久しぶりの投稿になりますが、昨年末に京街道を歩いてきました。

過去に京都(三条大橋)から東京(日本橋)まで東海道53次を歩きましたが、東海道は実は京都から大阪までプラス4次あることを知り、歩いておきたいと思っていました。

 

京街道 

大津追分~伏見宿~淀宿~枚方宿~守口宿~高麗橋

 

今回は、東海道と京街道の分岐点である大津の追分からスタート

追分は追分駅から徒歩5分くらいのところにあります。

下の写真で右に行くと京都(三条大橋)、左に行くと大阪(京街道)になります

 

しばらく歩くと大宅一里塚があります

 

伏見宿までの道を少し外れると、伏見城(伏見桃山城)があります。

天下人豊臣秀吉の城、徳川家康も縁のあるところです。

中には入れませんが、当時の趣を感じることができます。

この城のすぐ近くに指月伏見城もありますが、遺構はほとんど残っていません。

当時の権力者のいた場所が時代名になっており、安土・桃山時代と言いますが、

桃山はのちの時代の名前なので安土・伏見時代じゃないかと思っています。

 

この辺りは戊辰戦争の戦地でもあり、遺跡もいくつかあります。

石垣のある神社御香宮神社、歴史のある神社です

門は伏見城の大手門だそうです。境内には水戸徳川家が寄進した建物もありますが、鳥羽伏見の戦いでは薩摩藩が陣として利用したそうです・・・。

伏見奉行所跡です。

こちらは幕府軍の陣所先ほどの御香宮に陣を張った薩摩軍と対峙目と鼻の先です。

さらに進むと寺田屋跡があります。

ここは薩摩藩の寺田屋騒動、坂本龍馬が襲撃された場所として有名です。

内部の見学ができ大人600円です。刀の傷跡など残っているそうです。

 

 

伏見宿を抜けると京都競馬場の横を通り淀城に着きます。

石垣はかなり残っていますが、当時の図を見るとかなり規模の大きな城だったことがわかります。

 

淀を抜けると石清水八幡宮があります。

本当は淀の先で宇治川の渡しがありましたが、現代はないので少し迂回して京街道に戻ることになります。

年寄るまで石清水を拝まざりければ・・・。ということで、お参りに行きましたが、ケーブルカーを使わないとなかなかの坂でした。

さすがに武家の神様だけあって立派な弓が奉納されております。

橋本駅の近く、橋本の渡しの跡地に妓楼らしき建物が何件かあり、調べてみると昔はかなり賑わいのあった遊郭跡でした。 このような貴重な建物が街道歩きでみられるとテンションが上がります。

橋本を抜けたところに、樟葉台場跡があります、幕末に作った台場のようですが国指定なのに知らなくて勉強になりました。

広大な土地で現在は公園として使用されています。

 

結構栄えている樟葉の街を抜けると枚方宿になります。

枚方本陣跡が公園になっています。

枚方宿には鍵屋資料館があり、枚方宿の紹介がされています。

 

枚方宿と守口宿の間の佐太宿。遺構は全くありません・・・。

守口の一里塚 

東海道57次も、のぼりが立ってアピールしてます。

 

守口にはt歩飫冨秀吉が、毛利方に作らせた文禄堤の跡が所々みられます。

のちにこの堤の上を徳川家が街道として整備したそうです。

まもなく京街道もゴール

高麗橋到着、今はあまり目立たないところですが、当時は東海道のスタート、ゴール地点として栄えていたんでしょうね。

 

東海道を完歩してみて、東京から京都までは途中、箱根や薩た峠、鈴鹿峠など本格的な山越えがありますが、京街道はどこも平たんで都市部なので歩きやすく、また歴史深い京都と大阪なので史跡も多く、ゆっくり歩くことができました。

 

帰りは大阪駅でお好み焼きととん平焼きを食べ、京街道の旅を締めくくりました。

 

※尚、今回の京街道歩きは歴史街道様の京街道ウォーキングマップを参考にさせていただきました。カラーで分かりやすく、旅の参考になります。