聞いたことのないようなヘビーな病気を告げられて、さぞかしビックリ&いろいろな医学サイトを見てショックを受けられていることかと思います。私が診断されたのは2022年10月でしたが、まさにそんな感じでした。


そんな4年ほど先達からアドバイスをば。病気との向き合い方は、真正面から受け止めるのと、病気のことはまったく気にせず過ごすのと2パターンありますが、私は前者です。どうせ、ことあるごとにいろいろ突き付けられますし。



1)やれるうちにやる


進行性の難病です。基本的には、今日よりも明日のほうが悪くなります。病気とわかったら、まず受給者証などの行政サービスを確認して、手続きを開始しましょう。私は、現在のところ受給者証を持っているのと、多系統萎縮症レジストリーに登録しています。


なので、介護認定や障害者手帳などはまだ知りませんが。ざっくりしたイメージだと、受給者証は医療費の補助による抑制。介護認定と障害者手帳は暮らしやすくするためのものと思っています。


正直なところ。診断されて数ヶ月でやったことだけで、4年近くを過ごしています。次は、介護認定やら障害者手帳でしょうが、そこは関所のようなものと思っていまして。それ以前のことは、すべて最初のうちにやった遺産のようなものです。


ちなみに、介護認定を受けていなくても、リハビリ病院には通えます。予防介護の枠ですね。自治体に、難病専門の方がいらっしゃると思うので、そこに相談してみると良いかもです。私はそのパターンでした。



2)時間を有効的に


患者会に最初に行って言われたのは「どんな薬よりもリハビリ」でした。診断される1年前から散歩を始めていて、最初はまったくしゃがめませんでしたが、しゃがめるようになり。言われて納得したものです。ただ、散歩を始めた時の目標である走ることは、いまだにできませんが。


セレジスト系や、還元型コエンザイムQ10などのお薬はありますが、いずれも完治させるものではなく、進行を抑制する目的のもの。リハビリ運動は必須です。


症状は多岐に渡ります。リハビリ運動はほぼ全身。私はさほど腕関係が進行していないので割愛していますが、それでも「リハビリの合間にちょろっと自分の時間がある」という感覚です。歩行に構音障害だけでも、そのリハビリでほぼ1日が終わります。


「何のために生きているんだろう?」ということもしばしばですが「答えが見つかった時に動けなくなっていたら意味がない」と続けている次第です。何かヤケになってサボったとして。改心しても、そのやらなかった日々は戻ってきませんからね。


私の場合、散歩を趣味にしました。リハビリではありません。趣味です(笑)。その散歩の時間に発声練習をすることで、構音障害のトレーニングに。ちなみに「カ行」は嚥下と使う筋肉が同じなので大事なようです。


それ以外は、モーニングルーティンにリハビリ運動を組み込んでいます。



3)やるしかない


なってしまったものは仕方がない。嘆き喚けば治るならそうしますが、そうしてても治らないので「ここからどう生きるか」しかないと思っております。


それ以前のことは、まったく関係ありません。ここで頑張れば「頑張り屋さん」となりますし、自暴自棄になってしまっては「あの人は病気になって変わってしまった」となるだけです。人としての評価はここからのほうが大きいんです。


私は「本当に大事なもの」を再発見した気がしています。病気になってから毎朝父に(父が肺炎で入院したのもありますけど)欠かさず写真付きメールを送っています。そして、月に3回は実家に顔を出しています。


それ以外にも。身近に良い自然があることなんてまったく知りませんでした。これを知らないまま普通の病気で死んでいたかと思うとゾッとします。毎年カルガモの雛の誕生を気にするとか、想像もできませんでした。



仕事がプライオリティという方も多いかと思いますが、私はそうでなかったみたいで。死ぬ直前まで仕事をしたことがやたら美化されますが、各方面に迷惑をかけないようにいろいろ2年かけて軟着陸させて、店じまいをしたことも評価していただきたいと思うくらいです(笑)。


会社にお勤めの方は、できるだけしがみついたほうが良いと思いますが、そうではなかったので、早くからリハビリ運動や大事なもの探しをできたような気もしています。


▲一応、多系統萎縮症レジストリーに登録して治験は受けています


書けるうちに書き残しておかないと。