留学先で私が所属していたクラスには、北朝鮮からの国費留学生の男性が2人いた。


とにかく真面目そうな雰囲気で、いつも教卓の目の前の席に並んで座っていて、真剣に授業を聞いていた。


年齢は不明で、恐らく30代〜50代といったところか…。


日本人以上に、年齢不詳すぎて分からなかった。


彼らに限らず、国費留学生は、学校からは少し離れた寮から通っていたようだった。


どこへ行くにも常に2人一緒に行動し、単独行動が許されないのは、一方が一方の監視役だからという噂も聞いた。


勝手な行動は許されないということだろうか。


ある時クラスの皆で、学校の外のお店で夜ご飯を食べに行こうとなった。


その夕食会には意外なことに、彼ら2人も参加してくれた。


てっきりそういった勉強以外の集まりに顔を出すのは禁止されているものだと思い込んでいたので、とてもとても新鮮に感じたものだった。


夕食会では、運良く2人と少しお喋りもできてしまった。


これまた意外なことに、結構気さくに、笑顔も交えながら会話してくれたのを覚えている。


不謹慎かもしれないが、もっともっとこの人達のことを、この人達の国のことを知りたいとまで思ってしまった。


だけど韓国人クラスメイトの女の子達は、彼らのことを若干怖がっている様子に見えた。


学校の中でも外でも、会話をしている様子をついぞ見たことはなかった。


でもある日の授業中、彼らが先生に、とても難しい問題を運悪く当てられてしまって、黙り込んでしまったことがあった。


その時私の近くに座っていた韓国の女の子が、韓国語でこっそりと、ある言葉を発したのだった。


言葉の意味は分からなかったけれど、雰囲気からどうやら、彼らに助け船を出していたようだった。


多少の違いはあるかもしれないけれど、彼らはきっと、韓国語が分かるのだろうな…!と、なんだか少し感動し、胸が熱くなってしまった。


そう思うと同時に、韓国の子達も私と同様、実は彼らともっと、普通に仲良くなりたいのかもしれないな、とも思った。


だけど…。




ある日の授業で、同じ出身国の人同士でパワーポイントを使い、自分の国を皆に紹介するという宿題が出された。


私はもう1人の日本人の女の子と一緒に、桜とか和食とか、日本のいい所を、実に無難に紹介していった。


綺麗な写真を使って資料を作ったので、先生からも他のクラスメイト達からも好評だった。


彼らの番がやってきた。


私は内心、とても楽しみにしていた。


彼らは祖国のことを、どんな目で見ているのか。


どんなことに対して、興味を抱いているのだろうか。


…驚くことが起こった。


彼らの発表開始早々、朝鮮語である歌を歌い始めたからだ。


意味は全く分からなかったが、資料によれば、恐らく祖国の偉人を褒め称える歌だったと思う。


その瞬間のことを、ハッキリと覚えている。


それまで和やかな雰囲気だった教室が、一気に重苦しいムードに変わってしまったから。


歌い終わると、彼らは力道山さんについて、紹介してくれた。


力道山さんの功績を褒め称えて…それだけでは終わらず、何故か日本批判から、反日発言に発展してしまいそうになり。


これはマズイと思ったのか、見かねた先生が、途中で強引に彼らの発表を制止させてしまったのだった…。


たまたまかもしれないし、特に深い意味はなかったかもしれないけれど、悲しい気持ちになってしまった。


私もそうだったけど、もう1人の日本人の女の子も、きっと針のむしろ状態だったんじゃないかな…、彼らの発表中は。


本当に気まずかった。


彼らのこの発表制止事件?があり、やはり近くて遠い国だな…と思ってしまったのだった。


彼らが永遠に私達に対して、真に心を開いてくれることはないのかもしれないなと。


だけど1人1人のことはあくまでも、一生懸命共に学ぶ仲間だと思っていたから。


彼らは、今どこで何をしているのか分からない。


中国で学んだ語学や知識を持ち帰って、祖国の発展のために頑張っているのかもしれない。


彼らの今後の人生に、幸多からんことを願うばかり。