人生 楽しんだもん勝ち! -3ページ目

僕が生まれてきた理由

今日、ジャパン・フィルム・フェスティバル 2014 の『かみさまとのやくそく ~胎内記憶を語る子どもたち~』というドキュメンタリー映画を見てきました。

この少し前にこの映画にも出演されている子どもたちの話を聞き胎内記憶を研究する産婦人科の池上明先生の講演会を聞いてどうしてもこのドキュメンタリー映画が見たくなりというか何か自分が昔から思っていた事の答え合わせができるような気がして行ってきました。

その映画の内容とはなぜ人は生まれてくるのか?
生まれる前の記憶を持つ子どもたちがどうやってお母さんを選び何の目的で生まれてくるのかなどを語るドキュメンタリー映画でした。

お母さんを選ぶのは子ども自身だという事ですが、選ぶ基準としては「やさしそうだったから」とか「さみしそうだったから」といった理由をあげる子どもたちが多いそうです。

人それぞれ目的や選び方の違いはありますが、そんな子どもたちに「何のために生まれてきたの?」って聞くとほとんどの子どもたちが『人を助けるため』と答えます。と池上先生は語っていました。

その中でも僕自身が強く強く反応したのは、「寂しそうなお母さんを選ぶ子どもがまず助けたいのは、お母さんでたとえ生まれた後に自分も大変な目に遭いそうな環境だったとしてもお母さんを自分が助けてあげたいと敢えて選んでくる子どももいるという」というところでした。


まさに僕がそうでした。

涙が止まりませんでした。



僕が生まれてきたところは僕が小さい頃から父親が母親に対して暴言、暴力が耐えない家庭でした。

母親が暴力をふるわれるたびに僕が助けなきゃ、僕がなんとかしなきゃと思っていましたが、小さかった僕は母と一緒に父親に縛られたり殴られるだけでした。

何度か母と一緒に家出をした事がありましたが、暴力から解放される瞬間と母と一緒に入れる安堵感安心感で幸せに愛を感じてたのを今でも忘れません。

今日、池上先生の話を聞いたり映画をみて思ったのは「僕がここに生まれてきたのはその時この母を助けるため少しでも幸せにするために生まれてきたのだ」と思い出しました。

母は僕が日本で一緒に暮らしていたときは僕や妹を命がけで守ってくれていたりしていましたが、もし僕があのまま日本に居続けていたら多分僕は父親を殺していたかもしれないと最近は思います。

あの時アメリカ行きをうまく行かしてくれたのは母親でした。
たぶん母もそうおもってたのでしょうか?

今現在は人の役に立ちたいと思い医療従事者としてアメリカで仕事をしていますが、いつまでたっても母を幸せにしたいと思っています。

まあずっと生まれたときから今までお世話になりっぱなしですが、今僕は元気で幸せに人の役にたつように頑張ってます。

一年前に大きな病気になってしまって心配かけましたが、最近の電話では「元気やったらそれでいい」が口癖のようです。

今年の秋ぐらいには日本に遊びに行きますが、お母ちゃん帰ったらうまいもんでも食べに行きましょう。

できるだけ元気で長生きしてくださいね。

いつも、ありがとうございます。