こんばんは。
たけしです。
今日は勉強について考えます。
多くの人が勉強というものについてあまりいい印象を持っていないと思います。
つまらない、意味がわからない、しなくてもいいのでは?
そう思うのも無理はなく、学校という環境においてそんなに勉強の楽しさまで教えてくれるような先生ってあんまりいないんですよね。
こと勉強に関しては、学習塾の熟練講師みたいな人の方が生徒のモチベーションコントロール等においてもプロですよね。
学校の先生はあんまり生徒に勉強の楽しさを見出させる事にイニシアチブを感じづらいんじゃないだろうかとも思うんです。
私立の先生であれば生徒の進学実績が業績に響くわけですからまた違うとも思いますが。
でも大人になると勉強って、結局大事なんだなって気づくと思います。
大人になると求めるようになるのが、自分の役割だと思うんです。
会社において、社会において、自分はどんな役割を持てるのか、そういった事を考えるようになると思うんです。
生きる意味ですよね。
そうした時、人より知っている事が多い事、持っている資格が多い事は単純に自分の価値を高めてくれますから、人は何かを人より知っている状態でありたい、と当然に願うと思うんです。
知っている状態になりたいんであって、知りたいっていう感情とも違うところが味噌です。
知っている状態になりたいっていうのは誰だって思う感情、そこから知っている状態になれるかどうかは本人の行動力次第。
多くの人が漠然とした知識に対する意欲は持ちながらも対価は払えていないのが現実だと思います。
そこできちんと対価を払える人は強いと思います。
でももっと強いのは、知識を吸収する努力を対価と思わない人間ですよね。
「知りたい」という気持ちを持った人間です。
知的好奇心というのは成長過程における困難すらも娯楽に代える魔法のスペックだと考える事ができると思います。
子供にうまく知的好奇心を持たせる事ができるか否か、それが教育ママ、パパには必要なスキルなわけですね。
ただ闇雲に詰め込めさせるのは子供が可哀そうだからNGです。
頭の良くない人はきっとそうするでしょう。
誰でも思いつく方法ですから。
そして大抵の場合子供がある程度力を持った段階で全て跳ね返されて終わりです。
良い親というのは子供の知的好奇心を育てる事ができる親です。
知的好奇心を育てるにはどうしたらいいか?
私が思うに、それは「何で?」という問いを繰り返す事だと思うんです。
世界で起こっている事象に理由を付けるのが学問の始まりですから、「何で?」という理由を常に考えさせる事は大事だと思います。
子供の「何で?」という問いにもちゃんと答えてあげる事が大切ですよね。
常に理由を考える事、そこで人は知りたいという欲求を覚え、勉強というものが知識に対する対価ではなく不随する悦びになるんです。
理由を考えなくなったら人の知識はそれ以上向上しないと思います。
それでも別にいいとは思いますが。
大切なのは何事においても目的がある事です。
分からない事が分かるようになる事が勉強です。
一番私がおかしいなと思っているのが
一日何時間勉強しろ、とかそういう指導の仕方です。
なんの目的も無い作業で人は何を得られるでしょうか?
80年生きろ、と言われるのと
1億円稼げ、と言われるのとで
人は明らかに後者の方が行動を起こす気になりますよ。
勉強をするならば目的を持つべきです。
勉強した時間を数える事なんて人に対するしょうもない自慢にしかならないんだから。
「何で」を追求する癖をつける事、
何かを分かるようになる事が勉強である、という事
この二つさえ心の芯で思えていれば
人はそれなりに優秀と言われるような人物になれるんじゃないでしょうか?
色んな頭の良い人を見て思った事です。
私は自分の子供には上記のような考えをもって知的好奇心の旺盛な人間に育って欲しいと願います。