ずーっと密かに応援してきた、ブロガーさんがいる。


希少ガンのステージ4で、延命治療しかないと言われていた方。


だけどこれまで様々なことを乗り越えられて、あり得ないと思うようなタイミングで、例外的な治療も受けられてきて。


これは本当にもしかしたらもしかするかも?


寛解することだってあるかもしれない、そうなって欲しい!


そう思いながら、毎日のようにロムっていました。


ご本人だって、例外的な治療を提示されると、もしかして良くなるんじゃないかと期待されるでしょう。


だけどこれまで、期待しては裏切られ、期待しては裏切られの連続だったので。


いつしか良い話がきても飛びついたりせず、心のどこかでどうせ今回もダメだろうという、諦めの気持ちも同時に持っておられたようで。


そもそもの次元が違いすぎると思うけれど、この方のこの心境、痛いほどに分かってしまう気がするのです。


良い話があったとしても安易に喜ぶのではなく、恐らくそんな話はないだろうという気持ちを同時に持つことで、万が一本当にそんな話はなかったと分かった時のショックを和らげることができるから。


元々、とても共通点もあり似ているという理由で、読み始めたブログだった。


だからそんな方が今、やっぱり助からないと余命宣告を受けられ、苦しい思いをしていると思うと、こちらまでなんとも言えない気持ちになってくる。


日々のブログには、率直な闘病中の気持ちが書かれていて。


言葉を選ばず、実に人間らしいと言っていいのか分からないけれど、そんな表現が多くて、とてもリアルな気持ちとして伝わってきていました。


死と隣り合わせの状況の中の、ありのままにぶつかってくる思い、というか。


3年生存率をこえること自体が、奇跡のようにスゴイことではあるのだけれど。


ついにこの段階まできてしまったのかと思ってしまい、最近では読むのが少し辛くもなっていた。


この方に比べたら、最近体調悪いだなんて言うのはおこがましいとも思うけれど。


心と身体はやはりリンクしていて、切り離せないものなのだと思う。


身体の調子が悪いと、普段より考え方も暗くなって、気持ちも沈んでくるような気がする。


今まさにそれで。


これまで生きてきて経験したことのない症状に戸惑っていて、恐らく普段なら気にもならないことが気になったりして、鬱っぽくなったりもする。


心と身体、どちらも大事。


どちらも不調に気付いた段階で、しっかりケアしていかないといけないなと思う。