観念的主観的、或は社会的客観的 -7ページ目
先日、叔父が、腎臓の移植手術をしました。奥さんからの移植でした。
手術の前にはさすがに弱気になってしまったらしく「無事に戻ってこられるのか。死んでしまうのだろう」などと言っていたそうです。
手術は無事に終わり、共に元気だそうで、一安心しました。本人はまだ当分、絶対安静の面会謝絶ですが。
知らない事がないってぐらいの物知りで、話していてとても面白い叔父です。
「見舞いになんて来なくていい。元気になったらまた会おう」だそうな。
本当によかったです。

真理とは何か?迷信とは何か?自由、平等、正義、人道とは?

それらの「言葉」に陶酔する人たちは、それらの言葉を放出する時、どれ位の責任を自覚しているのでしょうか?

重くてすみません。


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出来る事ならまた是非欲しい。

新品で。

先日、六本木にミュシャ展を観に行ってきました。
絵も素人の私ですが、横の解説などを読みながら観ていくうちに没頭しました。
お陰で腰が痛くなってしまいましたが、貴重な時間をすごす事ができました。
ありがとうございました。

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もとつるんでいたギタリストから電話あり。先日のライブなどに関して、いろいろと忌憚のない意見をうかがいました。

ここには書きづらいですね。


まあ、私は、バンドをまとめるには向かんだろうという事を改めて、何と言うか、まあ。


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KP61(だったですかな)。

あとはRX-3やランサーや。
キリ無いです。