大学入学後早くも4ヶ月近くが経過し、いつの間にか夏本番へと突入したわけですが、石川健史(19)はついに明日、ハタチを迎えることになります。
今まで僕の人生に関わってきた人すべてに感謝を込めて「ありがとう」と言いたい。無事に20年間生きれたのは皆さんのおかげで、した!!
そんならしくない前置きはさておき、20になって、もっと大人らしくCOOLに振る舞いたいと最近よく思うことがあるけど、そんなのは到底ムリなわけで、これからも自分らしくフリーダムに生きていこうと思う笑
今はとりあえず、法学部なのに法を侵して未成年飲酒をするパラドキシカルな快感が、これから味わえないのがちょっぴり残念ww
さて、ハタチという人生の節目を迎えるにあたって、近況報告も兼ねて、20年間を振り返ってみようと思う。というか、これが今日の日記の本題。ちょくちょく僕の人生観もまじえながら語るので、長くなるけど、どうか暇つぶし程度にお読みください。
僕は1991年7月18日、真夏のうだるような暑さの中、愛知県岡崎市のとある小さな病院で生まれました。生まれた後すぐに東京に越してきたので、本籍は東京なのですが、愛知県はほぼ毎年夏と冬に帰省するので、第二の故郷みたくなってます。味噌煮込みうどんは最高だら~
子供の頃は、世界は一瞬一瞬に入れ替わるものと考えていた。非連続なまとまりのない断片が、ぱらぱら漫画のように各瞬間ごとに入れ替わり、自分はその残像を見ているのだと信じていた。人生に何かしら前後の脈絡を見いだして、つじつまを合わせようとしたのは、12歳位を過ぎてからだと思う。毎朝目が覚めるたびに、自分が昨日の自分とは何のつながりもない別人に思えた。
中学ではサッカー部に、高校では陸上部に入った。何か一つのことにただひたすら無心になって打ち込むことはとても楽しかった。もちろん、部活だけじゃなくて、高校の文化祭とか、何かイベント的なものに関わり打ち込むのがとにかく好きだった。だが、高校時代はもっと勉強しておけばよかったと後悔。
現役の時に受けた大学は当然のように全部落ちて、浪人が決まって親父にお金を出してくださいと頼むと「そりゃあとんでもない不良債権だな」と一笑にに付される。くそっ、時々さえたこと言いやがる。結局土下座して100万円ほど借りて、入試全般の費用に充てた。いつか偉くなったら倍にして返してやるよ、親父。
浪人時代は想像していたものとは違った。てっきり浪人って一人でずっとちまちま勉強するものかと思ってたが、まあそれなりに友達はできて楽しかった。何より同じ目標を持って勉強する仲間とは価値観が合う。すいませんWX会はサークルの合宿とかぶっていけなくなった(T_T)。いやホント行きたかったよ。
大学に入ると様々な人たちとの出会いがあって、交流があって、とにかく楽しいという一言に尽きる。やっぱり人と話したり関わったりするのがは好きだ。首都大のなかでも本当にいい人たちに巡り会えたと思う。もっともっとコミュニケーション能力にみがきをかけたい。そしてお酒つよくなりたい。
最近将来についてぼんやりと考えるようになる。自分が本当に何がやりたいのかはっきりつかめないままでいる。一人旅でもして自分探しをしたいと常々思う。ただ、バリバリのビジネスサラリーマンになって一日中パソコンとにらめっこして、残業を淡々とこなす生活はいやだ。日本には労働基準法を遵守している企業なんてめったにありませんぜ。なんて言うか、もっとあたたかみのある、やりがいのある仕事がしたい。そうなると教師という仕事は魅力的に映る。とにかく今は、教職の単位を落とさないようにがんばろー。
まあ最近はこんなかんじ。平日はサークル、土日はバイトで忙しい日々が続いている。前期末テストがそれに追い打ちをかける。てかバイトのショ任Qが待ち遠しい。大学生ってとにかくお金すぐになくなるよね。
内田裕也じゃないですが、人生ロッケンロールって感じです。
完
