世界一綺麗な景観のスタバがある富山冠水公園。
桜が満開てす。
桜以外の春の花も満開で綺麗です、
この上で超長い糸電話があります。
ふもとの橋で。
河川横にて。
拓嶺のかおが引きつってるのは写真撮る直前にママに怒られてるらしい…。。
うーん…(⌒-⌒; )
そしてスネてしまった。。。゚(゚´ω`゚)゚。
まだご機嫌戻らないね…
噴水で遊ぶのはご機嫌みたい♪
私がいない時に色々遊びに連れてってもらってママには感謝です!
今日は若住職が亡くなってから初めて迎えた月命日。
準備をして、いつもの時間になってもお寺さんが来られない。まだお忙しいのかな。
娘が北信越大会の代表の1人になったため、連日の練習や減量で家族総出で応援している。
もちろん拓嶺にも見守ってやってくれと毎日仏壇に手を合わせながら願っている。
中学で柔道は辞めると言っているが、代表になりたくてもなれない子もいる。高校で続ける事を条件に受験を決めれば有利に進学する事もできる。何より柔道で得た強い心と体で、理不尽な大人の世界でも十分適応して生きていけると思う。
この大会が終わって、一段落したら少しづつ話してみよう。
いつもの拓嶺の思い出を重ねるツーは、いとこの子と一緒に。いい食べっぷりだった。
軽く流して帰宅し業務。
結局今日はお寺さんは来られなかったみたいだ。
娘の体調も順調みたいだし、みんなで今日は早めに休む事にしよう。
ずっと調子の悪いと報告を受けていた若住職が6/29に亡くなったと連絡を受けた。
春に末っ子の学習参観で小学校で会ったのが最後。その時は自分で階段を登られるほど元気だった。
それからGW過ぎあたりから自立歩行できず車椅子生活の入退院を繰り返していたと聞く。そして6月末に33歳の若さで亡くなられた。病気が発覚してから約8ヶ月だった。
6/30(日)に弔いにお伺いしてきた。
抗癌剤治療や放射線療法を長い間続けて来られた患者さんは眼窩が窪み、やせ細った辛い闘病生活を思わせるものだが、その割に顔は安らかでキレイだった。
家族みんなに見送られながら不安もなく逝かれたのだろう。そう思わせる表情に感じた。
7/1のお通夜に家族で参列させていただいた。
先代住職も「命のあり方」を説く道を生業としておられながらも、我が子に先立たれる苦悩を言葉にされていた。最後のご挨拶も息子さんへの思いを熱く強く語られていた。
いつかはくる最後の日。どんなお迎え方なのかはその時にならないとわからない。
その時に後悔しないように今の瞬間を一生懸命生きなければ。
6月3日は拓嶺の命日。
朝ランをして、その足で現場に献花し墓参りする。
午前は仕事をして午後より休みにした。今日は先代住職が来られる。若住職は随分調子悪いみたいだ。
お経の後に拓嶺の思い出話しや当時の事を色々聞かせてもらった。
懐かしい話しや新しく聞く話。家より保育園にいた時間が長かった(であろう)拓嶺。存命中は本当にお世話になりました。
その後、現地でもお勤めしていただき線香をあげてきた。
私はいつも通り事務室に篭って月初はいつも書類の仕事。
その間に同級生だった友達もきてくれた。
中学1年生だ。大きくなった。挨拶もちゃんとできる。気遣いも身につけていた。
みんな成長したなぁ。これからも部活に勉強に励んで今を一生懸命頑張ってほしい。
そしていつも気がついたらお地蔵さんにお供えや献花していただいていている方々もおられます。
直接お礼申し上げたいのですが、お会いする事もかなわず失礼しているところであります。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。