今どきの人が書くというブログを私も書いてみようと思います
土佐日記風の書き出しから始めるあたりが、小賢しいと自分でも思うのですが、よかったら初めてのブログ、読んでみてください
かつての私は大勢の前で話すのが苦痛でした。いわゆる『あがり症』というやつです。そんな私が、2021年9月11、12日、一般社団法人あがり症克服協会のインストラクター養成講座を受講し、認定試験の結果、公認インストラクターになりました。
『そんな私』は中学3年生の時、教室の檀上で、好きな歌をソロでうたうという企画の際に、声が裏返ってしまったことから、あがり症を発症。その日以降、大勢の前で話をすると手が、足が、声が、震えてきて、そのうち頭の中に霧がかかったように白くなり、その後は何を話しているのか分からなくなりました。無理やり話を終わらせ、席に戻ると、この世から消えてしまいたくなるほど凹み、後悔という重たい何かに押し潰され、しばらくは人と目を合わせるのも辛くなることを繰り返しました。この対策は、何かと理由をつけて人前で話すことを全力で避けることだけでした。
2014年10月、当時名古屋で働いていた四十代の『そんな私』は、このまま逃げ回っていてはダメだと一念発起し、インターネットで話し方教室を検索。『あがり症克服協会』という、どストライクな名前の教室を見つけ、藁にもすがる思いで受講を決意。
講座の初日は、教室のある名古屋栄中日ビルまでの足取りが重かったが、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という覚悟で入室。講師の山〇先生が、冒頭でご自身があがり症だった時は、スピーチをするのが嫌でゴルフコンペで優勝したくなかったというエピソードを話されたのを聞き、『私もです』と心の中で大いに共感。そして、山〇先生のあがり症を本気で克服したいなら、万難を排してこの講座に出席することだ!との言葉を実行したのが克服への始まり。
『そんな私』の強みは、あがり症克服協会の色々な教室で学んだことである。
山〇先生から、月1回の受講では足りない、2回受講したほうが良いと言われ、月1回の名古屋栄中日ビルの教室の他に、一宮教室も追加受講。しかし、家族から休日を使って講座に参加することへの不満により、NHK名古屋センタービルの平日夜間教室に転校。その後、夜間教室が閉講となり、休日昼間の教室に転入。その1年後、更なる向上と武者修行のため、実践に特化した名古屋ワークショップに参加。その後、仕事で東京へ転勤となり銀座校へ転校となった。まるで、あがり症克服協会の渡り鳥のようだが、そのおかげでたくさんの先生と受講生と知り合いになれた。講師の先生は全員、やさしめの叱咤激励をして下さった。そして受講生の皆さんは親切で、快く仲間として受け入れてくれた。イベントで他教室の受講生に会うと、声を掛け合い、エールを交換する仲になった人もいる。
インストラクターの養成講座はたった2日間であったが、実質は2014年からの7年と2日という年月によってインストラクターになれたのである。かつての『そんな私』が、あがり症を乗り越え、公認インストラクターになれたのは、受講生の気持ちが痛いほど分かる元あがり症の講師の先生方の支えと、受講生の皆さんとの出会いのお陰です。本当にありがとうございました。
そして、今後はこれまでの山あり谷ありの中で学んできた実践を通して、あがり症で悩み、苦しんでいる人たちを勇気づけ、笑顔で歩いてもらえるようにすることが、『これからの私』の役目なのだと思っています。そのためにも私自身も学びを続け、成長していく所存です。
最後に今もあがり症で苦しんでいる人は、諦める前に『一般社団法人あがり症克服協会』の公式サイトを覗いてみてください。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。