例えば

このあいだの喧嘩の後の、

何かもやもや…としている感覚。

 

自分の触れたくない話、になった時の、

ザラッとしたような感覚。

 

快か不快か、で言えば不快。好きか嫌いかで言えば嫌😒

にカテゴライズされるような感覚。

 

そんな感覚があったら、自分の中になにかを抱えていて、

それは自分自身を知ることになる思い、出来事、に繋がっている。

 

このちょっと”不快な”感覚に目を向けずスルーしてしまう、というのは

自分の中のなにかを解くカギ🔑をみすみす逃してしまう…

ことになる。

 

もやもやっと感じるその身体の感覚に

きっと何かがあるんだな…と意識を向けて。

今の時点で何かは分からないけれど、きっとそのうち分かるだろう。

 

いったん頭であれこれ考えるのは放っておいて、

身体の感覚に集中してみる。

 

そうしていると、不思議と思い当たる何かが浮かんでくる。

 

自分の中にず〜っと沈んでいた、その何かをつかみだす作業。

地味だし、楽しい🥰ってわけでもないけど…なぜか好きだ。