。
真剣にイヤ。
今日は学校行きたいな。
おやすみなさい








