まず第一弾は犬に関する話題から。ニコはチワワとポメラニアンの間に生まれた我が家の愛犬。ニコ、そしてニコとの思い出をモチーフにして、ストーリーを展開してみます。その他、ペット事情に関する考察も。準備ができましたら写真も載せる予定です。
途切れないリード4
久しぶりに実家の食卓に就いたが、食事中の風景は以前とは違い、実家というよりはどこかに引っ越したように感じられた。
「なんか、家じゃないみたいだね」
「久しぶりだからよ」
「うん。それに・・・」
上滑りしそうになった口を噤んだ。
途切れないリード3
うとうとしているうちに日がとっぷりと暮れた。布団から起き上がるきっかけが見付からなかったので、そのまま暗闇の中で横になったままなんとなく考え事をしていた。
分かっていたこととはいえ、帰宅したときに誰もいなかったのはちょっとした救いだった。もし母が家にいたら、寸でのところで踵を返して寮に戻ったかもしれない。たまに帰省するのは誰にとっても普通のことなのだろうが、久しぶりに家に帰るという感覚は初めてでどことなく不慣れだという気になった。そして、家を出ることがそのまま家族と気持ちの上で距離を置くことになってしまったような気がしていたことも、<久々の実家>で落ち着くという感覚を奪っていた。
母が返ってくる前に寮に戻ろうかとも考えたが、自分が家を出てから母が元気にやっているかどうか気になってもいた。ときどき電話はしたが、それだけでは感じ取れないことも多いはずだ。そうこう考えていると、玄関のドアが開く音がした。
「あら」
母は、鍵が開いていたことを不審に思ったようだ。
僕は覚悟を決めた。キチンと息子として振舞おうと。いきなり暗闇の中でガサガサと物音を立てると母も驚いてしまうだろうと思い、声を上げて気付いてもらおうとした。
「お母さん」
「圭吾?」
母は、すぐに僕に気付いた。やはりそれが親というものだろう。子供とは簡単には忘れられない存在である。それが嬉しくもあり、しかしときに煩わしくもあったのだが・・・。
母は、部屋の灯りを付けて僕の姿を確認すると、顔を綻ばせた。
「返ってきたの? それならそうと前もって言ってくれればいいのに」
「うん。試験も終わったし。何もやることがないから」
「アルバイトは?」
「うん。それも少しの間暇をもらった。また4月から始めるよ」
「そう。それじゃしばらくお留守番してもらえるねえ。でもあんた急に帰ってくるから、今日は大したものは作れないよ」
「そんなことはいいよ。お母さんが元気そうなので安心したよ」
久しぶりに母に会った息子とはどのように振舞うものなのか、半ば手探りだった。喜びを露にすればいいのか、それとも以前のようにくつろぐのが家族として相応しい行為なのか。母は、食事の支度をしながら矢継ぎ早に話し掛けてくる。その様子はいたって普通の母親で、僕の帰省を素直に喜んでいた。僕は、母との何気ない会話をこなしていくうちに、以前の姿に戻っていった。長い間同じ空気を共有しなくても、家族は離れ難いもののようだ。
途切れないリード2(第1章)
大学に入学して最初の帰省だった。どうしても家に帰りたいというわけではなかったが、約一年間の大学生活を経て、自分がどのように変化したかを家族や近所の人に会うことで確かめたい気がしていた。自宅から通学しようと思えば出来たところを半ば強引に一人暮らしにこぎつけた手前、なかなか家に近寄れないでいたが、実を言うと寮生活に少し辟易していたこともあって、自然と足が家に向かっていた。
僕の実家があるマンションが近づいた。周辺は相変わらず静かな佇まいで、声を出せば辺りに響き渡ってしまいそうだ。ただ難点がひとつ。マンションの前を走る引込み線に貨物列車が通るときだけは、けたたましい騒音に包まれてしまう。それが日に6回。列車が通る時間はきっちり決まっているから、不意に騒音に襲われることはないのだが、それでも不快感は拭い去れない。
周囲の景色をゆっくり見回してからマンションに入った。一年も経たないのだからそれほど変わってはいない。玄関を引っ張ってみると鍵が掛かっていたので自分で鍵を開けて中に入った。部屋中に懐かしい光景が拡がっていた。家具の配置も変わっていないし、僕の部屋も出て行ったときのままにしてあった。
母の仕事は相変わらず忙しいようだ。部屋は小奇麗に片付いていたが、朝ご飯の食器が流し台に置かれたままだった。僕は自分の帰省の証にと、食器を洗い退屈をしのぐことにした。何も母が嫌いで家を出ることにしたわけじゃない。ただ、その時家族を覆っていた喧騒から逃れたかったのだ。過去の出来事を思いながら、食器を洗った。
食器を洗い終えても、それだけで時間がつぶれるはずもない。しばらく昼寝をしようと思ったが、春の眩い陽射がベランダを照らすのを見て、つい外の景色が見たくなった。ベランダから見下ろしたところに線路が見える。それは以前のままだが、線路の上を人が歩く姿が何とも不思議だった。しかも犬を連れて・・・。
貨物列車の速度は遅いとはいえ、いつ通るかもわかっていないのならなんて危険なんだ。僕はそう思いながらいつしかぼんやりしていた。線路の向こうに見える海が懐かしかったのだ。
どれくらい時間が経っただろう。僕は幾分肌寒さを覚えたので部屋に入ると、もう夕方と言える時刻だった。僕は時間の経つ早さよりも、いつまで経っても貨物列車が通らないことの方が気になった。
(今日は日曜日でもないだろうに)
カレンダーを見ながらそう呟くと、急に眠気が刺してきた。いつしか付近のちょっとした変化と自分とを見比べていて、そのことに疲れてしまったのだろうか。
途切れないリード1(序章)
その引込み線から貨物列車が姿を消してどれくらいになるだろう。踏み切りの両側、つまり線路への入り口には何本も杭が打ち込まれ、それらが鉄線で結ばれて柵になり、そこから人が入れないようにしている。柵には<停止不要>の看板が掲げられ、踏切を渡る車も看板に従って線路の存在をなきものにしている。周囲には草花が無造作に生え、列車に続いて線路までもその姿を消す途上のように見える。それはこれから整備されるというような生命感に満ちた様子ではなく、一仕事終えた人が地面にへたりこむときのような疲れた姿だった。
しかし、疲れた線路の上にははつらつとした生命が行き交っている。列車が姿を消して以来、引込み線は付近の住民にとって犬を散歩させる恰好の場所になり、雨の日を除けばいつでも様々な犬と飼主の姿を見ることが出来る。踏み切りに柵が作られているからには立ち入り禁止なのだが、それは建前に過ぎないようで、柵の張り巡らされていない線路の脇から入ることはいとも簡単なことだった。
この引込み線は港湾に程近いところを走り、僕の住んでいるところから見て、線路の向こうには倉庫や工場が並びそこで働く人々もいるのだが、線路上に人や犬の姿を見たからといってどうこう言って来たりはしなかった。もちろん、犬の飼主も気を配っていて、散歩の時間は出来るだけ工場の人通りがはける時間帯を選んでいたし、フンの始末もキチンとしていた。いくら無造作になっているとはいえ、線路がフンで汚れると苦情もでるだろうし、そうなると恰好の散歩エリアもなくなってしまう。
僕が家への帰り際に線路の方を見やると、3匹の犬の姿があった。そのうちの一匹が僕の家で飼っているチワワである。名前は「ニコ」。母に連れられて機嫌良さげだった。チワワといっても、実はポメラニアンとの合いの子で、ただ姿形がチワワの色合を強く引き継いでいるのでそう見えるだけである。
他の二匹は飼主とカラーとリードで結ばれ、落ち着いた雰囲気で歩いているが、ニコは母がリードから手を放したことをいいことにあちこち駆け回っている。草花の匂いを嗅いだり、蝶を追っかけまわしたり・・・。
でも、いつも不思議に思う。ニコは他の犬に興味津々に近づいていくことはなく、いつも遠めに見ているだけだった。向こうから興味を示されても距離を置こうとし、たまに接近されると固まってしまう始末。要するに臆病なのか。チワワにしてもポメラニアンにしても、勝気でニコのような犬ではないのだが。
その日も犬に近づいていく様子はなく、ただマイペースに遊んでいた。いきなり、有り余る元気を消化するためか、母の周りを遠巻きにグルグルと走り始めた。リードを引き摺りながら走る様はやんちゃそのもの。ときどき母を見やりながら得意げな様子だ。母もニコの走る姿を楽しそうに見ている。
「ニコちゃん!」
ときどき声を掛けてはニコをその気にさせ、ニコはますます元気に駆ける。
僕は線路の脇に近づいてその様子を見ていた。ニコの楽しげな様子を見ると、いつの間にか疲れていたことを忘れていた。帰り道ではニコを思いながら帰る。玄関のドアを開けた途端、ニコが尻尾を振りながら飛びついてくる瞬間はいつも愉快な気分だった。いつの間にかそうなっていた。それほど犬好きではなかった僕がこんなふうになったのは、ニコが一生懸命に生きようとしたから。そして、家族を助けてくれたから。僕は以前犬嫌いだった自分を思い出し、少しおかしくなった。
再びニコに目をやると、疲れたのか、それとも僕に気付いたのか、ニコは足を止めていた。そして疲れていないと言わんばかりに、尻尾を振りながら一目散に僕の方へ駆けて来た。僕は両手を差し伸べてニコをを抱きかかえようとした。
挨拶
皆さんこんにちは(こんばんは)。トリノオリンピックも終わり、3月に入ると少しは暖かくなるかなと思いながらも、まだまだ寒い日は続くようです。しかし、寒さにかこつけて怠惰を貪るわけにもいかないだろうと考え、今日から始めようと思います。まずは宜しくお願い致します。
さて、世間に目を向ければ、信頼できるものが確実に少なくなってきているように感じます。それを感じているのは僕だけではないでしょう。信頼できるものがなくなれば、それに比例して冷たくそして軽薄になっていくもので、多くの人々がその影響を被ってしまうことでしょう。既に、自分自身も世間の一部になっているかもしれないと、考えさせられることがしばしばあります。
日々を過ごすと様々な愚痴が出てきます。
「其々の分野でトップにある人や勝組みと呼ばれる人が公的精神を持たずにどうする」とか、
「いい大人が茶番ばかり繰り返している」など、色々な想いが錯綜しますが、そんな不満を抱えながらも人生は続いていきます。明日も明後日も一年後も、どうせ訪れるならよりよきものにしたい。そのためには、まず気持ちをおおらかにして高めていかなければならない。だから、僕は信頼できるものが減っていくなかで、寧ろ信頼できるものを探し、創作していこうと思いました。
今という時代には恵まれていることもあって、多くの人に手を伸ばせば表現する場が与えられます。ホームページやブログがそうですね。僕はその場を使って、探したものや創作したものを残していこうと思います。そうすることで、幸福感を芽生えさせ、より良き日々を過ごせればいいと思います。多少なりとも人々と分かち合うことも出てくるかもしれませんし・・・。
内容的には、エッセイやルポ、良い本を見つけたときはその書評。そして、身近にあることを元にした、あるいはポリティカルな分野にまで突っ込んだ小説(小説というのは僭越な言い方ですが)を予定しています。出来るだけ読後感の良いものを目指します。重ねて宜しくお願い致します。
