結婚当初から、

私は常に一人で家のことをこなしてきました。

義父母からは旦那に「仕事だけをさせろ」と

言われ、


私は育児や家事を全て背負い込んでいました。

それでも、

最初のうちは「これが私の役割だ」と

自分に言い聞かせ、なんとか乗り越えてきました。



しかし、子どもが生まれ、子どもが体調を崩すことが増えていくと、だんだんその負担が大きくなり、心の中で「これでいいのか?」という疑問が湧き上がってきました。



二人目を妊娠した時のこと。

その性別が男の子だとわかったとき、旦那と義父母から投げかけられた言葉は私に深い衝撃を与えました


「男の子はいらないから降ろして」――

こんな冷たい言葉が、私が愛する子どもに対して

投げかけられるなんて、想像もしなかったからです。


それでも、私は子どもを守りたいという一心で、

苦しみながらも妊娠を続けました。


後に続く、義母の

「障害があるならウチの孫ではない」という言葉や、子ども体調を崩したときの旦那の無関心さ。

それらすべてが私の心をじわじわと蝕んでいきました。



何より、家族としての温かさを感じられないことが、最も辛かったのです。


旦那や義父母が私や子どもたちに対して

示す無関心や冷たい態度が、

私の中でどんどん大きくなっていきました。


上の子には誕生日プレゼントやお祝いの言葉がある一方、下の子には一度もそんなことがない。


どんなに頑張っても、その差別的な扱いは変わらなかった。


そして、旦那にそのことを訴えても、

「両親がそんなことするはずがない」と逆ギレされるばかり。


もう限界を迎える瞬間でした。愛されていない、理解されていないと感じながら、毎日を過ごすことがどれだけ辛いことか、

言葉では表現しきれません。


どんなに努力しても、どんなに我慢しても、

結局は誰にも寄り添ってもらえない。


家族の一員としての役割を果たすために

自分を犠牲にしてまで耐え続ける必要はないと、

私はようやく気づいたのです。


この結婚生活は、私を幸せにするものではなかった。


むしろ、私を傷つけ、孤独にさせるものだったということを認めざるを得ませんでした。


子どもたちにとっても、

このような環境は決して健全ではないと感じたからこそ、私は離婚を決意しました。

私は、

自分と子どもたちの幸せを最優先に考え、

前に進んでいこうと決めました。


苦しみの中で得た教訓は、

もう二度と自分を犠牲にして生きることは

しないということです。


それが、私が離婚を決意した理由の1つ
それは一時的な感情からではなく、

長い時間をかけて積み重なった深い悩みと苦しみが、私にこの決断を促したからです。


離婚は簡単な決断ではありませんでしたが、

私にとっては必要な一歩だったと感じています。

自分を取り戻し、新たなスタートを切るために、

私は勇気を出してその一歩を踏み出しました。