かつて東大全共闘の代表であった山本義隆氏による著作です。江戸時代から平成に至る日本を連続的に理解したい私にとって、科学技術に焦点を当てて日本を解きほぐしている本書は、とても勉強になりました。後半は、山本氏の思想が色濃く反映され、私の考えと大きく異なる点もあったのですが、特に前半は非常に興味深く拝読しました。

近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻 (岩波新書)

1,015円

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●軍事技術としての西欧近代科学とエネルギー革命

日本が物理学を中心とする西欧の近代科学に注目するようになったのは、1842年のアヘン戦争や1853年の黒船来航という欧米の圧倒的な軍事力を認識してからでした。列強の脅威に対応するため、幕府は洋学所を開設し欧米の軍事技術書の収集と翻訳に着手、長崎に海軍伝習所を創設します。各藩もペリーが来航してから1年以内にこぞって大砲鋳造を幕府に届け出ます。山本氏は次のように述べます。

このように近代日本における欧米科学技術の習得は、もっぱら軍事技術の側面から開始された。…学習の目的はあくまで技術－軍事技術－にあり、科学は、技術の取得に必要とされるかぎりにおいて学ばれていた。…つまるところ、大部分の日本人にとって、近代西欧文明の優越性は、社会思想や政治思想によってではなく、欧米の科学によってあらわされていたのであり、しかもその科学は、「黒船」つまり強力な大砲を備え上記を動力とする軍艦、すなわち軍事技術に体現されていたのである。

この時期は、西欧科学がエネルギー革命を達成したタイミングであり、熱や電気が生産や運輸、通信、照明に活用され始めた時期でした。山本氏は、エネルギー革命を次のように説明します。

機械における蒸気動力の使用は、それまで動力、つまりモノを駆動する能力としては、人力・畜力・水力・風力しか知らなかった人類にとっての動力革命であった。しかし、単にある形の運動を他の形の運動に転換しているだけの水車や風車と異なり、蒸気期間は、それまでは暖房や調理にしか使われていなかった熱が、物を駆動し、物を持ち上げる能力を有することを示したのであり、そのことによって、熱と動力に汎通的なメタ・レベルの能力としてのエネルギー概念の発見に導くものであった。そのエネルギー概念は、さらに電気が動力のみならず照明や暖房や通信の能力を持つことの発見によって確立されたのである。

当時、第一の欧米通であった福沢諭吉が1866年に出版した「西洋事情」の表紙には、「蒸気人を済け、電気信を伝う」とあり、電信線で巻かれた地球の下に蒸気船と蒸気機関車が描かれています。福沢は、エネルギー革命という西欧近代の変化の核心を既に捉えていたのです。

●日本にビルトインされた強迫観念とパラダイムシフト
明治新政府樹立後、新政府は岩倉具視を特命全権大使として、1871年（明治4年）から2年近くにわたり米国と西欧諸国を視察し、各地の視察・調査を実施します。こうした海外視察のDNAは、今の政府や経済団体、日本企業にも強く残っている気がします。視察団は、各国の商業と産業の発展度合いに度肝を抜かれただけでなく、これらが国家を上げての取り組みの結果としてもたらされていることに驚愕します。

欧米諸国が帝国主義段階に向かいつつあること時代に福沢や久米たちが見たのは、科学が技術に直結し、産業の発展と軍事力の強化にとって不可欠の要素となっていることに留まらず、国家が科学技術の振興と革新を積極的に支援していることであった。…幕末から明治初期に欧米列挙に接し、軍事力と経済力の落差を思い知らされた日本の支配層は、たえず進歩し、たえず成長しなければ国家として生き残れないという強迫観念を植え付けられたのである。

「士農工商」として工業や商業を軽んじてきた日本は、ここから工業と商業を重視する社会へ、上と下を完全にひっくり返す価値観の転換を実現します。最近、落合陽一氏が「士農工商」への回帰を述べていますが、再び社会の価値観を転換するのであれば、当時のやり方から多くのことが学べると思います。

「士農工商」の階層化された社会から、国民一丸となって工業と商業に励む社会への移行は、それまでの価値観の180度の転換を要したのである。そのためには、欧米から移植すべき科学技術を在来の技術から差別化し価値的に上位において習得するための一般的な思想（イデオロギー）と社会的な制度（レジーム）の確立が必要とされたのであり、それには、一方では、福沢のような知識人の側からの啓蒙活動と、他方では、国家のイニシアティブによる教育制度の両面が必要とされた。とりわけ前者の啓蒙活動においては、近代西欧の自然科学が、それまでの東洋や日本の自然観にたいして圧倒的に優越しているという認識（より正確にはイデオロギー）、そして欧米の技術がその近代科学に支えられた科学技術としての優れた合理的体系であるという理解（より正確には幻想）を、一体として、単に知識階層の間にだけではなく、民衆の間にもいきわたらせる必要があった。その活動を推進し支えたシンボルが、「文明化」あるいは「文明開化」であった。明治の初めに新生日本の針路としてたんなる開国をこえる「文明開化」をもっとも明確に揚言したのは福沢諭吉であった。

社会的な制度（レジーム）の変革として、廃藩置県（明治4年）を断行するとともに、学制が交付され、師範学校が創設されます。藩ごとに行われていた単純な読み書きそろばんの実務教育に代わり、国家意識の涵養を目的とする教育が始まります。帰属意識を藩から国家へと転換する試みです。

教育制度の変革に加え、福沢諭吉らに代表される知識人の啓蒙活動を通じて、民衆の価値観がドラスティックに変容していきます。1868年（明治元年）、福沢諭吉による大衆向けの物理学入門「訓蒙窮理図解」と、小幡篤次郎による「天変地異」が出版され、窮理学（物理学）が社会的に大流行します。肉を食べて、物理学を学ぶことがファッションになったのです。

流行の背景には、徳川幕藩体制の崩壊や欧米諸国の接近といった政治的・社会的変化に加えて、自然災害が続発していたことも影響していたと考えられます。江戸末期の1850年代、南海トラフ巨大地震を含め、Ḿ７～８の大地震が日本各地で勃発しました。こうした大衆の間に広まっていた不安感を払しょくするアイデアが、文明開化であり、物理学だったのです。

現代日本の価値観の転換を考えるにあたり、世の中を広く動かすためには、将来不安からくる危機感に訴えるよりも、将来不安を解消する明るい期待感の方が効果がありそうです。

●技術エリートと草の根発明家
明治維新後、どのようにして日本は急速な工業化に成功したのでしょう。まず、明治政府が設立された最初の20年、お雇い外国人による教育と、組織的な海外留学を通じて欧米の科学と技術を一から移植します。その際に中心となったのは、欧米の軍事技術移植の中心となった兵部省と産業・社会基盤整備の中心となった工部省でした。能力がある士族を登用して技術士官を育成する技術エリートの育成です。これについて山本氏は次のように述べます。

帝国大学工科大学の卒業生たちは、高級専門的技術官僚つまりテクノクラートとして、為政者の意を呈して明治の国家建設に邁進することとなる。市民社会がすでに形成され、その発展過程で職人層の内部から技術革新の担い手として生まれてきた西欧とりわけ英国の技術者と、支配階級の出自で、市民社会誕生以前にいきなり工業化の担い手として国家の指導で教育された日本の技術官僚は、根本的に異なっていた。

もともと各藩の「サラリーマン」であった士族は、勤め先が藩から明治政府に代わっただけであり、組織に貢献する（忠義を果たす）エリートとして、明治政府におけるテクノクラートを排出し続けます。

明治政府設立当初は、民間における資本蓄積が極めて限定的であったため、政府主導で近代化、工業化が進みます。明治政府は、維新の翌年、官営による鉄道建設と電信敷設を決定します。明治3年には上述の工部省が設置され、各藩から造船所や鉱山を接収するとともに、造船、紡績、製紙など各分野で官営工場を設立します。

明治政府樹立後、20年弱を経ると、徐々に外国からの科学技術の移植だけでなく、独自の取り組みも登場してきます。工部省は明治15年に廃止され、先の官営企業はほぼ全て行き詰り、民間に払い下げられます。渋沢栄一をはじめとする事業家が活躍するのもこの時期で、彼が大阪紡績会社を設立したのも明治15年でした。

一方、草の根の発明家の活躍も見逃せません。トヨタ自動車の創業者である豊田佐吉が木製動力織機を発明したのは明治30年、彼は機大工の息子でした。このほかにも木製紡績機械（ガラ紡）を発明した臥雲時宗も家業として足袋底織業を営む農家出身でした。このほか、新たに導入された機械をメンテナンスする小規模な作業所の存在も含め、在来の職人たちも日本の工業化、近代化に一役買ったのでした。海外から先進技術を取り込み、それを日本流に仕上げていくあたり、方法日本の面影が垣間見えます。山本氏は、この時代の機械工業の発展を以下のようにまとめます。

日本における明治期の機械工業の発展は、一方では、軍の近代化にけん引されるとともに、他方では輸入された最新鋭プラントの裾野に、在来の意欲的な職人たちが、輸入機械をモデルにして人力や水力駆動の、木製ないし一部金属製の比較的安価で在来職人にとって使い勝手の良い和洋折衷の機械、あるいは比較的単純で小型化された模倣品を創り出し、そのような国産機械の製造あるいは輸入機械の部品製造を手掛ける中小規模の企業が地方都市にいくつも生まれることで達成されたのである。

江戸時代から日本の百姓が培ってきた技術・技能と、クリエイティブクラス/テクノクラートとして厚みのある士族が、科学と技術が融合した近代科学技術を取り込むことにより、キャッチアップと独自のローカリゼーションを実現しました。山本氏は次のように述べます。

日本の急速な資本主義化は、先に述べた開国と近代科学技術習得開始のタイミングの良さとともに、国家の強力な指導と進取的な経営者の出現、江戸時代以来の民衆の識字率の高さ、能力も意欲もある士族の指定がその能力を発揮せしめうる効果的な教育制度の形成、さらには在来の職人層内部からの「草の根発明家」の誕生、等々をその原因として挙げることができるが、それとともに、農村労働力の過酷な収奪と農村共同体の無残な破壊を不可欠の因子として遂行されたのであることを指摘せざるを得ない。

●戦時動員体制と福祉国家体制の同一性と戦後社会への継承
時代をいっきに40年ほど早送りし、日中戦争に突入しようとしている昭和30年代後半に目を向けたいと思います。第一次世界大戦の教訓として浮上した総力戦体制が明確に意識され、昭和13年（1938年）に電力国家管理法が公布され、日本発送電が創設され、同年に国家総動員法が公布されます。

資源の限られている日本は、保有する資源の最大限に有効活用するため全体の統制を強め、統制経済が持つ合理性の名の下、日本の隅々に残存する近代的・封建的要素が社会の片隅に追いやられていったのでした。松岡正剛氏のいう「負」を引き受ける存在もこの過程で影を潜めていったのではないかと思います。

そして、皮肉ではありますが、この総力戦体制は、社会全体の合理化を推し進め、国民の生活の質を高めることにもつながったのでした。例えば、昭和16年（1941年）に導入された食糧管理制度により、兵卒の供給源としての小作農民の生活向上が図られました。また、昭和13年（1938年）の国民健康保険法は農民も対象とされ、農家における医療費の重圧を軽減するものでした。これについて、山本氏は以下のように説明します。

それは山之内氏の言うところの「戦時動員体制（war-fare-state）と福祉国家体制（ware-fare-state）の同一性というパラドックス」であり、その事実はまた、総力戦においては「すべての資源および人員や制度を合理的に組織する結果、戦争という一見非合理な事象が、逆説的にも合理化や効率化、さらには近代化を推進する場合すらある」という、石津朋之が紹介するところのイギリスの歴史家アーサー・マーウィックの所説によっても裏付けられる。

そして、この総力戦体制は形を変えて戦後に引き継がれているとします。

経済学者・野口悠紀雄も、山内の論考が出たのと同じ1995年の書「1940年体制」に、金融・財政面の分析にもとづいて、「日本は終戦時に生まれ変わったといわれている。しかし、経済の基幹的な部分には、戦時期に導入された制度や仕組みがいまだに根強く残っている。＜日本型経済システム＞は、戦時期に生まれたと考えることができる」と結論付けている。戦時下で形成された金融と財政のシステムに依拠した官僚機構が現在も日本経済をコントロールしているという主張で、それは戦時体制が今も続いていることを意味している。

また、敗戦直後、敗北の原因として科学戦の敗北や化学の立ち遅れがさかんに語られました。これに対して、山本氏は、「『科学戦で敗北した』という総括には、そのこと自体に根本的な問題がある」と言います。つまり、日本が敗北したのはアメリカの科学力であり、原爆製造に成功したアメリカに負けたということのみに焦点をあて、中国に対する敗北やアジア侵略の政治的・道義的責任に目をつむったのだ、と言います。山本氏は、戦時下科学技術史の研究者である沢井実を引用します。とても大切な指摘だと思います。

戦争が終わり、だれもがアメリカの物量、科学技術に敗れたと納得すればするほど、中国に敗れたとの意識は希薄化したように思われる。敗戦によって明治以来の欧米に学ぶ姿勢は再強化されたものの、アジアに学び、また他国・他民族を帝国に編入したことの重さを考え続ける技術者は少なかった。

日本が世界、アジアの諸国とともに新しい未来を拓いていくために、この指摘を一度我が事として考えなければと思います。大きな宿題です。。。

●戦後の復興　～戦後版の総力戦
戦後の復興は、戦時中に作られた総力戦がそのまま継承されたものと考えると理解しやすいです。戦時中に作られた諸制度がそのまま戦後の経済制度として継承され、戦時中に発展した産業が戦後の主要産業となり、官の優位性、官の指導性という思想も引き継がれます。そして、総力戦の考え方自体も引き継がれ、昭和30年（1955年）に成立した重化学工業を対象とした経済自立五か年計画が最初の正式な経済計画として閣議決定され、昭和32年（1957年）には戦後版の事業法と呼ばれる租税特別措置法が成立します。

戦後の復興は、米ソ冷戦に端を欲する朝鮮戦争、朝鮮特需など外的要因が良く語られますが、山本氏は、これに加えて戦後の復興を可能とした国内の条件を三つ取り上げます。

1920年代にはじまり、戦時中に急速にすすめられた重化学工業が、戦後産業の基調になった。
戦時下の科学動員と理工系ブームにより急膨張した軍事部門で育まれ蓄積されていた技術と技術者層が存在した。
戦前からの教育程度の高い労働者の存在とともに、戦後の急速に人口が増加した。

日本の未来を語る際、しばしば戦後の復興が参照されます。戦後の復興は、復興のスピリットだけでなく、依ってたつ技術力が存在した訳で、今の日本と当時の日本を同様に語ることは難しそうです。

実際、戦時下のレーダー開発が、戦後のトランジスターやダイオードを基礎とした電気通信分野発展の基礎となったことは、よく知られている。電器産業では、東芝、日立、松下は、いずれも戦時下の軍需生産によって大きく成長した企業である。戦後生まれの企業としてはソニーが知られているが、母体はほぼ全面的に海軍技術研究所の人脈である。自動車産業も、トヨタ、日産、いすゞは、以前に言った「自動車製造事業法」の恩恵を受け、昭和10年代に政府の保護下で育まれた企業である。

ところどころに、山本氏の歴史観が強く反映されており、別途、個々の“史実”を確認していこうと思っていますが、明治維新や第二次大戦を境に非連続的に日本が“生まれ変わった”訳ではない、というストーリーは、私にとってとても腑に落ちるものでした。

江戸時代から戦後復興までを一連の物語として眺めた時、①士農工商から工業・商業を重視するパラダイムへのシフトを促すチェンジマネジメント、②百姓というエンジニア・テクニシャン集団と士族というクリエイティブクラスとテクノクラートによる近代科学技術の取り込みとローカリゼーション、そして、③資源制約が大きな国であるが故の戦時総動員下での中央集権化と社会の合理化、④総力戦体制の戦後社会への継承、という流れで日本のある側面を読みとってみました。

近代日本150年