Memories of the railways, the football matches and the others.

Memories of the railways, the football matches and the others.

自分が関わった鉄道・サッカー試合・その他諸々の記憶
(主として私的備忘録として・・・)

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およそ半年振りに明治神宮野球場に足を運んだ。



現在、第45回明治神宮野球大会が開催されている。


以下、日本学生野球協会のサイトです。


http://www.student-baseball.or.jp/game/jingu/index.html


高校の部と大学の部があり、1116日(日)の午前、高校の部の2試合目途中から観戦した。



日曜日ということもあり、外野席は開放されていなかったが、結構大勢の観客が詰め掛けていた。


高校は各地方の秋季大会優勝校、大学は各地方の秋季リーグ優勝校が集う。



高校の部は、優勝した学校の地方から、来年春の選抜高校野球大会の出場枠が一つ増えるので、結構重要だと思われる。


大学の部も、秋季の日本一を決める大会、4年生にとっては最後の出場機会となる。



今年のプロ野球ドラフト会議で指名を受けた選手もいたりする。


高校の試合は、九州学院が敦賀気比に逆転勝ち、大学の試合は駒澤大学が中部学院大学に勝った。



最後の試合、関西大学と創価大学の試合は序盤だけの観戦だったが、結果は延長戦の末創価大学がサヨナラ勝ちしたと後で知った。


中部学院大学も関西大学も、大勢の応援が詰めかけて、地元である駒澤大学や創価大学に負けない応援を繰り広げていた。



テレビやインターネットでも度々紹介されている、関西大学の女性応援団長の姿も見ることが出来た。


昨今は、我が母校だけでなく、あちこちの大学、高校応援団にも女性の団長、団員が見られるようになった。



以下、ヤフーのサイト経由で You Tube の動画になります。

(リンクがいつまで有効か分かりません・・・。)



http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A5%B3%E6%80%A7%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E5%9B%A3%E9%95%B7&tid=9dec4e558e6e48d92d6f141e1db4dfae&ei=UTF-8&rkf=2
















前回掲載時から、3か月以上経過してしまいました。


今まで多少なりとも目を留めていただいた方々には、大変申し訳なく思います。


最近も、「ゴジラ還暦」だの「映画第1作から60周年」だのと、あちこちで報じられているが、前にブログでもふれた今年の最新作、私は「複数回」観ました。笑


私は、気に入った映画作品は極力複数回観るようにしている。


時間もお金も余計にかかるが、2回目はある程度ストーリーなど分かった上でじっくりと観られるので、1回目には良く分からなかった場面、台詞などがより理解出来るし、「この場面は、こういう意味だったのか。」と新たな発見や納得を得るところも多い。


GODZILLA ゴジラ」は、私としては「複数回」観るに値する作品でした。


渡辺謙氏の演じる「セリザワ博士」は、第1作の「芹沢博士」を思い起こさせる設定であり、作品の終わり方も続編を予感させるものとなっていて興味深いものだった。


余談だが、第1作で芹沢博士を演じた故平田昭彦氏(本名:小野田昭彦氏)は、私の父とは陸軍幼年学校、士官学校、旧制一高、東大法学部と、ずっと同級、同窓生であったと聞いていた。


数多くの怪獣映画や「ウルトラマン」、後には「ぴったし カン・カン」などに出演していた有名人が、父と関係があったことを知ったときには、大変な人を知っているのだなと、子供心にも感心した覚えがある。


父は生前、「小野田は、よく同窓会とかに、美人の奥さん連れで来ていたな・・・。」などと語っていた。


美人の奥さんとは、女優の久我美子氏のことである。
































米国版の映画「GODZILLA ゴジラ」が封切られ、夏休みでもあり多くの観客を集めているらしい。




私も観に行きたいと思っているが、今年は「ゴジラ」誕生60周年だそうで、私が生まれたときには既に「ゴジラ」は存在していた、ということになる。




最初に観た「ゴジラ」がどの作品だったか、テレビだったか映画館だったか、記憶が定かではない。




父が映画館に連れて行ってくれるようになったのは、弟も一緒に観に行けるようになってから(弟が幼稚園児になった頃)と思われるので、小学校三年生か四年生の頃かと思われる。




となると、おそらくはテレビで放映された映画を観たのが先、ということになるかもしれない。




1965年(昭和40年)の夏、小学校一年生の1学期終了したところで、それまで二年ほど住んでいた浦和市(現さいたま市)から都内板橋区に引越をした。




浦和と比べるとかなり街中で、都会に来た気分になった。


まだ建てられたばかりの公務員用の団地で、トイレも洋式だった記憶がある。




通学路の途中に、小さな映画館があった。




どの映画会社系列の映画館だったかも覚えていないが、下校途中に通りかかると、上映中の音声などが漏れ聞こえてくるのだった。




正面玄関のすぐ向こう側には観客室の扉があり、ほんの隙間から映像の明かりが漏れている。




もちろん、何かが見られるほどの隙間ではないのだが、もしかしてだれかが出入りするために扉が開かないかなどと考えて、しばらく玄関の前に佇んでいたこともあった。




その映画館のものだったのかどうかも分からないが、通学路途中の別の場所に映画の宣伝ポスター掲示板があり、いつ頃からかゴジラやキングギドラが描かれたポスターになり、通るたびに目を留めていた。




調べてみると、196512月にゴジラシリーズ第6作の「怪獣大戦争」が封切られており、その宣伝ポスターだったようだ。




私は、おそらく「怪獣大戦争」を観に連れて行ってとせがんだと思うが、そのときには連れて行ってはもらえなかった。




父は、当時猛烈に忙しく、正月も含めて本当に満足に休みもなかった。


弟は幼く、母が二人を連れて行くことは無理だったであろう。




1966年(昭和41年)の暮れに、練馬区に新築した家に引越をして、再び転校もした訳だが、怪獣映画など観るために映画館に連れて行ってもらえたのはその後のことであった・・・。