私が在宅医療を志したきっかけは、病院医療にありました。私は初期研修を修了し、消化器外科に進んだのですが、残念ながら外科的な手技には興味と関心が続かず、しかも30代後半からの外科研修でしたので、若い先生に比べて手も動かず、適性もありませんでした。
一方で、消化器外科で患者様を診させていただいていると、必ず診なくてはならないのが、癌の患者様でした。多くの患者さんの手術をさせていただきましたが、残念ながら再発される方も多く、私が働いていた病院は地方の病院だったので、自分で抗癌剤治療を行ったり、再発した患者さんを病室で看取ることもありました。
手術後に腹膜播種と呼ばれる状態で再発し、腸閉塞を起こして入院されてきた患者さんの病室を訪問すると、「先生、再発してしまいました。何か方法はありませんか?」とよく聞かれました。医者が治してくれると信じているからこそ外科医に体を預け、メスをその体に入れることを受け入れてくれた患者さん方です。外科に再入院したからには、また先生がメスを駆使して何とかしてくれるだろうと期待される方がほとんどでした。しかし、この状態になってしまうと、腸閉塞を解除する手術を実施しても、多くはうまくいかないか、一時的に閉塞が解除されてもすぐに別の場所が閉塞してしまいます。結果として痛い想いをしてさらに手術をしても体力がいっそう低下するだけの結果になることが多く、手術はお勧めできないことがほとんどでした。
そのことを伝えたときの患者さんの落ち込んだ表情を見たり、「じゃあ私は今後どうなっていくのですか?」という質問を投げかけられると、何をどう話したらいいのか答えに詰まってしまうことが何度もありました。そのうちに、そうした患者さんに正面から向き合うことが怖くなり、患者さんの部屋に自然と足が遠のいたり、訪室してもお茶を濁してすぐに出てしまおうとする自分がいることに気づき、そんな自分に情けなさというか嫌悪感を覚えるようになりました。
外科に進んでそのような毎日を過ごすうちに、私の関心は次第に外科手術から離れていき、
次のように変わっていきました。私より手術がうまい先生はたくさんいる。今の日本において、外科医が足りなくて手術が遅れて命に関わることはほとんどない。でも、私のように手術が得意ではないけれど、色々な経験だけはさせてもらってきたような人間が、医師として本当に向き合うべきなのは、もう治療法がないと言われて途方に暮れている患者さんたちなのではないか。ならば、本格的に緩和ケアを学ぶべきではないか。そう思って調べていくうちに、日本で2番目にできた緩和ケア病棟と言われている淀川キリスト教病院ホスピスの存在を知り、その門を叩くことになりました。