萬福寺は、もと安福寺(819年~1026年の間に建立された)と号し、石見国中州浦(現在の益田市中須町浜崎)にあって、七堂伽藍をかねそなえた天台宗の大寺であった。
万寿3年(1026年)5月に石見地方を襲った大津波のため、一瞬にして堂塔ことごとく流失してしまい、その後は小庵を建て、わずかに寺号と法灯を守っていた。
元応1年(1319年)、遊行(ゆぎょう)4代呑海上人(どんかいしょうにん)が当国に下向、入寺の際、再興して時宗の道場に転じた。
応安7年(1374年)益田七尾城11代城主益田越中守兼見(ますだえっちゅうのかみかねはる)公は、時の住職師阿月心(しあげっしん)を助けて、寺塔を現在の地に移転改築して萬福寺と改称した。
寺領31石を与えて益田家の香華院(こうげいん)(菩提寺)と定められた


本堂です
山門です。



雪舟作の庭園です。わびさび?



御朱印です。