ずっと仮暮らしをしていた、というrenriさんの投稿、
今までの自分の過程を、すごく丁寧に見つめて書いてある文章に、
あ…これも私だ…これまでの自分がよく分かった。
実家を出るのが遅かった私、なんとな〜く肩身がせまくて、
いつも居候感があった。結婚した当初は安アパート暮らしで、
予算もスペースも限られたなかで、それでも自分なりに工夫して、
生活を作っていくのは楽しかったなぁ☺️
その後イタリア引っ越して、一年ちょっと暮らしたけど、
期間限定なのは最初から分かっていたので、家具付きのアパートを借りた。
あるものを最大限に使って、どうしても必要なものだけを揃え、多少の不便は我慢。
物は増やさず最小限に…自分でも“意識“してやり始めていたのは、この頃だったな…
それから、今のアパートに住み始めて、一度別の家にも住んだけど、
自分の生活や、空間を作るということを、全くやってなかった。
常に間に合わせで、物は出来る限り使い回し、生活はケチって、
たまの外食やお出かけ、旅行でも“なるべく安く“がキーワード🔑
安いことは良いことだ、と信じて疑わなかった…🙄
生活がキチキチ、ギスギスだから、たまには息抜きしたい❗️
でも出かけたり、旅行するのは散財💸
(食べ物は生きる為に必要、でも旅行はなくても生きてけるしね)
節約、節約で“自分に我慢“させる生活が不満→あ〜遊びたい、旅行したい
→でも遊びは浪費、なるべく回数は減らそう、費用も抑えなきゃ
→あら、こんなに使ってしまった…
→いかん💦更に財布の紐を閉め、またキチキチ…
こんな悪循環の中をぐるぐるしながら生きていた😨
生活のちょっとの不便。身体のちょっとした不快。
それを感じても、時間の経過とともに、慣れてきてしまう…
便利なことも、慣れてしまえば当たり前、になってくる様に
不便や不快もまた、慣れてしまえば当たり前。
もはやそこに何も感じなくなってしまう。麻痺状態。
そんな中で10年以上は生きてきた、拗れ女…😱
ゼロどころか相当なマイナス地点から、思いがけず日本へ帰国が決まり。
そして実家に戻っての再スタート💦情けないけど、これが今の自分の地点。
自分で生活を立てていくことが目標。
でも正直、自分にどこまでできるのか、まったく分からないし…自信もない…
だけどやるしかないし、これ以上は後回しに出来ないから。