自己紹介がでら、自分の作品を紹介。BL小説です。

こちら、全年齢対象となっております。




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タイトル

【幼なじみ王子と従者とホットチョコレート】

 第一話

【冬の日のデート】1.朝の戯れ

 



 かまどで燃やした薪のにおいに、朝仕込んだ干し肉を使ったシチューの香りがほんのりと、着ている菫色のセーターから匂う。 


  日の出よりも早く起きて軽く体を動かし、ここの食堂で雇われているから、料理の仕込みを終え、同居人を起こすためにミシミシとなる木製の階段を踏んで、二階の部屋へと上がってきたのが現在。


  荷物置きと寝るだけのシンプルな内装の狭い部屋は、火から遠いだけ、ひんやりしていた。


  この建物の中身で起きているのは俺しか居ない。静かで平穏な朝だ、スゥスゥと健やかな寝息が聞こえる。


 「ラフィ、そろそろ起きてください」 

「ミラぁ……あと、もうちょっと……」 


 揺すり起こしたはずが、毛布へ潜ってしまった。

 いつまでも布団から離れられないのは、寒いだけが理由じゃない。国に居た頃から、というより、幼少の頃からあまり変わらない。だけど、変わったこともある。 


 毛布の塊に顔を寄せ、声を少し張る。 

「起きて、歯を磨いて、顔を洗わなかったら、キスしない」

 「……起きぅ……」 


  起きてるのか、半分夢の中なのか、甘えた声の怪しい呂律とともに布団から顔をだす。生まれたての赤ん坊が如く、しわっしわにした瞼がうっすら開き、細められた目の中に、春の穏やかな海に似たどこまでも澄んだ青い瞳が見えた。岩の割れ目から覗く、青い原石を連想させる。宝石のようで、空のようで、海の色でもある彼の持つ色は、そこにあって当たり前の色でありながら、毎日見ても飽きない。 


  むっくり起き上がり、いそいそと部屋の外へ向かおうとする。背中を丸めて億劫そうな歩みの後ろ姿は、猿が二足歩行しているそれだ。
 色は美しいのだけれど、姿勢は爺さん。どこかの国の伝承に、そういう妖精がいたような。 


 「早く人間に戻ってください」

 「冬眠、したい……」 


 猿でも妖精でもなく、熊だったか。


 「仕込みついでに沸かした顔を洗う用の湯が冷水にならない内に行った方がいい」 

「ん」 


 のろのろ歩く主人の尻を叩いて、洗面所へ急かす。 


  子供の頃から、なかなか起きようとしないラフィに苦労したが、眠り姫よろしくキス一つで従順に目覚めるのだから、もっと早くコイツの扱い方を知りたかった。もっとも、姫ではなくおじさんになりかけているただの小男なのだが――小さなおじさんをキスで釣って起こそうとしているのも一日と違わず同い年なので人のことばかり言えない。

 故郷の国を出て、一〇年。 


 主人のラフィと俺は同じ日に生まれ、共に二九歳。


  砂漠を越えたことも、南国の島にも渡った。凍りつく寒い国で、火を噴くトナカイも見た。群れを率いる一際体が大きく立派な一頭が、悠然と前に歩み出て、一声吠えると、白い息が朝日に照らされ、赤く色づき雄々しく火を噴くような様は、森の守り神そのもので圧巻だった。その後、吹雪に合い、遭難して二人で凍死しかけたが……今、こうして生きているのだから、それも思い出だ。 


  あちこち旅をしてわかったことは、俺の白い肌はギラつく太陽の下では生活できない、ということ。日焼けが低温火傷手前までになってしまい、日差しへの耐性の無さを思い知った。


  生まれつき肌が白いのだから、こればかりはどうしようもない。主人――ラフィも同じ国の人間だが母親が異国の女で混血だ、しかもラフィは母親似と来ている。俺より太陽には強かった。背が低く、ちんちくりんで子供じみたなりをして、大した病気にも縁がなく、存外丈夫。 


  三〇歳になるまでには、一つの土地に落ち着きたいと話し合ったのが、二五歳のとき。


  この冬、約束の三〇歳が目の前に迫っているというのに、住居の件は何も決まっていない。そろそろ住む土地くらいは見当をつけておきたいところだ。

 寝癖のついた短い青髪に櫛を通してやり、主人の支度を整える。俺から見て右の頬に火傷痕の残るラフィの顔を捕まえ、背の低い彼に合わせて屈み、約束通り、唇にキスを落とす。毎日こなすせいか、今更なんの感慨もない。朝の日課を済ませる頃には、ラフィもしっかり目覚めた。


 「予定通り通り、出掛けるぞ」 


 開店前の店に下り、借りている部屋より広い、小ぢんまりした店内。客席の一角、俺を椅子に座らせ、長い黒髪を結うラフィの弾んだ声が頭上から降ってきた。 


  ラフィ自身の身なりに無頓着なくせ、俺の持ち物は全て頭に入っているらしく、今日は黒いガラスボタンのついたコートを着ろだの、髪飾りは金属製がいいだの、前のブラウンのジャケットは見飽きたから売って新しいのを買っただの、俺の見てくれにはやたらと熱心な所も、ずっと変わらない。


  髪飾りが詰まった木箱の中から、アンティークのコームを手に取るラフィ。この木箱も髪飾りもラフィのもので、俺専用品。 


 トンボのモチーフに、つるりとした滑らかな質感の青いエナメルの胴体、透かし翅の細工が美しい。トンボは幸運の象徴とされる虫でもある。今日はそれを髪に付けられるらしい。 


 「ミラ、いいにおいがする。食欲がそそられる」 

「朝食前は承諾しかねます。体力をつけていただかないと」 

「誘ってないが、体力があったらいいのか?」 

「今朝作ったシチューの匂いだとは知っています。せっかく早く起きたのに、朝市はよろしいので?」 

 「お前から言ってきたのに。ミラはすぐ俺を揶揄う。今日は朝市に行くと言っているだろう」


 「乗りかけたくせに」 

 「仕方ないだろう。お前はずっと変わらず美しいのだから。過酷な旅をしていた癖に黒髪は艶があって、傷の無い肌も滑らかだ」 

「生まれつきなもので」 

「知っている」


 「ご希望に添える歳の取り方が出来なくても傍を離れませんので、そのつもりで」 

「禿げて腹の出たジジイになっても、離してやるつもりはない。もう少し、ふっくらした方が近寄り難い棘がとれて可愛らしさが増すのではないか」


 「民族的に生まれつき脂肪が付きにくく、薄毛の同族を見たことありませんが。食事管理もしていますし、剣の稽古も暇を見ては毎日欠かさずしていますので、そのご希望には添えません。

  俺は純血で可能性は低いかと。もし、火傷等の何かの事故や病気を発症し薄毛になったとしても、細身で筋肉のついた色の白い禿げです」 


 「隙のない美人は可愛げがない。禿げていく様を見届けてやる」 

「ご自分のですか」 

「俺が俺の髪が禿げていくのを見届けるのか?」 

「混血のアンタの方が可能性高い」 


  常に肌の白さが変わらない俺に比べ、日に焼ければそれなりに黒くなるラフィだ。血縁者に頭の毛が薄い者が居ても不思議じゃない。


  短いラフィの髪が少しでも伸びると鬱陶しそうに引っ張ったり掻いたりしているから、定期的に切ってやっているが、今のところ禿げそうな気配もない。

 「薄毛であれば、ふわふわのヒヨコみたいになって可愛らしいですよ、ご主人様」 

「そうか……? 薄毛が可愛いか?」 

 「薄毛でも可愛らしいですよ。小太りの禿げになってもお傍を離れませんので。おっと、デブは無いな。主人の食事、健康管理もちゃんとやっていると自負しています。 

 それとも、俺の髪が無い方が結う手間も無くなって、楽になるのか?」 

 「お前は一生、禿げるな」 

「努力します」 


  無ければ無いで楽なのだろうが、髪弄りが好きな主人だ、触る髪が無くなったらきっと寂しがる。
 ラフィも俺も体力作りを欠かせないのだから、余計な脂肪が付く心配はしていない。


  三〇手前にもなったせいか、この所は年をとっていく先を冗談混じりに話す機会が多くなっていた。 


 「万が一もある、禿げたら全部剃ってタトゥーでも入れるか」 

「美人のタトゥーなんて、男盛りな色気が足されて別方向の魅力が増して俺が困る」

 「お褒めに預かり光栄です」 


  首筋に柔らかく暖かい感触がして、次には、跡が付いたなぁと感じる、チクリとした僅かな痛み。独占欲なんて見せくても、生まれてこの方、主人と傍を離れた事など無いのに。


 「虫除けだ」 

「信用が無いのですね」 

「お前は絵画の女神のような綺麗な顔してるのだから、信用ならない」 

 「マフラーを巻くので、外からは見えません」  「もう行くぞ。朝市が終わってしまう」


  揶揄い半分のとりとめのない雑談をいつまでも続けるていると、日が暮れそうだ。結局、肝心な定住の話はせず、どうでもいい頭髪の話題を切り上げ、コートを着ると、戸締まりをして二人で店を出た。




(アルファポリスから一話、試し読み)


アルファポリス≫幼なじみ王子と従者とホットチョコレート







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