想いの保管庫

想いの保管庫

採用アウトソースの仕事をしながら、プライベートでは演劇をやったり観たり。
日々の想いや感動を積み重ねていきます。

Amebaでブログを始めよう!
二日目は先週の11月28日だったけど、更新忘れたのでまとめて。

■二日目
前半は自分の価値観や、話す時と聴く時の違いを把握するためのワークだった。
宿題として書いてきたものを使ったことを話し、聴くというロールプレイだった。

ここは、色んなところで自己分析はやっていることや演劇をやってきたからか、
自分が思っていたものとギャップは少なかった。


後半は10分間のロールプレイとビデオ撮影したものの振り返り。
私の悪い部分が前面に出てしまった。

つい、自分が興味のある領域の話題だと、相手の話を聞くというよりも、自分の興味があるところを聞いてしまう。
今回も、フィードバックで言われてしまってゔっと思ったのは「自分が話したいことが話せなかった」という言葉・・・。
途中からそれに気づいて軌道修正はしたけど、気をつけなければ。。


■三日目
今日は前半でクライエント役の方がきて、相手になっていただきロールプレイと口頭諮問。
後半でビデオ見ながらフィードバック。
二日目より時間があったのでじっくりと聞けた。

前回の反省を生かして、「相手の話したいことを聴く」という意識で臨んだ。
結果的にその部分は良くなったと思うけど、また新たな課題が出てきた。
やればやるほど課題が出てくる。。
きっとこれは何年続けても続くんだろうな。

新たな課題というのは、相手が使う言葉の深堀ができないこと。
共通言語ではないということを常に意識しておく、ということが必要。

相手が「和気藹々」という言葉を使っていたとして、その言葉そのものの意味は分かったとしても、相手がどんな意味で、どんな具体的イメージで使っているかは分からないということ。
自分が「和気藹々」だと思うことと相手の認識は違うのだということ。

私は早とちりが多くて確認不足になることが多いから、訓練しておかないといけないかもしれない。

あと、この作業はなんだか、台本から役を紐解く作業に似ているかもしれない。

この役はなぜこの言葉を使うのか。
どういう意味でこの言葉を使うのか。
他の言葉で置き換えられるのか、置き換えられないのか。

相手をとにかく理解する、演じられるくらいに。
そう思えばもしかしたらうまくいくのかも。
今度試してみよう。


最近、小手先の技術を「やろう」と思っても絶対うまくいかないんだと思えてきた。

肩こりにしてもそうで、一時的にほぐしても根本的な原因を取り除かないと意味がない。
自分の課題はどうして起こるのか、元の考え方に癖があるから、それを認識して考え方を帰る意識を持たないと解決しない。

こういうのは難しいな。
だからこそ、応用のクラスでも先生が言っていた通り、何年経験を積んだとしても課題はあるということなんだろう。
昨日は二次対策だった。
三日間のうちの一日目。
6万払ったからそれなりの価値が感じられるものでないとやだなあと思っていたけど、受けて良かったと思える内容だった。

テキストで勉強すると、私は覚えることを優先してしまって、意味を自分の中で腹落ち出来るまで理解することを諦めてしまったり、二の次にしてしまったりするところがある。
カウンセリングの勉強についても同じことが起きてしまったと感じた。
こういう理論がある、ということは把握しているけれど、それを実践に移そうとしたときにピンきていなかったことに気付く。

今日の講座では、前半はカウンセリングの基本となる技法のおさらい、試験への心がけについての座学だった。

一番腹落ちした言葉は「空気感」だった。
他にも、「受け止める」であったり、「同じ言葉を使う」であったり、「なぜ自問自答に至るのか」であったり。


講座の後半は5分間のロープレだった。
そこで腹落ちしたことを実践してみて、より大切と言われている、受容、共感、一致の大切さがわかった。

自分がやっていてもそうだし、他の人がやっている様子をみることも気付きになった。

クラスの人数はMAX8名らしいが、今回のクラスは6名だから、より実践の場が多いことも嬉しい。

そしてやっぱり、ロープレは、というか、カウンセリングは楽しい。
楽しいというと遊びじゃないんだぞって感じになってしまうが…。

人の考えや思いを聴くのは、その人のことを理解することに繋がる。
そして、自分とは違う考え方をする人がいる、それを発見できる、目の前で関わることが出来る、ということは、ワクワクする。
演劇が好きな理由とも似ているかもしれない。

舞台上で「生きて」いるキャラクターを見ることが楽しいし夢中になる。自分の心も動く。

好奇心にも似ている。

なんと表現するのが適切か、一番ぴったりするのかまだ分からないな…。


来週も楽しみ。

さあ今日は、演劇に関われる貴重な一日!
楽しもう!!
母親が数年前に行っていた集まりへ参加してきた。
とはいえ数年前。。
どんな人が集まっているか分からない場所に行くのはなかなか緊張したけど、行って良かった。

いつも来ている「先生」が来れなかったということもあり、明確にファシリテーターがいる会ではなかった。
各々が最近思っていることや、その場で話したくなったことを話して、それに誰かが関わっていって…という流れで進んだ。

皆さん仕事でカウンセリングをしているかたではないにしろ、カウンセリングの勉強を何年もやっていた人々。
良い刺激をもらった。

話したくなったら話す、聴きたくなったことを聴く、というスタンスだったから、沈黙が流れることも頻繁にあったけど、その沈黙も心地よかった。

自分が話すターンだったら、自分への問いかけの時間を焦らず作れるし、相手が話すターンでも、なにかを出そうとしている様子を感じ取れる時は待っていればいい。読み取れなくても静かに待っていると話が展開されたりする。

なかなか普段、こんなに時間を使って話をしていないな、こんなにゆっくり相手を待つこともないな、と感じた。

第三者が話し手と聞き手になっているとき、自分が話し手の時、自分が聞き手の時、それぞれで発見があった。

1. 第三者として見るとき
話し手の言葉を使って返す、ただそれだけでも十分話し手の思考を深めるきっかけになり得る。
言葉にする、言葉にしてもらうことの効果の大きさ。
一番話したいことが返されていないとき、話し手の口は重くなる。
少し前に出たキーワードが後で効いてきたりする。
沈黙を恐れなくてもいい。

2.自分が話し手の時
相手がどれくらい真剣に自分を理解しようとしているかが伝わってくる。
話したい思いが強ければ強いほど、話は長くなる分まとまりはなくなる。でもそんなとき、ぴったり来るキーワードを言われることは、自分の整理に繋がる。
相手に言葉にしてもらう、自分の言葉を客観的に聞くことで自己認識が強くなる。
自分の言葉を返してもらうだけでも、意味ある関わりになる。

3.自分が聞き手の時
相手の言葉をそのまま使うのは意外と難しい。でも、無理に覚えなきゃ、と思う必要はない。無理せず分からなければ聞いてみればいい。
まずは寄り添うこと。
整理することも出来ればしても良いが、しなくてもいい。話し手に委ねる。
まず相手に興味を持つことが重要。
自分のことを思い出してしまったり、投影してしまうことは起こりうる。防げないこともあるかもしれない。ただ起こりうることは把握していなければいけない。
話すだけで満足する人は多い。

良い学びの場だったのと同時に、改めて、なぜキャリア・カウンセリングなのかを自分に問いかける良い時間だった。

心にシャッターがおりてしまっていたあの時期、ただ話を受け止めてくれる人が同じグループにいれば、何かが違ったのかもしれない。
それでも、近くに認めてくれる人がたくさんいたから今元気でいれる。
私のようになっている人を見つけたら、シャッターをこじ開けるのではなく、自分から開けられるようになるまで待てる人、自分から開けられるようになる手助けが出来る人になりたい、と思ったんだったな。