皆さんこんにちは、タケコです

タケコさんが『ALSの告知』を受けて、丁度5年経ちましたー。
パチパチ…。

告知を受けた時…。
『あと2~6カ月で呼吸器(付けなければ死)、付けても呼吸筋が初発なので、2年位しか生きられないと思う…』と言われました。
そっか…と思い、腹くくって
…、やれる事(中国鍼灸や人生を楽しむこと)だけやって諦めていたら、それよりはかなりゆっくりだけど、やっぱり進行は早かったです。
…、やれる事(中国鍼灸や人生を楽しむこと)だけやって諦めていたら、それよりはかなりゆっくりだけど、やっぱり進行は早かったです。あっと言う間に気管切開でした。
でも、ある時『あれ?これって教科書通りじゃない?』って思い、なんかスッゴイ違和感を感じたの…。
元々型破りな性格だから、『教科書通りの優等生』になってる自分が嫌だったんだと思います



病気に気付く2~3年以上前には身体に異変が起きていて、多分それが発病した時だったのに、自分のことに無頓着だったのと忙しいのを理由に症状を見て見ぬ振りしていたこともあり、気付いた時には相当進行していた…という…。
主治医の先生から、『そこが一番おかしいよ!』
と指摘される程レアな患者だったみたいだしね 

と指摘される程レアな患者だったみたいだしね 

でね…。
その時から『教科書通りの優等生な患者』になる事を辞めたの



何故かって言うと、タケコさんは元々『優等生の良い子』が嫌いだったし
、『統計学』が好きだったから
、『統計学』が好きだったから
まだ良く解明されていない病気の教科書なんて、たまたま今までの『統計』を取って『こういう進行のパターンが多かったよ…』と言うことだけだって言うことに気付いて。
だったら『その他の進行のパターン』や『治ったパターン』もあった筈…ってね。
だから、とにかく『教科書と反対のこと』ばかり考えて可能性を模索して…。
気付いたら、『進行が止まり、少しずつ身体が前の状態に戻り始め』てました

勿論、5年以上も前から痛めた身体の細胞レベルまで完璧に元通りにするにはまだ少し時間が掛かるとは思うけど、時計の針が『右回り』に回り始めたのを一度ストップし、確実に『左回り』に回すことが出来たのです。
そして、『教科書通り』なら寿命と言われた2年を越え、5年経った今…、一度ほぼ寝たきりになったにも関わらず、今では車椅子やソファで過ごす時間が殆どで、呼吸器も『自律神経障害』で夜間のみ使用。
電動車椅子でライブやカフェにランチに行ったり、都内まで買い物や受けたいセミナー、出張ヒーリングに行けるまでに元気になりました

勿論、自分の力だけでは絶対にここまで来られた筈は無く…。
こんな『型破り』で『我が儘』な私を、そのまま丸ごと受け入れ、理解しそして支えてくださった鍼灸の先生、気功の先生(師匠)、主治医の先生や入院先のMK病院の先生やスタッフの方々、ヘルパーさん方、家族のお陰でも有り、感謝の気持ちでいっぱいです




『教科書通り』になんか、ならなくて良かったし、なる必要なんて無かった…

今は、発病当初小学3年生だった…、これまた優等生には程遠い
、型にハメようにもハマらない、先生達が型にハメようとすればする程面白いくらいハミ出てくれる、中2の息子君の反抗期真っ只中です


、型にハメようにもハマらない、先生達が型にハメようとすればする程面白いくらいハミ出てくれる、中2の息子君の反抗期真っ只中です

でも、もし教科書通りだったら…。
そんな、息子の『中2の反抗期』さえ見ることも味わうことも出来なかった未来。
だから、ある筈の無かった未来を、毎日悪戦苦闘…と言うより、思いっきり楽しんじゃってます


産まれた瞬間から、病院で『ママそっくり君』と呼ばれていた息子
…。

…。どんな大人になるのかな~

それでは、また



タケコ





は手に入るけど、秋にはカボチャプリンを作ったり、松茸ご飯を食べたり(昨夜は松茸ご飯でした
)、栗ご飯やモンブランを作ったりして、季節を感じて生きていることへの感謝を忘れない様にしています









