米と布団。時々酒
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ジャム牛乳

小学校の暖房はストーブでした。

低学年の頃はコークスストーブ。新しい校舎ができてから石油ストーブになりました。


ストーブの上にはタライが乗っていて水が張ってありました。

給食の時間になるといい感じにお湯になっていて、そこで牛乳を温めたりしました。


誰かが温めた牛乳にイチゴジャムを入れてみると、アッパレイチゴ牛乳になりました。

それが広まってチョコ牛乳とかピーナッツ牛乳とかが発明されました。

バスクリン

バスクリンが風呂場に備えられていて一番風呂に入るとそれを投入することができました。


バスクリン。オレンジ色の粉なのにお風呂に入れると緑色になる。


それが不思議で仕方ない。

ちょっとずつ入れて目を凝らしてもその仕組みがわからない。


今でもわからない。

墓場に持っていく疑問のひとつであります

おやつ

外をぶらぶらしながら、いろんなものを食べていました。

 

キイチゴの実やら、サルビアの花の蜜や山栗やアケビ。

へびイチゴは食べられないという話だったので見るだけ。

桑の実やソメイヨシノの実は食べると口の中が紫になって、家に帰るとすぐにばれてばあちゃんに怒られました。

 

それでお腹を壊したりとかもなかったので、なかなかに丈夫でした。

 

 

石碑

社会科の授業で、地元の歴史を調べましょう。みたいなのがありました。


いつもの釣り場の近くに漢文の石碑があったので一日かけて書き写してきました。


書き写したものの意味がわからないので、家で麻雀している父親のところに行って翻訳してもらいました。

時々それポン!とかノイズが入るので苦労しました。


翻訳した成果物を学校で発表したらぐんま先生にえらい褒められました。



じゃがいも

理科の授業でじゃがいもを育てるというのがありました。

種芋を切った断面に防腐のためにチョークの粉をまぶすという。


何色のチョークがいいのかみんな揉めていました。

多分色関係ないと思う。

縄張り

缶ジュースが一般的でなかった頃。

瓶ジュースの自販機がまだまだありました。

お金入れて扉開けてジュース引っこ抜くやつ。


で。

その瓶ジュースの王冠の裏がクジになってるキャンペーンがありました。

当たると10円とか50円とか現金がもらえる。射幸心煽りまくり。


コミュ力抜群な子達は自販機の前で張ってて、大人がジュースを買うと王冠をもらっていました。

乞食かよ

そんで自販機の縄張りとかあって揉めていました。

ヤクザかよ



カルピコ

炭酸飲料が苦手でした。

口の中が痛いから。

プラッシーとかハイシーとかバヤリースオレンジとかカルピスを飲んでいました。


妹は全然平気でコーラとかミリンダとかガブガブ飲んではゲープゲープいっておりました。


カルピスソーダを見たときは正気かと思いました。

カルピコって名前でした。

平和鳥

中ちゃんと遠足のおやつを買いに自転車で遠征しました。

おやつは三百円まで。

お菓子屋であーでもないこーでもないと悩みながらきっかり三百円になるように頭を使っていました。


棚の上を見ると平和鳥がコックリコックリしていました。

お米屋さんで売ってます

父親の弟。それすなわち叔父。

ちょっと離れたところに叔父さんがおりました。ノボルおじさん。

バリバリのエンジニアでした。面白い人でした。


時々ノボルおじさんの家に泊りがけで遊びに行きました。

プラッシーというジュースが出てきて、これはお米屋さんで売ってるんだと言われました。


みかんの繊維が沈殿しているのでよく振っていただきます。


エルマーのぼうけん

誰からだったか忘れましたが、エルマーのぼうけんという本をもらいました。


囚われのりゅうを助けにエルマー少年が旅する話です。

旅の準備にチューインガムとか歯ブラシとかアレコレ買い込むシーンはワクワクしましたが、どうぶつじまに密航するのはわしには無理と思いました。


りゅうを助けて空に舞い上がるラストは中々に達成感がありました。

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