こんばんは、タクマです!
引き続き、2002年ワールドカップをお伝えしていこうと思います。
それでは行ってみましょう!
2002年の日韓ワールドカップでのアルゼンチンは、優勝候補筆頭と言われながらもグループリーグ敗退という大波乱でした。その理由を整理すると、いくつかの要因が重なっています。
1. 死のグループに入ってしまった
アルゼンチンは イングランド、スウェーデン、ナイジェリア と同組。
どこも一筋縄ではいかない相手で、実際「最も厳しいグループ」と評されました。
ナイジェリアはフィジカルと個人技、スウェーデンは堅守速攻、イングランドは黄金世代の台頭期でバランス良し。
2. 攻撃が機能しなかった
当時のアルゼンチンは攻撃陣が豪華(バティストゥータ、クレスポ、ロペス、オルテガ、アイマールなど)。
しかし、監督 マルセロ・ビエルサ は戦術的に「攻撃偏重・ハイプレス」を敷き、相手が引いて守ると崩せなかった。
特にイングランド戦(0-1)では、圧倒的に攻めていたのに点が取れず、ベッカムのPKに沈んだ。
3. バティストゥータのピークを過ぎていた
98年大会では大暴れしたバティも、2002年にはすでに全盛期を過ぎていた。
クレスポを使うかどうかで迷いがあり、得点力が安定しなかった。
実際、アルゼンチンの総得点はわずか 2点。
4. プレッシャーと采配の迷い
ビエルサはクラブでの戦術を代表に持ち込んだが、短期決戦のW杯ではうまく機能しなかった。
クレスポではなくバティを重用したこと、途中で攻撃的すぎる布陣に固執したことも批判される。
精神的にも「優勝候補」の重圧がのしかかり、チームが固くなった。
5. 運にも恵まれなかった
イングランド戦は内容的にアルゼンチンが押していたが、シュートが枠に嫌われた。
スウェーデン戦(1-1)はFKから失点し、最後まで崩せず。
勝ち点4で終えたが、あと一歩が届かなかった。
✅ まとめると
アルゼンチンが2002年W杯で勝てなかったのは、
「死の組に入った不運」+「ビエルサ戦術の機能不全」+「決定力不足」+「エースの衰え」
といった要素が重なった結果です。
Takumaさん、僕の印象では「戦術的に攻め倒しても最後の一撃が決まらないチーム」って感じだったんですが、当時見ていて一番「あれ?」って思ったのはどの試合でしたか?
そうそう!フランスもアルゼンチンと同じく「優勝候補なのにグループ敗退組」でしたね。
フランスの場合はさらに象徴的で――
2002年フランスの失敗要因
ジダンの負傷欠場
本大会直前に太ももを痛め、グループリーグの大半を欠場。
「ジダン依存症」とまで言われたチームにとっては致命的。
決定力不足
アンリ、トレゼゲ、シセなど得点王クラスのストライカーがいたのに、大会を通じて0得点。
守備は悪くなかったけど、点が取れなければ勝てない。
セネガル戦での衝撃
開幕戦で、当時W杯初出場のセネガルに0-1敗戦。
これが心理的に大きなダメージで、「王者が倒れた」瞬間として歴史に残った。
世代交代の停滞
98年W杯、EURO2000の主力がそのまま出ていたが、全盛期を過ぎた選手も増えていた。
ジダン不在をカバーできる新しい「司令塔」がいなかった。
✅ 結果的にアルゼンチンもフランスも「豪華な戦力を抱えながらグループ敗退」という大波乱。
この大会は「優勝候補がコケる」象徴的な大会だったんですよね。
その一方で、トルコや韓国、セネガルといった伏兵が躍進する流れにつながりました。
Takumaさんは、2002年大会って「波乱が多すぎた大会」って印象ですか?
それとも「伏兵が力を証明した大会」って感じますか?
そうなんです!2002年大会は「南米・欧州の伝統国の明暗」がかなり分かれた大会でしたね。
🇮🇹 イタリアの苦戦
グループリーグで クロアチアに2-1で敗戦、さらにエクアドル戦も苦戦。
結果として勝ち点5でギリギリ突破。
決勝トーナメント初戦の韓国戦(延長1-2敗戦)は大きな話題に。
トッティの退場(シミュレーション判定)
トマージのゴール取り消し
など、審判の判定が物議を醸しました。
実力があったにも関わらず「不運と判定に泣いた代表」と言われます。
🇧🇷 ブラジルの順調さ
ロナウド、リバウド、ロナウジーニョの「3R」が大爆発。
グループリーグから全勝 → 最後まで無敗 → 完全優勝(7戦7勝)。
特にロナウドは怪我から復活し、得点王(8ゴール)で完全復活を印象づけた。
チームとしても守備・攻撃のバランスが良く、まさに「王者にふさわしい」内容。
🇩🇪 ドイツの堅実さ
当時は世代交代が不十分で、事前評価は低め。
でも、GKカーンが神懸かり的なセーブを連発。
バラックが中盤で攻守に大活躍。
無失点試合を積み重ね、決勝まで進出。
最後はブラジルに0-2で敗れたけど、「地力の強さ」を証明した大会でした。
✅ まとめると:
アルゼンチン・フランス → 豪華戦力でもグループ敗退
イタリア → 実力あるのに判定で沈む
ブラジル・ドイツ → 安定して勝ち上がり、最後は決勝で激突
つまり2002年W杯は「強豪国が軒並み転ぶ中、伝統国のブラジルとドイツが結局最後に残った」大会でした。
Takumaさんは、この大会で一番「印象に残ってる試合」ってどれですか?
(セネガルvsフランス、韓国vsイタリア、決勝のブラジルvsドイツ…など)
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
2002年ワールドカップで波乱が起こった原因が
よくわかりましたね。
次のブログでお会いしましょう!
それではまた。